『赤い航路』(Bitter Moon)
『金曜日の別荘で』(Husbands And Lovers)
監督 ロマン・ポランスキー
監督 マウロ・ボロニーニ


 貪欲に性愛を求める魂がある種の高みへ至ろうとすれば、倒錯とされる性行為に足を踏み入れることは、もしかすると止むを得ないことなのかもしれない。この二つの作品は、倒錯的な性行為の持つインパクトと同時にそこに潜む陥穽をも併せて描くことで、そのことを単に扇情的な商業作品に留まらない形で印象づけることに成功しているという気がする。

 そもそも性の交わりにおいて、一方では肉欲といった形で極めて即物的な欲望ともされる性欲が性愛へと昇華していくためには、実は高度なイマジネイションと共同幻想という観念性の共有が必要になってくるものである。そのこと自体は、多くの者が大なり小なり経験的に体感していることであるが、倒錯的な性行為は、一般にそれが異常な行為だとされているだけに共有が難しいうえに、行為そのものが直接的に生理的な快感を保証するものではないので、その共有には通常の性行為以上に豊かなイマジネイションの共有とその一致が不可欠となる。従ってそういう意味での倒錯的な性愛に、より魅せられやすいのはインテリと呼ばれるような人たちではなかろうか。

 『赤い航路』のオスカーが作家で、ナイジェルが教師だったり、『金曜日の別荘で』のステファノの職業がシナリオ・ライターで、アリーナがとても知的な女性として登場したりするのも、登場人物をいわゆる変態というよりも前記のような意味での性愛のフロンティアとして描くために必要だったということである。しかし、知的な共同幻想の一致に支えられるところの性的一体感というものは、その部分が少しでもずれてしまうと、『赤い航路』でオスカーとのプレイ中にミミが笑い出してしまったように取り繕いようのない瞬間を迎えることになったり、『金曜日の別荘で』のアリーナがめくるめくほどの陶酔を覚えたはずのスパンキングに恐怖を感じたりすることになってしまう。しかし、そういうリスクを背負っているからこそ、タイトでスリリングな一致を果たした時の官能のもたらす煌きのなかには、例えその一致自体は偶発的にもたらされたものであったとしても、互いの存在を運命的な掛け替えのなさでもって、肉体的にも精神的にも完全なる一致を果たす者同志だという至上の幻想を確信させてしまうほどのインパクトが生じるのであろう。そのインパクトは、フィジカルな面もさることながら、メンタルな面に大きな動揺と混乱を与えるに違いない。

 愛人とのセックスについて夫に対し、自らそれを言語化し、対象化することにある種の意義を認めていたアリーナがそうできなくなった理由もそこにある。しかし、その強烈さは、そういうリスクと共にあればこそ、通常に得られる性愛の一致よりも遥かに継続と再現の困難なものであり、およそ日常性と共存し得るものではないという気がする。

 オスカーの陥った罠というのは、それをミミとの関係性のなかで日常化しようと図ったことにある。前述のような至上の幻想こそがそれを求めさせるのであろうが、その末路はと言えば、日常化されることで失われていく煌きとそれに抗うように増していく過激さとのイタチごっこの果ての救いようのない脱感作と憔悴による関係性の歪みであった。

 アリーナの愛人の犯した過ちは、彼女が覚えた陶酔は暴力的な性行為に対してであって性的な暴力ではないということやそれが肉体の生理以上にイマジネイションによってもたらされたものであるということに気づかず、浅はかな思い込みをしてしまったことである。タイトでスリリングな一致が要求される関係において一方が他方を見下したり、高を括って臨んできたりしては、もはや関係自体が成立しなくなってしまう。しかし、ある瞬間における強烈なインパクトの記憶こそが、彼らからそういった陥穽に嵌るのを防ぐ術を奪っていたような気がする。ピークの地平が高かった分だけ落差も大きいというわけである。

 これらのことは本質的には、特異な関係性においてのみ生じることではない。性愛のフロンティアたちの特異な関係性ゆえに際立っただけに過ぎない。そういう観点からすれば、これらの作品は、一見アブノーマルな世界を描きながら、結局のところ至って常識的な帰結を迎えている。そのあたりを凡庸と観るか、アブノーマルとノーマルの本質的な違いのなさを前提としていると観るかで評価は、大きく分かれてしまう。僕自身は後者に立ったからこそ、冒頭に記したように、ある意味で誰にとっても無縁の話ではないという印象を抱いたのだろう。『赤い航路』の終幕は、いささか唐突で取って付けたような展開だとの印象を拭えないが、『金曜日の別荘で』のラストの浜辺でのアリーナとステファノの交わりが初めて騎乗位でない形で迎えられるという単純なコントラストは、存外悪くはなかった。
by ヤマ

'93. 2.18. 新宿ビレッジ2、ギンレイ・ホール



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