『殺意の夏』(L'Ete Meurtrier)
監督 ジャン・ベッケル


 主演のイザベル・アジャーニは、妖しくてクールでかわいくて、ちょいと謎めいたエキセントリックな女をなかなか熱演していて、惹かれるところがあるのだが、なにぶんストーリーの展開に苦しいところが多く、説得力を持ち得ていないために、作品としては、期待外れである。エルが母親の凌辱の過去をあれほど具体的に知っている背景には、エルが下半身不随にさせた父親とエルとの関係が重要な部分を占めているようなのだが、その部分がほとんど描かれていない。わずかに回想シーンで事件の断片を見せるものの、その見せ方がもって回っているために、最後のどんでん返しがちっとも生きてこない。総てを見終えてから、自分の頭のなかで再構成をすると、結構面白い話なのに、また役者たちは皆それぞれにいい味を出しているのに、映画の展開の不味さのために面白さが半減以下である。どんでん返しが生きてないために、エルの精神破綻や彼女が仕掛けた罠の悲劇が何かとってつけたように映り、余韻も何も残さない。もっと空しく哀しい気分が残っていいはずである。
 エルの夫となるパンポンやその伯母など、味わいある演技が作品の失敗のために惜しいことになってしまった。エルとかつての教師であった女との関係などは、唐突すぎて悪趣味なだけに終っている。人間が描けず、人と人との関係が描けていないために、せっかくの題材が死んでしまったということだ。
by ヤマ

'85.10.31. 名画座



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