天使で悪魔





無知な正義の代償





  この世界において唯一神は存在しない。
  タムリエルを祝福する九大神。
  それは九大心の長でありリーダー的存在の主神アカトシュを筆頭に、アーケイ、マーラ、ディベラ、ステンダール、キナレス、
  ジュリアノス、ゼニタール、タロスの事を指す。

  それぞれ司る領域と恩恵が違うものの、基本的に世界の守護の役割を持っている。
  特にアカトシュは人気者であり、一説では有史以前に世界を支配していたアイレイドから人間を独立させた神であり、今現在も
  帝国の守護神として祀られている。


  オブリビオンには16体の魔王。
  九大神とは違い一枚岩ではなく、互いに反発し合い反目し合っている。
  元々人外の世界の存在である為、善悪の基準は当然違うしそれを求めるのも間違っている。
  アズラ、ナミラ、ヴァーミルナ、サングイン、ノクターナル、ベライト、メファーラ、ハーシーン、クラヴィカス・ヴァイル、ハルメアス・モラ、
  メリディア、ボエシアの12体は積極的に人を嫌悪し滅ぼそうとはせず、大抵は非干渉。
  懐くならそれもいいや的な性格。
  もちろん魔王。
  人の命を尊いという感情はなく暇潰しに殺したりもするし、その半面で慈愛に満ちてる奴もいるからよく分からない。
  結局、異世界の存在だしね。

  マラキャス、シュオゴラス、メルエーンズ・デイゴン、モラグ・バルはタムリエルに対して敵対的な魔王。
  大抵は破壊属性を司り、こちら側の天敵。
  終末思想的な連中がよく祀ってたりする。死にたいなら自分達だけで死んでくれたらいいのに。
  それに、祀ったからといってこの魔王達が喜んで味方するという発想自体がおかしいって。


  闇の神シシス。
  闇の一党ダークブラザーフッドが崇拝する、九大神でも魔王でもない、神。
  一説ではメルエーンズ・デイゴンを擁護する蛇の神様らしい。

  ともかく、世界には無数の神々がいる。
  各々の崇拝する神は世界一、と自負する奴もいるし盲目的に崇拝し、その崇拝を他人に押し付けようとするものもいる。
  宗教戦争の根幹はそれだ。
  しかしどうして自分の崇拝する神が一番だと決め付けれる?
  何を信じようと勝手だし、個人の崇拝を統一させようなんて理論上、不可能だ。
  押し付けようとする行為、自分の信じるものこそが唯一至上の正義と思い込む無知な正義感。
  それがそもそもの間違いなのだ。






  「なるほどなぁ」
  カキカキ。
  机には所狭しと開いた文献、山済みの文書。読み、必要と感じた事柄を私はノートに書き記していく。
  知識の探求は楽しい。
  自分の知らない事を知り、知ろうという事は人が発展してきた最大の行為。
  勉強が好き。
  ……とは、まあ言わないけど、こうしてると落ち着く。
  物事に集中する時、余計な事を考えずに済む。
  余計な事?
  最悪な夢見の後とかかな。たまに昔の事を思い出すのよね。あまり気分の良いものではない。
  そんな時に勉強すると気が紛れる。
  さて。
  「んー、少し休憩するかなぁー」
  大きく伸び。
  場所はアルケイン大学。
  私は評議員でもないし講師でもないけど、ハンぞぅの好意で私にはプライベートルームと研究室を与えられている。
  もちろん好意だけではないと、自負している。
  功績だってあるでしょうよ、うん。
  好意の方が大きいだろうけど。好意が8で功績が2ぐらいかなぁ。
  ……って、好意の方が上か。
  ふん。だから、ハンぞぅの愛人でしなやかな肢体で優遇されてると陰口叩かれるわけだ。
  まあ、いい。
  ほほほ。私が評議長になったら、そいつら全部左遷してあげますわー♪
  ほほほー♪
  「さて、紅茶でも入れるかねぇ」
  立ち上がり、肩を叩きながら私は紅茶の用意をする。ポットに、前のが残ってるけどかなり冷たい。カップに注ぎ、一口含んだ後で
  新しいのを作るべく容易を始める。確か、ター・ミーナがくれたカステラ残ってたっけ。
  それも食べよう。
  「お湯を沸かして、休憩しましょうかー♪」
  鼻歌。
  アンヴィルでの一件の後、私はそのまま大学に戻った。魔法の研究が途中だったし、まだ完成していない。
  魔法を開発すれば私の攻撃パターンは増えるし、開発中の魔法が完成すればダース単位の敵を葬れるようになる。
  能力強化は最優先事項だ。
  コンコン。
  「だあれ? ラミナス? それともター・ミーナ? お茶でもしてく? ちょうど紅茶を……」
  ガチャリ。
  「それは助かるな、フィー。私も丁度一服しようと思ってたところだ」
  白い法衣。
  白い頭髪。
  穏やかな笑み、それはまるで包み込む優しい微笑。
  「ハンぞぅっ!」
  「久し振りだね。愛しいフィー」
  ハンニバル・トレイブン。
  アルケイン大学最高の知識であり、最高の魔術師。マスター、アークメイジ、評議長。最高の称号を持つ魔術師。
  私の恩師であり、憧れであり、祖父。
  ……向こうは父親気取りのようだけど、そこは歳的に私は賛同しないわよ?
  ほほほー♪

  「そ、それでハンぞぅ……あーっと、マスター」
  「ハンぞぅでいい。フィー、君にマスターと呼ばれるとくすぐったくて叶わない」
  この人苦手。
  嫌い、じゃないのよ。むしろ逆。
  だからこそ苦手なのだ。この人といると、ラミナスあたりが見るとまるで人代わりしたようなウブな私がいるわけだからね。

  そこは、否定しない。
  「私に、何か用ですか?」
  「用? いや特にないな。……ああ、重大任務かな。久し振りのフィーの顔を見に来たのだよ」
  「そ、それはどうも」
  「すれ違い続きだったからね。ファルカーの反乱の解決は見事だった。しかし、無理はしてはいけないよ。いいね?」
  「は、はい」
  ファルカーの反乱。
  レイリン叔母さんの死霊術師一斉蜂起事件……未遂の終わったけど、あの事件はシェイディンハル支部長ファルカーが画策
  した事だったらしい。

  レイリン叔母さんは結果として刺殺、首謀者であるファルカー及びに同志セレデインは今も逃亡している。
  さて。
  ハンぞぅは声を潜めて、表情を暗くする。
  「投獄の件は、聞いた」
  「迷惑を掛けました」
  「迷惑? ……そうだな」
  「……」
  「私が、迷惑を掛けた。すぐに釈放するつもりが……大学が身元引き受けとなるように提言したのだがな、評議会で反対を食って
  しまった。それで対応が遅れてしまった。すまなかったな。どうか許して欲しい」
  「い、いえ私の方こそ」
  ……そうなのよ。
  ……こういう人だから、私も戸惑っちゃうわけよ。愛してくれてるんだもの、戸惑うなぁ。
  ……愛してくれて、ありがとう。
  「おやフィー、お湯が沸いたようだぞ?」

  「えっ? あ、ああ、そうね。……あ、あちちっ。は、ははは、カステラもあるけど?」
  「頂こうかな。フィーの入れてくれた紅茶ほど美味なものはないから、カステラもよくあうだろうね」
  「その代償に何くれる?」
  「ははは。何が欲しい?」
  「フローミルの氷杖♪」
  マスター・トレイブン愛用の氷の魔法を発動する、杖。強力な氷の魔法が封じられている、まさにマスターが持つに相応しい杖。
  非常に高価?
  高価なんてモノじゃない。値段がつけられない、価値の代物だ。
  もちろん本当にもらえるなんて思ってない。
  ハンぞぅがどれだけ大切にしてるかも知ってる。だから、少し困らせてやろうと思っただけだ。
  「いいとも。すぐに、持ってこよう」
  「はい?」
  「しばし待っててくれ。……ああ、その間にお茶の用意をしておいてくれ。すぐ戻ってくるから」
  「い、いらない本当にはいらないのよっ!」
  「……? 遠慮しなくていい」
  「ち、違うってば。冗談、冗談なのよ。だ、だからそこでじっとしてて。本当にもらったら、今度は何を噂されるか」

  「噂?」
  「ああいえ何でもないです」
  別に噂なんて気にしてない。
  ……気にしてないけど、噂を聞けばハンぞぅも気分よくないだろう。知らない方がいい。……知らない方が。

  カチャカチャ。
  温かい眼差しを向けるハンぞぅの視線を感じて、自分でもぎこちない手つきで、陶器の紅茶セットをテーブルに並べ、紅茶
  を入れてカステラをお皿に並べる。

  さあ、お茶の時間の始まり。
  自分でも、柄にもなくてはしゃいでいるのが分かる。妙に、空回りしてる気もするけど……あうー、気恥ずかしいですなぁ。

  「……でね、それで実は……」
  「ほう。そうなのか?」

  「でねでね、妙なお姉様が……」
  「ははは。それは楽しいな」
  テンション高いですね、私。
  やっぱり一番和むなぁ。ハンぞぅとお喋りしてると。
  「ところでフィー。一つ頼まれてはくれないか?」
  「はい、何をです?」

  「ブルーマに行って欲しいのだ。フィー、お前にしか頼めないのだが……」
  「任務?」
  「任務ではない。……任務であると、まずいのだ」
  「マスターの御命令ならば」
  椅子から立ち上がり、恭しく一礼。芝居がかった動作。
  もちろんお芝居。
  ハンぞぅはそれを見て、これまた偉そうに胸を反らす。お互いに顔を見合わせ、爆笑。
  「ふふふ。それでハンぞぅ、何をすればいいの?」
  「ブルーマの支部に行けば分かる。いつでもいいから、行っておくれ」
  「はい。ハンぞぅ。……実はその伝達の為に来たわけ?」
  「まさか。フィーの顔を見るだけだよそれだけそれだけ。そんな無粋な目的あるわけないだろう?」
  「……まったく。都合の良い事で」
  「ははは」

  「さて。紅茶、もう一杯いかが?」



  結局。
  それから二時間ほど、ハンぞぅは茶飲み話をしながら楽しく過ごした。いや本当、楽しかったですとも。ほほほ。
  さて。
  そろそろ勉強に戻ろうかな。
  ……と、その前に。

  「それで? そこで何してるわけ? ……二時間も潜むなんて、悪趣味ね」
  視線も向けずに私は呟く。
  ハンぞぅも気付いてた。だからこそ、二時間もお茶に付き合ったわけだ。
  ……もちろん、純粋に楽しんでくれたと思ってるけど。
  「感謝する事ね。私がリラックスしてたから、ハンぞぅは貴方を消さなかった。……お兄様、悪趣味ね」
  「妹よ。貴女の配慮に感謝を」
  本棚が揺れているように見える。
  擬態化している者がいる。そして、その声から誰かは察しが付く。

  声以前に、血の臭いがしたし、気配はヴィンセンテのものだった。気配で分かる、というのは繋がりが深い事かしらね。
  ヴォン。
  実体化する、闇の一党の吸血鬼暗殺者ヴィンセンテ。
  ……。
  ……ああ、ダゲイルの言ってた『突然の来訪者』はヴィンセンテの事か。
  占いも当たるものね。意外に。
  「よくここまで入れたわね。……バトルマージは不法侵入者に容赦ないわよ?」
  「警備に穴があるのを、調べましたから」
  「そうなの? その旨、上奏するわ」
  「それにムラージ・ダールに入り方を聞いていましたしね。穏便な、それでいて非友好的な侵入方法を」
  「ムラージ……あのネコが何で知ってるわけ?」
  「元魔術師ギルドですからね。追放処分されましたし、厳密には大学のメンバーではなかったようですけどね」
  「ふーん」

  そりゃ知らなかったわ。
  私を嫌うのは、今を煌く大学のエースだからかしら?
  ……どっちにしろ、あのネコとは険悪な関係だし、改善しようとも思わないけどねぇ。
  「それでわざわざ押しかけて来て……私を始末しに来た?」
  「妹を? 何故?」
  「だってあれっきり聖域に戻ってないし」
  「ああ、それで。そうではありませんよ。その心配なら、必要ありませんよ」
  「どうしてここにいると分かったわけ?」
  「妹の居場所は熟知していますよ。とりあえず大学に寄り、いなければスキングラードに行こうとか思ってましたよ」
  「わざわざ家にまで? 何の用? ……まさか仕事?」
  「いえ。……実は、私の宗旨に関わる事、つまりは個人的な事なのですよ。ご助力いただければ幸いです」
  「個人的な、ね」
  テイナーヴァのスカーテイルの件みたく力を借りたいとの申し出。
  私は家族の為なら一肌脱ぐ事を躊躇わないに人情家の姐さんかよ。

  「宗旨って何? シシスの信奉者じゃないの?」
  闇の神シシス。
  闇の一党ダークブラザーフッドは、ある意味でシシス信奉の宗教集団だ。
  「シシス、そうシシスも私の信じる……」
  「まあ、座りなさいな、お兄様。丁度お茶の準備も出来てるし。一杯いかが? ……私はいらないけどね」
  お腹紅茶に満たされてるし。

  「いや、出来れば甘えたいところだが……ふむ、二人でお茶をしたのがばれるとアントワネッタに悪いしな?」
  ……ちくしょう。
  「それに少々急ぐ。出来れば、手を貸してもらいたい。……駄目ならば、その時は仕方ないが……」

  はあ。
  そう言われると、私は弱いんだよなぁ。この、お人よしめー。
  気づけば街の便利屋さん♪
  ……ちくしょう。
  「それで? 何の頼み事?」
  「実は私は、ナミラの信者でもあるのですよ」

  「ナミラ?」
  オブリビオン16体の魔王の1人。

  古代の夜を司る、オブリビオンに君臨する16体の魔王の一人で、醜い者達の守護者。
  「それで?」
  「アンガという遺跡がある。そこに、ナミラの信者達が暮らしている。闇の中に潜み、闇の中で生きている者達だ。世間からの干渉
  を遮断し、自らを隔離して生きている。そう。ナミラはその行為を愛し、守護している。……邪悪にね」
  「私に入信勧めてるわけ? それノルマ?」
  「まさか。そもそも貴女に加護を受ける資格はありませんよ。貴女を見て、人は好意を覚える。ナミラを慕う者は、ナミラに愛さ
  れる者は人から不快と思われる容姿でなければならない。貴女には、その資格はないのですよ」
  誉められてる?
  ふむ。資格がない=美しい者、らしい。
  ほほほー♪
  「話を戻そう。……実は最近、アンガ遺跡にアーケイの司祭どもが押しかけてきた。何故来たのか、何故場所が知られたのかは
  知らないが不法に入り込み聖なる炎を灯している。闇を削り、闇を消し、ナミラの信徒を侮辱している」
  「お兄様の力で皆殺しにすれば?」
  「私は炎に弱い。確かにナミラの信者の闇を護る魔法をナミラ司祭として会得しているものの、私自身光に弱い。ただの松明な
  らば問題はないのですがね、聖なる炎に照らされるのは、私の命を削る行為なのですよ」
  「それで皆殺しに私が必要? 他の連中は?」
  「テイナーヴァとテレンドリルは任務、ムラージ・ダールでは少々心許ない、オチーヴァは聖域の管理、アントワネッタ・マリーは
  貴女がいない傷心を紛らわせる為に毎日精力的に暗殺に没頭しています。殺しすぎて腱鞘炎だとか」
  「そ、そうですか。ゴグロンは?」
  「確かに皆殺しには最適ですが、皆殺し=敵味方、なのでね。ナミラ信者まで殺されるのは堪りません」
  なるほど。
  あのオーク、敵も味方もデストロイなわけですか。見たまんまねぇ。
  「私、ブルーマに行かなきゃいけないんだけど。聞いてたでしょ?」
  「大丈夫」
  「そのココロは?」
  「ブルーマの近くですから。ははは、丁度良いですね。……それでは今から行けますか?」
  はあ。
  都合のいい事ですねぇ。まったく、神様の采配とっても素敵ありがとー♪
  ……ちくしょう。
  「まっ、善処しますわ」





  アーケイ。
  輪廻を司り、不死者や死霊術を忌み嫌う、九大神の一人。
  正直、私は神様に興味はない。
  かと言ってオブリの魔王達にも興味ないし闇の神シシスにも興味なっしんぐ。私が興味あるのは、自分だけ。
  天上天下唯我独尊。
  ……まっ、そこまで自分勝手ではないものの、自分の力が信仰。

  さて。
  アンガ内部。
  一応、地表部分に入り口のあるアイレイドの遺跡は、魔術師ギルドがその存在を把握しているものの、アンガは知らなかった。
  出発前に文献で調べたけど記述なし。
  もちろん魔術師ギルドが把握していない事もあるでしょうよ。それに、地表部分に入り口……云々で分かるでしょうけど、地下に
  埋没し自然の洞窟と繋がってたり水中に没しているのもまた、把握して切れていない。
  世の事象全てを把握している、とまでは言わないわよ。

  「光もらたす者よ。この不幸な者達を祝福し、栄光を与えたまえ」
  ローブに身を包んだアーケイの司祭達が、松明を掲げて遺跡内を徘徊していた。
  松明は闇を削る。
  もちろん、全ての遺跡を照らすほどの光ではないものの……闇の切れ端に身を潜めているヴィンセンテは苦痛に顔を歪めてい
  るし光に追い立てられている醜い、ボロボロな服装をした悲惨な生活をしている男女も怯え、苦痛に。

  「蝕まれる」
  「……ああ、闇が消えるぅー……」
  「焼かれる。身が焼かれる」
  悲惨な男女。
  でもね。誰が悲惨で、誰が恵まれているか。それを判断出来るのは他人ではない。
  自分だけだ。
  ……無知な正義の代償よ。必ずしも自分が正しいとは限らない。
  ……無知な正義の代償よ。自分の信じる価値観を押し付けるのは、ただの悪意でしかない。そして倣岸であり傲慢。
  ……無知な正義の代償よ。人の信仰に、土足で足を踏み込むものじゃないわ。
  ……無知な正義の代償に……。
  「死ぬ事になるわけね。まっ、信仰の末の殉死なら、美しい、わねっ!」

  雷の魔法を込めたロングソードを一閃。
  司祭の首は電撃で焼き切れる。
  「煉獄……はまずいか本末転倒ねー……なら、絶対零度っ!」
  「……っ!」
  何人いるのか?
  それは知らないけど、私は奥から走ってきた司祭を凍りつかせる。
  「ナミラの葬送布」
  ヴィンセンテの手に緑色の光が灯り、それを松明にぶつける。聖なる炎は、消えた。凍りついた司祭の炎は私の冷気の魔法で
  消えてる。途端、口々に叫びだしヒートアップするナミラの信者達。

  「な、なんだ?」
  「ひ、光が……誰か早く灯せ……あぐぅっ!」
  「ひぃっ!」
  全員が全員、聖なる炎の松明を持っているわけではないらしい。
  ナミラの信者改め狂信者達は、アーケイの司祭達を撲殺する。余計なお節介の、代償だ。
  闇に潜んでニヤデレし本人幸せなら放って置けばいいのだ。
  「お兄様、楽勝ね」
  正直言えば簡単すぎて、私が出張る必要はあったのだろうか?
  もちろん楽勝なのは聖なる炎が消えたからだ。あれが灯っている限り信者達は手出し出来ずにガクブルだし吸血鬼のヴィンセンテ
  は太陽光並みの危険度だったのだろう。しかし消えてしまえば、あとはどうにでもなる。
  「……」
  「お兄様?」
  「……何か聞える……聞えないか、妹よ」

  「……?」
  聞えない。聞えるのはアーケイの司祭達の悲鳴……ああ、ナミラの信者達の悲鳴も聞えるわね。時折、聖なる炎の光が信者達の
  体を蝕みそれに勢いづいたアーケイ司祭が紳士的な態度捨ててメイスで殴り殺してる。

  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィっ!
  松明持った司祭撃破。しかし松明は消えない。
  「くっ、ナミラの葬送布」

  全身から白い煙を吹き出しながらもヴィンセンテは松明の炎の光を奪い、闇に戻す。
  ……なるほど。
  確かに私がいなければ、これは非常にまずい展開だったかもね。
  怒号。
  悲鳴。
  それらの間を抜けて、ヴィンセンテは奥へと進む。私もそれに従う。ナミラ信者とアーケイ司祭の戦いは一進一退。
  それでも私達が進みながらも何名か命を奪ったので均衡は崩れ、次第に狂信者の側が圧倒しつつある。
  あとはお好きにどーぞ。
  勝利を自ら勝ち取る、それはそれで信仰の証でもあるだろうよ。
  奥へと進む。
  奥へと。
  私には何も聞えないけど、吸血鬼である彼には聞えるし、闇の中でも見えている。吸血鬼が闇の眷属と噂されるのはその為だ。
  闇の世界を生きるのに特化した存在。
  ……まっ、本当のところはただの疫病で、病人なだけだどね。

  「妹よ」
  「さすがにここまで近づけば、聞えるわ」
  話し声。
  眼が闇に慣れた……という程度の闇ではない。見えない。ただ、光はある。
  そう。目の前にいくつも揺れていた。
  「クロード、他の財宝は探さないのか? まだあるかも……」
  「必要ない。ベル、ラウチ、お前らも余計なものは拾うな。これだけあればいい。……ローゼン、お前もだ。行くぞ」
  「しかし探せば宝石ぐらい……」
  「ローゼン。狂った信者どもがアーケイ様様の司祭をフルボッコしてるのが聞えないのか? そうそうに撤退するに限る。それに
  この彫像ならウンバカノがこちらの言い値で買うだろうぜ。アイレイドの彫像だからな。高く売れる」

  ははぁ。
  こいつらか、アーケイの司祭を出張らせたのは。
  要はトレジャーハンターで、この遺跡のお宝奪う為にナミラの信者の動きを封じるべくアーケイの司祭を利用した。
  司祭達は信仰の一環だからね、特に他意はないでしょうけど。
  ……無知な正義感はあったけど。
  ……その代償に命払ったから、まあ良い勉強になったろうけど。

  「妹よ」
  「何人いる?」
  「5人。クロード、ベル、ラウチ、ローゼン、それとも名の呼ばれていないカジート」
  「カジー……それまずいじゃ……」
  「そこに誰かいるぞっ!」
  カジートは闇夜でも見える。あのネコ種族は、深遠の闇でも視界は影響されない制限されない。
  見つかった。
  ……ならばっ!
  「煉獄っ! 煉獄っ! もう一発、煉獄ぅーっ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!

  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  炎が爆ぜる。
  その爆発の際に生じた炎と光で、ここがかなり広い大広間だと気付く。
  ……広くなかったら結構危なかったわよね、危うく丸焼けになるところだったわ。
  おおぅ。
  「ち、ちきしょうっ! ガイラムがやられたっ! これで視界は塞がれたも……っ!」
  同じ、という前に断末魔。
  闇の中では吸血鬼が有利。ヴィンセンテが今叫んだ奴を殺しのだろう。そして叫びから察するに、カジートは煉獄で焼け死んだ
  と見るべきだ。視界が塞がれたとは、夜目が効く奴が死んだと意味するに違いない。
  「妹よ」
  ぞくっ。
  背筋が凍る。いつの間にか、ヴィンセンテはすぐ近くにいた。
  「何よ、いきなり」
  「肩に刺さった矢を抜いてください。……貴女が今いる場所には、角度的に狙撃は出来ないですから」
  手を握られ、そのまま傷口に手を持ってかれる。
  自分で抜けない?
  「抜いてください」
  「自分で抜けないの?」
  「……なかなか用意周到ですよあのトレジャーハンター。くっ、太陽の加護を受けた矢です。陽光に焼かれるも等しい痛みです」
  抜く時、ヴィンセンテは呻く。
  そしてそのまま膝をつき、倒れこんだ。
  「相手はあと何人?」
  「二人」
  「なるほど。ここは大規模な魔法しても安全? 余波は、来ない?」
  「丁度そこに柱がありますから、防げますが……」
  「じゃあ行くわよっ!」
  すーはー、すーはー。
  深呼吸。
  まだ実験中だし、実用的ではないかもしれないけど……試験ですね、はい。
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  「必殺っ! 神々の神罰っ!」
  
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  くっ!
  ちょっ、ちょっと……というかかなり魔力が足りないぃっ!
  全身から力が抜け大広間を舐め尽すような白い雷の洗礼は唐突に、途切れた。
  「はあはあっ!」
  息が出来ない。
  必要以上の……必要とされる魔力の半分にも満たなかった……ブーストは、一時的なキャパシティの増強はまだ量が足りな
  かったらしい。私は足りなかった魔力の代償として、全身の力が抜け倒れそうに……。
  「くっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  本能的に剣を構えると、乾いた音。呼吸音はすぐ近く、それも目の前、いいえ……闇で見えなくても分かるわ鍔迫り合い挑まれて
  いるもの。私は踏ん張れない。力がどんどん抜けていく。

  「はっ、とんだ邪魔者だぜっ!」
  クロード、そう呼ばれていた名前の男の声だ。
  力が込められる。
  ……まずい、私は力が足りない。気を失ったら、その場で両断される。魔力は空。ブーストの、魔法力以上の魔法を使った後遺症
  で魔法は使えない。今は、攻撃系は愚か踏ん張る体力すらないのだ。
  「くぅっ!」
  靴が床を滑る。だ、駄目だ。もう力が……いえ、力が駄目なら知恵が。それに一瞬の魔法なら……。
  「光よぉっ!」
  「……っ!」

  かっ!
  私の全身が一瞬、まばゆく光る。本来の使い方は特にない。全身を発光させて松明いらずの魔法として開発した、試作の魔法。
  一瞬光るだけ。
  だけどそれでいい。クロードの動きは止まった。眼が眩んだ。
  「はぁっ!」
  私は残る力を込めて剣を振り……。
  「眩き光っ!」
  かっ!
  ……えっ?
  クロードもまた、強烈に輝き私の視覚を潰す。こ、こいつ強いし、出来るっ!

  クロードの光は消えない。どれだけ持続するかは知らないけど、私はまともに眼が開けない。そして……。。
  「ナミラの葬送布っ!」
  二転して三転。

  ヴィンセンテの魔法がクロードの光を掻き消す。再び闇に。
  「……痛み分けだな。今日のところは、これで退かせてもらうぜ。……あばよ」

  はぁぁぁぁぁっ。
  カラン。私が剣を捨て、その場に転がったのは数分してからだった。あいつ、強いし退くところは退く。頭の回転も速い。
  一番厄介な奴じゃないの。

  それに私も状況を見誤った。試作の魔法を、いきなり使うから付け入る隙を与えたのだ。
  「大丈夫ですか、妹よ」
  「ええ。……魔法力、まだ回復しないほどに消耗してるけど」
  「この彫像は貴女が持つべきでしょう。報酬ですよ」
  「彫像?」
  ぼぅっ。
  ヴィンセンテは、松明に火を灯す。……ああ、聖なる炎じゃなきゃ別にダメージはないわけね。
  この彫像、文献で見た事ある。

  なるほど。持って逃げる余裕はなかったわけだ、それで痛み分けなのか。
  「いいの、もらっても?」
  「信者達はそれを護ってるわけではないですから。ただ闇の中で生き、死ぬ為にここにいるだけです。しかし今の連中、これを
  狙ってアーケイの司祭を利用したようですね。それはー……価値のあるものなのですか?」
  「一式揃えればね。一代で財を築けるわねぇ」
  正し一式とは、10個。
  アイレイドの遺跡に隠されているらしいけど、シロディールに遺跡は30以上ある。魔術師ギルドが登録していない遺跡もあるだろう
  から、数はもっと跳ね上がる。どこに隠してあるのかすら不明。

  一式揃えるのはまず不可能。
  まあ、それでも高価なものですから、ありがたく頂こう。
  「さて妹よ。ありがとうございます」
  「いいわ。別に。……お礼もらったし」
  「ははは。現金ですね。さて、次はブルーマですね。行きましょうか」
  「はっ?」
  「妹の仕事、今度は私が手伝いましょう」
  そう言って吸血鬼は笑った。
  ……何気に聖域に戻るまで付き纏いそうね。まあ、いいけどさ。

  ……別にね。