『利休』
『本覚坊遺文 千利休』
監督 勅使河原 宏
監督 熊井 啓


 今、話題の二つの利休を観た。特に『利休』は、素晴らしい。邦画には珍しく贅を感じさせる立派な出来で、しかも物語に奥行があるし、人物造形にも深みがある。利休が単なる茶人ではなく、事業家として、芸術家として、政治家として、また哲学者としても一流たり得たスケールの大きな才能に溢れた人物で、なおかつ素朴な人間の心をも持ち合せた魅力的な人物だったことを破綻なく描き出すのに成功し、その当代きってのカリスマ性とともに課せられた毀誉褒貶をも説得力のあるものにしている。

 茶の湯は、禅とともに鎌倉時代に栄西が中国から伝えたと歴史で習った記憶があるが、利休の説いた侘び茶というのは、禅の精神を汲みつつ究めた純粋な武士の文化であり、江戸時代における山鹿素行や『葉隠』などによる武士道精神の完成を見るまでは、まさしく戦国武将の精神的礎でもあった。そういう意味で、帝に茶を飲ませるということは、武力で世俗の権力を握った武士が文化でも貴族を従える意志を示すことになる。秀吉ほどの男が金の茶器で接待する時、手が震え、「帝が儂の茶を飲んだぞ。」と狂喜するのもそれゆえである。また、太閣秀吉の軍門に下らなかった家康や政宗が、秀吉お抱えの利休の弟子となったことや利休が秀吉にとって単にお気に入りを越えた特別の存在だったのもそこに理由がある。つまり、秀吉は、武士の世俗の権力の頂点に立つ人物であり、利休は、武士の精神世界の権威の頂点を占める人物だったのである。最後に秀吉と利休が茶室で会った時、暗に和解を求めた秀吉に対し、利休が「ここで先に刀を御抜きになったのは、殿のほうでございます。」と言うのは、それぞれが依って立つ頂点を背負った形で対峙するようになってしまったことを指しているし、それゆえ、双方共もう後には戻れないと言っているのである。利休の最期をもし仮に悲劇というならば、それは、彼が持てる才能のいずれかにより成功するのではなく、その総てでもって自己実現を果たし、時代のカリスマとなったためであろう。しかし、僕は、彼の最期を悲劇だとは思わない。見事な生涯だったと考える。

 『利休』は、このような秀吉と利休を茶の湯の世界とともに時代をも捉えて、過不足なく的確にかつ華麗に描いている。それに比べると、『本覚坊遺文 千利休』は、最後の時を前にして師は何を思ったかという、今は亡き憧れの師の測り知れぬ胸中を探る心酔者の思い入れの世界を描くことに留まっており、茶の湯の世界も時代も捉え切れず、展開も重たい。さらに、“死”に余りにもウェイトを置いた解釈は、人間ドラマとして卑小なスケールしか形作らないし、「無ではなくならないが、死ではなくなる。」という命題も哲学的に幼稚な気がする。“無”のイメージは、確かになくなるではない。どちらかといえば、在るものを消し去るイメージである。しかし、かといって“死”になくなるというイメージがあるかといえば、それは明らかに違う。古今東西、“死”でもってなくなるなどという素朴さは、宗教でも哲学でも些かなりとも形而上的な思弁に足を踏み入れたならば、失われているような気がする。むしろ“死”でなくならないと考えるところから、宗教や哲学が生れたのではないだろうか。少なくとも、僕の感じた幼稚さに対する説得力のある回答は、映画のなかでは示されていない。また、作品のなかで造形されている人物の存在感という点でも『利休』と『千利休』では、主要人物から脇役に至るまで格段の開きがある。

 そもそも最初の場面から表現としての奥行と拡がり、さらには題材の把握力の違いを端的に語っている。期せずして両者とも、利休の茶室に秀吉が入ってくるところから始まるのだが、『利休』の生け花の早朝の摘み取ったばかりの朝顔一輪、しかも庭の満開の朝顔を総て摘み取った上での一輪の朝顔というのが、いかにも侘び茶らしい贅沢な簡素を鮮やかに観せて、なるほど侘び数寄というのはそういうことかと思わせ、利休の美学といったものを感じさせるのに比べ、『千利休』の藤の房に紅白の花をあしらった生け花には、何の芸もないし、インスピレイションが感じられない。最後の茶室の生け花もそうである。『利休』が見事に咲いた梅の小枝の花をむしり、花器に浮べて枝を打ち遣ったのに対し、『千利休』では、竹に小刀を突き通したものを生けてある。直截で解り易いかもしれないが、些か興醒めで、侘び数寄の利休の美学には相応しくない。一事が万事そうなのである。『千利休』もそうつまらぬ作品ではないのだが、『利休』と同時に公開されては、その粗ばかりが目立ってしまった。興醒めといえば、ついでに『千利休』で有楽斎を演じる萬屋錦之介が物々しく喋るたびに、金歯だか銀歯だか歯がきらきら光るのも時代の気分を損なわれ、気になったところである。

by ヤマ

'89.10.20. 松竹ピカデリー & 東宝2



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