■ PAIN  ++その1++ 


涼にまた殴られた。
理由なんて意味がない。涼は殴りたいほど頭に来たから私を殴る、それだけ。

私のTシャツの胸元を掴んで、アザラシになった身体をずるずると引きずる。
顔や頭を殴ることもあるけど、今日はそのまま力任せに床に投げつけられた。 はずみで頬から頭の横にかけて打った。畳に擦れた耳が熱を帯びて痛い。
怖くて、両腕で頭を抱えて私は、怯えたウサギのように泣いてしまう。

涼は再び私の胸を掴むけど、怖いからもういやだと小さい悲鳴を上げると、 一瞬迷って私を床に置いた。そして両手を震わせながら部屋を出て行く。
置いてけぼりを食らって少しだけ泣きながら、涼の怒りが解けるのを待った。

今日は何がいけなかったんだろう。たぶん人に話せばほんの些細なこと。
涼の友達への口の聞き方が慣れ慣れしいとか、その程度のこと。

涼はやがて静かに部屋に戻ってくる。カーテンに隠れるようにして泣いている私を、 後ろからそっと抱きしめるために。

どこも痛いところはないかと言いながら首筋にキスをする。
いつもならくすぐったくて笑っちゃうけど、今日のココロは何も言わない。 石ころみたいに硬いまま。
やがて慣れた手つきで、涼は私の身体を自分のものにしようとする。
昨日と同じ順序で私を導こうとするけど、石のココロは重量感を増すだけ。
やがてかつて柔らかだった涼の指や唇は、針金となって私の皮膚に絡み始める。
針金の指が通った表面はきりきりと痛み、私の内側では、子宮に赤い涙が流れ込む。

やがてひとりで部屋を出ていった涼は泣き始める。
子供のように背中を丸めて、自分の足を抱きしめながら。

私を殴ることで、イチバン傷ついているのは涼なのだと思ってしまう。
涼を置き去りにしてこの部屋を出て、針金の唇を持たない男に抱かれ、 私ひとりがしあわせになることなど、出来そうもないと思ってしまうその刹那。


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