天使で悪魔







情報収集






  世の中、簡単と思える事柄も実はそう単純ではない。
  複雑怪奇。
  それが世の常なのかもしれない。

  ブラックウッド団。
  この組織がそういう意味ではいい例だろう。
  亜人版戦士ギルドとして勢力を伸ばしてレヤウィンでの勢力基盤を確固たるものとした。その結果戦士ギルドのレヤウィン支部は閉鎖。
  今、ブラヴィルをも併呑しようとしている。
  誰もが戦士ギルドに取って代わる為だと思っている。つまりシェアの食い合い。
  誰もがそう見ている。

  しかしそれは違った。
  ブラックウッド団は嫌がらせ以上の事をした。いや以前もしていたのだ。
  ヴィテラスとヴィラヌス。
  戦士ギルドマスターであるヴィレナ・ドントンの息子2人を殺した。戦士ギルドのメンバーも多数虐殺した。
  既にシェアの食い合いではない。
  既に亜人版戦士ギルドでは終わらない。

  ……連中の思惑はどこにある……?






  「アジャム・カジン?」
  「そうだ」
  私はパンを食べる手を止める。
  ちょっと早い昼食中。
  「誰それ?」
  聞き慣れない名前。……というかまったく知らん。
  ここはコロールにあるモドリン・オレインの自宅。私も彼も戦士ギルドマスターのヴィレナ・ドントンから追放された者同士。厳密に言えば私は
  幹部から一兵卒に落とされた。だけどまあ実質追放でしょうよ。ヴィレナ、私の顔を見たくないでしょうし。
  この家にいるのは私達だけ。
  アリスは今だレヤウィンの魔術師ギルド支部だ。支部長のダゲイルと腹心のアガタに任せてあるから大丈夫だけど……まだ意識すら取り戻して
  いないのが心配かな。私の後輩であり戦友。心配するのは当然の事だ。
  さて。
  「アジャムなんとかって誰?」
  「ブラックウッド団の大幹部だ」
  「へー」
  大幹部か。そいつは楽しみ。
  結局。
  結局2日前に始末したアザニ・ブラックハートは幹部とはいえ雑魚でしかなかった。役職者ではあるけど係長クラスといえば分かり易いかな。
  奴が保持していた資料はクズ情報。
  つまり大した奴じゃない、というわけだ。何の収穫もなかったけどさ。
  ……。
  ……ああ、いや。収穫はあったか。
  ブラックウッド団が討ち取ったはずの賞金首アザニ・ブラックハートは実は生きていて、しかもブラックウッド団の幹部だった。
  ブラックウッド団は胡散臭い。それが明確になった。
  収穫はあったわね。
  「奴の居場所が分かった」
  「ふーん」
  スプーンでスープをすくい、口に運ぶ。
  お味?
  美味です。
  モヒカンダンマーのお手製だ。
  ふーん。アリスってば良い食生活送ってたみたいね。それにしてもこのモヒカンダンマーが料理の達人とは世の中意外性に見ている。
  まあそこはいい。
  「だけど凄いわね」
  「なにがだ?」
  「追放された身で調査が敏速だからさ、びっくりした」
  「ふん。俺は長い間戦士ギルドにいたんだ。馴染みの情報屋もいれば戦士ギルドの幹部も協力的……いや、いい」
  「ふーん」
  口滑らせたわね。
  追放されたとはいえ今だ戦士ギルドの幹部が協力的。
  幹部だからおそらくアンヴィル支部のアーザンかシェイディンハル支部のバーズのどっちかだろう。
  ヴィレナではなく戦士ギルドはオレインで回ってるわけか。
  なるほどなー。
  「で? えっとアジャム……なんだっけ?」
  「アジャム・カジン」
  「そうそう。そいつ有名な大幹部なわけ?」
  「実のところブラックウッド団の内情は分かっていない。構成は全て非公開だからだ。しかしアジャム・カジンの名は実はしばらく前に出てきた」
  「ん?」
  「アンヴィルで密輸を依頼した張本人の名前(クララベラ号の積荷 〜悪意の断片〜参照)だ」
  「ふーん」
  「その時は気付かなかったがな」
  「それで?」
  「うん?」
  「どうすればいいわけ? 私は行動派だからね。あんたよりも輪に掛けてさ。それでどうする?」
  「頼もしいな」
  「どーも」
  パンを口にする。
  うっまいっ!
  フカフカでおいしいですなー。これもオレインのお手製。スキングラードにあるサルモのパン屋と良い勝負だ。
  「奴は湿りの洞穴にいる」
  「ふーん」
  どこだそれは?
  後で地図で調べよう。
  「そこはブラックウッド団の拠点の1つのようだ。つまり多数の団員がいる」
  「実に好都合」
  「何?」
  「皆殺しにしてやる」
  「……」
  薄く微笑するとオレインは少し体を震わせた。
  これは失礼。
  根が残酷なのでね。ほほほ☆
  しかし皆殺しは既に突拍子もない事ではない。……いやまあ犯罪なんだろうけどさ。
  喧嘩を売ったのは向こう。
  戦士ギルドは大勢虐殺された。オレイン、追放されたとはいえ根が戦士ギルド。私はレヤウィンのブラックウッド団本部に殴り込み掛けると
  コロールに戻る途中で進言したけど止められた。あくまでブラックウッド団の非違を追及する事だ。
  殺しはその手段でしかない。
  ……。
  ま、まあ、殺しが手段な時点でオレインも危ないか。
  まあよろしい。
  ここに至ると平和解決は不可能。
  必要な血は流す必要がある。誰の血であろうともね。
  「じゃあ殺ってくるわ」
  椅子を立つ。
  「待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て」
  「ん?」
  「フィッツガルド・エメラルダ。今《待て》と何度言ったと思う?」
  「……知るか」
  何だこのおっさん。実はお茶目か?
  「で? 何で止めるわけ?」
  「邪魔する奴は始末しても構わんがアジャム・カジンは邪魔しても殺すな」
  「矛盾してんじゃん、その主張」
  「聞け」
  「聞きましょう」
  椅子に座る。
  考えてみればデザート食べてなかった。デザートまだかな?
  あっ。このおっさんはデザートは食べない派かも。
  それはそれでありえるなー。
  「オレイン、デザートは?」
  「まずは聞け」
  「はいはい」
  「アジャム・カジンは大幹部だ。団員どもは倒しても奴だけは生かしてここに連れて来い。……なぁに。ちょっとお話でもしようと思ってな」
  「生かしてはめんどいなぁ」
  意味は分かるけどさ。
  尋問する気か。
  情報源だもんね、大幹部ならさ。
  情報収集。
  つまり今回の任務は『情報収集』。なるほどなるほど理解しました。
  オレインのご要望は叶えるとしましょう。
  「行くの私だけ?」
  「さすがに俺はまずい」
  「まあ、そうよね」
  追放されたとはいえ元戦士ギルド大幹部。表立って今動くのはまずいだろうさ。
  了解しました。
  ただ、これだけは聞いておこう。
  「万が一アジャム・カジン殺しちゃったら……その足でレヤウィンの本部に殴り込み掛けていい? ほら、その方が手っ取り早いし」
  「……なあ、俺の話聞いてたか?」
  「全然☆」
  「……」
  「それで? デザートまだ?」
  私はにっこり微笑んだ。





  湿りの洞穴。
  コロール東にある洞穴。
  ここにブラックウッド団の拠点の1つがあるらしい。……おいおい戦士ギルド本気でまずくない?
  眼と鼻の先だ。
  戦士ギルドの本部はコロール。
  そのすぐ側にブラックウッド団の拠点の1つがあるのだ。戦士ギルド、舐められてる。
  元々戦士ギルドマスターであるヴィレナ・ドントンは長男ヴィテラスが戦死してから『なあなあ☆』な状態。組織の運営は辛うじて行っていた。
  そして今、次男ヴィラヌスも戦死。
  おそらくヴィレナ・ドントンは完全にギルドの流れを止めているはず。
  このままの状況が続けば確実に潰れる。
  このままの……。


  「湿りねぇ」
  ぼやきながら私は洞穴の中を進む。
  洞穴の名称の由来がよく分からない。特に湿ってるわけではない。確かにジメジメはしてるけど、そんな洞穴は数多くある。
  まあいいさ。
  例えどんな名前の洞穴だろうと今から『ブラックウッド団の墓標』に変わるだけの話。
  問題ある?
  問題ナッシング。
  湿りの洞穴に来るまでの所要時間は30分。
  不死の愛馬シャドウメアの爆走だからこそ、この時間で済んだけど普通の馬なら倍は掛かる。
  「ふんふーん♪」
  鼻歌交じりの歩み。
  シャドウメアは洞穴の外で草を食みながら待ってる。
  今回の任務は情報収集。
  ブラックウッド団の内情を探るのが最終目的なんだけど……当面はその情報源の確保だ。殺してはならないらしい。つまり半殺しならいいわけだ。
  アジャム・カジンだっけ?
  連中の大幹部。
  アリスを瀕死に追い込んだブラックウッド団は自動的に私の敵に繰り上がった。
  私の敵、それはつまり不幸になるという事。
  ……奈落に落としてやる。
  ……くすくす♪
  「まっ、とりあえずはアジャム・カジンの身柄の拘束だけどさ」
  拘束は面倒だけど。
  一応オレインの構想としてはブラックウッド団の胡散臭さを世間に知らしめるのが第一前提。
  アザニ・ブラックハートは問答無用で始末しただろうって?
  あれは当初からの流れ。
  そもそも賞金首のアザラ・ブラックハート討伐の任務失敗が戦士ギルドの凋落のきっかけ。それを画策したのはブラックウッド団。そして戦士
  ギルドが全力を挙げても失敗した任務を完遂し、名を上げたのがブラックウッド団。
  しかし実際はアザニ・ブラックハートは生きていた。
  ていうかブラックウッド団の幹部に組み込まれてた。幹部云々は向こうがとぼければ証明のしようがないけど、連中が殺したはずのアザニが実は
  最近まで生きていたは今回の事で世間に証明できた。……いや今はまだ黒馬新聞を通じて証明する準備段階。
  ともかくブラックウッド団のメンツは潰した。
  今後もこんな感じで行くのがオレインの思想。私のように皆殺し説を推し進めているわけではない。
  ……。
  ……まあ、皆殺しの方が楽だけどさー。
  「おっ」
  バッ。
  私は岩陰に隠れた。
  トカゲの団員がいる。ブラックウッド団だ。
  「演習演習。退屈だぜ」
  ぼやくトカゲ。
  いや。独り言ではないわね、あの口調は。誰かまだいる。
  私は気配を消したまま潜む。
  そして現れた。
  ネコの団員だ。トカゲとネコはこちらに気付いた様子はない。喋り始める。

  「アザニ・ブラックハートが死んだんだって?」
  「ああ。らしいな」
  「計画は繰り上がるのかな?」
  「さてな」
  「一斉蜂起が早まったからこそ各々の拠点が増強されてるんじゃないのか? 俺はそう思うのだが……」
  「我々は命令に従ってればいいんだ。考える必要はない。心配するな兄弟」
  「確かにな」

  ……おいおいおい。
  一斉蜂起って何だ?
  物騒な話だ。
  こいつら戦士ギルドに取って代わる気なんじゃないのか?
  確かにギルドマスターの息子2人を始末した時点でただの亜人版戦士ギルドでは終わらない。色々と裏があるのだろう。しかし一斉蜂起。
  なんか話が大きくなってきたなー。
  だけど冷静に考えてみればおかしな話よね。
  アザニ・ブラックハートは賞金首。
  そいつらは世間的にブラックウッド団が始末した事になってる。……実際は生きてて、連中の仲間だったわけだけどさ。
  いずれにしても死亡扱いになってた。
  賞金首の管轄は帝国軍。
  何故帝国軍は死体もないのに《死亡扱い》にしたのか。それを考えると合点が行かないわね。
  裏で繋がってる?
  「ふむ」
  まあいいさ。
  私には事情なんて関係ない。今回は幹部の拘束。憶測好きの雑魚になど興味などない。
  スタスタスタ。
  悠然と足を進める。自然、向こうは気づく。
  「なんだてめぇは?」
  「ここは我々が封鎖している。去れ、冒険者」
  警告。
  いやいや威嚇の意味合いが強いかな。2人とも既に抜き身の剣を手にしている。
  私は微笑を浮かべたまま進む。
  「戦士ギルドのフィッツガルド・エメラルダよ、よろしくね」
  『戦士ギルドの犬かっ!』
  声をはもらせて向ってくる。
  もはや警告も威嚇もない。あるのは殺意と敵意だけだ。あとは悪意。
  私にあるのは善意。
  終わらせてあげましょう。あんたらの人生を。……私の有り余るほどの善意でね。ふふふ、これでこの先人生に悩む必要はない。
  「煉獄っ!」
  『ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  瞬殺。
  これで連中はもう何も悩む事はない。あの世に送ったんだから、人生に悩む必要はないのだ。
  肩を竦めて私は微笑。
  「私って優しいわね」


  その後。
  その後、私は邪魔する奴らを粉砕して進む。
  累計13の死体を築く。
  一斉蜂起?
  ……この戦力で?
  よく分からん。帝国軍を馬鹿にしているとしか思えない。確かにこいつらはどこで入手したのか知らないけど魔力装備をしている。特に武器に関
  しては魔道法で禁止されている《広範囲》にも及ぶエンチャントが施されている。唯一の製造元である大学は禁止してる。
  多分どっかモグリの魔術師が作ったのだろう。
  魔力装備の質が悪い。
  製造元が大学の高度な設備を使ったのでないのは確かだ。
  どこで入手したのだろう?
  まあいいさ。
  「トカゲさんトカゲさん。凶悪な女が来たわよ」
  団員に護られた豪奢な一室に踏み込む。
  団員?
  既に焼きトカゲ。
  「もはや護衛は誰もいないわよ? どうする? 無駄に抵抗してみる? ……抹殺は残念ながら禁止されてるから、半殺しにしてあげる」
  「……」
  贅沢な衣類に身を纏ったトカゲがいる。
  アジャム・カジンだろう。
  随分と金を掛けているであろう衣装。にしてもこんな洞穴の奥で着飾ってどうするんだ?
  戦士ではないだろう。剣すら帯びてないし。
  団員どもを始末するのに魔法を連発した。洞穴内にも派手な音が反響していただろう。ここにも音は届いたはず。そもそも扉を護る団員派手に
  始末したし。にも拘らず何の武装もしていない。だとしたらこいつは魔術師タイプか。
  一番やりやすい相手よね。
  私には魔法が効かない。……ほぼ無効化できる、完全じゃないけど。
  ともかく魔術師タイプは大好物。
  私は連中の天敵として君臨している。
  敵じゃあないわ。
  「アジャム・カジン。ご同行願えますか?」
  「黙れブレトンっ!」
  「黙らなかったら?」
  「死せる者と化すがいいっ! 雷光の洗礼っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  トカゲの手から雷が放たれる。
  「それで?」
  「馬鹿なっ!」
  なかなか強力な魔術師ではあるわね、こいつ。
  大学なら上の下ってところかしら。
  強力な魔術の遣い手だ。
  でも私には無意味。
  「肩こりによく効くわねその雷。……それで次は何をする?」
  「……」
  このトカゲかなり高位の魔術師だ。
  正直護衛は必要なかった。
  実際問題こいつ1人でここの洞穴にいた連中を潰せる。ブラックウッド団の幹部にしておくには惜しい人材よね。それになかなか思慮もある。こいつ
  ほど高位の魔術師なら私の特性を理解できるのだろう。抵抗の無意味さを知ってうなだれた。
  「好きにしたまえ」
  「分かり合えるって素敵ね」
  私は微笑した。
  任務終了。





  コロール。
  アジャム・カジンは私に言われるがままに従った。
  よっぽど黙秘を護れるほどの自信があるのか、それとも抵抗する気力も失せているのかは知らんけどさ。
  まあいいさ。
  どっちにしろ最後には全てを話す事になる。
  意味は同じよね。
  「そこに座れ」
  連行した先は当然オレインの家。
  モヒカンダンマーは残虐そうな笑みを浮かべたままアジャム・カジンに座るように命じる。なかなかに怖い笑みですなー。迫力あり過ぎ。
  素直に椅子に座るトカゲ。
  何かも思惑があるのだろうか?
  「フィッツガルド・エメラルダ。こいつの尋問をしろ」
  「私が?」
  「俺はこいつが妙な事をしないように見張っておく。いいかトカゲ野郎。妙な事をしたらその場で殺すからそう思え」
  過激ですなぁ。
  トカゲは鼻で笑う。なかなかにガッツがある。
  「随分と野蛮ですなオレイン殿」
  「何とでも言え」
  お互いに組織では大幹部。多分立場的には同じ地位なのだろう。つまりはナンバー2。
  初の顔合わせ、なかなかに趣がある事で。
  それにしても尋問ね。
  こいつ虜囚の顔をしていない。つまり喋る気はないのだろう。ここまで大人しく従ったのは誰の指示で私が動いているか見極めるつもりだったの
  かもしれない。息子を亡くして弱腰のヴィレナ・ドントンの差し金ではないのを分かっていたのだろう。
  黒幕を見極める為に従った。
  そんなところかしらね。
  それに戦士ギルドが尋問の為に殺す事はないと踏んでいるのだろう。必ず解放されると信じてる。
  だとしたら甘いわね。
  始末はしないけど、口を開かせちゃう術はいくらでもあるのよ。
  「アジャム・カジン」
  「何だねブレトン。野蛮な拷問になど私は屈しないぞ」
  「野蛮な事はしないわ。ほら私はエレガントを愛するブレトン淑女だし」
  「そいつは結構だ」
  視線はオレインに向けられたまま。
  憎悪の視線が交差している。
  私はもう一度呼び掛ける。
  「アジャム・カジン」
  「何だね」
  「アジャム・カジン」
  「何だね」
  「アジャム・カジン」
  「何だねと言っているだろうっ!」
  執拗さに憤りを隠せずに吼え、私を見据える。
  「見たわね」
  「……くぅぅぅぅぅぅっ。これは……」
  「さすがは一流の魔術師。よくご存知ね、その博識さには感服するわ。でも軽率よね。私の目を見るなんて」
  「……魅了か……」
  「偽りの敬愛」
  魅了の魔法《偽りの敬愛》発動。
  視線を交差させた者を魔力で支配する魔法だ。
  正直あまり好きではない魔法でもある。
  何故?
  だって私の魅力で落としたわけじゃないもの。魔法で相手の心を落とすのは、なんか空しいんだよなー。だけど今回は悠長に尋問している場合
  ではない。拷問の場合は嘘を付く可能性もあるし。しかし魅了の魔法に嘘はありえない。
  強靭な精神力で抵抗はするかもしれないけど無駄よ無駄。
  「アジャム・カジン」
  「……はい……」
  トロンとした瞳。
  術に落ちた。
  完全に私に魅了されている。さて尋問タイムだ。
  「……何をした、こいつに?」
  「魅了の魔法を掛けた。私の下僕になったわ、こいつ。それでこいつに聞きたい事は何? 何を聞けばいい?」
  「おいアジャム・カジンっ!」
  「駄目っ!」
  直接疑問をぶつけようとするダンマー。
  返って来たのは……。
  「うるせぇぞこのモヒカン野郎っ! お前のような髪型はフォールアウトのレイダーが似合ってんだよ『ひゃっはぁー☆』してろボケーっ!」
  「なっ!」
  返って来たのは暴言。
  ダンマーは私の顔を見る。
  「こいつ私の下僕」
  「……ああ、なるほど。じゃあお前に質問を通せば良いのか?」
  「そうなるわね」
  「じゃあ聞いてくれ。こいつらの規模を」
  「了解」
  私は従順なトカゲに目を移す。
  完全に私の虜。
  「ブラックウッド団の規模は?」
  「表向きは100名を超えた程度だが隠れ兵力は多い。それに呼応した兵力もな」
  「隠れ兵力? 呼応の兵力?」
  なんじゃそりゃ。
  オレインは身を乗り出す。私も気になる。聞いてみよう。
  「兵力って何?」
  「言えんっ! それは言えんぞいくら女王様の命令でもなっ! ……そ、その足で踏まれたら考えるがな……」
  ……考えるのかよ。
  「おい。どうしてこいつは喋らん?」
  「抵抗してるからよオレイン。なかなか精神力があるわね。この話題はこれ以上は無理よ」
  「では他の質問を頼む」
  「何を質問する?」
  「リーダーの名だ」
  「リザカールでしょ?」
  「そうだが聞いてくれ。何故奴がリーダーなのかもな」
  「了解」
  仰せのままにボス。
  「アジャム・カジン。リーダーの名は? そしてリーダーの理由は?」
  「マスターの名はリザカール。カジートです。理由は名のある傭兵だからです。名声は高い。ヴィレナ・ドントンと同じですよ」
  「ああ。そういう事か」
  なるほど。
  戦士ギルドと同じか。
  ヴィレナ・ドントンは名のある戦士ではあるけど事務能力はない。つまり組織を運営できる能力はない。出来るのはその名声を慕う者を集める事。
  組織運営の為の客寄せ、みたいなものかな。
  戦士ギルドの場合は事務系能力はオレイン。ブラックウッド団にはアジャム・カジン……だと思う。
  ともかく。
  ともかくカジートがボスの理由はそういう事か。
  「オレイン、他に質問は?」
  「盗賊ブラックボウとの関連を聞いてくれ」
  「盗賊……はっ?」
  「以前レヤウィンで活動していた大盗賊団だ」
  「はいはい。……アジャム・カジン、ブラックボウとの関連は?」
  「レヤウィンの治安を悪化させる為に仕立て上げた組織です。連中が治安を乱す、我々が鎮圧して名を上げる。自作自演の為に組織しました。しかし
  白馬騎士団に、首領であり我々の幹部であるブラック・ブルーゴが討ち取られてからは連中を捨てました」
  「捨てた?」
  「深緑旅団と手を組んだのです。その際に仲介してくれたのは……」
  「誰?」
  「名は知りませんがインペリアル。マスターと懇意の方です。私は、知らない」
  「そう」
  嘘ではないだろう。
  魅了の魔法で嘘はつけない。抵抗する事はあっても嘘はない。
  喋るか黙秘。そのどちらかだ。
  それにしても深緑旅団戦争を画策したのはこいつらブラックウッド団か。その結果、レヤウィン伯であるマリアス・カロの絶大の後援を取り付け、逆に
  戦士ギルドはレヤウィンでの基盤を失った。最初から全ては計略だったわけだ。
  「クソ野郎どもがっ!」
  怒る理由は分かりますよ。
  「アジャム・カジン、戦士ギルドに取って代わる事が最終目的?」
  「こ、答えんぞっ! いくら女王様の命令でもなーっ! ……ロウソク責めされたら、喋ってもいいがな……」
  ……喋るのかよ。
  「答えなさい」
  「い、嫌だ」
  抵抗するか。よっぽど言えないのだろう。
  ならば質問を変えよう。
  「戦士ギルドに取って代わるのは目的の1つでしかない?」
  「そ、そうです」
  最終目的ではないのか。
  「何の為に?」
  「元老院の裁可があれば公然と人員を募れる」
  「なるほど」
  ブラックウッド団の人員が100名止まりの理由はあくまで私設団体だからだ。……非公式のメンバーは多そうだけどさ。
  ともかく法的にはこれ以上増やすと反乱と取られる。
  ただし元老院の裁可があれば別だ。
  戦士ギルドは元老院から特権を与えられてる。ブラックウッド団が戦士ギルドに取って代わりたいのは、その特権が欲しいのだろう。
  なるほど。
  裁可を得て人員を公然と増やし続ける。
  つまり最終目的は反乱?
  「ブリーカーズ・ウェイの虐殺(滅びの村参照)に関わってるか聞いてくれ」
  「ブリー……?」
  「聞いてくれ」
  「はいはい。聞いての通りよ。そこでの虐殺に関与した?」
  「はい、女王様」
  こくん。
  頭を縦に振った。完全に魅了の魔法の術中らしい。
  ペラペラと喋りだす。
  「オレイン殿の姪御を殺す事で、オレイン殿の気勢を殺ぐ為に画策しました。井戸に特殊な樹液を混ぜる事で虐殺の暗示を掛けました」
  「樹液?」
  「言えんっ! 言えんぞ例え女王様の命令でもなっ! ……ま、まあ、私が全裸市中引き回しにされるのであれば考慮してもいいが……」
  ……考慮するのかよ。
  「フィッツガルド・エメラルダ。そいつに聞いてくれ。力の源をな」
  「力の源?」
  さっきから質問の連続だ。
  まあいいけど。
  「どう考えたってこいつらのやってる事は普通じゃねぇ。ヴィラヌスの日記は俺も読んだ。仲間すら殺すなんざ普通じゃねぇっ!」
  「……」
  そうかな?
  よくある事だとは思うけど……まあ、多分オレインの価値観では普通ではないのだろう。
  聞いてみるとする。

  「奴らの力の源は何?」
  「そ、それは……」
  「言いなさい」
  「ぜ、絶対に嫌だ」
  口ごもる。
  魅力の魔法に抵抗している。こいつなかなか根性あるなー。
  ……いや。
  根性ではなく忠誠心なのか。
  まあいいさ。
  「奴らの力の源は何?」
  「そ、それは……」
  「奴らの力の源は何?」
  「そ、それは……」
  「言いなさい」
  「そ、それはヒ……」
  その時だった。
  口に出来たのは力の源の事ではなかった。
  出たのは悲鳴。

  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  『……っ!』
  ごぅっ!
  突然ターゲット炎上。
  意味不明だ。
  「フィッツガルド・エメラルダっ!」
  「私は何もやってないっ!」
  怒鳴り返す。
  その間にもアジャム・カジンは燃え上がっている。既に叫んではいない。死んでる。しかしこのまま燃えて家ごと炎上されても困る。
  ……。
  ……まさかこれは悪役定番の自爆の同類?
  組織を護る為に自らを燃やすとは。
  敵ながら天晴れな奴……とは言わん。馬鹿だ。ただの馬鹿。死ぬぐらいなら情報洩らせよ。
  まあいいさ。
  まずは……。
  「絶対零度」
  冷気の魔法を叩き込む。
  炎は瞬時に消える。
  しかし予想通りアジャム・カジンは黒焦げトカゲになってる。……おや?
  「これは……」
  死体を見て私は異変に気付く。
  出来る女は凄い☆
  「これか」
  ツンツン。
  アジャム・カジンの指に嵌った指輪を突く。
  あれだけ燃えたのにこれだけは残っている。わずかだが魔力を感じる。多分これか。魔力が開放され、炎上。
  そんなところか。
  「原因はこいつね」
  「指輪か?」
  「ええ」
  「何故指輪で死ぬ?」
  「そういう風に細工してあるからよ。自殺用にね。……いやいや、始末用か」
  「口封じって事か?」
  「多分ね」
  何らかのワードで発動する仕組みなのだろう。
  奴らの力の秘密がワード?
  うん。
  それで決定よね。
  しかしわざわざ思わせ振りな消し方をするもんだ。ブラックウッド団の力の源が胡散臭いものだと証明しているようなものだ。何考えてるんだ?
  ……。
  ……ああ、そうか。
  それが目的か。
  思わせ振りな消し方をする。力の源を口にしようとした瞬間にだ。つまりは用意周到な策略ってわけだ。
  当然私達もブラックウッド団がまともじゃないと勘繰る。
  だけど証拠はない。
  何も証明できる材料がない以上、組織への疑心暗鬼だけが残る。
  こちらの憎しみと怒りを増させて暴発させる気かもしれない。まあ既に暴発しているっていう説もあるけどさ。拠点2つに殴り込み掛けたしさ。
  「それでこれからどうする……」
  ドゴォォォォォォォンっ!
  突然扉が砕ける。
  なんだー?

  「我々の高貴なる思想に敵する者には死をっ!」
  扉を蹴破ってトカゲが乱入。
  黒衣を纏ったトカゲの集団。集団といっても数は5名。手にはショートソードを持っている。
  ……はあ。
  内心で溜息。
  やっと闇の一党の暗殺者を退場させたのにその真似事をする組織が出てくるとはねー。
  刺客はうんざり。
  二番煎じ。
  飽きてるのよその展開には。早々に退場を願おう。……あの世にね。
  「やれやれ」
  すらり。
  剣を引き抜く。
  魔法で蹴散らしてもいいけどここはオレインの家だ。家ごと粉砕したらさすがにオレインも良い顔をしないだろう。
  タッ。
  踏み込み刃を振るう。
  「ぎゃっ!」
  1人始末。
  オレインはオレインで愛用のトゲトゲメイスを手にして敵に突撃する。室内での戦いは数が有利に立つとは必ずしも言い切れない。特に相手側
  は扉から乱入してくる側だ。つまり突入するには必ず1人ずつだ。対してこちらは常に2人で対応出来る。
  戦闘は1対2で進行している。
  負けるはずがない。
  まあ、戦士ギルドの実力者が2人も揃ってるわけだしさ。
  数分で終了。
  残るのは死体だけ。
  ああ、あとは砕けた扉の破片か。掃除が大変そうね。やった奴にやらせればいいんだけど、そいつは死体になってるし。
  まあいい。
  私の家じゃないし。

  「なんなんだこいつらはっ!」
  「死体よ」
  転がる死体。
  全部トカゲどもだ。
  憶測と推測の結果、私はこいつらはブラックウッド団だと思う。アジャム・カジンの奪還?
  どっちかというと始末かなぁ。
  多分指輪が外された時を想定した用の刺客どもだろう。
  ブラックウッド団は基本どの種族でも所属おっけぇだけど、本当に信用できるのはトカゲだけらしい。……もしくはネコか。いずれにしても機密性
  の高い、残虐な特命の際にはトカゲを使うのは連中の基本らしい。情報が統制しやすいのかな?
  それとも特別な仲間意識?
  まあいいさ。
  「無駄よ」
  身元を調べようとするオレインを止める。
  どんな馬鹿でもわざわざ身分証を携帯して襲撃はしない。どんなに自信があってもね。組織に所属する以上、そんな軽率な事はするまい。
  実際に無駄で終わった。
  何も持ってない。
  「で? どうする?」
  「まずは掃除だな。お前は死体を捨ててきてくれ。俺は扉の破片を片付ける。今日は燃えるゴミの日だから丁度いい」
  「……さすがはアリスの叔父さんよね」
  出来るぞこいつっ!
  アリスは天然だったけどこいつはお茶目系かー。実に似合わん。こんなモヒカン親父がお茶目系を地で行くのは納得出来ない。
  世の中不思議で一杯だ。
  さて。
  「内情は何となくは分かったけど手掛かりは消えたわ。証人は黒コゲ。どうするわけ?」
  「これは幹部を手当たり次第に誘拐しても無意味だな」
  「そうね」
  実際そうだと思う。
  誘拐しても今回みたく物騒な魔法の指輪で始末される。
  じゃあ今後は始末に切り替える?
  んー、無駄。
  向こうは幹部の命なんてどうでもいいらしい。大幹部始末したし。多分喋ろうが喋るまいが始末する気だったんじゃないかな。指輪はおそらく何
  らかの言葉で反応するようになってたのだろう。おそらくブラックウッド団の秘密を喋ろうとしたら炎上するってわけだ。
  多分今の理論で正しいでしょうね。
  何故って?
  簡単よ。
  向こうが何らかの手段でこちらを遠視しているとしたら、指輪を遠隔操作できるのであれば捕えた時点で始末するからだ。
  指輪外した用に刺客を放っていたわけだから元々始末するつもりだったわけだ。
  いやあれは純粋の刺客ではないだろう。
  何故って?
  「ボスの名はリザカールだっけ? なかなか頭が回るわね」
  「どういう意味だ」
  「簡単よ。情報と真相だけ残して証拠を残していない。幹部も刺客も全員死んでる。死体とブラックウッド団に対する不審さだけを残してるだけ」
  「なるほど。確かに」
  「頭良いわよね、リザカールとかいう奴さ。証拠が何もない以上、こちらが騒ぐ理由は理由にはならない」
  「お前も頭良いな」
  「ありがとう」
  真実は証拠がなければ信実にはならない。
  何も証拠はないのだ。
  幹部は死亡。
  刺客は死亡。
  情報を残して幹部は果て、ブラックウッド団の胡散臭さを残して刺客は果てた。リザカールは承知の上で全て仕組んでいるのだろう。もちろん刺客
  どもは自分達が捨て駒だとは知らないし、ほぼ確実に殉職決定なのも知らなかったはず。
  運が良ければ討ち取れる。その程度の認識で刺客を放ったに過ぎないわけだ。
  わざわざ刺客をトカゲにしたのもその意味合いだろう。
  ブラックウッド団=トカゲ。
  この方程式は浸透している。そして私達はこの状況だ。トカゲに襲撃されたらブラックウッド団の差し金だと憶測するのは必至。
  結局胡散臭さだけ残し事態は終了。
  まあいいさ。
  いずれにしても連中の数はこれで減った。
  これでいい。
  これでいいわ。
  殲滅する手間が多少は省けるってもんよ。
  ほほほー☆
  「ところでオレイン。何ならブラックウッド団のレヤウィン本部叩こうか?」
  「……」
  「オレイン?」
  「……」
  「おーい」
  「……」
  沈黙の我侭オヤジ。
  チョイ悪?
  スキングラードのハシルドア伯爵とどっちがチョイ悪かな?
  今の世の中ダンディー路線らしい。
  「フィッツガルド・エメラルダ」
  「ん?」
  「お前はこれからシェイディンハルに行け。行って支部長のバーズと接触するんだ」
  「おっ。次はどんな極秘任務?」
  「違う」
  「はっ?」
  「前にシェイディンハルで人材が少ないと言われていてな。援軍が必要なのだ。お前が行け」
  「行けって……あんた追放されてるでしょうに」
  「魂は戦士ギルドだ」
  「ああそうですか」
  ……難儀な奴。
  まあいいさ。
  次の極秘行動の為には時間が要るのだろう。その間に私はシェイディンハルの援助。……確かに私は降格はされたけど追放はされていない。
  「それでどんだけ仕事するの?」
  「今はそう仕事はないはずだ」
  「はっ?」
  「援助が必要なのは確かだが……現状はブラックウッド団に仕事を持って行かれた。人材もな。仕事の量は少ないのだが、人材は少な過ぎるの
  で対処が出来ないでいる。出来る奴が必要だ。だからお前だ。お前は出来る女だ。シェイディンハル支部に行き援助しろ」
  「仕事が終わり次第どうする?」
  「ここに戻れ」
  「了解」
  お仕事お仕事。
  気が付きゃ私は困った人の味方☆
  私は天使で悪魔だけど、善意も悪意も併せ持っちゃったりはしてるけど、それでも大切な人を護る。アリスは私の身内も同然。
  アリスを傷付けたブラックウッド団を存在させておくのは美学として許せない。
  絶対に?
  絶対にだ。





  拝啓ブラックウッド団様。
  闇の一党ダークブラザーフッドの二の舞になって欲しく私は努力している最中です。
  失業するか全滅するかは……選ばせません。
  お前ら全滅確定私が決めた今決めた。
  私の言葉は絶対です。
  ご了承願えますかな?
  ふふふ。