天使で悪魔







破滅の村






  その悪意は計画されていた。
  その悪意は用意されていた。
  その悪意は……。

  誰が何の為に?
  戦士ギルドに忍び寄る悪意は、最悪な存在だった。祟るのは戦士ギルドにだけではなくこの大地に住まう全ての者に対して。
  自分達以外の者を排除しようとするその悪意。

  ……静かに忍び寄っていた……。





  チョキン。チョキン。
  巨体のそいつは両のハサミであたしを威嚇する。
  「……」
  チャッ。
  剣を持ち直し、あたしは対峙する。
  夕日を浴びながら相対する敵は巨体のマッドクラブ。ただのマッドクラブなら戦士ギルドが出張る……いやまあ、依頼されれば討伐に
  行くけど、ただのマッドクラブなら村人でも武器さえ持てば勝てる相手。
  しかし今回の相手は違う。
  巨大。
  突然変異なのか、それともここまで育つ種類なのかは知らない。
  チョキン。チョキン。
  蟹なのに前進してくるのだから侮れない。ジャンプもしてくるし。
  これが今回の相手。
  帝都の北にある村ブリーカーズ・ウェイに突如出現したこの巨大マッドクラブの討伐が今回あたしに与えられた任務。
  依頼元はこの村。
  村のど真ん中に居座る蟹との死闘は、今幕を開けるっ!
  「行くわよっ!」
  そして……。
  


  あたしの名はアイリス・グラスフィル。愛称はアリス。
  ギルドマスターであるヴィレナおば様の逆鱗に触れ、コロールの本部からアンヴィル支部に飛ばされた。
  挽回の機会を信じて一生懸命(いつも一生懸命だけど)任務をこなして頑張った。
  結果、それが報われた。
  アンヴィル支部長アーザンさん。
  シェイディンハル支部長バーズさん。
  2人の大幹部の推挙によりあたしは再びコロールの本部に復帰。……ま、まあ、ヴィレナおば様はまるで喋ってくれなかったけど(泣)。
  ともかく復帰。
  そして今回与えられたのが、ブリーカーズ・ウェイに出没した巨大マッドクラブの退治。
  さあて。
  頑張るぞー♪






  「アイリス・グラスフィル、ビールの一気飲み、行きますっ!」
  ……で、こうなると。
  巨大だろうが蟹は蟹。戦士のあたしには大した敵ではない。雷属性の魔法剣で一刀両断し、酒宴の材料にしてやった。
  蟹は美味♪
  あたしにとっては雑魚でも、この村にとっては天敵。
  今まであの蟹によって農作物は荒らされていたらしい。……何故蟹が農作物を荒らすかは謎。
  ともかくあたしは蟹を退治。
  この村の長であるダンマーのニヴァン・ダルヴィルさんとノルドのフロル・ウルフガーが大いにあたしに感謝、その結果酒宴を開い
  てくれた。今夜は酔い潰れるまで飲むぞー。
  ゴクゴクゴク。
  「ぷっはぁー♪」
  『おおー』
  感嘆の眼差し。
  あたしはビール党。村人達は水割りを飲んでいる。全員。何故かと聞けば……。
  「この村の井戸の水はおいしいのよ。水割りが最高なの」
  だ、そうです。
  そう答えたのはカーステンさん。ノルドだ。
  どうもこの村はノルドとダンマー、2つの種族が共同で暮らしているようだ。
  何故だろう?
  聞いてみる。

  「この村はウルフ・ザ・ブリーカーによって作られたの。その後、ダンマー達が移り住んできたのよ」
  なるほど。
  つまりはフロル・ウルフガーさんの血縁者がこの村を作り、村が出来上がったその後にダンマーであるニヴァン・ダルヴィルさん達が
  移り住んできたのだろう。
  よく見ると、酒宴でもちゃんと分かれている。両種族は綺麗に分かれて座っている。
  そこには見えない壁か溝がある。
  仲が悪い?
  険悪ってわけでもなさそうだけど仲良しにも見えない。
  結構種族間の壁って大きい。
  あたし?
  あたしは別に気にしないけど、世界は複雑。差別はあるし、身びいきもある。それが世界の現状だ。……帝国人の差別主義が結構
  拍車を掛けてるのも大きな原因の一つだ。インペリアル至上主義。
  人々を導き護る帝国がそれで良いのかな?
  ……。
  あたしってば反帝国的な思想?
  そうかもね。
  一応あたしはモロウウィンド出身だから、帝国に対する信奉は一切ない。そもそもどうでもいいし。
  さて。
  「アイリシュ・グリャスフィル、ピーリュ、一気飲みしまぁーちゅ♪」
  ……だ、駄目だ、呂律回ってない。
  夜は更けていく。





  「……えっ?」
  目が醒めたあたしの第一声は間の抜けたものだった。自分でも分かる。間が抜けてる。
  プロらしくない。
  あのまま酔い潰れたあたしは村の宿屋グッドウィルに泊まった。既に日は昇り、昇り切って正午。アルコールで自然と目が覚めなかっ
  たらしい。このまま寝てたら脳がタルタルソースになるのではないかというぐらいの寝坊だった。
  起こしてくれたのはカーステンさん。
  親切?
  ……違う。それは変事。
  酒宴が終わった後、解散した後、変事が起きた。
  フロル・ウルフガーさんとニヴァン・ダルヴィルさんが亡くなった、そうカーステンさんは憤りながら語った。殺されたのだと。
  ダンマー達に殺されたのだと。
  事情はよく分からない。
  ただ、フロル・ウルフガーさんがニヴァン・ダルヴィルが以前から所持していた儀式用のダガーに心臓を一突きにされた、カーステン
  さん達はそれがダンマーの陰謀だと思い込んでいる。そして憎しみを燃え上がらせている。
  一方、ダンマー達もヒートアップしているらしい。
  何故なら死んだニヴァン・ダルヴィルの手の中には、フロル・ウルフガーさんの家宝の指輪が握られていたから。
  双方、互いに憎しみ合う。
  この現状の中、あたしだけは第三者。中立的に物事が見れる。
  おかしい。
  おかしい。
  おかしい。
  そう、心が警告していた。確かにおかしい。まるで誰かが画策したような感じが拭えない。それにどうして双方ここまで殺気立っている
  のだろうか、その意味が分からない。
  疑心暗鬼は理解出来る。
  だけど既に疑心暗鬼は最悪な結末へと移行しつつある。幾らなんでも速すぎる展開だ。
  それは何故?
  まずは冷静になってもらわないと。
  「カーステンさん」
  「うるさいっ! お前もダンマーだ連中の味方なんだろっ! だけどまあいいわ、まずは連中を血祭りよっ!」
  「カーステンさんっ!」

  「あの連中を殺してやるぅーっ!」
  「カーステンさんっ!」
  短剣を抜き放ち、宿の外に駆け出していくカーステンさん。
  2人の長が殺された。
  ノルド。
  ダンマー。
  元々仲は良くなかったけれども、2つの種族はここでうまくやって来た。しかし今、その均衡が崩れた。誰が暗殺したのかは知らない
  けどここに住むノルドとダンマーの代表2人が殺された。それが引き金となり……。
  「……やっぱりおかしい」
  疑心暗鬼。
  それはいい、それは理解出来る。
  だけどヒートアップし過ぎじゃない?
  いきなり刃物を持ち出して駆け出す、いささか事態は一足飛び過ぎる。
  嫌な予感がした。
  「カーステンさんっ!」
  あたしも外に。



  それは止められなかった。
  ただ。
  ただ。
  ただ、全てが赤に。
  外に出た時、村人達は殺し合いを演じていた。2つの勢力に分かれて、殺し合う。
  ノルド。
  ダンマー。
  決して仲が良かったわけではないだろう。でもだからって殺し合いに?
  疑心暗鬼は加速度的に殺し合いに移行する。
  「やめてくださいっ! やめてくださいっ! やめてくださいっ! やめてくださいっ! やめてくださいっ! やめてくださいっ!」
  叫ぶ。
  叫びながら、村人達を止める。
  ……止まらない。
  ……止まらないっ!



  「……」
  沈黙。
  静寂。
  血、死、肉、屍、血、死、肉、屍、血、死、肉、屍、血、死、肉、屍、血、死、肉、屍、血、死、肉、屍、血、死、肉、屍、血、死、肉、屍っ!
  あたしの周りにあるのはそれだけだ。
  皆、殺し合って死んでしまった。
  ……いや。
  ダンマーの女性が1人生き残った。

  「……皆死んでしまった。どうしてこんな事になったのだろう。お互い、仲良くやっていたつもりなのに……」
  唯一生き残ったダンマーが呟いた。
  心ここにあらずという感じだ。
  無理もないか。
  あたしも心境は同じだ。
  「……」
  あたしは襲われなかったものの、一度も剣を振るわなかったものの、剣が重かった。だらりと下げる。
  何て結末なんだろ。
  何て……。
  横たわる村人達の死体。誰一人生きてはいない。
  何の為の殺し合い?
  それを知る者は誰もいない。
  確かに疑心暗鬼は存在した。二人の長が殺された、どちらも怒りは頂点に達した。今まで口にはしなかったものの、わずかに持って
  いた種族間の壁が疑心暗鬼から爆発した。しかしその爆発の仕方が、あたしにはどこか不条理に感じていた。
  剣を鞘に戻す。
  ともかくこうしている場合ではない。
  あたしは生き残ったダンマーの人に近寄る。
  「ぎゃっ!」
  小さく悲鳴を上げて彼女は倒れた。
  ドサ。
  とても生きているとは思えない。矢が額に深く突き刺さっていた。
  バッ。
  あたしは剣を抜きながら大きく飛び下がる。その瞬間、あたしが立っていた場所に矢が通り過ぎた。
  膨れ上がる殺気。
  3人の人影がこちらに走ってくる。皮の鎧を纏った3人のアルゴニアンだ。
  この村の住人ではあるまい。
  ならば何者?
  ひゅん。ひゅん。ひゅん。
  3人は矢を放ちながらこちらに向かって走ってくる。あたしは転がり矢を回避。そのまま家の陰に隠れた。誰だか知らないけど、あたし
  を狙っているのは確かだ。
  「よっと」
  ジャンプ。
  丁度樽が置かれていたのでそこを足場に屋根に登り、身を伏せる。
  息を潜めた。
  「どこだっ!」
  「探せ、あいつの姪をっ! オレインの姪をっ!」
  「あの女を殺して奴の気勢を殺げっ!」
  ……?
  屋根の上に潜みながら、会話聞き入るけど……狙いは、あたし?
  あのトカゲ達は少なくともあたしを狙ってる。
  いや。
  正確には『戦士ギルドのチャンピオンのモドリン・オレインの姪』を狙っている。つまり本当の狙いは叔父さん。あたしを殺す事によって
  叔父さんに悲しみ(……悲しんでくれるかな?)を与えようとしているのだ。
  何者だろう?
  考えたところで、まあ、分からないか。
  戦士ギルドには仕事柄敵が多い。どういう恨みで付け狙うかは判別不明。
  いずれにしても……。
  「……」
  こいつら許せないっ!
  どういう経緯で村人達がここまで殺し合ったかは分からないけど、こいつらが策動したのは間違いないだろう。
  許せる?
  許せないっ!
  「やあっ!」
  剣を振り上げたまま屋根からジャンプ、トカゲの1人にそのまま……。
  ザシュ。
  地面に着地したと同時に、1人のトカゲがあたしの持つ血塗られた刃で一刀両断。残りの2人は虚を衝かれた形となり対応が遅れる。
  タッ。
  地を蹴り、間合いを詰める。
  トカゲ達は弓矢を構える。……誤った対応だ。ここは弓を捨てて剣を構えるべきだった。
  ついてないですねっ!
  「はあっ!」
  「ぎゃっ!」
  「……っ!」
  2人を斬り捨てる。
  血煙に沈むトカゲを見下ろしながら、あたしは溜息を吐いた。
  何でこんな事に?
  何で……?





  後味の悪過ぎる戦いは終わった。
  あたしはコロールに取って返し、その旨を叔父さんに報告した。
  叔父さんもおば様も驚愕してすぐに調査隊を送り込んだ。
  徹底的に調査。
  徹底的に。
  それから三日が過ぎた。


  「分析の結果が出ましたよ」
  本部のコロール会館に1人の男性がやって来た。隣にある魔術師ギルドの支部長ティーキーウスさんだ。
  村人達の突然の殺し合い。そこに何らかの魔法か薬が関係していたのではないか?
  そう考えた叔父さんが魔術師ギルドに協力を要請したのだ。
  戦士ギルドと魔術師ギルド。
  世間的には敵対している、もしくは険悪というイメージを抱いているようだけど、元々得意とする領域と領分が真逆なので上手く住み
  分けが出来ている。大抵は非干渉。
  他の街では知らないけどコロールでは結構仲良くやっている。
  さて。
  「井戸の水に不審な物質が混ぜられていましたよ」
  戦士ギルドの執務室。
  丁度あたしも別件で執務室にいた。
  魔術師ギルドの支部長ティーキーウスさんの報告を、戦士ギルドのマスターであるヴィレナ・ドントン、腹心のモドリン・オレイン、そして
  あたしとで聞く。関係した依頼ではあるものの、あたしは場違いなので退室しようと思ったけど、叔父さんに止められた。
  聞いて行けと。
  椅子に座り、調査報告を聞く。
  「うちの研究員に発破を掛けて急いで調べさせましたよ。感謝してくださいよ。ははは」
  「ご苦労様です」
  恩着せがましく振舞うアルゴニアンのティーキーウスさんに対して、おば様は頭を下げた。
  ……悪い人じゃないの。
  うん。ティーキーウスさんは悪い人なんじゃないけど、どこか魔術師っぽくない。
  コロール支部の魔術師ギルドのメンバーに前に聞いたんだけど、魔術師というよりもより純粋に政治家らしい。
  まあいいか。
  今回、尽力を尽くしてくれたのは確かだ。
  魔法や薬は魔術師の領分。
  「それで?」
  叔父さんが促す。
  こほん。
  咳払いをして、支部長は話し始める。
  「井戸の水質そのものは、まあ、多少の不純物が混じっていたものの、飲料水に適してはいますな。ただ妙な物質が混ざってた」
  「そいつは何だ? ティーキーウス殿?」
  「樹液ですよ、オレイン殿」
  「樹液?」
  「樹液」
  井戸の水の中に樹液?
  でも村人達の殺し合いと何の関係が?
  確かに長達が殺され、疑心暗鬼になった2つの種族が殺し合ったのは確かだ。しかしそれは直接的な要因になる?
  ……ならない。
  あの殺し合いの様は異常だった。
  樹液が関係ある?
  同席は許されてるけどさすがに口は出せないだろう、階級的にも。ティーキーウスさんの次の言葉を待つ。
  ペラペラ。
  井戸水の分析結果が記されているのだろう。
  書類を捲りながら支部長は言う。
  「何の樹液かの特定は、出来ていませんな。研究員達は分からないらしい。シロディールの植物の樹液ではないらしい」
  「ふむ」
  「ただし暗示効果のある樹液、らしい」
  「……暗示効果?」
  暗示、か。
  何か関係あるのかな?
  ティーキーウスさんは分析結果の報告書を今始めて見るのか、興味深そうに読んでいる。確かに魔術師っぽくはないかな。
  政治家っぽい。
  小さい声で彼は呟いた。
  「……ほぉー。ヒストと同じ成分か。これは珍しい……」
  ヒスト?
  何のことだろ?
  分析結果からは何も見えてこない。結局、分からないまま。ティーキーウスさんは分析結果の書類を置いて帰って行った。
  もちろん謝礼は戦士ギルドが払ったし費用も支払った。
  何も見えて来なかった、かな。
  何も……。





  「暗示か」
  ティーキーウスが去り、アイリス・グラスフィルも退室させた後、モドリン・オレインは呟く。
  バサ。
  分析結果の書類を机に捨てた。
  紙が何枚か床に落ちる。
  「何か気になる事でもあるのですか、オレイン?」
  「あのトカゲどもの素性は謎のままだ」
  「……? それが何か?」
  結局、アリスを襲撃した3人のアルゴニアンの素性は謎のまま。戦士ギルドが調査しているし、戦士ギルドからの要請で魔術師ギルド
  のコロール支部も動いている。
  もちろんそれだけではなく帝国も衛兵を派遣した。
  街の外は関知しない。
  それが通例ではあるものの、さすがに村1つ消えたのであれば話は別だ。
  それでも。
  それでも、トカゲの素性は不明。
  「オレイン?」
  「奴らが何者か、俺には何となく分かっているが……まあ、そこはいい。暗示のある樹液、そこから導き出される答えは一つ」
  「それは?」
  「長の二人が殺された。二つの種族は疑心暗鬼になる。つまりは、そういう事だ」
  「妙な樹液の混ざった水を摂取した村人が、疑心暗鬼を暗示効果で倍化させたと?」
  「そう考えるのが自然だ」
  「……」
  「そしてそれを画策したのは……」
  「下らない。憶測でモノを言うのはやめなさい」
  「ヴィレナっ!」
  「話は以上です。貴方も下がりなさい」
  「まだ分からないのかっ! 連中はアリスを俺の姪という事で付け狙ってた。憶測だ、憶測ではある、しかしブラックウッド団が関わっ
  ていると見るのが普通だろうがっ! そうじゃないのか、ヴィレナっ!」
  「貴方のただの被害妄想でしょう、オレイン。もう、うんざりです」
  「見て見ぬ振りを続けると必ずいつか取り返しがつかない事になるぞっ!」
  「……」
  「せめて内偵を許可してくれ。俺の間違いならそれでいい。俺が責任を取る」
  「許可できません」
  「……腑抜けたな、ヴィレナ」


  ……ギルドマスターは、それでも動かない。












  《補足》

  今回、井戸水に混ぜられた樹液の調査はティーキーウスが直接……ではなく部下に命じて分析させたものです。
  あの樹液はヒスト。
  何故分析結果にそれが記されていなかったのか?
  ブラックマーシュ原産のヒストの存在を別の地方の者達が知る由もなかった、という意味合いです。
  ティーキーウスはヒストを知っていますが、シロディールにあるはずがないという先入観から気付いていません。
  
  トカゲ3人はアリスを狙ってました。
  アリス本人が目障り、ではなくモドリン・オレインの姪だから、ですね。村が潰された理由は巻き添え。

  ネタバレ?
  まあ、ネタバレです。
  なお今回の『破滅の村』は、神像クエストであるメファーラのクエストですねー。