天使で悪魔
暗殺姉妹の午後 〜そうだ洞穴に行こう〜
誰かが言った、幸福論。
幸福も不幸も紙一重。人によっては感じ方が違うらしい。
ただ単にその度合い……幸福なら幸福の、不幸なら不幸の度合いが違うという事から完全に間逆に感じる者もいる。
世界には絶対的な幸福なモノはいない。
世界には絶対的に不幸なモノはいない。
……本当に?
……否。
それを言った哲学者はただの馬鹿。結局、現状を知らなかった世間を知ろうとしなかった、ただの腐れ儒者。
私は不幸だった。
今の境遇はともかく、子供時代は世界の底辺。
オブリビオンに転送され、悪魔達に殺されかけたりもしたけれど……怖いと感じたけど、人の醜さほど怖くはなかった。
オブリビオンの住人はそもそもの次元が違う。
外見も性格も、悪魔だ。
元々悪魔。だから、それは納得できる。
その事も夢に見てうなされるし苛まれるけど、それ以上に人間が怖い。
叔母のレイリン、他の親戚達、逃げたからよかったけどあのままいたら私は殺されてたと思う。
だから。
だから私は一番、他人が怖い。平気で騙すから。平気で裏切るから。
次に怖いのは、自分。
他人をそれでも信じてしまうから。それでまた、傷付くから。
……世界は私に優しくない。
……私はどんな悪行を、前世でしたのだろう?
どこかで鳥が鳴いてる。
毎朝の、目覚まし時計。
あの鳥が鳴くという事は、あと10分もしたらエイジャが起こしに来るだろう。朝食の時間。
「ふぅ」
ベッドに横になりながら、私は今見た子供の頃の夢を思い出す。
生きるのに精一杯だった。
あれだけ不幸でも、泣きながら、歯を食いしばって、空腹に耐え、痛む体を、アザだらけの体で生きてた。必死で生きてた。
……生きてても辛いだけなのに。
「それでも私は生きた」
どうして?
……答えは、分かってる。
私は人生の底辺。
いや、今はそうは思わないけど……ともかく、私は子供の頃からいつも願ってた。
ちっぽけで今にも死にそうな、虐げられてる自分だからこそ、強くなろうと。
いつだって親類に命握られてる私だからこそ、逆になろうと。
私は願った。
「天使で悪魔になろうと、そうよ願ったわ」
天使のような慈悲を。
悪魔のような残酷を。
その両方を併せ持つ、そんな存在になろうと。
ただの善人でもなくただの悪人でもない。だからこそ、世界の底辺である私が成り上がれると信じた。
立身出世など興味ない。
私はただ、そういう存在になる事で数多の人々の運命(自分に使われるのは嫌いな言葉だけど)を握る存在になりたかった。
それじゃあ善人じゃないだろう?
いいえ。人助けも、究極を言えば人の生き死にを支配するも同義よ。間違いじゃあない。
天使で悪魔のような、慈悲で冷酷、強い存在になる。
それが私を今まで虐げてきた世界に対する痛烈な批判だ。
「お腹、空いたなぁ」
今の私は豪邸暮らし。
正直、あの当時の自分かどうか疑わしくなる。こんなに恵まれた生活するなんてね。
……それとも不幸の反動?
今まで不幸がメインだったから、ここ最近は幸福の出番なのだろうか?
まあ、いい。
ごちゃごちゃ考えるのは、頭使わないとこのまま寝てしまいそうだからだ。
コンコン。
エイジャですが、という声がドア越しに聞える。律儀な人。
生まれながらのお嬢様じゃないから、そのまま開けて入ってきてもいいのに。私はどうぞ、と言う。
がちゃり。
「おはようございます、ご主人様」
「おはよフィー♪」
「……ここ最近ずっと考えてるんだけど……どうして同時に起こしに来るわけ?」
エイジャとアン、毎日同じタイミングで私の部屋に来る。
スキングラード療養生活五日目。
「フィーあたし怖い夢見ちゃったー♪」
むぎゅー。
……私もですよお姉様。
最近はハグにもそんなに動じない。それに、一緒に暮らしてるし変に関係が急接近してる。
……。
……い、いや別に『お姉様ラブ♪』『フィーあたしも愛してるー♪』という関係になったわけではない断じてない絶対にない。
つまり姉妹として違和感がなくなりつつある。
姉妹か親友なのかは、どちらもいないから区別つかないけどねぇ。
ちなみにハンぞぅ、ラミナス、ター・ミーナ、グッド・エイの魔術師ギルドの面々はカテゴリー的には家族です。念の為。
「ご主人様、お食事の用意が出来ています」
「分かった。すぐに行くわ」
「では」
がちゃり。
一礼し、退室。安かったわね、あんなに有能なのに、あの値段なら。
「フィー、二人っきりになれないね」
「はっ?」
「やっぱり人口密度多いんだよなぁ。あのノルドは家じゃいつも私の邪魔ばっかするし」
「そうなの? じゃあエイジャの給料アップしなきゃ」
「いつもおはようのチューしに来るのに、首根っこ掴んで邪魔するんだよ? 酷いと思わない?」
「全然思わないっ!」
「かといってスキングラード市内は、シェイディンハルより栄えてるから人多いし。通行人にフィーの肌見せるの癪だしなぁ」
「すいません私ってば街中で脱がされて何されるんでしょうか?」
「……むふふー……」
こ、怖い子。
ローズソーン邸では、一緒に寝てるわけではない。客間でアントワネッタは寝てる。
まあ、聖域でも一緒に寝たいわけじゃないしベッドも別々なんだけど、いつの間にかこの子が入り込んでくるのよねぇ。
ここではそれがない。
ふむ。エイジャが阻止してるのだろうね、アンのさっきの言葉から察するに。
これはボーナスあげるべき?
「アン。この際言っておくけど私は女に興味はないのよ」
……泣くかな?
こう露骨に言うと。でも、いつかは言わなきゃならないし。
「大丈夫だよ、フィー。あたしの愛の力で、フィーの女嫌いを治してあげるから♪」
「……」
「それにあたしフィー好きだし。うん、あとはフィーの気持ちを統一するだけじゃん。残り半分の努力で報われるんだね」
「……」
「フィーはあたし嫌い?」
「き、嫌いじゃないけど……」
「じゃあ一歩前進だね。よかった、あたしフィーに嫌われたら嫌だもん。フィーの事がだぁい好き♪」
こいつやっぱりすげぇ。
めちゃくちゃ前向きじゃないの。そんな事を考えながらじーっと彼女の顔を見てると、突然……。
「隙あり♪」
「……っ!」
「くっはー♪ フィーの唇は相変わらず美味ですなぁー♪ ご馳走様です♪」
……ちくしょう。
夢見は最悪だけど、寝起きはそう悪くない。
私はエイジャ特製シチューを口に運びながら、そう感じていた。色々と物議を醸すアントワネッタもいるけど楽しいし。
ここ最近、こういう生活が続けばとよく思う。
……脳味噌腐ってるな、私。
……ふん。最近冒険してないし、それに魔法も使ってないし暴れてもない。調子狂うわけだ。
「ご主人様、シチューのお代わりはいかがですか?」
「うん、もらおっかな」
「かしこまりました」
お皿を渡し、ふと思う。
「エイジャ、別に私はお嬢様でもないんだから、一緒に食べたらいいのに」
給仕にのみ徹し、彼女は遠慮気味に、目に付かず気にもならないように立っているだけ。
アンはパンを齧りながら淡々と言う。
「召使いはそんな物だって本で読んだよ。フィー、放って置けばいいじゃない」
控えめなメイドは怒らない。
「その通りでございます。……シチュー、お熱いのでお気をつけて」
「エイジャは怒らないの?」
「彼女に対してですか? 怒る理由がありません。私はご主人様に雇われている身。ご主人様は自分はお嬢様ではない、つまり
貴賎を例にとって私にお優しい言葉を掛けてくれましたが、雇われる身である以上、ともに食事は出来ません」
……なんて堅い人。
「ほらねほらね、メイドは黙ってるものなんだよフィー。メイドには慎みがなくちゃねー♪」
……なんて軽い奴。
アントワネッタがエイジャを嫌ってる……というか、対抗してるのは知ってる。
私とエイジャの仲を勘ぐってるのだ。
まあ、その時点で見当違いなんだけどね。ともかく、その関係で敵意剥き出し。
「……」
まずい、少し空気が悪いなこりゃ。
流れを変えるべくエイジャに話を振る。
「コロンヴィア商会の店主、貴女を私が引き抜いたから怒ってないかな?」
エイジャは元々は、前述の店で働いてた。
もっとも引き抜いた、というよりはエイジャから話を持ちかけてきた。
「私の事をお聞きになりたいのですか? 別に何も話す事はありませんよ。しかしまあ、ご主人様が興味があるのであれば」
「うん、あるある」
「幼い時に両親が亡くなったんです。……ああいえ、別に悲しくはないんですよ。そもそも顔も覚えてないぐらいの年齢でしたの
で。親戚を転々として、18の時にガンダーの元に引き取られたんです」
ガンダー、とはコロンヴィア商会の店主。
何気に更に空気悪くない?
私もアンも、食べる手を止めて聞いていた。エイジャの憂い成分の含んだ笑みは、そこから来てるのか。
……考えると境遇同じ。
ここにいる三人は等しく両親を幼い時に亡くしてる。
「ガンダーと私は……その、夜を共にする関係なんです。でも結婚の約束はしてませんし愛人でもないんです。別に悪い男じゃ
ないんですよ。ただ優しかった事は一度もなかった。私の存在はガンダーにとって店の備品でしかないんです」
空気悪いぞこの部屋ーっ!
何かを決したようにエイジャは一度小さく頷き、それから精一杯の笑顔を見せた。
釣られてアンも笑う。
関係修復はそんなに難しい事じゃないわね。別に関係が良好になっても意味はないだろうけど、仲良き事は美しきかな。
弾んだ口調でエイジャは言葉を紡ぐ。
「でも、そんな日々も終わりました。ご主人様に仕える事にして本当によかった。ご主人様とならうまくやっていけると思うんです」
「私もよ、エイジャ」
微笑み返す。
アントワネッタは慌てて立ち上がり、その為に椅子は後ろに倒れた。頭を下げる。
「ごめんね今まで変な風に接してっ!」
「いいえ。私こそ、妬いてました。仲が良いなぁって。仲良しな姉妹なんですね、羨ましいです」
「じゃあ今夜だけフィー貸してあげる♪ 幸せお裾分け♪」
なっ!
「あら、私の好きにしていいんですか?」
なっ!
「うん、いいよ。エイジャの好きにして。……あー、でも貸すのは今夜だけだからね。明日になったら返してよ?」
「さあ、どうしましょうか。ふふふ。もらっちゃいましょうかね、私が」
「えー、あたし断固として実力行使に出るからね。返してよ、きっとだよ」
「はい。くすくす」
……ちくしょう。
……こいつも一皮剥けば私をイジるのが大好きな奴かよ……
「ところでフィー、体の調子はどうなの?」
「体? ああ、イマイチなんだよねぇ」
体力も戻ってる。
ここ最近は肉系料理食べまくりだし、血となり肉となってる。正直、食べ過ぎて少し太ったかも。
……そうね、運動が必要だ。
魔法を放ち、剣を振り回し、大地を走る。
そう、それが今必要な事だ。気分転換にもなるし、どこか暴れる場所はないかな?
「お姉様は戻らなくていいの?」
エイジャがいるから聖域とかの単語はNG。
「あたしはフィーの看病命じられてるから。だから、フィーが戻るまではここにいるの」
「それはつまり、私について来るという事よね?」
「うん。あたしはフィーの人生についていきます♪ 一生背後霊♪」
「……そういう意味じゃなくて……」
冒険しよう、というとアンはキョトンとした。
「それはつまりどこかを探索したりするの? 洞穴とか?」
「そう」
別に洞穴に限定ではないけど、暴れるならそういう場所の方が都合がいい。
盗賊からゴブリン、吸血鬼、死霊術師などなど豊富だし。
大抵洞窟や遺跡や砦跡などには何かが住み着いてる。外をウロウロして探すより、効率がいい。
特にスキングラード周辺にはゴブリンが多いし。
「お姉様も来る?」
「二人きりだよね。それってつまり……むふふー……」
「で、出来れば来ない方向でもいいんだけどね……妙な身の危険感じるし……」
おおぅ。
スキングラード西にある、荒涼たる洞穴。
ここに何が潜んでいるかは知らない。しかしまあ、完全にもぬけの殻という場所は少ない。
確実に何かはいるわ。
「さて、行きますかねぇ」
「おー♪」
私の装備は銀のロングソード(炎のエンチャント)に鉄製の武具。ただ兜と盾は装備してない。盾の扱いは私、下手だし。
アントワネッタ・マリーは闇の一党支給の皮の鎧。武器は基本短刀だったけど、今日は銀のショートソード。
雷エンチャント済みで、私が貸したものだ。
「ところでお姉様、気になってたんだけどそのリュックサックは何?」
「むふふー♪」
「……?」
まあ、いっか。
リハビリを兼ねての洞穴探索大暴れツアー、開始しよう。
「じゃあ、準備はいい?」
「万全だよ、フィー」
「じゃ、行こうか」
洞穴に足を踏み入れる。
……暗い。
まあ、当然といえば当然だ。松明で道を照らしながら、私達は奥深くへと進んでいく。
こういうところに隠れ住もうという、賊や死霊術師の気が知れない。
陰気でかび臭い、妙に底冷えするし。
昔オーガに非常食として飼われてた場所もこんな……。
「……やめた」
「何が?」
つい、口に出してしまう。アンは不思議そうにこちらを見てた。
最近なんなんだろう?
妙に考え込む傾向にある。はぁ。疲れてるのかもしれない。昔は昔、今は今。
……まっ、そこまで割り切れるほど私は大人じゃないけどね。
その時、松明が消えた。
「あれ?」
「フィー真っ暗だよ」
どっかから強い風が吹いてる。私は火打石を取り出し、松明に火を灯すべく……。
「フィー♪ もしかしてフィーもこういう機会待ってたのねいいのよあたしは受け入れ態勢おっけぇー♪」
「はっ?」
「フィー♪」
「……何言ってるの、お姉様?」
一瞬、身構えるものの……アントワネッタが襲ってくる気配はない。その、私を押し倒すとかしてこない。
ただ一人で何かはしゃいでる。
……?
松明に灯が灯る。
「ちょ、ちょっとぉーっ!」
さすがの私もびびった。てかびびるでしょうこれはっ!
抱き合うアン。
でもその抱き合ってるのはゾンビっ!
「アーアーアー」
「あ、あんた誰っ! フィーじゃないのっ!」
……あんた誰って、そういう問題じゃないでしょうよ……。
腰から抜いたショートソードを一閃、アンはゾンビを切り捨てた。案外、冷静ねこの子。私だったら取り乱すけど。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫だけど……」
「だけど?」
「ゾンビと知らずに思いっきりお尻触ったから、爪に腐肉が入っちゃった」
「……すいません可能性的に言えば私は容赦なくお尻揉まれてたって事ですよね……?」
「……むふふー……」
こ、怖い子。
その時、ふと周囲の状況が変わったのが理解出来た。……囲まれてる。
それも10や20ではない。少なくとも50はいるわね、ゾンビどもが。
「ここはラクーンシティなわけ?」
アンブレラのウイルス流出事故の犠牲者かしら……という意味不明な考察は置いといて。
……意味が分からない。
ここまでゾンビの群れがいる、その意味が分からない。見た感じ墓として使われてるわけでもないし、死霊術師の住処というわけ
でもなさそう。断定はしないけど、ここまでゾンビを飼う死霊術師もいないだろうよ。
こんなに死体を集める=他所の目を引く、わけだし。
まあ、いいわ。
リハビリには最適じゃないの。ふふふ、暴れちゃおうかしらねぇ。
アンが吼える。
「どうしてあたしとフィーの逢瀬の邪魔するのっ! 見物人は、邪魔っ!」
見物人ってあんた……。
「せっかくフィー押し倒せると思ったのにっ! 岩肌でもお互いに肌傷つかないようにリュックには毛布とか入れてきたのにっ!」
……最大の敵はやはり貴女でしたね。
「あたしとフィーの純愛の邪魔をする奴は全部敵、死あるのみぃっ!」
タッ。
アンは走る。ゾンビの群れ目掛けて、一直線に。
……馬鹿っ!
乱戦になったら魔法で消し飛ばす事出来なくなるじゃないのっ!
あれだけの数だ。広範囲魔法を使えない場合、最悪命を落としかねない。私は叫ぶ。アンは止まらない。
そして……。
「無双乱舞ぅーっ!」
……はい?
一騎当千の猛者がそこにいた。アンの前ではゾンビの群れは、まさに案山子。
真の三国無双は貴女よっ!
……意味不明よね、うん。
布陣……というほど高度な戦術もないゾンビどもではあるものの、アンの猛攻で陣形が崩れる。これならっ!
「煉獄っ!」
ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
数体を吹き飛ばす。
すらり。
私はロングソードを抜き、煉獄を放ちつつアン同様に斬り込んだ。
ゾンビはただ生者を引く裂く為だけに存在している、それ以上の思考はない。そもそも脳は腐ってる。思考能力があるわけがない。
ある程度経験の積んだ冒険者なら、ただの的だ。
……かなりしぶといけど。
「はあっ!」
それでも魔法のエンチャントされた武器なら、問題なく倒せる。剣を一閃、ゾンビは崩れ落ちた。
数は多いものの、ゾンビは動きが極めて鈍い。
「裁きの天雷っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィっ!
ふらつきながらこちらに向かう集団を消し飛ばす。私とアンは、互いに護り合いながらゾンビ達を寄せ付けない。
「フィーも無双乱舞しよ?」
「はっ?」
「二人でする時は、激・無双乱舞だからね。二人で一緒に三国無双になろ」
「すいません私は三国無双も戦国無双も無双オロチもガンダム無双も興味ないです」
「フィー詳しいねぇ。ゲーマー?」
「う、うるさい」
「じゃあ、いくよ。せーのー……」
「激・無双乱舞ぅーっ!」
「フィー何言ってるの? くすくす、フィーてば子供っぽくて可愛い♪」
……ちくしょう。
掃討には、それほど時間が掛からなかった。
私もアンもどんな戦闘であれ冷静でいれるだけの経験はある。大抵は冷静でいれれば、大勢は決するものだ。
私には広範囲魔法あるし。
それにゾンビどもは基本、攻撃的ではなかった。
……まあ、攻撃される前に屠ってるんだけどね。それでも、攻撃の態勢ではなかったように見える。
それにあの数。
なんだったんだろう?
「はあはあ、あたし疲れちゃった」
そうでしょうね。
アントワネッタは魔法が使えない。ゾンビ退治は単純に肉体労働だから疲れて当然。
「はあはあ、これじゃあフィーを押し倒してもその後が続かないなぁ。ふぅ。今日は断念しよっと」
「すいません押し倒した後に何が続くんでしょう?」
「……むふふー……」
こ、怖い子。
笑いながら、アンはその場に座った。周囲はゾンビが死屍累々。……まあ、ゾンビは最初から屍だけど。
「フィーも座れば?」
「そうね。私も、疲れた」
魔法も連打したし剣も振るったし。うー、労働したぁ。こりゃ帰って飲むハチミツ酒はおいしいだろうなぁ。
ストレス発散したし。
最近悩む傾向にあるし、丁度いいリフレッシュになったわぁ。
しばらく二人で無言で座ってた。
「……」
「……」
こう急にお互いに黙ると、話題振るのが何かわざとらしいというか照れ臭いわね。
私にとってこの子はなんなんだろ?
変に懐かれてるんだよなぁ。私という存在は、アンにとってどんな存在なのだろう?
……まあ、どうでもいいけど。
「フィー、誰かいる」
「そうね」
視線を感じる。私達は無視している。……気付かない振りをしながら……。
「煉獄っ!」
ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
気配のする方に向って放つ。
……威嚇よ威嚇。
「ひぃっ!」
火球が爆発したと同時にアンは走り、小さく悲鳴を上げた人物をその場に組み伏す。
片手で押さえ、もう片方の手にはショートソード。喉元に押し当てている。いつでも斬れる体勢だ。
「フィーこいつ殺す?」
「駄目よ」
一応は、制する。誰だか知らないしね、まだ。ボズマーだ。見た感じ、凶悪そうには見えない。というか気弱そうだけど。
まあ見た目で判断するのは危険だけど。
「あなた誰?」
「ひぃっ!」
「黙れば彼女が殺す嘘を言っても殺す敵なら容赦なく殺す。おっけぇ?」
「ひ、ひぃっ! じ、自分はアーソン、魔術師ギルドスキングラード支部のメンバーですっ!」
なぬ?
「ギルドの人間がこんなゾンビの洞穴で何してるの?」
「在庫の管理の為に来ました」
「在庫?」
「ここのゾンビ達はギルドが管理してるんです。……ああいえ管理してました。倒されたのはお嬢様方で?」
どうも話がおかしい。
ゾンビをギルドが……いやいや死霊術を禁じた今、ゾンビの群れを有しているわけがない。
「どういう事? 死霊術師なわけ、あんた?」
「ち、違います。ここのゾンビ達は、ゾンビを死霊術師に売って大もうけしようとした魔術師の遺産でして」
「はっ?」
「その魔術師はこの洞穴にゾンビを保管し、売買の場所にしようと考えたらしいんですけどね。結局、ゾンビに病気うつされて
自滅。在庫だけ残ったわけでして。それを魔術師ギルドが見つけ、つい先程まで管理してました、はい」
「何で処分しなかったわけ?」
「かなりの数でしたので、掃討するには支部の戦力では無理だという判断でして。それに、売る前のゾンビなので攻撃指令等の
命令は不完全であり襲っては来ない、という結論で今日までこの洞穴に保管してました。洞穴の外に出る事もないですし」
それで襲ってこなかったのか。
ふらふら徘徊し、近づいてくる程度の動作だったしね。なるほど、納得。
「それでアーソン。排除してまずかった?」
「いいえ。むしろ感謝したいぐらいです」
まっ、暴れる事が出来たから何でもいいけどね。
私はアンに離すように言い、アーソンに自分の名前とアルケイン大学に在籍してる事を告げた。
変な形で支部に貢献する事になったけど、まあよろしい。
当初の目的は気分転換に戦闘。
「疲れたから帰ろうか、アン」
「きっと今夜は夜這いに行けないぐらい熟睡しそう。……ごめんね、待ってなくていいからね。たまには我慢だぞ♪」
……ちくしょう。
「なんだこれは」
「全滅ですね、若」
荒涼たる洞穴。三時間後。
漆黒のローブに身を包んだ二人の男。デュオスとヴァルダーグ。バラバラとなったゾンビの群れを見て、舌打ち。
「ちっ」
「しかし若、元々乗り気ではなかったのでは……」
「はっ、わざわざ出張って来て全滅させられてたら腹が立つぜ。……まあ、腐った軍勢を手駒にする気はねぇがな」
「心中お察しします」
「ちっ。それで次は何処だ?」
「レヤウィンですね」
「ふん、楽しめる事を期待するぜ。……暇潰し程度だがな。行くぞ」
「はい」