天使で悪魔
ギルドの思惑
対立。
常にそれはどこかで起きている。
人が2人いる時点で対立は免れない。それが巨大な組織となると、対立は必然だろう。
人が2人の時点で?
……いや。
人は1人でも対立する。
心の中の葛藤に人数は関係ない。
何故なら、人は自分自身が一番信じられないのだから。
それが疑心暗鬼を生む。
そして、最愛の娘ですら疑いだすのだ。
……例えそれが人格者であっても……。
泉の洞穴での出来事から3日後。
私はラミナスに呼び出された。
何らかの指令が出るだろうから大学にしばらく留まって欲しい、いつになく真剣なラミナスの言葉に従った。
意味は分かる。
死霊術師は今だ活発に行動している。
元シェイディンハル支部長ファルカーが画策した死霊術師達による一斉蜂起『ファルカーの反乱』。ファルカーこそ今だ逃亡中では
あるものの同志であり側近でもあったレイリン、セレデインは相次いで討ち取られ、反乱に加わった死霊術師達は捕殺された。
反乱は潰された。
……いや。
反乱は潰されたはずだった。
にも拘らずレヤウィン支部乗っ取りを画策したカルタール、虫の隠者を名乗るリッチ達、今だ各地に多数潜伏している死霊術師の集団
などから想定すると、反乱は根強く継続されている事になる。
私はファルカーを知らない。
会った事もない。
それほどのカリスマなのか、それとも……。
「呼んだ、ラミナス」
「来たか」
考えても分からないか。
それに聞いてもおそらく教えてくれないだろう。私に言わないのは、上から情報を統制されているから。そうでなければラミナスは教え
てくれる。情報が制限されているのであれば聞くだけ無駄だし、ラミナスを困らせたくない。
私にとっては兄同然だし。
「……?」
今日のラミナスはいつもと違うのに気付いた。
沈痛そうな、まるで何かに耐えているような瞳をしている。
なんだろ?
「疲れてるの?」
「……ああ、まあな」
「働き過ぎなら少し休めば? ハンぞぅもそれぐらいは許してくれるわ。ラミナスは働き過ぎだよ」
「仕事の話をしよう」
「えっ? ええ」
やっぱりおかしい。
「泉の洞穴の調査に魔術師達を派遣している。また大勢のバトルマージも動員している。その為、人手が足りない」
「いいわ。何すればいい? 言われた通りに、するわ」
「よし。まず服を全部脱ぐのだただし靴下を残してな♪」
「エロは含まんわしかも滅茶苦茶マニアックだぞお前はーっ!」
……いつも通りのラミナスでした。
……ちくしょう。
「実は、今回の状況を打破する本がある」
「本?」
「本だ。お前には今すぐスキングラードに飛んでもらいたい。本はジェイナス・ハシルドア伯爵に貸し出されている」
「ハシルドア伯爵に?」
つまりは本の返却を求めるわけか。
……。
引っ掛かるなぁ。
ラミナスが……というかギルドがラミナスを通して与える任務はいつも面倒な展開が多い。しかし今回は簡単すぎる。
いやまあ、簡単なのに文句はないんだけど。
「それで? 仕事はそれだけ?」
「そうだ」
「了解。それで報酬は?」
どうせ笑顔でしょうよ。
しかしラミナスはそれを口にしなかった。まったく別な事だった。
「フィッツガルド」
「ん?」
「今回の任務は……やや特殊だ。何が起きても慌てるな」
「ラミナス?」
「いいな。何が起きてもだ」
「……分かった」
意味は分からない。
でもおそらくラミナスにしては精一杯の忠告なのだろう。おそらくこの任務、裏がある。しかしラミナスの立場からはこれ以上の忠告
は出来ないのは確かだ。私は忠告をありがたく受け止め、大学を後にした。
背中にラミナスの心配そうな視線を受けながら。
不死の愛馬シャドウメアでスキングラードに駆けた。
スキングラードは一風変わった都市。
都市の中に、城がない。この形式を取っているのはスキングラードとアンヴィルだけだ。
私は街には入らずそのまま小高い丘に陣取る城に向かう。
馬を衛兵に預けて私は城に入った。
城内。
スキングラード城内は他の城とは違い、一般人の立ち入りが制限されている。……まあ、他の城が寛容過ぎるのだろうけど。
ともくかハシルドア伯爵の性格上の問題だ。
「ハイ」
「スキングラード城にようこそ。エメラルダ様」
衛兵は恭しく私に頭を下げる。
一応、私は貴族邸宅区画にあるローズソーン邸の所有者であり、この街では名士なのだ。……いつの間にかね。
それに伯爵とも懇意だ。
衛兵もそれを知っている。どういう関係と認識しているかは不明だけど。
「伯爵に謁見したいんだけど」
衛兵に問う。
いつもならトカゲの侍女が取り次いでくれるんだけど……見当たらないので衛兵に謁見を申し入れる。
返ってくる答えは……。
「申し訳ありません。自分にはそれを申請する権限がありません」
「そっか」
まあ、予想していた答えだ。
伯爵はヒッキー。
数少ない、限定された人にしか会おうとしない。
何故?
何故なら伯爵は吸血鬼。
衛兵は当然知らない。おそらくこの城の中で知っているのは10人もいないだろう。
「んー」
どうすっかなぁ。
勝手に押し入ってもいいけどハシルドア伯爵は強力な魔術師であり、アルケイン大学のアークメイジと互角に渡り合える存在。
魔力だけではなく吸血鬼の特性も加わるわけだから実質ハンぞぅよりも強いだろう。
無断侵入して消し炭されたくはない。
……。
まあ、私も易々と負けるとは言わないけどさ。
てか私が勝つかな?
ほほほー♪
「伯爵様との謁見がお望みですかな?」
ん?
背後から声を掛けられた。振り向こうとした瞬間、衛兵は顔をしかめた。
ふーん。
あまり好かれている人物ではないらしい、声の主は。
振り返ると目の前にはノルドの男がいた。
服装から察するに……文官か執事か。少なくとも武官ではない。
「謁見がお望みで?」
「ええ」
「自分はメルカトール・ホシダス。ここの執事です」
「私はフィッツガルド・エメラルダ。魔術師ギルドから来ました。伯爵に謁見したいのですが……」
執事と判明。
謁見を申し出る。
「魔術師ギルドからと仰いました?」
「はい」
「フィッツガルド・エメラルダ様と名乗られました?」
「……? はい」
妙な事に念を押すわね。
「まさかアークメイジの養女の?」
「ええ、まあ」
「ああ。なるほど。伯爵様は貴女が来る事を存じておりました」
「……?」
そうなの?
魔術師ギルドから既に使いが行っているのだろうか?
でも、そうだすると本ぐらいその使いが回収すればいいだけの話。……んー、つまり本の回収は建前で、私が伯爵から何か別の物を
託されるという事だろうか。一応は伯爵と懇意だし、伯爵も私は信用してるだろう。少なくとも伝令よりは。
そういう事なのかな?
「しかし伯爵様は今、謁見するつもりはないようです」
「はっ?」
そりゃまたなんでだ?
あのヒッキー、何考えてんだ?
「しかしはるばる来て頂いた貴女に、その結末ではあまりにも不憫。私から伯爵様に取り成しましょう」
「そうしてくれると助かるわ」
「一時間ほどお待ちください。必ずや説き伏せて見せますので」
「お願い」
一時間か。
街に入って自宅のローズソーン邸に戻ろうかと思うものの、時間的に中途半端。往復だけに一時間だ。
城で待つとしよう。
一時間経過。
ノルドの執事は意気揚々と戻って来た。柔和……じゃないか、野太い笑みから察するに謁見は受け入れられたのだろう。
「伯爵様は貴女との謁見を了承されました」
「どうも」
「しかし場所はここではありません。呪われし鉱山の北で、午前二時に会いたいと」
「はっ?」
「ですから……」
「いや。それは分かったけど」
今回はやけに回りくどい事するわね、あのヒッキー伯爵。
気まぐれだろうか?
それはそれでありえそうだけど……合点が行かない。
「ご理解頂けましたか?」
「ええ、まあ」
「では私はこれで。わざわざご足労くださいましてありがとうございます、フィッツガルド・エメラルダ様」
会うまでに時間があるので私はローズソーン邸に戻る。
久々の自宅だ。
シャドウメアは厩舎に預け、体を洗ってあげた後にたっぷり人参をご馳走した。しばらくは休んでくださいな。
さてさて。
「ただいまー」
「お帰りなさいませ、ご主人様」
出迎え、恭しく一礼するメイドのエイジャ。
「ただいま、エイジャ」
「留守中何か変わった事はない?」
「フォルトナ様がお帰りになりました(それぞれの明日参照。カザルトから帰還したものの、今のところはすれ違い)」
「そっか」
「ただ、今はお仲間の方と一緒に冒険に出ています」
「ふーん」
冒険?
あの子冒険者になったわけ?
ふーん。
「部屋で寛ぐわ。……夕食は?」
「すぐにでございます」
「そう」
剣を置き、鎧を脱ぎ、部屋着に着替えたら食事の時間か。とりあえず部屋に行こう。
「部屋に行くわ」
「食事が出来ましたらお呼びいたします」
「お願い」
私は階段を上がり、部屋に向かう。
静かだ。
元シェイディンハル聖域の暗殺者の面々は現在『黒の乗り手』と呼ばれる配達業を専門とする会社を設立。
本社はスキングラード市内にあるサミットミスト邸。株式非公開。
この仕事が爆発的にヒットして今では各都市に支社がある。私は専務……常務だっけ?
ともかく『黒の乗り手』が設立して以来、スキングラードの税収は跳ね上がった。私が名士として扱われる理由はそこにもある。
今頃、元暗殺者の面々は仕事に精を出しているのだろう。
静かた。
落ち着くなー。
ガチャ。
私は三階にある自分の部屋の扉を開ける。
「フィー好きー♪」
むぎゅー。
……こいつはいたのか。働けよ……。
今更言うまでもなく完全無欠の天然爆弾娘アントワネッタ・マリー。一応は私の姉。
「むふふー。相変わらず良いヒップですなー」
「……」
何をされているかはスルーの方向で。
私は彼女を引き剥がし、剣を片付けて鎧を脱ぐ。あー、武装解除すると家に帰ったという気分に浸れる。ただいま私の部屋。
久し振りだな、ここも。
思えば私はいつもシロディールを駆け巡ってるなぁ。
出来る女は辛いです♪
「フィー、つれないなー。あたし寂しかったんだよー」
「はいはい」
「……浮気しちゃうぞ」
「大いに結構」
「ちぇっ。相変わらずツンデレなんだから」
「誰がツンデレだこんちくしょうっ!」
この女はーっ!
私はずっと出来る女だった。
この子と関わるまではクールでドライなまさに今世紀最強のヒロインだった。
なのになのに今はー。
……ちくしょう。
「フィー」
「ん?」
「フィー、お風呂でする? ご飯でする? それともあたしとする?」
「すいませんとりあえず聞くとろくな事がないのは分かってますけどご飯でするの意味が分かりません」
「このエロー♪」
「……」
こいつにエロ呼ばわりされる事ほど気に触る事はない。
「遠いアカヴァル大陸の伝統を知らないんだね」
「アカヴァル?」
古代、侵略者達がやって来たとされる伝説の大陸だ。帝国発足以前の話だ。
現在のアカヴィリ装備は連中の技術。
で?
「アカヴァルが何?」
「女体を器に食事を……」
「……もういい」
食事でするの意味が何となく分かりました。
こいつすげぇ事を考えるなー。
「フィー、エイジャに頼んで今夜はそれで行こう♪」
「殺すわよっ!」
「フィーの馬鹿っ! 今はエコの時代だよっ!」
「はっ?」
「地球温暖化や自然破壊の昨今、器まで食べられるなんてとってもエコじゃないのっ!」
「……はぁ……」
疲れるなー。
その時、エイジャが食事を告げに来た。そして一階に感じる気配の数々。他の面々も戻ってきたらしい。フォルトナは冒険に行ったら
しいからいないかもしれないけど、久し振りの家族団らんを楽しむとしよう。
「アン、食事にしよう」
「……」
「先に行ってるわよ。すぐに来なさいよ」
「先に?」
「えっ? ええ」
「それってつまりフィーが器になるって事だね? もう、皆の前で器になるだなんて恥かしくないの? ……軽蔑しちゃうな、この恥知らず」
「殺すぞボケーっ!」
「てへ♪」
「はぁ」
こいつは分かってない何も分かってない。私のキャラ性がまるで分かってない。
これ以上私のイメージを崩さないでください。
……ちくしょう。
家族との団欒の時間を楽しむものの、それに浸ってばかりもいられない。
私は時刻通りに約束の場所に。
満月が輝いている。
周囲に人の気配は感じられない。
どこかでメェメェと羊が鳴いている。場所の言い方が悪いと思いますけどね、私。呪われし鉱山云々言わなくてもブドウ園の外れと
言ってもらえば分かりやすいのに。それにしても来ない。
待つ事十分。
「あのヒッキー、何考えてんだ?」
こんな時間に会う。それに関しては分かる。
ハシルドア伯爵は吸血鬼で夜型人間。この時間帯が活動時間。事実、ヴィンセンテお兄様も月光浴してるし。
それはいい。
それはいいのよ。
問題なのはどうして野外で会うのか、という事だ。
会うのを渋ったり伯爵にしては回りくどい事をしている。何故だろう?
……逢引?
まさか私の魅力にそろそろ我慢出来ずに……そっかぁ、とうとう私を後妻に迎える気になったのかー。
きっと私プロポーズされるんだ♪
私ってば罪な女ですなー♪
「はぁ」
疲れる空想。
別に空想や妄想する趣味はないけど、こんなに暇だとなー。
今更ながらヴィンセンテお兄様を誘えばよかった。うちの吸血鬼は月光を浴びながら街の中を散歩してるから。一応、獲物を物色して
いるという意味合いではないというのは明言しておこう、お兄様の名誉の為にもね。
彼は血酒しか摂取していない。
さて。
「来たか」
ざっ。ざっ。ざっ。
草を踏む音が近付いてくる。月明かりだけではまだ相手が判別できない。
ただ……。
「……複数?」
足音は1つではなかった。複数。
数は10には満たないけど、それなりには多い。つまり伯爵ではないという事だ。
何故?
伯爵が吸血鬼だと知る使用人は10には満たない、おそらく半分程度だろう。全員を引率しても今近付いてくる足音には満たない。
衛兵を連れているのだろう?
そうね。それはあるかもしれない。でも伯爵は吸血鬼。
吸血鬼は瞳を見れば分かる。
衛兵を連れて外に出てくるとは考えられない。素性がばれれば伯爵は破滅するしかない。
そう。
そうなのよ。
それがそもそもおかしいと思う点だった。どうしてわざわざリスクを冒してまで外で会合を持とうとしたのか。それが理解出来ない。
しかもこんな場所で。
誰が聞いているかも分からないこんな場所での会合なんてありえない。
仮に城以外でするなら、私なら迷わずローズソーン邸を選ぶ。つまり私の家だ。私と家族の素性ぐらい伯爵は調べあげているはず。
そうでなければ私と頻繁に会う危険は冒さない。
家族の素性も知っているだろう。
ならば私の家を選ぶはず。私の家族なら外に洩らす心配は絶対にないからだ。うちの家族は暗殺者だからね、その素性を叩かれる
ような真似はしないはず。つまり私と家族と伯爵は互いに秘密を護り合える。だから家での会合ならありえる。
ならば外での会合の意味は?
「そういう事か」
迂闊だったか。
しかし問題はない。展開を引っくり返すのは慣れている。
この会合、つまりは……。
「私の始末って事よね?」
「そういう事ですな」
現れたのはノルド。メルカトールとかいう執事だ。
なるほど。
スキングラードの城内にも潜んでいたわけだ、闇の一党ダークブラザーフッドの暗殺者め。
「しつこく私の暗殺?」
「時間通りですな魔術師殿。お待ちしておりましたよ……トレイブンのクソ養女」
「……?」
トレイブンのクソ養女?
そう表現するのであれば、こいつは……いや、メルカトールの背後に控える連中は闇の一党じゃあない。死霊術師か。
闇に目を凝らす。
ああ、なるほど。手下はドクロの刺繍をしたローブを着込んでいる。
ファルカーの手下の生き残りか。
そういえば魔術師ギルドとかハンニバル・トレイブンの養女とかに固執していたな、こいつ。
私を抹殺して魔術師ギルドに対する復讐を果たすか。
そういう事か。
「会合も嘘かしら?」
「大変申し訳ないのですが貴女を欺かせてもらいました。伯爵はここには来ませんよ。……いいや。そもそも貴女がこの街に来てい
る事すら知らない。そして、ここで貴女が死に、腐り、骨と化すのも知らない」
「へぇー」
「魔術師ギルドなんぞに我々の崇高なる目的を邪魔させるわけには行かない」
「何する気?」
「何する気? ……くくく、それを聞いてどうする? お前はここで殺され、アンデッドとして生まれ変わる。分かるか、お前の魂は我々
に没収され、人の尊厳も自由も奪われて我々に辱められるのだ。これこそがトレイブンに対する最高の復讐っ!」
「そりゃ結構」
「よってここで貴女には死んでもらいます。安心なさい。貴女の死体は有意義に使わせてもらいますよ」
「それ出来たらいいわね」
「トレイブンの愚かなる支配は直に終わるっ! 何故なら我らが主がシロディールに戻られるからだっ!」
「戯言はいいわ。本題に入りましょう」
「可愛くない女だ」
「ありがとう。貴女の定義する可愛い女には私、なりたくないからね」
微笑を浮かべ私は腕組みをする。
慢心?
……いいえ。実力が伴っていればそれは慢心とは呼ばない。余裕と言うのよ。
瞬時に抜刀してこのボケを仕留めるのは容易。そして魔法で部下の死霊術師どもを一掃するのなど容易い。
くすくす♪
「我こそは虫の王の従者が1人メルカトール。……話はお終いでいいですね?」
「ええ。私の人生もお終いでいいわ。出来るならね」
「結構。……殺れっ!」
そのまま。
そのままメルカトールは血飛沫を吹き出しながら倒れた。居合いのお味はいかが?
「裁きの天雷っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
死霊術師どもに向けて雷を放つ。
『……っ!』
密集し過ぎていたのが仇となり全員が弾け飛んだ。わずか二手で勝敗は決した。私に勝てると思ったのがそもそもの間違い。
高い授業料だったわね。
さて。
「で? ……私に何か用だったっけ?」
「くっ」
「ごめん、私物忘れ激しいから忘れちゃったわ。それにあんたら歯応えなさ過ぎ。……まさか私を殺しに来たんじゃなかったわよね?」
「……くそ……」
器官が損傷しているのか。
妙な呼吸音のまま仰向けになっているノルドのメルカトール。なかなかにしぶとい。
まだ生きている。
「で? 遺言は?」
「……お前は死ぬぞ。くくく。我らの仇は、か、必ずや最強の虫の隠者トレェンツァラ様が……は、晴らしてくれるだろう……」
「虫の隠者トレェンツァラ?」
聞いたような名前。
だけど虫の隠者って名前が覚え辛いんだよなぁ。
で?
そいつが私を狙うわけ?
「どこにいんの、そいつ」
「落盤の洞穴だ。ど、同志とともにそこに……」
「落盤の洞穴?」
「くくく、我らに逆らった事を悔やむが……」
「あっははははははっ。それ笑える。最強ね、確かに強かったわ。でもそいつも手下も一網打尽にしてあるわ。残念だったわね」
「な、何?」
「巡り合わせって怖いわね」
落盤の洞穴に潜む虫の隠者トレェンツァラは私が既に撃破済み。
以前戦士ギルドの任務でアリスとともに落盤の洞穴に潜った際に遭遇した際にあの世に送り込んでやった(未完の仕事参照)。
「ば、馬鹿な……ぐぅっ!」
仰向けになったメルカトールの胸を踏みつけ、刃を向ける。
私は優しく微笑。
「死霊術師たる者、あの世は一度見るべきじゃない? 私が送り込んであげるわ、感謝なさい」
「ま、待てっ!」
「バイバイ♪」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
ザシュ。
壮絶な断末魔をあげてノルドの死霊術師は大往生。
私は肩を竦めた。
「身の程知らずって怖いわね」
嘆息。
全部殺したのは、まずかったか。こいつらの目的は私を殺す事……そこは理解してる。しかしメルカトールの目的は何?
全員なのかは知らないけど、少なくともメルカトールはスキングラード城に入り込んでいた。
そこに何か意味はあるのだろうか?
そこに……。
「ちっ」
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
突然闇を縫って人影が挑みかかって来た。私は敵の刃を弾き、一刀の元に屠る。月明かりがその人影を照らした。
「はぁ」
死体が着ているのは黒い皮鎧。
どうやらこいつらもこの近辺に潜んでいたらしい。毎度お馴染みの闇の一党の暗殺者。死霊術師とは別口なのだろうけど敵は敵だ。
私を狙ってはるばるやって来たのだろう。
にしてもしつこい。
ゴキブリか。
いつの間にか取り囲まれる。
死霊術師とは違いドクロの刺繍のない漆黒のローブを纏った奴が一歩前に進み出る。
幹部集団ブラックハンドの伝えし者か奪いし者だろう。
聞こえし者?
わざわざ出張って来るはずがない。
「我こそは伝えし者……はぐぅっ!」
バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
突然、伝えし者は殴り倒される。
「君は馬鹿かっ!」
「は、伯爵?」
鉄拳で伝えし者を一撃で粉砕したハシルドア伯爵の登場で闇の一党の暗殺者達は動揺する。
メルカトールは嘘を付いていた。伯爵は私が来たのすら知らなかった。にも拘らずここにいるという事は……城に死霊術師が入り
込んでいたのを知っていたのかもしれない。
監視はしていたのだろう。
そして、私が関わった。
手に取るように今回の流れを知っていたのだろう。多分ね。
私と伯爵のペアが貧弱な闇の一党の暗殺者を殲滅されるのにはそう時間は掛からなかった。
……てか伯爵。
魔法使いましょうよシロディールでも上位の魔術師なんだから。
腰の剣も使いましょうよ、飾りですか?
何故か一貫して鉄拳で戦っていた伯爵閣下。いっそ拳闘士に転職する事を私はお勧めします。
さて。
「助かりました、伯爵」
死屍累々の中、ようやく会合がスタート。
伯爵は舌打ち。
「君は本気で馬鹿か。脳味噌は既にスライムと化している馬鹿か」
「……」
相変わらず口が悪いなー。
「一体どんな理由で私がこのような場所で面会などするのだ」
「ですよね」
「まあ、今回はお前の間抜けさが役に立ったようだな。メルカトールだけではなく、街に入り込んでいた死霊術師どももまとめて
一掃出来た。これはこれで、良い結末ではあるな。後は……妙な連中も始末できた。よしとするか」
「……」
何がいいもんか。
くっそ。
つまりは、私は囮か。何も知らずにノコノコやって来たアークメイジの養女の私を囮使ってに死霊術師達を誘い出す為か。
そしておそらくそれを画策したのは伯爵ではなく……。
「メルカトールは、ファルカーの部下なの?」
「……」
今回の任務は死霊術師のあぶり出し。
魔術師ギルドはそれを画策し私を送り込んだのだろう。
「伯爵?」
「君は……そうか、何も聞いておらんのか」
「……?」
「奴はファルカーと同様に虫の従者。ある教団のメンバーだ。……メルカトールが教団と絡んでいるのは知っていたが、奴の部下も
多数街に入り込んでいた。私は連中を泳がせ、一網打尽にする機会を窺っていたのだ。そんな中、君が関わった」
「……」
死霊術師の教団?
何それ?
そんなのは何も聞いていない。
そんなのは……。
「お前は何も知らんようだが、連中に伝言を頼む」
「伝言?」
「評議会がどう思っているかは知らんよ。しかし私は死霊術師とは手は組んでいない。今後もありえない。そう伝えてくれ」
「じゃあ本は……」
「本? そんなものはない。口実だ。私が死霊術師と組んでいるのか、この街で何が起きているのか。それを知る為のな」
私は疑われているようだ。
そして伯爵も。
死霊術師側に属しているかどうかの見極めの為に、接触を命令された……と見るべきか。
さすがにあまり良い話ではない。
それでか。
それでラミナスは『何が起きても慌てるな』と言ったのか。ラミナスの最大の善意の形としての忠告。彼の立場としては全部を言えな
いので、ああいう表現をしたのだろう。
そういう事か。
「評議会に伝えろ。今後私に用があるなら直接出向けと。偽の口実で人を派遣するのはやめろと。そう伝えろ」
「……」
「まさかトレイブンが君をこのような形で利用するとは私自身思っていなかった」
「……」
私は信用されていない?
私は……。
……ギルドの思惑はどこにある……?
同時刻。
帝都にある、魔術師ギルドの総本山であり知識の最高峰アルケイン大学。
評議会の会議室。
「ハシルドア伯爵は我々と結んだ協定の一部に対して異議を唱えています。これは危険な兆候だと思われます」
「……」
円卓を囲んでの会議。
政治家気取りの評議員達は全て招集され、評議長でありアークメイジのハンニバル・トレイブンも当然ながらこの場にいる。
隣に座る腹心のカラーニャ評議員の発言を瞳を閉じて聞き入っていた。
「現在、伯爵と死霊術師との繋がりは不透明ではありますが、評議長のご英断で、大学のメンバーをスキングラードに派遣しま
した。そのメンバーは死霊術師と繋がっている可能性が濃厚。伯爵との接触で、事と次第によっては何か零れ落ちるでしょう」
「……」
「我々は……何用です?」
突然、カラーニャは言葉を途切った。視線の向こうに1人の男性が立っている。
一同、怪訝そうにそちらを見た。
ラミナス・ボラス。
魔術師ギルドの中間管理職がそこに立っていた。
本来なら議事進行を任される人物ではあるものの、今回はその任務を与えられなかった。
……いや。
正確には、フィッツガルド・エメラルダがスキングラードに送り出してから居室に閉じ篭って一切の雑事を拒絶していた。
その彼が今、突然現れた。
「どうしたのだ?」
席を立ち上がるハンニバル・トレイブン。
「具合はよくなったのか? 無理する必要はない。寝ておるがよい」
「……」
コツ。コツ。コツ。
無言で近付くラミナス。会議中はいかなる者の入室も認められない。評議員といえども、遅れて来た場合には入室は許可されない。
バトルマージが部屋に入ってくる。
ラミナスはバトルマージを振り切って入室したのだ。
取り押さえようとするのをハンニバル・トレイブンは目で制した。ラミナスとは長い付き合い。長年ラミナスは嫌な顔1つせずに雑事や
厄介事をこなして来た。評議長にとって数少ない信用できる人物だ。
もちろんそれだけではなく1人の女性が縁で強く結び付いている。
フィッツガルド・エメラルダだ。
「どうした、ラミナス?」
「……」
「ラミナス」
「貴方はフィッツガルドの事をどうしてお疑いになるのです」
「その事か。分かって欲しいのは私はギルドを率いる身だ。魔術師の長であるアークメイジの称号を持ち、アルケイン大学評議会の
評議長であり、元老院議員でもある。時と場合によっては親しさを捨てる必要もある」
「それは関係ない」
「どういう意味だ?」
「貴方はどう思っているのです?」
「私自身が?」
「そうです」
「フィーの事は実の娘だと思っている。しかしギルドを率いる身としては、彼女の素性は時に厄介……」
パァン。
ざわり。
評議員達はざわめいた。
ラミナスがハンニバル・トレイブンの頬を平手で打ったのだ。
冷たい目でラミナスは言い放った。
「貴方は父親失格だ」