天使で悪魔
アルケイン大学の混乱
混乱は拍車を掛ける。
体制は次第に崩壊しつつある。
そしてそれを止めるモノは全て排除された。しかし魔術師ギルドの上層部は気付かない。
まるで気付かない。
自分達の足場は既に崩れ、自分達の決定は全て操作されている事に。
そう。帰ってくる。
虫の王が帰還するのだ。
魔術師ギルド。
伝説の魔術師にして魔術師ギルドの開祖であるガレリオンが創設した組織。
高潔な精神で学術的向上を目指し自らを高める。
それが設立当時の精神だった。
だが時は移ろい行く。
その最中に次第に高潔なる精神は失われ、そして学術的な向上よりも自らの立場を護るべく政治家気取りの魔術師達が現れ始める。
至高の場であるアルケイン大学は政治の中枢と成り果てた。
腐敗。
政争。
対立。
互いに互いの足を引っ張り合い泥沼の権力抗争の場と成り果てた。
魔術師ギルドの権威は失墜。
加速度的に崩壊していく組織内部。
内外問わず己の派閥の強化を図り、対立し、政争を繰り広げる世間知らずな高位魔術師達。
世間との唯一の窓口であり折衝役であった世慣れたラミナス・ボラスは上層部である評議会の逆鱗に触れて失脚。謹慎。そして失踪。
代わりにその役に付いたのはクラレンス。
彼は政治家気取りの上層の良き代弁者。つまり世間の事などまったく知らない世間知らずの魔術師。
持ち込まれる厄介は全て握り潰す。
何故?
その方が上層部の受けがいいからだ。
結局のところ評議会も世間知らず揃い。対処し切れない問題は持ち込まれたくない。その意を汲んでクラレンスはすべて握り潰している。
そして。
そして腐敗は進むのだ。
魔術師ギルドの求心力は次第に失われつつあった。
誰も止められない。
いや。
誰も止めようとはしない。
魔術師ギルドのマスターであるハンニバル・トレイブンは高潔で人格者ではあるものの、その行動は常に遅く、そして後手に回っている。
心ある者達は魔術師ギルドから離れつつあった。
高潔なる魔術師ギルドの実情は泥沼。
崩壊は止まらない。
「うーん」
私はスキングラードの街を歩く。
散歩。
昼下がりの午後。
鎧は着込んでいない。帯刀はしているけどさ。腰に差している剣は雷の魔力剣。
鎧は何故着ないか。
まあ、街を歩く程度に完全武装は必要ないからね。
久し振りにスカート穿いての外出だ。
上下ともに深紅の衣服。
帝都で今流行しているファッションだ。
「大変だなぁ」
私はぼやく。
散歩ついでに魔術師ギルドのスキングラード支部に顔を出して来た。支部に属しているアーソンと雑談して来た。アーソンはボズマーの男性。
以前ちょっとした出来事(暗殺姉妹の午後 〜そうだ洞穴に行こう〜参照)で面識がある。
彼と魔術師ギルドについて話して来た。
まあ、情報収集かな。
最近はちょっと大学の雰囲気が悪くて顔を出し辛いし。
……。
……どうも私は上層部から睨まれているらしい。上層部、つまりは評議会だ。評議会に睨まれるという事はアークメイジであるハンニバル・トレイブンから
も信用されていないという事だ。だから大分私は凹んでいる。
私がただ魔術師ギルドに忠誠を尽くしているだけの人間なら問題はないんだけど、私はこれでもハンぞぅの娘のつもりでいる。
実際に彼は私の養父だ。
拾ってくれた人。
その人に睨まれる。
どれだけ凹む事かわざわざ説明するまでもない。
はぁ。
そういう意味合いで大学には顔を出し辛い。
アルケイン大学の腐敗を嫌って知り合いの魔術師達も次第に大学から離れているらしいしね。
謹慎処分のラミナスも失踪したし。
はぁ。
行き辛いよなぁ。
「さてと。気分転換に何か食べようかなぁ」
情報収集していたのでまだ昼食は済ませていない。
紅茶とクッキーを口にした程度だ。
三食きっちり食べる私としてはクッキー程度では満腹感は得られない。
さてさて。
何を食べようかな?
屋敷に戻ればメイドのエイジャが何か用意してくれるだろうけど……いやまあ私はローズソーン邸の女主人なわけだし当然よね。まあわざわざエイジャ
の手を煩わせる事はないか。うちのメイドの料理はおいしいけど、食堂は食堂でおいしい店もある。
うん。
ここ最近は屋敷で食べる事が多かったから今日の昼食はどこかのお店で食べるとしよう。
何食べようかな?
海鮮。
いやいや肉系がいいかなぁ。
こうやって考えるのも楽しいものだ。
「失礼」
「ん?」
衛兵が3人、私の行く手を阻む。
スキングラードの衛兵隊だ。
何の用だろう?
衛兵の1人が規律正しく敬礼してから向上を述べる。
「自分はスキングラード衛兵隊のグランパスであります。伯爵閣下がフィッツガルド・エメラルダ様にお会いしたいと申しております」
「ふぅん」
ハシルドア伯爵の差し金か。
何の用だろ、あのヒッキーの吸血鬼伯爵。
もちろんこいつらにそれを聞いたところでその意味合いを知るわけもあるまい。伯爵は極度の秘密主義だしね。
聞くだけ無駄だ。
「ご同行願えるでしょうか」
「ええ」
「ありがとうございます」
「お役目ご苦労様」
特に断る事はあるまい。
私は頷く。
一応はハシルドア伯爵とは懇意だしね。ローズソーン邸貰ったし。そういう意味合いから私はこの街の名士の一人として数えられている。貴族では
ないけど一応はこの街の名士の一人だ。それに意味もなく招待を断るわけには行くまいよ。
……。
……ま、まあ、前回は伯爵への謁見が妙な展開になって死霊術師との抗争(ギルドの思惑参照)に変わったけどさ。
今回は問題ないだろう。
多分ねー。
私は兵士達に従ってスキングラード城に向かう。
スキングラード城。
街から離れた場所にある小高い丘にその城は存在している。
前回とは異なり今回はすんなりと伯爵に謁見出来た。
場所は謁見の間ではなく伯爵の私室。
「お招き頂き光栄ですハシルドア伯爵」
「来たか」
チョイ悪親父のハシルドア伯爵だ。
シロディールでも屈指の魔術師であると同時に高位の吸血鬼という裏の顔を持っている。実力的には多分ハンニバル・トレイブンとも互角に渡り合える
だけの実力と魔力を有している最強の存在の1人だ。
呼ばれたのは何の用だろ。
まさか……。
「伯爵、まさかとうとう私を後妻にしてくれるわけ?」
「君は脳の容積が半分しかない馬鹿か」
「……」
相変わらず口の悪い奴だ。
伯爵という立場であると同時に吸血鬼という素性がある為にあまり心を開ける相手がいないからだろうか、この口の悪さは。
まったく。
私じゃなかったら友達やめてるところだ。
さて。
「それで何用? ま、まさか私の初めて……」
「お前の初めては私のモノだ。ふははははははははははははははははははははっ!」
うげっ!
そう答えたのは伯爵ではなかった。
ラミナス・ボラス。
失踪中のラミナスだった。
「な、何でここにあんたがいるの?」
「私と伯爵でお前を玩具にする為だ☆」
「なっ!」
「本気にするなフィッツガルド。お前には玩具にしたくなるような色気はない。……よかったな。ここで色気がない事が役立つとはお前も光栄だろう」
「あ、相変わらずね」
……ちくしょう。
「だけどどうしてラミナスがここにいるの?」
「伯爵に招かれたのだ」
「伯爵に?」
意味が分からない。
そもそもラミナスは評議会の逆鱗に触れたとかで謹慎処分にされていた。そしてそんな中、突然失踪した……私はそう聞いている。
それが何故ここにいる?
……。
……まあ、だけど意味は分かる気がする。
ラミナスは魔術師ギルドの折衝役。
内外と接して来た。
つまり魔術師ギルドと同盟を結ぶハシルドア伯爵とも懇意であってもおかしくない。だからここにいれる理由は何となく分かる。
だけど。
だけどどうして失踪したのだろう。
そして何故スキングラードに?
それが分からない。
「フィッツガルド」
「何、ラミナス?」
「魔術師ギルドは混乱している。正直な話、完全に統制は取れていないのが現状だ」
「それは分かる気がする」
暴走、とまでは言わないけど確かに混乱しているのは傍から見てても分かる。
多分ラミナスの失踪はその為だろう。
ラミナスは留まってもどうしようがない状況なのだと理解している。つまり中からは無理だと思っているのかもしれない。外から眺めて客観的に魔術師ギ
ルドの今の姿を見極めようとしているのかもしれない。
「伯爵と私は同盟を結んだ」
「同盟?」
「事ここに至ると魔術師ギルドの内部で権力闘争をしている場合ではないのだ。マスター・トレイブンは素晴しいお方だが今は目が曇っておられる」
「……そうね」
そう思う。
私を疑ったから、ではない。ラミナスを謹慎にしたからだ。何故謹慎にしたかまでは知らないけど冷静を失っているように思える。
「今はまだ詳細は言えない。私が掴んでいる、魔術師ギルドで知った情報を含めてな」
「何故?」
「お前が服を着ているからだ」
「はっ?」
「靴下だけ残してスッポンポンになるのだっ! 何ならネクタイもして欲しいものだなっ! ふははははははははははははははははははっ!」
「マニアックエロかお前は」
「失敬な奴だな」
やれやれ。
このノリだけは失わないわけか。そう考えるとラミナスもなかなかだよなー。
伯爵は口を開く。
「私は私で調べている。その調査が終わればすべてがハッキリする。憶測で物事を言うのは好きではない。我が友ラミナスもそういう意味合いだろう」
へー。
仲良いのか、この2人。
「フィッツガルド」
「何よ、ラミナス?」
「最近ではツルペタがステータスになっているらしい。お前の時代が来たな☆」
「殺すわよっ!」
「お前を弄ると楽しいなー☆」
うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ話が先に進まないーっ!
……ちくしょう。
「フィツガルド」
「何よ」
「今後は我々と足並みを揃えて欲しい。情報が真実と判明次第、全てを話す」
「全てを?」
「そう。全てだ」
「……」
いつになく真剣な眼差しのラミナス。そして伯爵。この会合はそれだけ意味のある、そして今後の展開を大きく左右するのだろう。
つまり大事。
魔術師ギルドを揺るがすだけなのか、それとも世界を揺るがすのかは分からない。
私はゆっくりと首を縦に振った。
この先、何が起きるのだろう?
時代は混沌としている。
時代は混沌と……。
深夜。
黒衣の集団が街道を行く。
帝都が間近に見える。
その数はわずか数名だ。その者達は立ち止まった。手にはそれぞれ松明を持っている。……いや。1人以外の全員だ。
向ける視線は帝都。
『……』
沈黙。
沈黙。
沈黙。
ただただ無言で帝都を見ている。
その内に1人が囁いた。
松明を持っていない、唯一の人物に向って囁いた。
囁いたのは女性。
「いかがなさいますか?」
「……」
「魔術師ギルドの動きは完全に封じてあります。その気になれば猊下(げいか)の足下に全ての愚かなる者どもは跪く事でしょう」
「……」
「猊下」
「まあ待ちたまえ。親愛なるトレイブンの手腕、見届けようではないか。ふふふ」
「御意のままに」
「既に至高なる志は地に屈した。余を阻む者は誰もおらぬ。トレイブンとて障壁にはなり得ない。余こそが暗き時代の導き手なり。くくく」