天使で悪魔







朽ちた権威






  全てのものは朽ちていく。
  悠久なる時の流れの中で朽ちていく。

  人も。
  国も。

  全てはいずれ朽ちていく。
  永遠なものなど存在しない。全てはいずれ朽ちいく。
  おそらくは絆でさえも。

  権威もまた、朽ちるだろう。
  権威もまた……。




  
  ファルカーの反乱。
  各地に潜伏していた死霊術師が一斉に蜂起した。魔術師ギルドの『死霊術師は徒党を組まない』という常識を逆手にとっての蜂起。
  死霊術師達は虎視眈々と機会を窺い、無数の組織が存在していた。
  ファルカーはそれらの組織を従える形で一斉に攻撃を開始する。
  当初虚を衝かれた形となった魔術師ギルドは後手に回ったものの各地にバトルマージの部隊を派兵、死霊術師の組織を各個撃破。
  組織を統括した首謀者ファルカーは逃亡。
  腹心のレイリン、セレデインは死亡。
  反乱は終結した。

  ……かのように見えた。

  ファルカーの反乱終結後。
  反乱を粉砕されたはずの死霊術師は各地で反抗を続けていた。
  暗躍。
  扇動。
  謀略。
  様々な方法を駆使して死霊術師は抵抗を続けていた。さらに虫の隠者、虫の従者と自称する者達が現れては死霊術師を統率、魔術師ギルド
  の虎の子であるバトルマージ部隊を圧倒。容易には全ては解決しなかった。

  虫の王マニマルコの復活。
  それが全ての発端であり元凶であり、そしていずれ来るであろう全面対決への静かな予感。
  全ての死霊術師達は虫の王が率いる黒蟲教団の傘下。
  そう。ファルカーの反乱に参加した全ての組織は教団の傘下であり下部組織。魔術師ギルドは最初からその対応を誤っていた。
  そして情報の統制。
  魔術師ギルドの指導者であるハンニバル・トレイブンは虫の王の復活を知っていた。しかし確証がなく、物証がない、故に発表しなかった。
  不必要な混乱を招かない為に。

  それが混乱へと繋がる。
  魔術師ギルドは常に後手、後手、後手。
  さらに内部の混乱、権力闘争、全てがマイナスへと移行していく。

  外部との折衝役ラミナス・ボラス、解任。
  マスター・トレイブンの養女フィッツガルド・エメラルダ。死霊術師レイリンの姪という事で内通を疑われて、謹慎。
  黒蟲教団に内偵していたムシアナス・アライアスは正体が露見して、死亡。
  大学の決定は各地の支部には伝わらずに機能を停止。そんな中、ブルーマ支部壊滅。その際にアークメイジの弟子達が5名死亡。
  バトルマージの戦力は死霊術師との戦いの中で次第に減少。
  魔術師ギルド所属のメンバー達は内部抗争を続ける組織に嫌気を覚えて次々と脱退。

  全ては後手。後手。後手。
  魔術師ギルド上層部は今後の対応策はあるのだろうか?
  それとも……。




  ドタドタドタ。
  足音荒く私達は室内に入り込んだ。無断侵入だ。侵入方法は吸血鬼ヴィンセンテに聞いた。
  あの義兄も前に同じ方法で建物に入り込んだみたいだし(無知な正義の代償参照)。
  侵入方法は完璧。
  私達はバトルマージの巡回に鉢合わせする事なく目的の部屋に侵入できた。
  「騒がないで、ハンぞぅ」
  「……フィーか。久し振りだね」
  侵入した場所。
  それは魔術師ギルドの指導者であるハンニバル・トレイブンの私室。アークメイジ、マスター、魔術師ギルド評議長、元老院議員、様々な称号を
  持つハンぞぅの部屋に私達は無断侵入した。
  私達。
  それは私、ラミナス。この2名。万年図書委員のター・ミーナは手引きを手伝ってくれた。さらにター・ミーナ以外にも協力してくれた者達もいる。ラミナス
  が魔術師ギルドを去った後でも協力関係(当然非公式的に)にあったバトルマージや魔術師達も協力してくれた。
  これは既に事実上の反乱。
  建物の要所要所は既にラミナスの派閥が固めている。
  大々的に『反乱しましたっ!』という感じではないけど、要所要所は封鎖している。
  まあ、魔術師は大抵世間知らずで危機管理がないから反乱とは気付かないかもしれないけどさ。
  私は静かに宣言する。
  「アルケイン大学は制圧したわ」
  「……そうか」
  「反論は?」
  「ない。評議会の体面を気にして、死霊術師の姪であるフィーを私は疑った。疎遠にした。……今更弁解のしようもない」
  「別に私はそれを恨んで反乱したわけじゃないわ」
  「……そうか」
  「……」
  妙な空気になった気がした。
  駄目だ。
  ここで挫けたら意味がなくなる。
  私は感傷を切り捨てた。
  「魔術師ギルドの現在の体制では黒蟲教団には対抗出来ません。虫の王の存在は予想しているよりも厄介。現体制の転換を要求します」
  「断ったらどうするんだい、フィー?」
  「その時は私が魔術師ギルドを仕切ります」
  「ははは」
  「何がおかしいの、ハンぞぅ?」
  「私が後継者にしたいと前に言った時、フィーは笑って断った。なのに今は仕切ろうとしている。それが面白かった」
  「真面目な話なの」
  きっと睨む。
  洒落でやってるわけじゃあない。
  ハンぞぅは落胆した。
  ……。
  ……少し悪い気がした。罪悪感に胸がちくりと痛む。
  ハンぞぅは和みたいのかもしれない。ずっと苦悩続きだったのかもしれない。なのに私は和みたい彼の心を裏切った。
  その時、咳払いしてラミナスが口を開いた。
  「お久し振りです、マスター・トレイブン」
  「ラミナス、久し振りだね」
  「ここに侵入する際に建物から出てきたアルラの姿を見受けましたが」
  「さっき帰った(急報参照)。色々と手伝って貰ったのだ」
  「何か問題が?」
  「ムシアナスが死んだのだ」
  「まさかっ!」
  「事実だ」
  ムシアナス?
  誰それ?
  私も分かるように説明して欲しいものだ。アルラって人も名前しか知らんし。会った事あるかな?
  まあ、いいか。
  ムシアナス云々は特に問題ではない。
  「ハンぞぅ」
  「何だね、フィー?」
  「評議会を召集してください。死霊術師関連に対する対処策を明確にして欲しいんです」
  「ははは」
  「何がおかしいの?」
  「無駄だからさ」
  「無駄?」
  「すまないフィー。少し自棄になっているようだ、私はね。当たったり皮肉を言ったり本当にすまないと思っている」
  「そうね。らしくない」
  「しかし……傷心が私をそうさせる。私は無能。評議長の器ではなかった。少なくとも非常事態を束ねられる評議長ではなかった」
  「どういう意味?」

  「考えうる最悪の事態だよ。議会は完全に崩壊状態にある」
  「えっ?」
  私とラミナスは顔を見合わせる。
  崩壊状態?
  「それってどういう事なの?」
  「皆の方針が一致しないのだ」
  「死霊術師に対する方針?」
  「そうだ」
  「評議会で何があったの?」
  「ある者は我らが今壊滅の危機にあるとし、今こそ反撃する時だと感じている。またある者は火には火を持って戦うのが得策であると考えている」
  「火には火を?」
  「文字通りの意味だ」
  どういう意味だろ。
  沈黙が室内を支配する。その間に私の脳は今の言葉の真意を検索、推測する。そして思い至る。
  火には火を。
  それはつまり……。
  「死霊術の解禁っ!」
  「そうだ」
  禁術にした死霊術。
  目には目を。
  歯には歯を。
  そして死霊術には死霊術を。
  ……。
  ……ありえない。そんな方針を打ち出したら逆に収拾が付かなくなるだろう。ここで死霊術を推奨したら歯止めが利かなくなる。
  駄目だ。
  そんな方針は完全に駄目だ。
  「それでハンぞぅ、どうなったの?」
  「議会は分裂した。しかも秘宝は失われた。死霊術師のアミュレットと血虫の兜が持ち出されたのだ」
  「秘宝?」
  「カラーニャはそれを大学から移動させる事を主張したのだ。それを置いておく事によって帝都に脅威を招いているとしてな」
  「待って。秘宝とは何?」
  「かつて虫の王マニマルコが使用した工芸品だ」
  「それがここにあるの?」
  「ああ。正確には、あった、だけどね。かつて虫の王を倒したガレリオンは工芸品を破壊しなかった。惜しかったからだ」
  「そのツケが今に来るわけか。迷惑な話」
  秘宝か。初耳だ。
  もちろん死霊術師関連は全て情報統制されていたわけだから知りようがなかったけど。
  それにして意外なのはカラーニャ評議員。
  離反したのか。
  少し意外だ。
  「カラーニャはその秘宝を持って離反したの?」
  「実を言えばその動機にはどこか疑問を感じる所があった」
  「ふぅん」
  「加えて彼女はアミュレットの力を引き出す事に関して異常なほどの関心を持っていたのだ。虫の王の手下から彼女が無事であるとは思えない」
  「どこに行ったの?」
  「彼女はオントゥス砦にいる。一応は説得の為に部隊を送った。仕切るのはクラレンスだ」
  「クラレンス?」
  ああ。
  確かラミナスの後を継いだ駄目な折衝役か。そんな奴が交渉?
  本気で人材ないな、魔術師ギルド。
  「ハンぞぅ」
  「何だね?」
  「カラーニャが持ち出したのはアミュレット。血虫の兜は誰が持ち出したの?」
  「デルマー評議員だ」
  「デルマー」
  あのハゲか。
  影は薄いものの評議会の中では実力者。
  主席は当然評議長のハンぞぅ、次席はカラーニャ、そして三席がデルマー。
  「分裂したのだ、評議会は。2人はそれぞれ部下を引き連れて分派した。私が思うに、デルマーの方が危ない」
  「どこに行ったの?」
  「テレマン砦だ」
  「テレマン砦?」
  確かレヤウィンの北東にある砦だっけ?
  何であんな場所に立て籠もる?
  意味が分からん。
  「どうしてテレマン砦に行ったの?」
  「最近の調査であの場所は死霊術師に対しての対策が施されているのが分かった」
  「……?」
  「アンデット系は砦に入り込むと、砦に施されている結界でアンデッドは崩れ去るのだ」
  「ああ。なるほど」
  だけどわざわざ何であんな僻地に逃げるかなぁ。
  狙われに行くようなもんだろうが。
  「私が行きます」
  「フィー?」
  反乱は目的ではない。
  本題は死霊術師に対する対策であり、組織を牛耳るのが目的ではない。反乱ごっこはお終い。行動するとしよう。
  私はラミナスと頷き合う。
  「大学の外で起こった事に対する報告はラミナスが報告してくれます。私は直ちにテレマン砦に向うとします」
  「待ちたまえフィー」
  「何?」
  「養女であるお前を裏切った私を許してくれるのか?」
  「さあ?」
  「……」
  今の私の行動と個人的な感情はまた別の物。
  ビジネスライクに話すとしよう。
  「マスター・トレイブン、テレマン砦に向かいデルマー評議員の保護、血虫の兜の回収、死霊術師と遭遇した場合には殲滅。以上でいいですか?」
  「ああ」
  「ご指示を」

  「血虫の兜は取り戻して欲しい。あれは大学で安全に保管して置いた方が良いのだ。私はデルマーが死霊術師の標的となった事を危惧しています」
  「分かりました。直ちに向います」



  久し振りの体面はギスギスした感じ。
  駄目なのは分かってはいるけど、さすがに私もすぐには態度は変えられない。死霊術師との関係を疑われてるわけだし。
  そして猜疑の眼差しをハンぞぅ自身も向けていたわけだし。
  終わったら。
  終わったら、死霊術師との戦いが終わったら仲直りするとしよう。
  大丈夫。時間はたくさんある。
  その時に仲直りすればいい。それでいい。

  あの時、ハンぞぅは私よりも魔術師ギルドを選んだ。
  今度は私を選んでくれるかな?










  《あとがき》

  何故かテレマン砦に向ったのかデルマーとずっと誤って記憶していたので、デルマーになってます。
  どうしてそのように覚えてたんだろ。
  まあ、いずれにしてもこの展開の為にデルマーをそれなりに出してきたのでこのままデルマーで進ませてもらいます。
  私が誤って記憶してたばっかりに悲劇の役目に配役。
  ごめんよデルマー(泣)。