天使で悪魔







接触






  時代は動く。
  この先どう転ぶかは誰にも分からない。
  ……誰にも。





  《土竜》

  マーティン神父がシルデスさんの畑を媒体に創生した魔道生命体。
  ……。
  ……てか人様の家の畑で勝手に実験しないでください。
  迷惑です。
  ともかくそういう経緯で生み出された存在。魔道生命体というカテゴリーの存在ではあるものの『生命』はない。あくまで『無生命体』だ。
  創生したのは特に悪意があったわけではないらしい。
  まあ、だからと言って許される事じゃあないとは思うけどさ。
  とりあえず。
  とりあえず怪我人なし。
  結果オーライとして、よしとしよう。
  ノル爺曰く「誰にでも出来る技術ではない」らしい。つまりマーティン神父は極めて卓越した創生技術を有している、らしい。
  ちなみに創生技術の権威は死霊術師ファウストらしい。
  マーティン神父はその人物には及ばないものの、シロディールで10指に入る創生の技術を持っているという事のようだ。
  だけど実験、別の場所ですればいいのに。
  結構適当な人なのかも。



  《破邪結界》

  光の結界。
  基本的に殺傷能力が皆無。
  ただ特性として全ての攻撃(魔道攻撃に限る)を遮断する。また、結果以内にいる者は敵味方問わず付与魔法が中和される。
  土竜があの結界の中で消滅したのは元となっていた魔力そのものが中和された為。
  結界術の中で最も高等とされており現在使用可能な人物として魔術師ギルドのマスターであるハンニバル・トレイブンの名が挙げられるらしい。
  アンデッド系やマリオネットや魔道生命体はこの結界の中では無力と化す。
  もっとも『魔力を中和する』という特性からドレモラやゴブリン等の邪悪と定義される者達には効果がない。
  つまり破邪と呼ばれているものの別に邪悪を掃うものではない。





  城塞都市クヴァッチ。
  堅牢な城壁と精強な衛兵を有した難攻不落の都市。
  あたしは今ここにいる。
  モグラ退治の為に。
  ……。
  ……ま、まあ、実際にはモグラではなく土竜(どりゅう、と読むよーに)だった。
  あまりにも唐突で突然な展開だったので遅れを取るあたし達。
  そんな中現れたのは1人の神父だった。
  マーティン神父。
  クヴァッチ聖堂で九大神の主神アカトシュを祀っている神父だ。各都市にある聖堂の中で一番権威のある聖堂の神父の1人。
  土竜は彼が作った魔道生命体だったらしい。
  そういう存在を放置していたのは色々と問題があるとは思うけど、ともかく彼はあたし達を救ってくれた。
  卓越した能力で。
  そして……。


  「ご馳走様でした」
  あたしは頭を下げた。
  あの後。
  あの後、あたし達はクヴァッチ聖堂に招かれた。土竜のお詫びらしい。お茶をご馳走になった。
  お茶は美味でした。
  ケーキもおいしかったし。
  たださすがは神父様。世間話が神様のお話。……正直神様は得意じゃないんだよなぁ。
  あたしダンマーだし。
  シロディールでの暮らしの方が長いけどやっぱり神様にはあまり馴染みがない。
  正直チンプンカンプン。
  うーん。
  外に出ると既に夜。マーティン神父も見送りに出て来た。
  結構長く居たなぁ。
  ちなみに土竜退治の報酬は金貨5枚でした。
  ……。
  ……安いと言わないでー(泣)。
  依頼主のシルデスさんは『モグラ』と最初に言っていたからその料金で了承したのに実際は土の竜。はっきり言って詐欺です(泣)。
  こんな依頼ばっかーっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「アイリス殿。今から宿を探すのは骨ですな」
  「だよね」
  外は夜です。
  まだあたし達は宿を取っていない。マーティン神父の説法が長過ぎたのも原因の1つだ。時間が束縛それ、限定されてしまったわけだ。
  今から宿を取る。
  確かにそれは骨だろう。
  それに帝都では解除されたけどこの街では今だ夜間限定の戒厳令が発動されている。
  あまりで歩くと衛兵がうるさい。
  ここに戦士ギルドの支部があれば泊まれるけど支部はないし。
  「今から宿を探すのかね?」
  「はい」
  聖堂の前まで見送りに出てくれたマーティン神父はそう訪ねるのであたしは頷いた。
  正直ただのモグラ退治だと思ってた。
  だから。
  だからその依頼が終わり次第宿を探すつもりでいた。
  ただのモグラならすぐに片がついたから。
  それが実は土竜。
  色々な要素が加わって結局時間を食い、今ここにいる。土竜の概要とかマーティン神父に聞きたかったし。その結果として今は夜になりました。
  宿見つかるかなぁ。
  「時期が悪いな。宿は見つかるまい」
  「時期?」
  「何も知らずに来たのかい?」
  「どういう意味です?」
  「クヴァッチに闘技場がある事ぐらいは知っていると思うが明後日から闘技場では毎年恒例のイベントが開催される。帝都の闘技場はギャンブルだがクヴァッチ
  の闘技場は士官と名声と報酬が関ってくる。より純粋に栄光の場なのだよ。明後日からグランドチャンピオンの防衛戦が始まるのさ」
  「へー」
  「私もエントリーしている」
  「神父なのに?」
  「今でこそ私は温厚なロリコン神父だが若い頃は荒くれだったのさ。その名残だな」
  「……」
  すいません。
  温厚なロリコンは合法的なんでしょうか?
  「そうだ。君も出ないか?」
  「あたしが?」
  「帝都とは異なりクヴァッチではタッグ戦になっている。別に必ずしも相手を殺す必要はない。行動不能にすれば勝ちだ。どうだい?」
  「……」
  思わずあたしは心が震えて何も言えなかった。
  仕官も報酬も特に魅力的ではないけど名声は欲しいなと思う。
  戦士として名声は欲しい。
  それにタッグ戦なら何とかなるかもしれないと思うし。
  少なくとも帝都の闘技場で勝ちあがり、グランドチャンピオンであるレディ・ラックの称号を持つフィッツガルドさんと戦うよりはリスクが少ないだろう。だって帝都の
  場合だとサシの勝負になる。どう足掻いても勝てない。でもここではタッグ戦。何とかなるかもしれない。
  相手を殺す必要もない。
  何よりマーティン神父も結構強そうだし。腕っ節は弱そうだけど魔道戦力としては最高だろう。……ロリコンだけど、まあ、あたしは範囲外なので問題なし。
  あたしは頷いた。
  「決まりだな」


  闘技場のエントリーを約束しあたし達はクヴァッチ市街を歩く。
  人影はない。
  この街はまだ夜間戒厳令が生きているからだ。
  衛兵に何度か誰何されたけどマーティン神父が取り成してくれた。この街では名士のような存在らしい。
  「多少値は張るがいいかい?」
  「はい」
  今から向かう先は高級ホテル。
  一元さんお断り高級ホテルだから部屋に空きがあるだろうとマーティン神父が教えてくれた。もちろん一元さんのあたし達には泊まる術はないけどマーティン
  神父が間に入ってくれるらしく確実に泊まれるらしい。
  聖堂に泊めて貰えればいいんだけどクヴァッチ聖堂は信者以外はお断りという戒律らしい。
  なかなか厳しい。
  だけどそれはマーティン神父の所為ではない。あくまでマーティン神父は聖堂の一神父なわけで聖堂の管理者ではないのだから。
  それに宿を仲介してくれるだけでありがたい。
  感謝。
  「……?」

  視界に何かが飛び込む。
  フードを目深に顔を隠した黒衣の女が道の真ん中に立ち、あたし達を遮っている。腰には二振りのショートソード。
  自然とあたし達は足を止めた。
  「何だあいつ?」
  マグリールさんは怪訝そうな顔。
  だけどあたしには分かる。
  発しているのは殺意。
  敵だ。

  「あっ」
  「どうされた、アイリス殿」
  小さな声をあたしは上げた。
  見た事がある。
  この黒衣の女性をあたしは知っている。もちろんフードを目深に被っているので『あの時のあいつだっ!』とまでは断定出来ないけどある程度は分かる。
  ファシス・アレンを煽って邪神を復活させた女だ。
  ……。
  ……生きてたのか。
  ウォーターズエッジで邪神に殺された(旧時代の終わり参照)と思ってたのに生きていたらしい。
  何故かあたしを眼の仇にしている。
  それは何故?

  「だ、誰の差し金だっ!」
  マーティンさん神父が動揺した声で叫ぶ。
  えっ?
  黒衣の女の目的はマーティン神父なの?
  もちろんそうじゃない可能性もあるだろう。この黒衣の女性は邪神ソウルイーターを復活させた。カテゴリー的にはレヤウィン狙いであって、クヴァッチの
  マーティン神父との距離は遠過ぎる。ただ単純に前回と今回の行動目的が異なるだけなのかもしれないけど。
  だけど彼には狙われる心当たりがあるらしい。
  わざわざこうやって叫ぶって事は心当たりがあるって事だ。
  まあ、黒衣の女性が『マーティン神父を狙う刺客』かどうかは別問題なんだけど。
  さて。
  「カトリーナちゃんの親御さんの差し金かっ! それともルーンちゃん……ま、待て、ルイーナちゃんには何もしてないぞっ! あれはあくまで同意の上だっ!」
  『……』
  しーん。
  座は沈黙。
  えっと、この緊迫した状況を和ませる為の冗談だよね?
  ……。
  ……そんなわけないかーっ!
  なんなのっ!
  なんなのこの人ってば本気でロリコン神父なのーっ!
  黒衣の女ですら呆れて硬直している。
  本気でこの人が被害者の親御さんから送られてきた刺客ならあたしは黒衣の女に味方しなきゃーっ!
  バックベアード様、どうか一言をくださいませーっ!



  

  「このロリコンどもめっ!
  ……しつこい?(笑)


  「アイリス殿っ!」
  老カジートのノル爺の声であたしは我に変える。
  なんかバックベアード様が見えた気がしたけどきっとあたしの気のせいだろう。
  ともかく。
  ともかく警告の声であたしは瞬時に防御した。
  マーティン神父の妙な発言を無視して黒衣の女が始動したのだ。双剣を引き抜いてあたしとの間合いを一気に詰める。
  速いっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  相手の鋭い斬撃をあたしは雷の魔力剣で防御。
  刃と刃がぶつかり合う音が響く。
  それと同時に……。
  「きゃあっ!」
  「ふん」
  悲鳴の声が響く。
  あたしの声だ。
  相手は武器を2つ手にしている。それだけなら問題はないんだけど……相手はその2つの剣を完全に使いこなしている。
  ただ2つの武器を振るうだけなら問題はない。
  誰にでも出来る。
  だけど黒衣の女のように双剣を使いこなしているとなると意味がまるで異なる。
  二振りショートソードはそれぞれ独立した動きをしている。
  つまり。
  つまりあたしは一流の剣客2人を同時に相手にしているようなものだ。
  片方の剣を防御しても、相手はその防御の隙を衝いてもう片方の剣で攻撃してくる。あたしはまだまだ未熟。だから相手の動きの予測も見越しも出来ない。
  バッ。
  何とか後方に飛ぶ。
  当然相手は追撃してくる。あたしはそんな相手に手のひらを突き出した。
  「煉獄」
  「……この程度のレベルか」
  「えっ!」
  ショートソードで炎の玉を真っ二つにして間合いを詰めてくる。相手の速度は落ちない。
  魔力剣っ!
  普通の剣にそんな芸当は出来ない。
  まずいっ!
  殺されるっ!
  肉薄してくる敵。あまりにも近過ぎて、そして機敏過ぎてノル爺は援護出来ないでいる。ノル爺の攻撃の魔法は広範囲に及ぶ為だ。単体用ではない。援護は
  そのままあたしを吹き飛ばす事になる。だから手が出せない。ウザリールさんは……ウザくない場所に退避済みだし。
  ……。
  ……あいつ使えないよー。
  ともかくあたしには手がない。剣を構えて迎え撃つしかない。
  だけど双剣の相手は不慣れのあたしでは……。

  「光撃(こうげき)」
  「……っ! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

  眩く輝く光の球体がマーティン神父の手から放たれた。
  それが。
  それが黒衣の女を吹き飛ばした。
  ずざざざざざっ。
  石畳を滑りながらも何とか体勢を立て直す黒衣の女。あたしは好機と見て間合いを詰めようと走る。
  ひゅん。
  次の瞬間、女が手にしていたショートソードがあたしに向って投げられた。
  「うひゃっ!」
  すてーん。
  あまりにも唐突だったので引っくり返るあたし。
  その間に黒衣の女はそのまま闇の中に消えた。つまりは逃げたのだ。
  戦略的撤退というやつだろう。
  ただの逃亡ではないと思う。少なくとも余力を残しての撤退だ。おそらくマーティン神父の未知の能力を警戒しての撤退と見るのが正しいと思う。
  あの女は何者だろう、一体。
  邪神を復活させたりあたしを付け狙ったり。
  予断は許されないなぁ。
  さて。
  「マーティン神父、凄いですねっ!」
  素直にそう思う。
  土竜創ったり破邪結界発動させたり。今だって圧倒的な力を行使した。
  この人何者なんだろ?
  ただの神父には見えないなぁ。
  「私の力は信仰の賜物なのだよ、アリス君」
  「アカトシュの?」
  「いや」
  「……?」
  「ロリコンパワー略してロリパワー。それこそが私が私でいられる、必要不可欠な力なのだよ。分かるかね男のロマンがっ!」
  「……」
  すいません分かりません。
  こんな奴ばっかだーっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。











  コツ。コツ。コツ。
  夜のクヴァッチの街並みを黒衣の女が歩く。フードを目深までに被った女、リリスだ。
  周囲に人影はない。
  皇帝暗殺の世情不安により夜間戒厳令が帝都で発令された。もっとも帝都ではしばらく前に解除されたもののクヴァッチでは今だ続いていた。
  だから。
  だから人影はない。
  衛兵が巡回しているものの、その気になれば巡回コースを調べるのは容易い。
  そして黒の派閥にはそれが容易だった。
  「油断した」
  黒の派閥の幹部であると同時に親衛隊イニティウムの1人である『双剣のエルフ』という通称で呼ばれたダンマーの少女だ。
  若干19歳で最年少。
  彼女は油断していた。アリスに対して執着し過ぎていたのは確かだ。
  そしてマーティンに遅れを取った。
  自分を追い込むほどの魔道の遣い手。
  あの人物は誰だろうとリリスは考えた。イニティウムを圧倒するだけの魔道を極めているように見えた。
  調べる必要があるだろう。
  「グレンデルめ。何をしているのよっ! ああいうのを芽の内に摘み取るのが仕事でしょうにっ!」
  ぼやく。
  リリスがここにいるのはあくまで個人的な私怨からアリスを追撃して来ただけに過ぎない。
  この街の黒の派閥の代表者はグレンデルという人物。
  「仕事に関しては君も人の事は言えないでしょう?」
  「ふん」
  声が響いた。
  モノ柔らかい静かな声。
  リリス、足を止めた。

  「何しに来たの、セエレ」
  「随分と機嫌が悪いですねぇ」
  闇を引き剥がして華奢な人物が現れた。この者もまた黒衣を纏っている。ある意味で黒の派閥の制服のようなものだ。
  男の名はセエレ。
  総帥であるデュオスの親衛隊イニティウムの1人であり幹部。通称『白面の悪魔』と呼ばれるブレトンの男性。
  白い肌が印象的な美形。
  「セエレ。何しに来た」
  「そろそろ港湾都市アンヴィルで動き(陰謀参照)があります。殿下、マスター、他にもイニティウムのメンバーが動く大規模な作戦です」
  「アートルム掃討ね。それは知ってる。それに合流しろと若の命令?」
  「そうではないですよ」
  「ならば何の用?」
  「貴女こそここで何をしているのです? 貴女の任務は……」
  「邪神は朽ちた」
  「ああ。そうですか。でもだからといって遊んでられても困るんですけど……」
  「さっさと用件を言えっ!」
  吼える。
  絶叫に近い声が夜の街に反響した。
  苛ついていた。
  アリスを目の前にしながらみすみす逃がしてしまった、その事に対して苛ついていた。
  セエレは軽く咳払い。
  「無用な口喧嘩は避けましょう。……私がここに来たのは特に意味はない、リリスさんと会ったのも偶然」
  「そうか」
  「ただ気になる事があったのでそれを確かめに来た、というのもあります」
  「どういう事?」
  「グレンデルさんですよ」
  「グレンデルがどうしたの?」
  「皇帝の遺児の名はマーティン。我々はマスターの勅命でその名を持つ者を片っ端から始末しています。しかしここではそれが成されていない。それが
  何故かをグレンデルさんに聞きに来た、というのもあります。私は伝令であると同時に監察官でもありますわけですしね」
  「それよりさっき妙な奴に会った」
  「誰です?」
  「それを調べるのがあんたの役目でしょ」
  「これは手厳しい。しかし調べるには値しますね。リリスさんがそこまで不機嫌にした相手が何者か、調べるのも一興」
















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