天使で悪魔





コインの表と裏




  世界は常に表裏一体。
  どちらが表?
  どちらが裏?
  それは容易には断定出来ない。そしてそれは世界だけではない、人もまた、同じ事が言えるだろう。

  表?
  裏?
  あなたの眼にはどちらが表で、どちらが裏?
  さあ、どっち?





  北方都市ブルーマ。
  年がら年中雪に包まれた地域。……どんな場所?
  寒い。
  寒い。
  寒い。
  それ以上でも以下でもない。極寒は私は嫌い。てかそもそも冬は嫌い。シロディールに住むなら、ブルーマ意外にしたいものだ。
  コンコン。
  「失礼」
  扉をノックする。
  寒空の下、木製作りの家の扉をノックする。
  晴れているとはいえ、吹雪いていないとはいえとっとと招き入れてもらいたいものだ。
  「おーい」
  コンコン。
  ……しーん。
  完全に返答はない。
  おかしいな、家にいるって『報告』は受けてるんだけど。
  「んー」
  ガチャ。
  開いてんじゃん。試しに扉を開けてみたら、鍵は掛かっておらず、開いている。
  「……」
  「……」
  すぐに1人の女性と目が合う。
  ノルドの女性だ。
  美しい部類なのだが……目付きが滅茶苦茶怖いです。普通の根性ない奴ならまず目線を反らして道を譲るだろう。
  しかし私は違う。
  何故って?
  まあ、私が出来る女だからよ。
  ほほほー♪
  バタン。
  家に勝手に入り、扉を閉じる。ノルドの女性、険しい目付きで私にガン飛ばしてる。おー、怖っ!
  こういう場合はとっとと用件を喋るに限る。
  こっちのペースに相手を引き込む。
  それが最上の策なれば。

  「ハイ。貴女がアルノラ・オーリア?」
  「そうだけど……」
  「私はフィッツガルド・エメラルダ。余計なお節介を焼くのが大好き娘。……不幸そうね、お力になりましょうか?」
  「お前には関係ない」
  「恋人に財産奪われたんですってね。同情しちゃう。力になるわ。何でも話してね」
  「何だってあんたに恋人の話をしなきゃならないのよっ! 帰れっ!」
  アルノラ・オーリア。
  今、ブルーマ市民がもっとも噂する女性。
  ろくでもない彼氏のジョランダーに全ての財産を奪われた可哀想な女性。それが彼女だ。かといって一文無しというわけではない。
  一軒家に住み、家の中を見る限りでは中の上の暮らしぶり。
  まあ、そこは別にいい。
  私は声を潜める。
  「……そう。帰ってもいいの?」
  「当然よ。出てけっ!」
  「貴女は利用されただけと判断されているものの、それでも衛兵隊に睨まれてる。身動き取れない。だけど私は協力出来る」
  「……何の事かしら?」
  「オトボケ? まあいいわ。儲け話は他にもあるもの」
  双方、沈黙。
  視線だけを交差させる。
  私はアルノラの暗部を知っている。知った上で、言っている。意味ありげに。
  続く沈黙。
  不意にアルノラは視線を逸らした。
  口調は和らぐ。
  「紅茶は好き?」
  「ええ」
  「じゃあ奥にいらっしゃい。ご馳走してあげるわ。……そこで色々と話しましょう、女同士の秘密話をね」
  「興味深い提案ね」


  奥に誘われ紅茶を飲む。
  お互いにテーブルを挟みながら相対している。
  お茶をする事30分。
  アルノラは呟く。
  「どこで私の事を知った?」
  私は肩を竦めた。
  「裏の事には精通しているのよ。特に儲け話はね。……情報源として、物乞い達を手懐けてるしね」
  「……」
  嘘ではない。
  物乞い達は私に懐いてる。まっ、ここ最近はここで色々とお金振り撒いたし。
  「それで? アルノラ、儲け話は? 1人じゃ無理だと、私は判断してるけど?」
  「……私は」
  「うん」
  「私は、盗賊よ。彼氏のジョランダーもね。盗賊ギルドには加盟してない。細々とやってた」
  「細々とね。続けて」
  「付き合って7年。貧しいながらも平穏に過ごしてた」
  「ふーん」
  貧しいながらも、ねぇ。
  表現は『慎ましく生きてました♪』的だけど盗賊でしょうに。普通に犯罪者でしかない。
  ……。
  なお私の最近の行いはスルーの方向で。
  それ持ち出されると何も喋れなくなるのでよろしくお願いです。
  さて。
  「盗賊から足を洗うように私は何度も言ったわ」
  「……」

  「私は彼を止めようとした。その答えは、殴る蹴る。……それでも私は彼を愛してた。だから、従ってた」
  「……」
  「そんな中、彼は1つの情報を手にした。帝都に向って現金輸送の馬車が送られる極秘情報をね。彼と私は襲った、血は流さない
  約束だった、しかし彼はそれを破った。護衛の兵士を彼は殺したんだ」
  「ふむ」
  「私達は山の中に逃げた。自首しようと私は言ったものの、彼は聞き入れなかった。喋ったら私を殺すと脅したわ。それから2日後、
  ブルーマの衛兵隊が山狩りをした。私は食料を探しに行っていて難を逃れたけど彼は逮捕された。救われた気がした」
  「そう」
  ジョランダーは逮捕された。
  アルノラは無罪放免。
  だからこそ今ここにアルノラはいる。しかし、何故ジョランダーはアルノラを道連れにしなかったのだろう?
  私なら共犯者だと叫ぶ。
  なのに何故?
  ……。
  そこまでの予備知識は得ていない。
  まあ、いい。
  「それでアルノラ。続きは?」
  「……」
  「アルノラ?」
  「ジョランダーは捕まった。私は自由になった。それで満足すべき? ……ええ、きっとそうでしょうね、自由万歳よね?」
  「まあ、そうね」
  「だけど」
  「……?」

  「だけど、ブルーマの衛兵隊は財宝を奪還出来なかった。私は隠し場所を知っていたけど、なかった。彼が捕まる直前に隠したに違
  いない。もしかしたら最初から独り占めするつもりだったのかもしれない。あれは私のよ、私の……慰謝料よ」
  「……」
  「ずっと彼の暴力に耐えたんだもの、あれは私のよっ!」
  そう来たか。
  なるほど。このあたりの彼女の感情は『報告』通りだ。
  これはやり易い。
  欲得で動くのであれば私の『仕事』もし易い。
  「でも1人で手に入れる事はできない。手を組むつもりで接触して来たんでしょう? ……山分けって事で手を組まない?」
  「いいわね」
  私はハチミツ一杯含んだ甘い微笑を浮かべる。
  交渉成立。






  今回の私の立場。
  ブルーマ衛兵隊のカリウス隊長の依頼で動いている。……まあ、利用されてる感が全開なんですけどね。
  まあ、そこはいい。
  特に面倒な展開でもない。
  最近の私は魔術師ギルド&闇の一党ダークブラザーフッド&戦士ギルド関連で動く事が多い。
  たまにはまったく関係ない依頼を受けるのも一興。
  他の勢力とは違いそれなりに自由が利くし。


  カリウス隊長は言う。
  「アルノラは輸送隊が運んでいた財宝を隠匿している可能性がある。……悪いのだが、再び力を貸してくれないか?」

  私はこの街に貸しがある。
  それを見込まれての要請だ。……まあ、その貸しは返してもらえそうもないけど。
  財宝の在り処。
  どうやらアルノラは知らないらしい。
  流れから推察するとジョランダーを衛兵に売ったのはアルノラ。しかしジョランダーは財宝を逮捕される前に隠したようだ。

  ともかく。
  ともかく、アルノラは私を信用した。
  ジョランダーと接触し財宝の場所を知り奪還するのが任務。……まあ、その結果アルノラも逮捕する事になりそうね。
  彼女のあの反応を見る限り共犯者。
  さて。
  「お仕事お仕事」






  ブルーマ城の獄舎区画。
  私は看守に面会を申し込み、ジョランダーの房の前に立つ。正規の申請手続きを踏んでいるのは、私の行動は極秘任務だからだ。
  看守は私がカリウス隊長の指示で動いているのを知らない。
  だから。
  だから、正規の規則通り立会いの監視に立っている。……いや、立っていた。
  過去形ですねー。
  賄賂渡して遠ざけた。
  ……。
  まあ、楽でいいんですけど、これって統制上どうなのよ?
  カリウス隊長にこの事も報告しないと。
  「なんだてめぇは?」
  半裸のノルドが檻の向こうにいる。
  こいつがジョランダー。
  しかし何故に半裸?
  まあ、ノルドは北方民族。極寒の地に特化した存在。屋内は、監獄は暑いのかもしれない。
  いいよなぁ。
  寒さ感じないのは。
  私は寒いの嫌い。……もっともノルドになりたいとは思わないけど。

  「ハイ。貴方がジョランダー? 私は……」
  「何も言わねぇ」
  「はっ?」
  「どうせてめぇはティレリアス・ロゲラスの手下なんだろ? 奴に従ってお零れ貰おうという浅ましい衛兵なんだろうが。お前ら衛兵
  は屑だ。人の物を盗む盗賊から、盗むんだからよ。悪いがお前は信用できない。何も言わねぇ聞えねぇ」
  「……」
  ティレリアス・ロゲラス?
  誰それ?
  ……知らん。
  カリウス隊長もそんな名前は言ってなかった。誰だろ?
  しかしジョランダーがこういう対応をするのであれば、私もその対応を変えなければならない。賄賂は……通じないわね。
  こいつの罪状は衛兵殺し。
  数年は出れない。
  賄賂を贈ったところでさほど喜ばないだろう。
  脱獄?
  それは……んー、カリウス隊長は面白くないだろう。個人で動いているのであれば、目的の為に脱獄させてもいいけどカリウス
  隊長は喜ばない。私は基本頼られたら弱い派なのですよ。

  「あ、あんたはっ!」
  「ん?」
  その時、ジョランダーは叫んだ。
  何だー?
  「この間衛兵3人をここで叩きのめした無敵娘っ!」
  「……なぬ?」
  衛兵3人?
  ああ、この間か。正確にはあれは衛兵ではなく闇の一党ダークブラザーフッドのメンバー(宝石魔術師参照)。
  連中は衛兵に偽装していたに過ぎない。
  けどまあ、ここで暴れた際に見ていた囚人達にはそれが分からない。
  だから。
  だから、私が逮捕されここに連れ込まれた→衛兵を叩きのめす→脱獄、という寸法なのだろう。
  なるほど。これは利用出来る。
  きっと日頃の行いの賜物よね、こんなに運が良いのはさ♪
  てへ♪
  「君は俺達囚人のアイドルだよ。……いろいろな意味でな♪」
  「……」
  そ、そこは聞かないで置こう。
  うん。
  そうしよう。
  きっと聞くと色々と引くだろうし。
  しかし、これは話が早くていい。衛兵叩きのめした私なら信用してくれるだろう。事実、ジョランダーの顔には信頼の表情に。
  都合良い。
  「あんたは、あいつの仲間じゃないんだな?」
  「あいつ?」
  アルノラの事だろうか?
  しかしすぐに違うと気付く。
  さっきジョランダーは『お前ら衛兵は屑だ』と言った。『お前ら』。つまりそれは衛兵を指すはず。衛兵も財宝を狙ってる?
  ……それは奪還の為?
  ……。
  んー、違うか。
  財宝を盗んだ盗賊から盗む、という表現だから……衛兵は財宝を着服するつもりか。
  また面倒な展開になって来た。
  衛兵隊長の依頼で動いている私。その目的は財宝の奪還。にも拘らず、そこに衛兵の汚職が関わってくる。
  私は衛兵の汚職嫌いなんだよなー。
  前に告発してアダマス・フィリダに投獄されたし。
  さて。
  「あいつって誰?」
  「ティレリアス・ロゲラス」
  「ふーん」
  後でカリウス隊長に聞いてみよう。
  だけど今はいい。
  話を進めよう。
  「ところで……わざわざ俺の面会に来たって事は……お宝目当てか?」
  「よく分かるわね」
  「分かるさ。あんたほどの悪党だ。へへへ。財宝の匂いを嗅ぎ分けてここに来るあんたの嗅覚には敵わねぇぜ」
  「……」
  うわぁ。凄い言い様だ。
  最近丸くなってるからいいけど、一昔前ならこの場で煉獄放ってウェルダンにしてやるところだわ。
  あんた運が良いわね。
  ここはカリウス隊長の顔を立ててあげるべきだろう。じゃなきゃ始末してるとこだ。
  「それでお宝はどこ? 山分け……」
  「全部やるよ」
  「はっ?」
  「全部あんたにやるよ。俺はこの別荘で長期休暇だ。殺人で捕まったのさ。……関知していない殺人でな。それを訴えたところで既
  に刑は執行された。今更覆る事はない。俺はここで足止めだ。全部あの殺人狂の魔女の所為だっ!」
  「魔女、ね」
  なかなか素敵な名称ですこと。
  それにしても殺人狂?
  向こうの言い分から想定するアルノラは尽くす女、ジョランダーは最悪な暴力男。しかしジョランダーの言い分は?
  ふむ。
  どうやら真逆になりそうだ。意味は分かるけどね。
  意見なんて個々の価値観だ。
  同じ事でも立場が違えば意見が変わる。そして誰もが自分が可愛い。不都合な事は隠し、拡大解釈して自分の行動は善行だと美化し、
  相手の事は感情が素直に絡み、徹底的に悪意を織り交ぜる。
  まっ、そこはどうでもいい。
  つまりは痴話喧嘩みたいな感じですかね。
  私はそこには関与しない。
  財宝を探してるだけだ。
  適当に流すとしよう。
  「アルノラって女は知らないのか? 俺の女だよ」
  「そこまでは調べてないわ」
  「そうかい。俺はあいつの所為で檻の中、あいつは俺の家でぬくぬくと暮らしてやがる」
  「それは可哀想可哀想」
  「元々俺達は盗賊でな。……いや盗賊ギルドには加盟していない。ケチな盗賊さ。日々の糧を得る為に盗賊してた」
  「……」
  そこは一緒なのね。
  どの道最初から犯罪者なのは間違いないみたい。
  「それで?」
  「ところがあいつはそれだけじゃ満足できなくてよ、ある日どこからか情報を手に入れてきたのさ。帝都に向けて輸送車が差し向けら
  れた事によ。アルノラは輸送車を襲おうと言い出した。俺は反対したが、聞き入れられなかった。だから誓わせた」
  「誓わせた? 何を?」
  「誰も殺すなってな」
  「ああ」
  「だがあいつはそんなの最初から護るつもりがなかった。護衛の兵士を殺しやがった。俺達は逃げたさ、山の中にな。そこでほとぼり
  を冷ますはずだった。2日目、アルノラは食料を探すと言って俺の前から姿を消した。その後は……分かるだろ?」
  「ええ」
  裏切った、か。
  ……それはコインのように。コインの表と裏のように、私の前に立ち塞がる。
  どっちが真実?
  どっちが欺瞞?
  まっ、いい。
  どーだっていいわ。立ち塞がる真偽は全て叩き潰す。……真実もね。
  ふふふ。
  だって真偽を正すのは私の仕事じゃないもの。
  さて。
  「誰も分かるはずない場所に、衛兵どもが踏み込んできた。あの女が俺を売ったに違いないっ! ……しかし俺の方が頭の回転
  が早かった、宝は既に別の場所に隠してあったのさ。お利口なアルノラの裏を掻いてやった。ははは、ざまぁみろっ!」
  「……」
  これはつまりどっちもワル?
  どちらの言い分も、当然ながら主観は自分。同じ事象であっても、語る者が違えば当然内容も変わっていく。
  それに自分達に有利な事は話し、不利な事は隠す。
  どちらが表?
  どちらが裏?
  まるでコインの表と裏のように、表裏は容易には見透かせない。
  「あんたはとびっきりの悪人だ、だろう?」
  「そうね」
  「だから頼みがある。魔女に制裁をっ!」
  「……」
  「あいつは俺の自由を奪った。だから俺はあいつの自由を奪いたいっ! ……その意味、分かるだろ?」
  「殺せと言いたいわけ?」
  「へへへ」
  「その代わり……」
  「ああ。財宝はあんたにやるよ。どうせ俺は当分出られない。金よりもあいつのお上品な顔から笑みを消してやる方が魅力的なん
  だ。あいつは趣味の悪いアミュレットをいつもしている。そいつを奪ってきて、俺に示してくれ。そしたら財宝はやるよ」
  「……」
  首の代わり、という意味か。
  命を奪う。
  私は天使で悪魔だから、命のやり取りは問題じゃあない。殺す時は殺す、それだけだ。
  でも今はカリウス隊長の指示を仰がなくてはね。


  ブルーマの兵舎。
  衛兵隊長であるカリウスには私室が与えられている。……狭いけど。
  今回の囮捜査を依頼したのはこの隊長だ。
  報酬?
  ……んー、無報酬。まあ別に報酬はいらないのよ。これはこれで良い暇潰しだからね。それだけの事よ。それだけの。
  まあ、厳密には顔繋ぎかしらね。
  公的機関は嫌いだけど恩を売っとけばそれなりに利用出来る。
  シェイディンハルのギャラス隊長なんか私にゾッコン(笑)だから大変に役に立つ。
  どの程度?
  んー、身辺警護的に、かな。
  最近は闇の一党が人海戦術で私に群がって来ているから、そういう意味合いで衛兵隊を抱きこんでると大変に役に立つ。事実
  シェイディンハルで襲われ続けた際にはギャラス隊長が私的に部隊を動員して手助けしてくれた。
  手懐ける意味はある。
  さて。
  「ティレリアス・ロゲラスって誰?」
  「ティレリアス・ロゲラス? 何故その名が出てくる?」
  「ジョランダーが……」
  私は説明する。
  一連の報告を済ました。まだ完結していないので中間報告というやつだ。
  「そいつは看守なの?」
  「……」
  「それとも財宝奪還の任務を帯びてる衛兵?」
  「……」
  「カリウス隊長」
  「い、いや、すまん」
  様子がおかしい。
  「どうしたの?」
  「奴は今謹慎中のはずだ。それにそもそも輸送隊襲撃事件にはまるで関係ない。……どういう事だ。これは越権行為だ」
  「ただの越権かしらね」
  「それ以上は言わないでくれ」
  「了解」
  私は黙る。
  何となく見当は付く。そのティレリアスとかいう奴は、財宝の横取りを画策しているに違いない。
  衛兵隊の暗部。
  衛兵隊の恥部。
  これ以上口にするのは彼の誇りを傷つける事になる。
  その程度の配慮は私にもあるから、黙る。
  ……。
  まあ、別の見方もあるけどね。
  何をして謹慎中かは知らないけど手柄を立てて復帰したいのかもしれない。だからこそ現在暗礁中の財宝奪還の任務に勝手に手
  を出しているのだ。
  どっちにしても越権行為には変わりないのだが。
  「どうする?」
  「まずは……アルノラに接触を」
  「殺しちゃうの?」
  「それは困る」
  「でしょうね。それで? 私はどっちに付けばいいの? 全て終わってから逮捕されるのは私は嫌よ?」
  「分かってる」
  「そりゃ結構。過去にトラウマがあるのでね」
  「……?」
  アダマス・フィリダを思い出す。
  良い思い出よね。
  「人は殺さずに財宝奪還する、その為の方法は私の判断。それでいい?」
  「頼む」
  「ティレリアスの方は?」
  「こちらで何とかする。……引き続き任務を続行してくれ」
  「了解」
  お仕事お仕事。
  ……。
  しかし私ってば何気に便利屋よね。
  まあ、いいけど。


  アルノラの家に戻る。
  いや正確にはジョランダーの家か。まあどちらでもよろしい。
  ノルドの女は不機嫌そうだ。
  元々こういう人相だ、という指摘もあるだろうけど。
  「ふふん」
  私を迎え入れるアルノラの顔にはふてぶてしいまでの余裕。
  元彼が殺しを依頼したの知ってんの?
  ……まあ、殺しゃしないけど。
  「あいつの事だから、どんな与太話をしたかは分かるわ。……で? 私を殺すの?」
  「さてね」
  第一声がそれかよ。
  だけどなかなか勘が良いわね。私を奥に招き入れるアルノラ。その動作を眺める限りでは、根性はありそう。私が殺しを依頼され
  たのは概ね予想しているのだろうけど怯えているようには見えない。
  なるほど。
  こいつは魔女だ。
  もちろんジョランダーが善人で、アルノラの所為で破滅したわけではない。
  どちらも傲慢で果てしなく我侭。
  ただそれだけ。
  ただそれだけよ。
  だからこそお互いに破滅する。……あー、いや。アルノラは今から破滅するんだけどさ。
  「座って。……お茶でも飲む?」
  「いらない。用件を済ましたい」
  すぅぅぅぅと私は瞳を細める。
  殺意。
  殺意を解き放つ。
  アルノラは動じない。なかなかに根性がある……いやまあ、殺意を感じるほどの器量はないのかもね。
  だけど寒気ぐらいは感じるはず。
  ……。
  ふーん。
  多少は図太いみたいね。まあいい。
  「アルノラ。用件を済ましてもいいかしら?」
  「私の首を持って来いって?」
  「厳密にはアミュレット」
  「じゃあ、簡単ね。このアミュレットをジョランダーに見せなさい。私を殺したって言ってね。そしたらあのアホ、きっと財宝の場所を喜
  んで話すわよ。財宝を探し当てたら、半分を私に渡すのよ。いいわね?」
  「もしも全部奪ったら?」
  「その時はあんたがジョランダーの女だって衛兵に通報するわ。あんたはお尋ね者、ジョランダーの相棒の女はあんただって事になり、
  私は監視から外される。財宝は手に入らないけど私は自由になる。だけどあんたは? ……で、どっちに付く?」
  「……」
  「私か、ジョランダーか」
  「貴女に付くわ」
  「実に結構な答えね。物分りの良い娘は大好きよ」
  「……っ!」
  「な、何よ? どうしたの?」
  「い、いえ。気にしないで」
  言い方が怖かった。最近そういう属性の娘に付き纏われているのでね。
  ……。
  意味はないけど、ここで宣言しよう。
  私は本来ノーマルであるとっ!
  てかそれだと今はアブノーマルの毒牙に掛かっているのをカミングアウトするのと同義か。藪蛇かよ。
  ……ちくしょう。


  再びブルーマ城内の獄舎区画。
  断るまでもないけど看守は賄賂で黙らせた遠退かせた。
  はぁ。また無駄な出費だ。カリウス隊長、必要経費で落としてくれるかな?
  近くに衛兵はいない。
  囚人は当然他の檻の中にいるものの、口を挟む奴はいない。何しろ私は囚人達の『アイドル♪』だからだ。
  どんなアイドルかは聞かないで置こう。
  ただまあ、きっと夜のお供なのは間違いない。
  ……ちくしょう。
  「はい」
  ジャラ。
  私は趣味の悪い首飾りを見せる。
  当然ながらアルノラを殺して奪ったわけではない。殺してもよかったけど……一応私はブルーマ衛兵隊の要請で動いている。
  殺すとリアルに私は捕まる。
  要請で動いてなかったら?
  その場合は衛兵に素性が露見しているわけではないので殺すわよ。
  まあ、財宝目当てで人殺しは私の過去の殺人の中にはない。一応は私セレブの部類だし。
  ほほほー♪
  「これで満足してくれた?」
  ジョランダーは沈黙。
  それから不意に哄笑した。
  「あっははははははっ! 死んだか、お上品でお利口ぶった表情をあの女は2度と浮かべる事は出来ないっ!」
  「よかったわね」
  「あんたは実に最高の悪党だぜっ!」
  「……誉めてるの?」
  貶してるようにしか聞えないんですけど。
  酷いわ酷いわっ!
  私は全世界の為に無償で働く事を喜びに感じている勇者なのにーっ!
  ……。
  ……なわきゃないか。
  私は天使で悪魔。
  純粋な悪党よりも、ある意味で悪党な女ですわ。
  ほほほー♪
  「で財宝はどこ?」
  「財宝はブルーマの外の埋めてある。そうさ、城壁の外だ。北門近くの岩場に埋めてある。見れば分かるはずだ、後は好きにしな」
  「そう」
  どんな財宝だろ?
  そもそも中身を私は聞かされていないのに今更ながら気が付いた。
  ちょっと興味あるかも。
  「ん?」
  コツ。
  足音が聞えた気がした。振り返る。誰もいない。殺意の帯びた感情を察するのは得意なんだけど、より純粋に気配を読むのはあまり
  得意ではない。このあたりの能力はアントワネッタ・マリー、つまりは私の自称姉の方が上だ。
  誰だろう、立ち聞きしていたのは。
  「なあ。財宝の場所をあんたは知った、俺は俺で復讐を果たした。もうここには用ないだろ」
  「えっ? ああ、そうね」
  「俺はネズミの数を数えるのに忙しいんだ。じゃあな」
  「……」
  他に趣味ないのかお前は。
  根暗な奴。





  財宝の場所は分かった。
  とりあえずアルノラに報告に行ったら『とっとと掘り出せっ!』と怒られた。
  ……。
  いや本当これが衛兵隊の依頼じゃなかったら今頃魔法で吹っ飛ばしてるわ、あの女。
  運の良い奴。
  太陽は傾き掛けている。
  こんな仕事を1日以上掛けるつもりはない。今日中に終わらせるべく私はブルーマの城壁の外、つまりは街の外を歩く。
  目的の場所はもうすぐだ。
  とっとと終わらせてこんな雪国からオサラバしよう。
  長く過ごせば寒さの耐性が出来る?
  ……冗談でしょ。
  耐性が出来る前に凍るわこんな環境。やってらんないですよ、本当に。
  「おっ」
  あれか。
  岩場が見えて来た。
  多分あの辺りの地面の中に埋まってるのか、岩で巧妙に隠しているのだろう、きっと。
  その時。

  「待っていたぞ」
  人相悪い奴が出てくる。
  鎖帷子に身を包んだ1人の男。待っていたぞ発言である以上は、財宝云々を知っているのだろう。
  咄嗟にアルノラの顔が浮かぶ。
  こいつはきっと新しいアルノラのパートナーだろう。
  そもそも初対面の女に財宝云々は……まあ、喋るかもしれないけど、山分けは出来過ぎた話。財宝の場所はさっきアルノラにも
  知らせた、だから私にはもう用がない。
  そういう意味での刺客か。
  「で? あんた誰?」
  私は腕組みしたまま問う。剣はまだ抜いてない。
  正直剣なんて私の中では『スキルの1つ』でしかない。人を殺すスキルはたくさんある。剣を抜くまでもなくこいつを殺すのは容易い。
  すらり。
  向こうは『剣で殺す』しかスキルがないのか剣を抜き放った。
  余裕のない奴。
  「俺の名はティレリアス・ロゲラス。お前をここで待ってた」
  「あんたが悪徳衛兵か。……わざわざ待ってたわけ?」
  「君は真実を知っているからな」
  「ふーん」
  こいつが悪徳衛兵か。
  衛兵の正式装備ではないのは……ああ、謹慎中だから正式装備纏えないのか。もちろんそれ以上に衛兵の姿で犯罪犯すのは
  得策ではないのだろう。少なくとも財宝の横領するわけだから、正式装備はまずい。
  その程度の思慮はあるわけね。
  まあ、私に喧嘩売るわけだから脳味噌は最悪なまでに腐ってるんでしょうけど。
  喧嘩を売る。
  その場合は等しく不幸になってもらわないとね。
  くすくす♪
  「困るんだよ、俺が財宝を個人的に狙っている事を知っている者がいるのは。財宝を手にしても、君の口は塞ぐ必要がある」
  「そこで私を待ってたわけ? ここに来る事を踏んで?」
  「そうだ」
  「どこで知ったわけ? 財宝の場所を」
  「地下牢は声が響くんだ。もっと小声で話せとあの馬鹿なノルドに教えてやった方がいいな。……まあ、君はここで死ぬんだが」
  「へー」
  「アルノラは既に死んだよ。あの女、俺に指図しやがったっ! 山分けだと? ふん、身の程を知りやがれっ!」
  「へー」
  ダブルブッキングか。
  おそらくアルノラとこの衛兵は、最初から財宝山分けで手を組んでいたのだろう。
  ジョランダーから財宝の場所を聞き出す役目を請け負っていたのだろうけど、ジョランダーは話さない。アルノラにとって次第にこの
  悪徳衛兵はお荷物になり邪魔でしかなくなってくる。
  そこで私が現れた。
  アルノラは乗り換えたわけだ、私に。
  元々財宝山分けの意思があったのかすら怪しいわね、こいつにしてもアルノラにしても。アルノラは私を殺すつもりだった?
  そうかもしれない。
  でもまあ、いい。
  既に死んだんでしょう?
  死んだ相手に感傷を抱くほどの付き合いではなかったし、大丈夫。
  「で? 私を殺すわけ?」
  「そうだ」
  「ふーん」
  「アルノラは始末した。ジョランダーは檻の中。君さえ殺せば財宝は私のものだっ!」
  「単純ばぁか」
  「な、何?」
  「ジョランダーと余生を仲良く暮らしてね。……カリウス隊長、逮捕をよろしく」
  私の声と同時に数名が茂みの中から現れる。
  ブルーマの正規兵だ。
  引率しているのはカリウス隊長。
  チャッ。
  悪徳衛兵は剣を構えるもののこれだけの人数を斬り殺せる腕はないだろう。構えを見る限り素人に毛が生えた程度。並みの冒険者
  の方がもっと強い。その程度の腕で全員を切り伏せる?
  それは無理ね。
  でも全員殺して口封じしないと身の破滅。
  「自分の口よりも大きいモノに噛み付いた報いね。……ジョランダーと中睦まじい関係になれる事を祈ってるわ」
  「……ち、ちくしょう……」
  剣を地面に叩きつける悪徳衛兵。
  私は肩を竦めた。
  「人生地道に働くのが一番よね」






  カリウス隊長に後は任せ、私はブルーマの街に戻る。
  悪徳衛兵は結局無抵抗のまま逮捕された。根性なしめ。大したお咎めもなしに終わるかと言えば……そうでもないだろう。
  アルノラだ。
  私を殺そうとした時の『アルノラ殺した』はハッタリではないだろう。
  あの状況で嘘を付く意味合いはまるでないからだ。
  今、衛兵がアルノラの家に走っている。
  おそらく本当に殺してる。
  だとしたらあの悪徳衛兵は半世紀は出てこないでしょうね。正当防衛の人殺しは合法であり当局の対応も甘いけど、一方的な
  人殺しになると罪科は重い。もちろん状況次第や理由次第では情状酌量で軽減もされる。
  でもあいつはありえない。
  何故?
  欲得で人を殺してるからね。しかも謹慎中とはいえ衛兵。
  領主は汚された権威の報復として重罪にするでしょうよ、きっとね。
  可哀想可哀想。
  でもまあ、ここから先は私の領分ではない。後はカリウス隊長に任せて私は休むとしよう。
  労働、お疲れっしたー♪
  「おー。さぶー」
  太陽は沈み、月が空に。
  雪は降っていないものの太陽がないので当然ながら気温が下がっている。私は体を震わせながら宿に急ぐ。
  衛兵は疎ら。
  市民は疎ら。
  寒い寒くない云々は抜きにしても夜は屋内でヌクヌクするに限る。
  ハーブティーでも飲みがらゆったりしよう。
  オラブ・タップに急ぐ。
  「……」
  しかし私の足はすぐに止まった。
  足が動かない?
  違う。
  足を動かすと、つまり先に進むと全身が矢で蜂の巣にされるのは必至。物陰に。屋根の上に。管を巻いて歩いている酔客3人もそうだ。
  殺気を感じる。
  私は包囲されていた。
  それにしても。
  それにしても、雑魚よね。まるで殺気を隠せていない。
  「出ておいでよ、チンピラども」
  私は嘲りを込めた声を吐く。
  ざわり。
  殺気の中に、怒気が含まれる。
  ふん。
  今から人を暗殺するというのに心を静める事が出来ないなんてね。質が落ちたわね。
  大体の察しは付いている。
  闇の一党ダークブラザーフッドの暗殺者だ。
  わざわざブルーマまで追い掛けて来てくれるなんてね、大勢引率してさ。他に仕事はないのか他に。どう考えても私オンリーで最近
  は動いているわね闇の一党。
  暇人どもめ。
  「出ておいでよ、チンピラども」
  もう一度誘う。
  その言葉に挑発され、1人の黒衣の者が闇を引き剥がして現れる。
  ローブとフード。
  伝えし者か奪いし者か、そのどっちかだ。
  幹部集団ブラックハンドのメンバー。旧ブラックハンドの面々は当然ながら雑魚よりも数段強かった。油断出来ない相手だった。
  こいつも強い?
  いいえ。そうは思わない。
  ここ最近のブラックハンドは欠番が出ると、つまり私に返り討ちに合うとすぐに次を任命する。段々と質が悪くなっていく。てか最初から
  雑魚だったけど。今のところなかなかのやり手はアマンダと毒女だけだ。
  こいつも強い?
  ……んー、相対する限りでは雑魚のオーラ全開なんですけど。
  さくっと殺っちゃおう。
  さくっと。
  それは容易い仕事だ。
  さて。
  「自己紹介をどうぞ。私はフィッツガルド・エメラルダ。家族や友達はフィーと呼ぶ。……でも甘えないでね、今から死ぬからって馴れ
  馴れしくされる筋合いはないからね」
  「……言ってくれるわ小娘めっ! 我こそは伝えし者ドェベンジャルっ!」
  「じゃあ墓標にはそう刻むわ。無縁仏にしないだけ感謝しなさい」
  「小娘ーっ!」
  殺気と怒気が膨れ上がる。
  伝えし者はレッドガードだった。ふぅん。珍しい。旧ブラックハンドにはいなかった。現ブラックハンドには?
  さあ?
  雑魚諸共吹っ飛ばしてるから記憶に薄い。
  まあいい。
  早々に退場してもらうとしよう。
  「私に喧嘩売った以上、お前殺すよ」
  「やれるものなら、やってみせるがいいっ! 殺れ、我が最強の暗殺者達よっ!」
  ドサドサドサ。
  屋根から何かが落ち、物陰では何かが倒れ、酔客達も消えた。
  ……違う。
  違う。
  わずかな瞬間に命が消えた。無数に。無数に。無数に。
  私は周囲に視線を巡らせる。
  手は剣の柄に。
  「殺せ最強の暗殺者達よっ!」
  「……」
  無視。
  こいつは気付いていないのか、暗殺者どもが全て消された事に。こんな雑魚を幹部に据える。
  よほど闇の一党には人材がいないらしい。
  まあ、そこはいい。
  何かいる。
  私達の周りに何かいる。
  闇の一党の質が悪いのもあるから比べるのも変だけど、謎の介入者は巧みに気配を消している。暗殺者達を始末する際にも殺意
  は感じられなかった。殺気と気配を消せる、謎の介入者。
  正直、ここにいる暗殺者より暗殺者に相応しいだろう。
  ……何者?
  「どうした、何故こいつを殺さないっ!」
  苛立って叫ぶ伝えし者。
  次の瞬間、そいつは気付く。どんなに鈍くても気付くだろう。いつの間にか伝えし者の背後には黒衣の者がいる。そいつが伝えし者
  の首筋に刃を押し付けていた。
  いつの間にっ!
  私ですら気付かなかった。完全に気配を消していた。……誰だ、こいつ?
  伝えし者が喚いた。
  「き、貴様っ! 我らが何者かを知っての暴挙かっ! 我らは闇の一党……っ!」
  「用はないですな」
  ザシュ。
  突きつけた刃をそのまま一閃。伝えし者の首は飛び、屍は地に屈する。黒衣の者は興味なさそうに私の前に足を進めた。
  数歩の距離。
  しかし私は動かなかった。……いや、動くべきではない。
  こいつは囮でしかない。
  わずかな気配を頼りに断定する。他に2人いる。
  チン。
  抜き掛けた刃を元に戻す。
  ここで勇んで斬りかかれば残りの2人は瞬時に動くだろう。目の前の奴は囮。私を攻撃に移行させる為の、囮。
  動いたら死ぬ。
  いやまあ、正確には死なないか。言い直そう。動いたら痛い。目の前の奴は殺せるけど、残り2人の攻撃全てを回避出来る自信
  はない。何発かは当たるだろう。攻撃方法は知らないけど。
  痛いのは嫌い。
  だから動かない。
  「……へぇ。残りの2人にお気付きに?」
  「まあね」
  「なるほどぉ。さすがに雑魚の暗殺者とは格が違うっ!」
  「どうも」
  何だこいつ?
  丁寧口調ではあるものの、妙にテンションが高い。声質からして男。それも若い男。フードを目深に被ってるから人相までは不明。
  「お前誰? 死霊術師? それともこの間潰した犯罪組織の残党?」
  「自己紹介忘れましたね。私の名はセエレ。どうぞよろしく」
  「私は……」
  「存じておりますよ。フィッツガルド・エメラルダさん。……そうそう、その辺りに潜んでいるのはバロルさん、黒き狩り人さん。同僚です」
  「で? 結局何者?」
  「我らは黒の派閥。お見知り置きを」
  「黒の派閥?」
  確かコロール支部でドンパチあったとかなかったとか。
  ともかくその時関わった組織だ(霊峰の指参照)。まあ、私が関わったわけじゃないけど。
  ……にしても。
  ……。
  はぁ。
  また厄介な新手の組織が出張ってきたわねー。
  「黒の派閥、ね。何の用?」
  「実は仲間に引き入れるように、我らの殿下から要請がありまして。……いやまあ、マスターは殺せと言うのですがね」
  「で? どっちの要請で動いてるわけ?」
  「両方ですよ。拒めば殺します」
  「それは合理的ね」
  「お褒め頂き感謝ですよ。……それで答えは?」
  「私に命令出来るのは私だけ」
  「なるほどぉ。いやまあ、殿下もそう言うだろうと思ってたらしいですよ、実際にはね。……しかし残念です、貴女ならこの世界の表と裏
  が分かっていると思いましたが。帝国の治世崩すのに賛同して頂けるものだとばかり思ってましたよ」
  「交渉決裂ね」
  「左様にございますね。……しかし、今回は勧誘だけ。そして警告。今回はここで退かせて貰いますよ」
  「ここで見逃すと組織壊滅に繋がるわ、これ王道。殺せる時に殺さなきゃ」
  「確かに」
  バッ。
  間合を保つ。
  こいつは強い。正直さっきの伝えし者なんて足元にも及ばない。今だ姿を現さない2人も強そうだ。
  だけど私はもっと強い。
  「殺らないの?」
  「やはりここは退かせて貰います」
  「その心は?」
  「人が集まって来たからです」
  確かに。
  人が集まってきている。カリウス隊長達もようやく街に引き上げてきたらしい。衛兵が集まってくる。
  「我らは黒の派閥。そして殿下の親衛隊イニティウム。ご記憶して頂ければ幸いです」
  「気が向いたらね」
  「ではまた」
  「……」
  ふぅ。
  内心では溜息。やり過ごせた、か。正直まともにぶつかれば面倒な相手だ。それだけ強かった。負ける事はないにしても、私も
  多少は痛い目に合いそうだし。
  今はやり過ごせた。
  今は、ね。
  「あー。疲れた。……寝るかな」


  コインの表と裏。
  それは人間関係だけではないらしい。人間の心の中だけの、表裏一体だけではないらしい。
  帝国の治世の表と裏。
  それが今、浮き彫りになりつつある。

  そして虐げられてきた者達の復讐が始まるのだ。
  黒の派閥の暗躍が始まる。

  ……闇の勢力の台頭……。