天使で悪魔






急報






  急報は都合に関係なくやってくる。





  ネニヨンド・トウィル遺跡。 
  魔術師ギルドの送り込んだ密偵ムシアナスはその遺跡を根城にしていた死霊術師達を内偵していた。そうやって相手の動向を探っていた。
  だがそれは唐突に止まる。
  魔術師ギルド評議会はムシアナスが裏切って死霊術師側に寝返ったと断定。評議の結果、多数決により抹殺部隊を送り込んだ。
  評議長のマスター・トレイブンは多数決で決したものの、それを暴挙と判断してわたくしを送り込む。

  結果。
  結果は最悪。
  死霊術師達の方が一枚上手だった。虎の子のバトルマージの部隊がまるまる1つ潰された。これで魔術師ギルドの戦力が低下した。
  ムシアナスも既に殺されていた。
  おそらく生きたままゾンビに作り変えられたのだろう。

  既にネニヨンド・トウィル遺跡は放棄されていたらしい。
  評議会でバトルマージの派兵が決まったぐらいには死霊術師達は撤退していたのだろう。遺跡に残っていたのはわずかでしかなかった。
  連中が待っていたのはわたくし。アークメイジの弟子のわたくし。
  死霊術師は魔術師ギルドの動きを完全に把握しているようだ。ムシアナスを密偵に放ったように、死霊術師も密偵を送り込んでいるのかもしれない。
  いずれにしても魔術師ギルドは後手に回っている。
  時間。
  人材。
  戦力。
  ことごとく失った。
  この展開をどうやって覆すのだろう?
  


  帝都。
  魔術師ギルドの総本部であるアルケイン大学。アークメイジの私室。
  相対しているのはわたくしとマスター・トレイブン。ジョニー、人斬り屋、ユニオはダレロス邸に帰らせた。
  ここにいるのはわたくし達2人きり。
  「以上が報告ですわ」
  「何という結末だ」
  ネニヨンド・トウィル遺跡での過程と結末をわたくしはアークメイジであるハンニバル・トレイブンに報告した。
  あの後、わたくしは敵を全て一掃。
  徹底的に掃除してから帝都に舞い戻った。2日前の事だ。
  大暴れして少しは気分が晴れましたわ。死体を弄る、ああいう手合いは生理的に腹が立つので大暴れしてしまいましたわ。
  「アルラ、手遅れだったのか?」
  「ええ。時間的に既に手遅れでしたわ。ムシアナスのあの状態から察するに……2日のロスはありますわね」
  「……評議会の議論が長引いたからだな」
  「抹殺するにしても救出するにしても、バトルマージの派兵は時間的に送れたのは確かですわね」
  「……」
  「慰めにはならないと思いますけど、敵の幹部と思われる女は始末しましたわ。虫の従者とか名乗ってましたわ」
  「ご苦労だったね。アルラ」
  「いえいえ」
  虫の従者。
  幹部なのか雑魚なのかはよく分かりませんわ。マスター・トレイブンの教えを受けたもののわたくしは生粋の魔術師ギルドのメンバーではない。
  完全なる部外者。
  頼まれれば手伝いはするけど状況までは理解していない。
  それにしても……。
  「これではどうにもならん」
  呟くマスター・トレイブンの顔には疲労感に満ちていた。
  老けた。
  老けましたわ、マスター。
  昔はいつも柔和で微笑していた。まるで温かく包み込むようなオーラを発していた。なのに今は、とても老けた。
  もちろん年齢的な問題もあるだろう、わたくしが教えを受けていたのは10年以上も前ですし。
  疲れ果てたアークメイジの顔。
  ……。
  ……分かる気がする。
  マスター・トレイブンは人格者であり教育者。教える者としては最高の人物だとわたくしは思っている。しかし残念ながら政治家ではなかった。
  評議会を束ねる能力は欠けていると思う。
  特に今は完全なる緊急事態。人格者というだけではこの状況は乗り越えられない。かといって評議会のメンバーの中でそういう資質がある者がいるか
  といえば、いなそうですわね。マスター・トレイブンが一番傑出している。いずれにしても彼が背負うしかないわけだ。
  背負うから潰れる、疲労はその所為だ。
  「ご苦労だったね、アルラ」
  「いえ」
  不憫に思えて来た。
  評議会はおそらく足の引っ張り合いをしているだけ。
  「君には感謝している」
  「いえ」
  「本当だ。本当にありがとう」
  「マスター・トレイブン?」
  感傷的だ。
  何?
  わたくしが遺跡に行っている間に何かあったんだろうか?
  「感傷的になってすまなかった。報酬を上げなければならないな。何が欲しい?」
  「マスター・トレイブンの心の安静を希望しますわ」
  「……」
  わたくしは一礼。
  マスター・トレイブンは言葉に詰まり、それから彼も静かに頭を下げた。
  「アルラ、君も健勝でいて欲しい」
  「ええ。分かりましたわ。御機嫌よう」



  アルケイン大学を辞去し、わたくしはダレロス邸に戻る。
  帝都のわたくしの屋敷だ。
  「ふぅ」
  室内着に着替え、私室でリラックスタイム。
  椅子に深く腰を下ろして紅茶を飲む。私室なので他の者は誰の立ち入りも許していない。緊急以外はね。
  まあ、ジョニーは例外ですけど。
  彼は紅茶のティーポットを手に取り、わたくしのカップに注ぐ。
  「ありがとうですわ」
  「いえ」
  魔術師ギルドの状況を考える。
  死霊術師の反抗はかなりの規模、らしい。まあ、わたくしは部外者なので内容がよく分かりませんけどね。
  虫の従者の意味すら不明ですわ。
  ただマスター・トレイブンが可哀想に思えてくる。
  心労はかなりのものだろう。倒れなきゃいいですけど。後で栄養のある物でも送った方がいいかしら?
  「ジョニーの刺身とか栄養がありますわね」
  「……お嬢様、今何と言われました?」
  「いえ別に」
  「……」
  「そうそうジョニー。頼みがあるんですけど」
  「何ですか?」
  「よく切れる、手入れの行き届いた包丁を用意して欲しいですわ。アルゴニアンでも捌ける様な鋭いやつを希望ですわ」
  「あっしを殺す気ですかっ!」
  「まさか。マスター・トレイブンは老齢、刺身全部は食べ切れませんわ。ですからジョニー、お腹の部分を少し捌かせてくださればいいですわ」
  「死にますってっ!」
  「2つに1つですわ。わたくしに逆らって三途の川を渡るか、わずかな可能性を信じてお腹を切るか。二択ですわ☆」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ鬼だーっ!」
  「ほほほ☆」
  楽しいですわー。
  さて、次はどのようにして弄ってあげましょうか。

  コンコン。

  扉がノックされた。
  ちぇっ。せっかくもっと楽しくなるところでしたのに残念ですわ。
  「失礼します、子爵様」
  扉の向こうから聞こえてくる声は知らない声だった。いえ、わたくしの部下なのは確かですわ。ただ名前を把握していない、それだけ。
  手下その@って感じですわね。
  ちなみに部下はわたくしを『子爵様』と呼ぶ。一部の者以外はわたくしの事をグレイフォックスの腹心として認識している。
  実際はわたくしが灰色狐なんですけどね。
  「何か用ですの?」
  「子爵様にお会いしにここまで来たお人がいますぜ」
  「誰ですの?」
  「子爵様、ブラヴィルから参謀が来ましたぜ」
  「ブラヴィル」
  スクリーヴァか。
  あの猫の淑女がわざわざ帝都のダレロス邸にまで来るのは珍しい。
  「通して構いませんわ」
  「分かりましたぜ。どうぞ、参謀」
  
  ガチャ。

  猫の淑女が部屋に入ってくる。直接の顔合わせは随分と久し振りだ。
  それにしても何の用かしら。
  伝令なら部下を通して行うはず。よほどの事がブラヴィルで起きたのかしら?
  「お久し振りです、グレイフォックス」
  「灰色狐襲名披露以来ですわね」
  スクリーヴァはブラヴィル方面を仕切る大幹部。灰色狐を支える2人いる参謀の内の1人。帝都にいる参謀アーマンドよりも彼女の方が格上。
  つまりわたくしの次の地位に君臨している人物。
  さて。
  「どうぞ」
  「失礼します」
  彼女は勧められるままに椅子に座る。
  「ジョニーに紅茶を入れさせますわ」
  「いえ。急報ですので」
  「急報?」
  「そうでなければ情報の伝達は部下に伝えさせます。重大な事態が起きました」
  「それは何ですの?」
  「グレイフォックス、グリーフ砦を知ってますか?」
  「知りませんわ」
  「ニベイ湾に浮かぶ孤島。元々は海賊の拠点でした。そしてつい最近までは人間狩りの舞台(狩られし者参照)でした」
  「物騒な島ですわね。それで?」
  「現在はドレス・カンパニーが所有しています。ドレス・カンパニーはご存知ですか?」
  「犯罪結社の港湾貿易連盟の中核の組織」
  「そうです」
  「本題に入ってくださる?」
  「もちろんです。私がここまで来たのは、ドレス・カンパニーがグリーフ砦を大幅な補修をしたからです。さらに改築と増築も。崩壊していた砦は
  今では荘厳な城砦と化しています。孤島の要塞を作り上げた連中は目的は不明でした。少なくとも昨日までは」
  「何をする気ですの?」
  「オークションです」
  「オークション?」
  「ドレス・カンパニーはここで古今東西の珍奇で美麗な品々をオークションにかけるようです」
  「何の為に?」
  「グレイフォックスの所為ですよ」
  「わたくしの?」
  意味が分からない。
  スクリーヴァは悪戯っぽく微笑みながら言葉を続ける。
  「貴女が港湾貿易連盟の加盟組織を次々と潰し、軍部や元老院との癒着を世間に暴露し、さらに各組織の資産を没収」
  「ああ。なるほど。つまり港湾貿易連盟は火の車ってわけですわね」
  「そうです」
  資金不足らしい。
  港湾貿易連盟はシロディールを牛耳る犯罪結社の連合体。先代灰色狐はあまり興味を示していなかったものの、わたくしはそうではない。率先して
  潰して回ってる。貴族として民衆に何かを示すのであれば、まずは資金が必要。爵位としては子爵、何かを変えるには地位としては低い。
  膨大で莫大な資金。
  義賊な貴族として貧しい人々を救う為にはやはりお金が必要。
  犯罪結社はそういう意味で良いカモですわ。
  「オークション、面白そうですわね」
  「でしょう?」
  「それで詳細はどうなってますの? 客は? 宝は?」
  「客はハイソサエティな面々です。ドレス・カンパニー、表向きはまっとうな貿易会社。客は必ずしも裏世界と関係あるとは思えません。オークションに
  かける宝に関しましてはおそらく大半が盗品ではないかと」
  「大規模なオークション、それに対して当局の動きは?」
  「ドレス・カンパニーは孤島の所有権を握っています。さらに大金をばら撒いていますので、帝都軍や都市軍の介入はないかと思われます」
  「ふふふ」
  面白くなりそうですわ。
  宝は手に入るしドレス・カンパニーを叩き潰せる、まさに絶好な機会。
  「ジョニー」
  「はい」
  「他の幹部も招集するのですわ。さあ、雌雄を決する時が来ましたわよっ!」
  どちらがシロディールの裏世界の支配者なのか。
  はっきりさせましょうっ!