天使で悪魔






陰謀






  策士。
  謀士。
  軍師。

  その者達が計略の末に生む結末を人は陰謀と呼ぶ。
  だが裏には裏がある。
  裏を掻く者が存在する事がある。

  結末を見て見なければ分からない。
  誰が最後に笑うのか。

  策士は策に溺れる。
  一番最後に笑うのは誰?
  真の勝者は?
  それは……。





  盗賊ギルドの最近の方針。
  犯罪結社から金貨や物資を巻き上げて大儲けキャンペーン中。
  誰からも文句は来ない。
  まさにエコ。
  それが新生灰色狐である、わたくしの方針ですわ。



  深夜。
  どうやってもルドラン貿易の倉庫の内部の情報が入手出来ないという報告が鍛冶師のオリンから来たので強行偵察。
  わたくし、ジョニー、グレイズの3人。
  灰色狐の仮面は着用。
  あまり好きではありませんけど特別製のデザインの皮鎧を身に纏い、ショートソードを帯びている。武装はあまり好きではありませんわ。
  この倉庫はルドラン貿易の持ち倉庫。
  ……。
  ……それ以上の情報はナッシング。
  ただ、今夜は人が集まっている、何かの木箱が大量に運び込まれている、との事。
  木箱の中身は多分取り引きの材料。
  人が集まっている。
  それは解釈によって変わりますけど今夜取り引きとも考えられるので強行偵察。
  灰色狐直々に。
  盗賊ギルドの首領自らね。
  手下?
  連れて来ていませんわ。
  正直な話、手下は必要ない。身軽い方がやり易い。……特に戦闘の際にはね。
  とりあえず裏口の見張りに立っていたチンピラを数名叩き伏せた。それから一度隣の建物の屋根に登ってから倉庫に飛び移り、倉庫の天窓から侵入
  した。二階を音もなく移動。吹き抜けであり一階がよく見える。
  そこに二組に分かれて対峙し合う面々。
  対峙はおかしいか。
  「どうやら取引中のようですな。お嬢様」
  「ビンゴですわ」
  「いかがなさいますか?」
  「とりあえず様子見ですわ」
  「御意」
  「……そうそう。突撃の際にはジョニーを相手のど真ん中に投げ込んで意表を突くのを忘れないに様にしてくださいね」
  「御意」
  「ひぃぃぃぃ……もぐもぐ……っ!」
  叫びそうになるジョニーの口を慌てて塞ぐグレイズ。
  やれやれ。
  自制心のないトカゲですわね。
  それにしても……。
  「ふぅん」
  取り引きしているのはネコの集団。多分こいつらがブラックウッド団の残党なのだろう。確かトカゲとネコの派閥があると聞いてたから。
  ネコがルドラン貿易?
  それはないですわね。
  その程度の報告は受けている。
  ルドラン貿易が内部体制をネコで固めているなんて報告は聞いていない。
  つまりネコと相対している面々がルドラン貿易なのだろう。
  港湾貿易連盟に所属する犯罪結社。
  インペリアルの初老の男がボスであり、その背後を固めたり木箱の側を徘徊しているのが手下なのだろうけど……ただの三下ですわね。武装した素人
  に過ぎない。あの木箱の中身が何かは知りませんけど大量にある。
  取引材料は何?
  ……。
  ……まあいいですわ。
  再利用可能なら盗賊ギルドで売却させてもらいますわ(麻薬以外はねー)。
  盗賊ギルドを呼ぶ?
  問題ない。
  叩き潰すだけならわたくし達だけで充分。……ああ、ジョニーは数合わせで戦力外通知ですけど。
  霊峰の指で簡単に粉砕できる。
  ブラックウッド団は30名、ルドラン貿易は見た感じ……そうですわね、40名。
  粉砕は可能。
  ただまあ、物資等はわたくし達だけでは持ち帰れないですけど。
  さて。

  「そこまでだ全員動くな」
  「……っ!」
  物陰から突如として人が飛び出しルドラン交易のボスの首筋に短剣を突きつけた。
  次の瞬間、行動に転じようとしたボスの手下が次々と地に伏せる。
  投げナイフの類で絶命。
  短剣を突きつけているインペリアルの男がナイフを投げたのではない。まだ物陰に何名か……もしくは何十名も潜んでいる。
  気配を殺すなんてまず出来る代物ではない。
  少なくともその辺のチンピラにはね。
  鍛え上げられた集団。
  何者?
  「……」
  わたくし達は思わず身を堅くした。
  気配がまるでしなかった。
  この取り引きの現場を押さえようとしていたのが誰かは知らないけど……アンヴィル衛兵隊ではないだろう。
  出るに出れない状況になってしまった。
  わたくし達は二階。
  といっても吹き抜けであり下手に動けば見つかるだろう。とりあえず二階には妙な連中がいない模様。……気配消せる連中だがら絶対にいないとは言
  えませんけどね。だけど分かった事もある。この連中は取り引きを抑える事だけが目的なのだろう。
  下準備は完璧。
  ルドラン貿易とブラックウッド団残党の取り引きを完全に知っていた。
  その布陣さえも。
  だからこそ二階には誰もいないのだ。
  わたくし達はあくまでイレギュラーな存在。予想できなかった存在だ。
  「お、お嬢様、あいつら何者です?」
  「ジョニー静かにしないと始末ですわ。……グレイズ、どう思います?」
  「これは衛兵隊の手入れではありませぬな」
  わたくしもそう思う。
  手入れにしてはおかしい。
  やり方が問答無用過ぎる。最近は盗賊ギルドの代表として行動しているからよく分かるんですけど衛兵にしては物騒過ぎる対処方法だ。騒げば殺す
  なんてやり方が合法なわけがない。だとするとこいつらは衛兵ではない。
  何者?
  「お嬢」
  「お、お嬢様」
  「ふむ」
  まあいいですわ。
  相手はまだ気付いて否のであれば高見の見物をさせていただきますわ。
  さてさて。
  階下の状況は……。

  「我々は元老院直轄の諜報機関アートルムだ。全員拘束する。抵抗する者に関しての斬殺は許可されている」

  元老院の捜査官かっ!
  なるほど。
  皇帝にはブレイズがいた。こいつらは元老院版のブレイズだ。アートルムという組織名ではあるものの本質はブレイズとそう変わらない。仕えている者
  が異なるだけだ。実際問題実力的にもブレイズとそう引けは取らないはず。
  まあ、ある意味で質より量という風潮があるのでサシでの勝負はブレイズメンバーには劣るかもしれないけど卓越した能力の保持者。
  総合的に見たらブレイズとアートルムはほぼ互角だろう。
  なるほど。
  問答無用で相手を殺すのも理解出来る。
  こいつらは超法規的に保護されている。元老院の敵を始末する事に関して伴う行動は全て保護されている。
  だから。
  だから元老院議員1人を護る為に100名市民を殺しても追求される事はないってわけだ。
  どっちにしても好きじゃない。そういう思想は。
  「お嬢」
  「お、お嬢様」
  「ふむ」
  2人はわたくしに答えを求めている。
  戦闘するか。
  撤退するか。
  ……。
  ……ふむ。
  普通なら引いても構わない。
  だけど野次馬根性からこの展開がどう推移するのか楽しみでもある。
  まだわたくし達は介入していない。
  舞台には上がっていない。
  ブラックウッド団残党と港湾貿易連盟、そして元老院直轄の諜報機関アートルム。
  この展開はどう転ぶのか?
  それが気になる。
  それに。
  それに戦闘にしても撤退にしても行動するという事だ。行動すれば察知される可能性がある。特にアートルムに。今動く=分が悪いとわたくしは判断。
  「しばらく待機ですわ」
  「御意」
  「わ、分かりました」
  状況を見極めよう。
  状況を。
  アートルムの捜査官……まだ1人しか姿を現していないけど無数に潜んでいるのは確かだ。
  短剣を首筋に突きつけられているのはルドラン貿易のボス。
  ボスの危機を救おうと手下が動こうとすれば瞬時にその場に崩れ落ちる。血塗れになってね。……捜査官というより暗殺者ですわね。
  哀願するような口調のボス。
  完全に権威失墜。
  まあ、犯罪者といえどもブレイズやアートルムのような正式な訓練を受けたわけではない。
  港湾貿易連盟の粋がってる悪党達は結局は武器を手にした暴れん坊に過ぎないわけだ。アートルムは正式に『人を殺す術』を叩き込まれている。基本
  単独行動がメインの捜査官にしてみれば自分の肉体こそが最大の武器だからこの表現は過ちではあるまい。
  そもそもの格が比べ物にならない。
  チンピラはチンピラ。
  プロではない。
  それだけの話でしかない。
  「ま、待て。取り引きしようっ! 何が知りたい? 何が知りたいんだ? 組織の概要か? そ、それとも……」
  「黙れ小者。我々はお前になど用はない。思い上がるな。黙れ」
  「は、はい」
  「良い子だ。……さてブラックウッド団。お前達は何が目的で今回の取り引きを持ちかけた? 資金はどこから? アルゴニアン王国との関連性は?」
  「……」
  カジートは沈黙したまま。
  捜査官達を恐れている様子はない。
  なるほど。
  これは理解出来ますわね。
  ブラックウッド団は基本的にアルゴニアン王国から送り込まれたトカゲ、組織の母体となったカジートの傭兵団の2つの派閥に分けられると聞いた事が
  ある。つまりこの場にいるカジートは後述の傭兵団。戦闘のプロだ。
  同じ人殺しでも犯罪結社の連中はとこれまた異なる。
  そういう意味ではカジート達はアートルムと同じラインだ。戦闘に役立つ技術を身に付けているという時点でね。
  ルドラン貿易の面々?
  あくまで刃物を振り回していたに過ぎないですわ。
  いかに訓練していたか。プロとアマの境界線はそこにある。そういう意味では犯罪者どもは限りなくアマ。市民とそう変わりない。
  さて。
  「自分は今回の作戦の総指揮を任されているリスティング主任だ。……君はジャファジールだったな」
  「そうだが」
  「今回の行動、どういう意味があるのか教えてもらいたくてね」
  「だろうな」
  「ご同行願えるかな」
  「拒否権は?」
  「ないな」
  「ならば聞くな。それに行動の意味は簡単さ。俺達はアルゴニアン王国から鞍替えしたんだよ。あれは団長が、リザカール様が考えた事だ。トカゲども
  を利用して戦乱を起こすつもりだった。俺達傭兵が生き易い世界の到来。それがリザカール様の思想であり俺達も同意して従ってきた」
  「鞍替えだと?」
  「そうだ。リザカール様は戦死なされた。トカゲどもは舞台から引っ込んだ。戦乱の到来の為に生き残った我々だけで出来る事を見つけた」
  「それは何かな?」
  「我らは黒の派閥っ! 今の俺達はデュオス様の指揮下だっ! ……火薬を爆破せよっ!」
  爆破?
  爆破って何?
  というか黒の派閥って……。
  ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
  その時、爆音が響いた。
  ……。
  ……いや爆音ではない。
  突然誰かが倉庫の扉を蹴破って乱入して来た。呆気に採られる面々。アートルムもブラックウッド団もルドラン貿易でもない新たな展開らしい。
  もちろん盗賊ギルドでもない。
  乱入して来たのは全身を黒装束に包んだ連中。
  黒の派閥とかいう連中ではない模様。
  ネコ達も動揺してますし。
  つまりあの黒衣の連中は正体を知られたくないから、だろう。
  『……』
  一同沈黙。
  一瞬妙に間抜けな間が流れる。
  黒衣の集団、想定とは異なる場所に殴り込んでしまったぜー……的な感じが漂っている。
  何だこいつら?
  1人が呟く。
  「あ、あのジョフリー殿? 先帝の遺児がここに匿われているのでは? アートルムを出し抜いて我々の手で擁立するんですよね?」
  「だ、黙れ」
  よく意味は分からないけど黒衣の集団は予想と憶測だけで殴り込んでいたらしい。
  凍り付いていた間を動かしたのはネコの怒声だった。
  「と、ともかくっ! 取り引きはアートルム抹殺の為の餌だっ! 全員爆死するがいいっ! 火薬を爆発させろっ!」
  ……。
  ……はっ?
  火薬?
  火薬ーっ!
  あの木箱に詰まっているのは火薬。
  まずいですわーっ!
  「撤退しますわよジョニー、グレイズっ!」


  
ドカアアアアアアアアアアアアンっ!
  火柱が上がる。
  倉庫は大爆発した。











  「くくく。まさかアートルムだけではなくブレイズまで関ってくるとはな。……爺、アートルムが動くとジョフリーに教えたお前の成果と言うべきか?」
  「ありがたきお言葉」
  「くくく。妙な輩も出張っているがまあいいさ。俺様が全部……」
  「それはなりませんな」
  「……なんだと? 爺、もう一度言ってみろ」
  「覇道を狙う方がこのような小事に出るまでもございませぬ。若の親衛隊イニティウムを預かるこの私めにお任せを」
  「ブレイズマスターとイニティウムマスターの戦いってか?」
  「御意に」
  「面白い。いいだろう爺。お前に任す。残りカスを全部殺せ。全部だ。いいな?」
  「お任せを」



  黒の派閥の陰謀、絶妙を極める。
  元老院直轄の諜報機関アートルム、皇帝直轄の親衛隊であり諜報機関ブレイズを手玉に取り殲滅に追い込むべく行動。
  その結末は……。