天使で悪魔





未完の仕事




  信頼。
  それは何よりも大切なものだ。
  特に信頼を重んじる事柄……商売などの概念では一番大切だろう。
  商人ではないものの、戦士ギルドでも信頼は必要。
  依頼人からの依頼を確実にこなす。それが信頼関係の基本であり、基軸だとあたしは思っている。

  今、戦士ギルドは危機にある。
  レヤウィンで勢力を伸ばし、盤石な基盤を築いた亜人版戦士ギルドであるブラックウッド団。
  その存在により、人材や依頼の大半は向こうに流れつつある。
  もちろん、そんな状況だから依頼人との信頼関係が大切……ではない。
  いつだって信頼は大切だ。

  今、戦士ギルドにはいささかの油断も許されない。
  ……わずかなミスすらも。





  「ふわぁぁぁ。徹夜で街道爆走はきついわねぇ。……私の家でまずは御飯でも食べる?」
  「いえっ! 仕事が先ですからっ!」
  「……堅いわね、ほんと」
  「プロですからっ!」
  フィッツガルドさんとともにスキングラードに。
  アンヴィル戦士ギルド支部のアーザンさんの要請であたし達はスキングラードまで飛んできた。任務だ。
  任務の内容は不履行されている依頼の遂行。
  まずは……。
  「スキングラードの戦士ギルド支部に向いましょうっ!」
  「戦士ギルドのある通りに私の家があるんだけどお茶でも……」
  「仕事が先ですっ!」
  「……堅いわね、ほんと」
  「プロですからっ!」
  「……はいはい」
  溜息交じりについてくる。
  さあ。スキングラード支部に行こうかな。


  戦士ギルドのスキングラード支部。
  全体的に依頼の量は減ってきているものの、スキングラード支部には特殊な仕事がある為干上がる事はない。
  それはゴブリン退治。
  スキングラード周辺にはゴブリンの巣窟が多いので、その討伐をスキングラード領主であるハシルドア伯爵が戦士ギルドに定期的
  に依頼している。その為、依頼がなくなって干上がる事はないのだ。
  「こんにちはー」
  「おやお嬢さん。戦士ギルドスキングラード支部にようこそ。依頼ですか?」
  「あたしはアイリス・グラスフィル。コロール本部の者です」
  「コロールの? それで何か?」

  とりあえず、スキングラード支部の人に聞いてみた。
  「すいません。マグリールさん、ここに来ませんでした?」
  「マグリール? ああ、あのボズマーか。ウェストウィルド酒場で見かけたな。ここ数日はいるよ。何かしたのかい?」
  「何もしてないから問題なんです」
  任務放棄だもんなぁ。
  おば様にも叔父さんにも迷惑掛かる。何とかしないと。


  ウェスト・ウィルド酒場。
  戦士ギルドの建物の通りにある、広々とした店内の酒場だ。
  この街に住むフィッツガルドさん曰く、この街で一番活気のある酒場らしい。もう一軒オークの女性が経営するここよりも大きな酒場
  があるようだけど、こちらの方が居心地がいい為に流行っているそうだ。
  「えっと」
  きょろきょろ。
  店内を探してみる。
  まだ昼間なのにお客さんは結構いる。
  「アリス、そこにいるわ」
  「えっ? あっ、ほんとだ」
  指差す方向を見る。
  ウェイトレスをからかいながらお酒を飲んでるボズマーの男性。マグリールさんだ。
  あたしと同じ見習いメンバーらしい。
  ……。
  仕事放棄するならするで、もう少し落ち込んでいて欲しい。ちくしょう任務達成できなかったー、って。
  どう見てもお酒飲んで愉しんでる。
  少し腹が立つ。
  それでも、彼の元に近付いた時には自分の感情との折り合いを付けた。一応、プロだし。
  見習いとはいえ戦士ギルドに所属する以上、プロの心構えが必要。
  さて。
  「マグリールさん」
  「何だよ……んっ? ああ、またお前か。奴らが探しに来させたのか? まったく、ご苦労なこったな」
  「何こんなところで油売ってんのよ。怠慢」
  ストレートな発言なフィッツガルドさん。
  心強いなぁ。
  でも、そうだよね。仕事を放棄したのは彼なんだからこちらが弱気になる必要はない。
  人生の勉強になるなぁ。
  フィッツガルドさんからたくさん啓蒙してもらってる。
  「た、怠慢?」
  「違うの? ううん、違わないでしょう?」
  「そ、そうとも言うかもしれんが、仕事に見合うだけの報酬じゃなかった。プレナス・アスティスの日記を探して来いと言われたんだ」
  「プレナス……ああ、動物学者」
  凄いっ!
  名前聞いただけで分かるんだ。
  博識なところも、素敵だ。
  あたしも勉強しなきゃ。
  「どこに日記があるって?」
  「落盤の洞穴で紛失したらしい。あんたは行った事があるのかい? ……俺は数日前に行ったけど、二度とごめんだね。あんな
  はした金の為に命まで捨てるつもりはないよ。ミノタウロスがいるんだぜ。ミノタウロスがっ!」
  「ふぅん」
  「そんなにギルドの体面気にするならお前達が行けよ。仕事はあげるよ。好きに報告してくれてもいい。ただ、言っとくけど仕事に
  見合う報酬じゃないんだよ。俺には家族がいるんだ。そんな仕事やってられるか」
  「この腰抜け」
  「……な、なにぃっ!」
  「どうする、アリス?」
  眼中にすらないのだろう。フィッツガルドさんはマグリールを無視して背を向けた。
  激情に任せて喧嘩を吹っ掛けてくる?
  ……。
  それはないなぁ。きっと。
  フィッツガルドさんの力量を知らずに無謀に喧嘩を売ってくる事はないだろう。力量云々は関係ない。襲い掛かるほどの根性あるなら
  任務放棄なんてしないはずだ。
  どうする、そうあたしに問い掛けてくる。今回の彼女の任務は、後見役。
  あくまで行動の主体となるのはあたしの行動だ。
  「任務を遂行します」
  「まっ、言うと思ったわ」
  一路、落盤の洞穴へ。





  「前に潜った水浸しの洞穴は、本気で水浸しだったわ」
  以上、フィッツガルドさんのコメントでした。
  自信たっぷりな発言。
  名は体を現すものらしい。
  落盤が激しい洞穴なんだろうなぁと予想をつけて行ってみると……。
  「全然違いますね」
  「……」
  内部は至って普通。
  落盤がガンガンと来るのかと思ったけど……そうでもない。確かに落盤の後はあるものの、現在進行形ではないらしい。
  地下水なのか雨水が溜まっているのかは知らないけど、膝まで水で一杯だ。
  「フィッツガルドさん」
  「何?」
  「落盤って何ですか? それおいしいんですか? 落盤の洞穴って何ですか?」
  「……ネチネチ来るわね、あんた」
  「全然違います」
  「……」
  「違うんですけど」
  「……ほ、ほら、名前のとおり落盤だらけだと洞穴埋まっちゃうじゃないの」
  「でも誇大広告ですよね?」
  「……ま、まあいいじゃないの」
  「落盤は?」
  「……」
  「落盤はー?」
  「……最近アリス生意気になったわね。私を崇拝してたんじゃないの?」
  「くすくす♪」
  たまにはあたしも弄らないと♪
  いっつもフィッツガルドさんに苛められてばかりだもの。
  くすくす♪
  「……アリス」
  「はい?」
  「……月のない夜は気をつける事ね。背後からフォースティナと組んだ私が付け狙ってるわよぉ」
  「ど、どうしてフォースティナと組んでるんですかっ!」
  「さぁて。何故かしら。何故かしら」
  「……」
  何されるんですか一体っ!
  はぅぅぅぅぅっ。
  「さっ、行こうか。マグリールの尻拭いっと」
  「フィ、フィッツガルドさんっ!」
  「何?」
  「あ、あたし、何されるんでしょう?」
  「フォースティナに?」
  「は、はい」
  「まっ、色々と経験してらっしゃいな。大人になっておいで。……さぁて。お仕事お仕事っと」
  「……」
  これからはフィッツガルドさんに逆らわないようにしよう。
  結構根に持つ人だーっ!


  日記の持ち主は有名な学者さんらしいけど、研究資料であろう日記の類を忘れて逃げるなんて大した事ないように思える。
  まあ、最近慢性的に仕事のない戦士ギルドには良いお仕事だけど。
  それにしても間抜けだなぁ。
  「ミノタウロスがいるんですよね?」
  「話ではね」
  マグリールさんはミノタウロスに恐れをなして逃げた。
  タムリエルでも最強に位置するモンスター。
  個体的な数から、つまりは繁殖能力がオーガに比べて低いので最強伝説が少々微妙ではあるものの、あたしはミノタウロスノ方
  が強いと思う。
  何故ならミノタウロスは武器を扱うからだ。
  オーガは強暴だし、数的に多いので脅威ではあるものの武器を用いるだけの知能はない。
  ミノタウロスノ巨漢から繰り出される一撃だけでも怖いのに、戦槌を持った時の攻撃力は推して知るべし。
  盾でガードしても腕が砕けるに違いない。
  見習いメンバーには怖い間。
  ……。
  ううん。
  中級クラスの戦士でも手に余るだろう。
  だけどあたしは怖くない。
  「進みましょ」
  「はい」
  フィッツガルドさんの存在だ。
  魔法。
  剣術。
  機転。
  知識。
  全てに置いてあたしは勝てない。どうしてこんなに完璧なんだろうとたまに思う。
  「はぁ」
  「どしたの?」
  歩きながらフィッツガルドさんが問う。
  水浸しなので歩くのに難儀するけど、とりあえず支障もなくあたし達は奥に進む。
  日記はどこだろう?
  「はぁ」
  「だから、どしたの?」
  「フィッツガルドさんって無敵ですよね」
  「はっ?」
  「いいなぁ」
  「まあ、私の場合はトラウマからの脱却だからね。強さに憧れた理由は。だから懸命に努力した。それだけそれだけ」
  「……?」
  「傍から見たら嫌味な存在かもしれないけど、私は努力した。その結果に過ぎない。アリスも頑張りなさい」
  「はいっ!」
  「元気ねぇ」
  「それが取り柄ですから」
  「それだけがね」
  「ひ、酷いです」
  「あっははははははははは」
  その笑いは突然、強張る。静かに闇を見据え、剣を引き抜いた。
  あたしもそれに習う。
  ふーふーふー。
  気配は何も感じないけど荒い鼻息が聞えてくる。
  ドス、ドス、ドス。
  闇の奥から這い出してくるのは、牛頭人体のモンスター。ミノタウロスだ。
  ……考えてみれば初めて見た。
  「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォっ!」
  「ひっ」
  「驚くほどの事じゃないでしょうに」
  太い腕を振り回し……何かを吹き飛ばした。それは人の頭だ。
  犠牲者?
  そう思ったものの少し違った。
  腐乱した者達が奥から現れる。ミノタウロスはそいつらを薙ぎ払い、噛み付き、吼える。
  ……祟り?
  「えっ? ミノタウロスに殺された人達が執念で蘇ったんですかね?」
  「勝手にアンデッドにはならないわ」
  「そ、そうなんですか?」
  「幽霊や亡霊の類はともかく、どんなに恨みがあっても勝手にゾンビやスケルトンにはならない。そういう定説だけどね。……くそ」
  「……?」
  「どうやら厄介な連中がここに移住してきたみたいね」
  「……?」
  よく意味は分からないが、ミノタウロスはアンデッド軍団を一掃した。
  ふーふーふー。
  鼻息荒く、こちらを見ている。
  ……。
  こ、こんな時になんだけど……ミノタウロスノ下半身って、完全に人間の男性なんだなぁ。
  べ、別に興味ないしっ!
  そ、それに見た事ないから人間のモノと変わりないのかなんて知らないああああああああああああああああああああ薮蛇だーっ!
  極力見ないようにします。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「……?」
  ふと気付くと、フィッツガルドさんを見ている?
  何故か腰を前後に振ってアピールしてる?
  ……?
  「フィッツガルドさん?」
  「ま、また求められてる私求められてるミノタウロスに好かれる顔なのか私はーっ!」
  「はっ?」
  「ミノタウロス業界で私は人気者? 抱きたい女ナンバーワンかっ!」
  「はっ?」
  駄目と悟ったのか。
  ミノタウロスはゾンビの腕千切って、フィッツガルドさんに突き出す。まるで華を差し出すように。
  ……プロポーズされてる?
  「ご、ごめんなさいっ!」
  勢いよく頭を下げるフィッツガルドさん。
  ぐぁっ!
  そのまま大きく呻いて、前に盛大に倒れた。振られたショックかと思ったものの、違う。後頭部に矢が刺さっていた。
  「誰っ! フィッツガルドさんの婚約者にこんな事したのっ!」
  「……アリス。あんた殺す」
  「す、すいませんついっ!」
  また、またフィッツガルドさんに恨まれたーっ!
  ガクガクブルブル。
  これ以上恨まれたら私は本気で殺される殺されなくてもフォースティナに差し出されるに違いないーっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「出たかゾンビの製造者」
  現れたのは黒衣の集団。
  胸元に赤いドクロの刺繍を施したローブを着込んだ集団だ。
  「死霊術師ね」
  「死霊術師ーっ!」
  は、初めて見たっ!
  今日は初めての経験ばかりだ。ミノタウロス見たし、死霊術師もだ。感激っ!
  ……。
  ま、まあ感激ばっかしてらんないけど。
  「何だ貴様ら?」
  「あたし達は戦士ギルドの者ですっ!」
  「戦士ギルド? ……妙な場所に現れたな。悪いが逃がさんぞ。研究に必要な死体がなくてな。死体になってもらおう」
  「あっははははははっ」
  笑い声。
  似つかわしくない、笑い声。
  当然フィッツガルドさん。余裕なのだろう。格好良いなぁ。
  「随分と勝手な言い分ね。提案なんだけどあんたら死体にしてあげるわ。そしたら死体に困らない。おっけぇ?」
  「何だ貴様?」
  「あんたらの最後を看取る女♪」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  放たれた裁きの天雷。
  鎧袖一触。
  「完勝でしたねっ!」
  死霊術師、全滅。
  しかしフィッツガルドさんは警戒を解かずに闇を見つめ、叫ぶ。
  「出ておいでよ、いるんでしょう? 虫の隠者っ!」
  「虫の隠者?」
  聞き返したあたしは、思わず怯えた。
  闇が動く。
  ……いや。闇が蠢いているのだ。闇を纏いしモノ、それは伝説の存在。
  「リ、リッチっ!」
  上擦った声であたしは叫ぶ。
  そうだ。タムリエル最強の存在は、ミノタウロスでもオーガでもない。リッチだ。究極なるアンデッドの王っ!
  強力な魔術師が、一握りの魔術師が上れる高み。
  それがリッチ。
  それが目の前にいる。
  ……。
  初めてばっかの一日だけど、リッチは嫌だよぉーっ!
  はぅぅぅぅぅっ。
  フィッツガルドさんとリッチはあたしなんか眼中にないように話し始める。
  ま、まあ眼中になくていいです。
  「貴様、誰じゃ?」
  「私はフィッツガルド・エメラルダ。マスター・トレイブンの養女」
  「なにぃっ! そうか、お前がファルカーの言っていたトレイブンのクソの養女かっ!」
  「左様にございますわ」
  「トレイブンの愚かなる支配は直に終わるっ! 我こそは虫の隠者トレェンツァラなりっ!」
  「はぁっ!」
  鋭い気合とともにフィッツガルドさんはリッチとの間合いを詰めた。
  ピカっ!
  抜刀した瞬間、白刃が閃く。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  電光石火の如くの抜き打ちを手にした杖で受け止められた。あの杖、かなりの強度らしい。
  「ちっ」
  舌打ち一つ。
  グッと腰を沈めて、フィッツガルドさんは連撃っ!
  ……あたしなら最初の居合いでやられてる。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  さすがは人をやめているだけあってリッチの手足は本来ありえない方向に曲がり、動く。それを生かしてフィッツガルドさんの連撃
  をことごとく反らし、弾き、かわす。
  「……すごい……」
  加勢し辛い。
  別に一騎打ちを邪魔したくないのではなく、動きについていけない。
  下手に切り込めば邪魔をする結果になりかねない。
  最悪、誤爆だ。
  ……。
  どっちが斬られるかは、知らないけど。
  あたしがフィッツガルドさんに間違われて斬られる可能性の方が高いかなぁ。
  はぅぅぅぅぅっ。
  ともかく、今は無駄に介入出来ない。
  参戦時を見極めよう。
  他の死霊術師達は最初のフィッツガルドさんの一撃で壊滅しているので、あたしはとりあえず傍観だ。
  見極め。
  見極め。
  見極め。
  それが、大切。
  「人間やめてる分際で私と張り合うなんて、生意気っ!」
  「ふんっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  上段から振り下ろした一撃を受け止めるリッチ。瞬間、フィッツガルドさんが剣から手を離した。
  「な、なにっ!」
  「単純ばぁか」
  意表を突かれ、隙が出来るリッチ。
  剣が湖水に沈むより早く。フィッツガルドさんはリッチに向って手を突き出し……。
  「裁きの天雷っ!」
  「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  吹っ飛ぶリッチ。
  「……すごい……」
  感嘆を呟く。
  白刃を交え、振りかぶり、繰り出す。ここでリッチは錯覚したのだ。剣で勝負するのだろうと。あたしもそう思った。
  相手の先入観を利用し、隙を作り、攻撃する。
  フィッツガルドさんの攻撃には無駄がない。
  攻撃オンリーだけではなく心理戦も巧みに利用している。
  この人凄過ぎっ!
  「お、おのれぇーっ!」
  「煉獄っ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  怨嗟の声を上げる暇すら与えずにさらに一撃。
  爆音が響き、爆炎が弾ける。
  「き、貴様ぁ……」
  「絶対零度」
  「うおぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
  今度は冷気の魔法だ。
  ……。
  ……。
  ……。
  あの、出来ればもう少しリッチに優しくしてあげてください。
  何か容赦なさ過ぎなんで。
  「たかが人間如きにぃーっ!」
  まだ立ち上がる。
  リッチを見たのは初めてだけど、本当に強い。
  聞く限りではタムリエル最強の存在。
  それをいとも簡単に、まるで赤子の腕を捻るが如くの勢いで翻弄し、叩きのめすフィッツガルドさん。
  格の差を見せ付けられた感が全開。
  少し凹む。
  まだまだ英雄への道は、果てしなく遠いみたいだ。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「なかなかしぶといわね。今のところ私が出会ったリッチの中では、一番無駄にしぶといわね」
  「ほ、ほざけっ!」
  「それでお前ら何者?」
  「何者だと?」
  「既にファルカーには組織力はない。求心力もないはず。これはただの死霊術師の反乱なの? それとも……」
  何を言ってるのだろう?
  魔術師ギルドの内情をあたしは知らない。
  「くっくくく。あーはっはっはっはっはっはっ! 馬鹿めぇーっ!」
  哄笑。
  あからさまに嘲笑われてフィッツガルドさんは不快そうに顔を歪めた。
  リッチは続ける。
  「貴様は何も知らんのか。我らは唯一虫の王マニマルコ様に従うのだ。ファルカー如きメッセンジャーになど従うものかっ!」
  「虫の王マニマルコは御伽噺の存在。既に五体バラバラで殺されてる。魔術師ギルドの祖であるガレリオンに150年前にね。結局
  あんたも最近流行の誇大妄想の虫の隠者なわけだ。人間やめると脳が腐るみたいね」
  「愚かな女だっ! 時勢を知らぬのだからなっ!」
  「そりゃ失礼」
  「トレイブンの愚かなる支配は直に終わるっ! 虫の王が終わらせるのだっ! ふはははははははははははははははははっ!」
  杖を振り上げると、杖に青白い光が宿る。
  勝負を決するつもりらしい。
  フィッツガルドさんも魔法を放つモーションに移る。
  「そろそろ終わりにしてあげるわ。感謝なさい」
  「死ねぃっ! 女っ!」
  どちらもお互いしか見ていない。。
  今しかないっ!
  「煉獄っ!」
  ドォォォォンっ!
  ……可愛い音。
  あたしの放つ《煉獄》はフィッツガルドさんよりも威力の点で劣る。そりゃそうだ。
  威力は五分の一以下。
  爆発も小振りで広範囲ですらない。対個人用の魔法。
  それでもまともに当たれば、戦闘不能もしくは死亡させるだけの威力はある。……人ならね。
  リッチの隙を作るべく攻撃しただけだ。
  なのに……。
  「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  ……リッチ、果てた。
  どうもフィッツガルドさんの魔法の連打で瀕死に追い込まれていたらしい。
  完全に体力限界、ギリギリのラインだったみたい。
  タムリエル最強の生物は倒れた。
  ……呆気ない幕引きかも。
  「アリス」
  「は、はい」
  邪魔したから怒られるかな?
  そうだよなぁ。
  変な勝利になっちゃったし。少しびくびくしていると……。
  「凄いじゃないの。あんたリッチ倒したのよ? モドリン・オレインに、あんたの叔父さんに自慢してあげなさいな。リッチ倒したってさ」
  「はいっ!」
  やっぱり、フィッツガルドさんは凄いと思った。
  こういう優しいところもあたしは尊敬しているし、大好き。会えてよかったなぁ。





  激戦を終え、スキングラードに舞い戻ったあたし達は再びウェスト・ウィルドに。
  「はぁ」
  少々、溜息。
  相変わらずお酒を呑んでる。
  少しは身の置き場がない、みたいな顔をして欲しいものだ。
  ……。
  戻る最中にフィッツガルドさんに言われたとおり、フォローする価値はないのかもしれないけど……それでも決めた事だ。
  それに結果として仕事を放棄したのは正しい。
  予定外の死霊術師の一団が移り住んできたのだから、鉢合わせになる可能性だってあった。
  あたしだって、1人だったら今頃は死んでる。
  「マグリールさん」
  お酒を呑みながらウェイトレスの女性をからかっているマグリールさんに声をかける。
  口説くのを邪魔されて不快そうにこちらを見た。
  ……。
  既婚者だよね、そういえば。
  女性口説くのはどうかと思うけどなぁ。仕事までサボってるし。
  「なんだ。まだこの街にいたのか?」
  「はい」
  「仕事を放棄した理由はもう言っただろ? 他に言う事はないよ。後はあんたに任せるって」
  「どうぞ」
  一冊の本をテーブルに置いた。
  今回、探していた日記だ。
  「見つけました。あたし達で」
  「み、見つけたって? ……あんたなかなか凄いじゃないか。それで、自慢のつもりかい?」
  「この子、あんたが仕事こなした事にするんだってさ」
  フィッツガルドさんが口を挟んだ。
  えっ、そんな顔をするマグリールさん。正直、迷った。迷ったけど、ここで仕事放棄のままで終わると彼は除名される。
  それは避けたかった。
  ……。
  後見役のフィッツガルドさんは反対したけど。
  ここで助けると癖になる。それが言い分だった。それは分かる。それは分かるけど……。
  「マグリールさん。任務です。アンヴィルのアーザンさんに届けてください」
  「助かるよ」
  意外に素直に頭を下げた。
  鼻の頭を掻きながら少し弁解口調で話す。ようやく会話らしい会話だ。
  今までは一方的にマグリールさんがまくし立ててただけだし。
  「言い訳するつもりはないけど、昔は数人掛りの仕事だったんだ。ブラックウッド団が出来て仕事の大半が向こうに流れてから規模
  が縮小されて、俺1人でこなす事になっちまった。ギルドは好きさ。でも、俺には家族がいるんだ」
  「日記、よろしくお願いします」
  「ああ。じゃあな」
  飲食の清算を済まして、この場を後にするマグリールさん。
  後姿を見送りながら一通りの任務が終わった事を実感していた。アンヴィルにいく必要はない。
  このままコロールに帰ろう。
  「さあて。叔父さんに色々と報告しないと」
  「じゃあ私がここで別れた、というのも報告しておいて」
  「えっ?」
  「ほら、私の家はここにあるわけよ。わざわざコロールまで行く手間は必要ないでしょう?」
  「そうですね」
  確かに妥当だ。
  報告だけで往復する必要はどこにもない。
  ぺこり。
  頭を下げた。
  今回は色々と勉強になった。
  白馬騎士団で色々と仕事をこなしてきたから自分が強くなった気でいたけど、まだまだあたしはヒヨッコだ。
  この人が戦士ギルドに入ってくれて本当によかった。
  これであたしは井の中の蛙にならないで済む。
  フィッツガルドさんを目標に、これからも頑張ろう。あたしの騎士道は日々邁進していける。
  「色々と勉強になりました。ありがとうございます」
  「堅いわねぇ相変わらず。……それより幻滅したでしょ? 冷酷で冷徹な振る舞いにさ」
  「でも、無用な事ではなかったと思います」
  「そう?」
  「それに今まで崇めてただけの偶像じゃなくて、本当のフィッツガルドさん知れた気がしましたし」
  「本当の私? 何それ」
  「意外にお茶目な人だって分かりました。くすくす」
  「ふん。言ってくれるわ」
  あたしは右手を差し出す。
  少し考えてから、フィッツガルドさんはあたしの右手を掴み、手のひらを上に向ける。
  「……?」
  「大切にしなさいよ」
  コロン。
  そのまま手のひらに指輪を載せた。
  「これは?」
  「魔法耐性を増幅する指輪。アンヴィルでアリスが恐縮して要らないと言った指輪。ダンマーは個体的にブレトンほど魔法耐性は
  ないから指輪をして魔法耐性を増幅したところで私のように魔法攻撃を無効には出来ないけど、半減は出来るでしょうよ」
  「で、でも……」
  「いいわ別に。予備はあるし」
  「そうじゃなくて……」
  「リッチ相手に一緒に戦った戦友じゃないの。遠慮はいらないわ」
  「……はい」
  深々と頭を下げた。
  いつか。
  いつか本当の戦友になって、フィッツガルドさんの横に並びたい。
  そう思っていた。
  「また、どこかで会えるといいわね」
  「はい。シロディールのどこかで、また会いましょう」







  コロール。
  フィッツガルドさんと別れて、あたしは戦士ギルド本部のあるコロールに戻ってきた。
  ギルド会館に入ると叔父さんが待っていた。
  報告しよう。
  「ただいま叔父さん」
  「ここでは叔父さんはよせ」
  少々イライラしたご様子。
  もちろんその原因は分かってる。マグリールさんの依頼放棄だ。
  信用問題だから荒れて当然だ。

  「アンヴィルのアーザンから報告は受けた。……それで? 日記はどこだ? そもそもエメラルダはどうした?」
  「スキングラードで別れたけど、まずかったかな?」
  「まあ、別にいい。充分な働きだっただろ?」
  「凄いんだよフィッツガルドさん。あのね……」
  「その話は家で聞く。日記はどうした?」
  「今頃はマグリールさんがアンヴィル支部に届けたはずだけど……」
  「何?」
  「スキングラードに着いた時、仕事を達成したマグリールさんに会ったの。だからその、不履行には当たらないと思うんだけど……」
  「信じ難いが……」
  「叔父さん。本当なの」
  「まあ、仕事が達成で来たのだからそれでよしとしよう。マグリールもこれで懲りてくれるといいが」
  「……」
  だ、駄目だ。
  依頼放棄は間違いでした……を全面的に信じていない叔父さん。
  叔父さん勘が鋭いから嘘つけないなぁ。
  ただ不問にはしてくれたみたい。
  よかったぁ。
  そうじゃなきゃ骨折り損だ。
  「アリス。これだけは言っておく」
  「……?」
  「庇う事だけが全てではない。確かに庇う事で何とかなる場合もあるが、ならない場合もある」
  「……この場合は?」
  「何とも言えんな。そもそもそれはその者の性格次第だ。マグリールの性格だと、庇う行為は裏目に……」
  「大丈夫だよ、マグリールさんは」
  「ならいいがな」
  そこで会話を打ち切り、あたしに今日は休めという言葉を残して叔父さんは奥に消えた。
  今からオフだ。
  家でゴロゴロしてようかな?
  それともダルの家に遊びに行こうかな?
  剣の修行?
  「何しようかなぁ」








  その時はまだ気付かなかった。
  情けが仇になる事に。
  ……その時はまだ……。