天使で悪魔
彷徨の学者
学者。
学問を研究し、知識の探求をする人達の総称。
称賛に値する人達だと思う。
しかし時と場合によるけど、周囲が見えない場合も。敢えて虎穴に入る者もいる。孤児を得んとして命を落とす者も。
それは偉大?
それは尊大?
よく分からないけど、この世界の発展には不可欠な人達であるのは確かだ。
……んー。
やっぱり、よく分からないかも。
そんな中、あたしアイリス・グラスフィルは1人の男に出会う。今後、何度も顔を会わせる宿敵に。
それは人ではなく……。
アンヴィルでの日々は続く。
今現在のあたしの上司は戦士ギルドのアンヴィル支部長アーザンさん。それなりに使える人材としてあたしを認識してくれているのか、
1つの任務を与えられた。
それはアンヴィル北に位置するブリトルロック洞穴。
そこで待つ1人の学者の、学術的調査の手伝いをする事だ。
調査の助手?
……当然、違う。
あたしの任務は護衛。調査中に身辺警護をするのが今回の任務。
「こんにちは」
あたしは一礼。
アンヴィルで馬を借り、ここまで駆けて来た。今回の任務も1人でこなす事になってる。
洞穴の中で既に依頼人は待っていた。
どこから持ち込んだのか粗末な木製の椅子に座っているアルトマーの女性が今回の依頼人。資料や何らかの機材が入っているで
あろうナップサックを地面に置いて待っていた。
腰には一振りのナイフ。
随分と軽装だ。
魔法の使い手なのかな?
「おやおや。随分と早いですね。戦士ギルドの方、ですよね?」
「はい」
「私はデイドラの研究をしています。初めまして、アリノールのエラントです」
「初めまして。あたしは戦士ギルドのアイリス・グラス・フィルです」
握手。
アルトマーの女性は知的な瞳を輝かせながら、あたし……ではなく、洞穴の奥を見ている。
あの先に知識の欲求を満たすものがあるのだろう。
学者の心境はあたしには分からない。
それにしてもアリノールって何?
称号か何かかな?
彼女は握手を終え、地面に置いてあった荷物を背負いながら洞穴の奥を指差す。
「この奥にデイドラの祠があるので、何か突然の事態があってもいいように、祠まで着いてきてください」
「何か?」
「野生の動物とかモンスターとか……ああ、吸血鬼や賊がいるかもしれないですし。もしくは邪教集団」
「邪教集団かぁ」
魔王信仰=邪悪、とは一概には言えない。
あたしは別に抱けど、ダンマーには魔王信仰論者が多い。とりあえず生贄の儀式とか法に触れない限りは帝国も何も言わない。
もちろん邪教集団と呼ばれる連中は別だ。
何でもござれの犯罪者達と思った方がいい。
確かにそんな連中がトグロを巻いている場所ならば、物騒だろう。
……。
いえ。
それ以前にそんな場所に学術的な調査に行こうとしないでください。
依頼だから同行しますけどね。
いやいやいやっ!
アーザンさんももっと人数寄越してくださいよーっ!
もちろん意味は分かるけどね。ブラックウッド団に人材も流れちゃってるから、戦士ギルドは人材不足。必然的に量より質に転向する
しかない。任務に人数を割けないのが現状だ。
さて。
「行きましょうか」
「ええ。よろしくお願いします、戦士ギルドの方」
「うひゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
「すごぉいっ!」
叫ぶのはあたし。
妙に感心した口調なのが、エラントさんだ。
ごぅっ。
異形の存在達が炎の弾を投げつけて来る。
茶色の小悪魔スキャンプ、炎の体に黒い鎧のようなモノを纏う炎の精霊の混成軍。
敵として認識したのかいきなり攻撃を仕掛けて来た。
無数の炎の弾があたしに直撃する。
「煉獄っ! 煉獄っ! 煉獄っ! 煉獄っ! 煉獄ぅーっ!」
炎の弾を受けながらあたしはあたしで撃ち返す。
当然ながら炎の精霊に、炎の魔法は効かない。しかしスキャンプは別だ。オブリビオンの悪魔ではあるものの、スキャンプはゴブリン
にも劣る。あたしの低威力な炎の魔法でも一撃で粉砕。
すらり。
剣を引き抜く。
フィッツガルドさんお手製の、高威力の雷属性の魔力剣。
炎の精霊は接近戦で対処しよう。
「エラントさん、隠れててくださいよっ!」
タタタタタタタタタタタタッ。
剣を構え、走る。
炎の精霊の群れに斬り込むまでに何発も炎の魔法を食らうものの、あたしには通じない。
何故?
ダンマーは特性的に炎に対する抵抗力がある。ソロニールさん(敵対的価格競争参照)やフィッツガルドさん(未完の仕事参照)に
貰った増幅アイテムで炎と魔法に対する抵抗は高い。
フィッツガルドさんみたく魔法は完全に効かない、とは言わないけど炎に関してはほぼ無敵だ。
こんなの豆鉄砲程度の威力。
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
間合に飛び込む、刃を振るう。
オブリビオンの存在も万能ではない。あたしの白刃の前に次々と屠られていく。
確かに。
確かに、デイドラはタムリエルの存在よりも一等上として見られている。強い奴はとことん強いらしい。
それでも魔法や武具に拘れば勝てない相手ではない。
今ここにいるのは下級ランク。
負ける相手じゃない。
「邪魔っ!」
そして……。
洞穴の最奥。
そこには龍の頭を持つ、人間の男性の像があった。半ば朽ちかけている。
ここに至るまでの敵は全て粉砕した。
スキャンプや炎の精霊がメイン。ちょっと強敵な魔獣であるクランフィアが一匹いたものの、遠距離から煉獄を叩き込み、弱ったところ
を切り伏せて倒した。悪魔といえども今のあたしなら何とか倒せるみたい。
下級の、だけどね。
んー、クランフィアは中級クラスの魔獣か。
いずれにしても油断さえしなければ下級の悪魔なら何とかなる。思えばあたしも成長したな。くすくす♪
「悪魔を倒す、か」
慢心しないように、これからも頑張ろう。
今のところあたしの勝利はこの魔法剣のお陰だ。フィッツガルドさんのお陰。ここで慢心するとあたしは死んじゃうだろう。
これからも頑張ろう。
さて。
「実に素晴しいっ!」
「エラントさん?」
「ここはモラグ・バルを崇める祭壇だったようですね」
「モラグ・バル?」
確か魔王の1人だったような……。
詳しい事は知らない。
エラントさんはあたしが知らないと見たのか、簡潔に説明してくれる。
「モラグ・バルはオブリビオン16体の魔王の1人。頭部が龍の男性の魔王で、策略や強姦を司っているのよ」
「へー」
さすがは学者、詳しいなぁ。
もちろん彼女にしたら子供だましのような知識なのだろうけど。だけどあたしからしてみれば、頭の良い人はやっぱり格好良い。
フィッツガルドさんに憧れるのもそれでかな?
エリートしか立ち入れないアルケイン大学の中でもエリートで、次期評議長候補。尊敬するなー♪
あたしはフィッツガルドさんを尊敬してる、崇拝してる。
今度はいつ会えるかな?
楽しみ♪
「これはすごいわー。大発見よー」
あたしが心の中でフィッツガルドさんを絶賛している中、エラントさんは半ば壊れかけた像を丹念に調べていた。
そもそも誰がこんな所に像を作ったのかな?
「あのー」
「すごいわすごいわー」
声を掛けるものの無視される。というかエキサイトしていて気付かない模様。
大発見、か。
こちらにまで気は回らないのは仕方ない。
いや。そもそもあたしへの講義の為にここに来ているわけではないのだ。邪魔しないようにしなきゃ。
それにこの像に関しては推測は出来る。多分昔ここが魔王信仰の地だったのだろう。
多分、これは名残。
……。
……あれ?
だとしたら蹴散らして悪魔達は何?
昔ここにいた連中が召喚したままなのかな?
召喚師が放置したデイドラ(悪魔の総称。そこから魔人であるドレモラ、精霊、魔獣に分かれる)が野良になったのかな?
野良になった悪魔。実はよくある事。
「……?」
何かが動いた気がした。
闇の向こうで。
あたしは松明をそちらに翳す。闇が削られ、そこにいる人影に気付いた。
すらり。
剣を引き抜き、一歩前に出る。
「誰ですか?」
闇に潜む者は、自分の存在を隠そうとはしなかった。
異質な声が響く。
「ここはタムリエルとオブリビオンとの境界線。我らにとって住み易き地。何故にそれを乱すか、いずれ死すべき者よ」
「……っ!」
魔人がまだいたっ!
今の今まで気配がまるでしなかった。つまり、今の今まで倒した連中とは桁違いの相手、か。
コツ。コツ。コツ。
洞穴の闇の中から1人の男性が歩み出て来る。その肌の色はダンマーに似ている。しかしダンマーでは断じてない。
そもそもこの世界の存在ではない。
ドレモラ。
悪魔の世界オブリビオンの魔人だ。
確か破壊を司る魔王メルエーンズ・デイゴンの配下だった……と思う。
雄大な角が格好良い。
エラントさんは驚愕と賞賛を込めた奇妙な表情なまま、ゆっくりと後退りをした。呆けた声で呟く。
「……ドレモラ・マルキナズ……」
「はっ?」
ドレモラは分かる。
だけどマルキナズって何?
名前だろうか?
「あ、貴女は脳味噌プリンですかそこまで無知蒙昧なんですかっ!」
「……」
ヒステリックに叫ぶ。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ脳味噌プリンって言われたーっ!
すっごいショックだーっ!
「ドレモラ・マルキナズ、それはつまりドレモラの階級の中でもナンバー2に位置する高位悪魔っ!」
「はっ?」
「つまりーっ!」
ヒステリックながらも説明してくれる。
……ありがとう、説明。
……あたし脳味噌がプリンですもんね、説明ないと何も理解出来ないですもんね……。
あー、やっぱショックだー。
はぅぅぅぅぅぅっ。
ドレモラ・マルキナズ。
侯爵の地位にある者達で、魔王から領地を与えられている。
男性社会のデイゴンの軍勢の中で、唯一女性の魔人が存在している。
つまり。
つまり目の前の魔人はドレモラの中でも高位であり、侯爵であり、将軍。当然激強、なのだろう。
立場的に最強の魔人で『王子達』と称されるドレモラ・ヴァルキナズの下位になるもののヴァルキナズは魔王メルエーンズ・デイゴン
直属の近衛師団『ヴァルキン』の一員。直接的に軍を統率する立場にあるのはマルキナズ。
目の前のこいつも、そんな指揮官の1人なのだろう。
……多分。
以上がエラントさんの説明。
こんな時でも舌がよく回るなーと感心。
さて。
「お前達は何故ここを荒らす? 答えよ、いずれ死すべき者よ」
「……」
返答次第では敵対するだろう。
まあ、いきなりここに突入し、ここにいた魔人&精霊&魔獣を薙ぎ倒しちゃったわけだから印象は悪いだろうけど。
手下だったのかな?
だとしたら印象最悪だろうなー。
しかし、少なくともマルキナズの顔に不快そうな表情はなかった。
どんな心情なんだろ?
気になる。
とりあえずあたし達は正直に答える事にした。
ここがオブリビオンの住人達の憩いの場所だったのなら、いきなり押し入ったのはあたし達だけど、突然奇襲攻撃して来たのは向こう。
立てる名分も言い訳も出来る。
「あたし達はここの調査にきました」
「調査?」
「そこの像です」
「ああ。モラグ・バル殿の像の調査か」
「そうです」
「確か……お前達の法律では、遺跡や洞窟、廃棄された砦は立ち入りが自由だったな。勝手に住み着いても、所有権はない。だな?」
「えっ? ええ」
「ならば我らに大義は立たぬか。失礼した。我はここから立ち去ろう」
「はっ?」
「……? 何か問題が?」
「い、いえ」
呆気に取られる。
魔人=邪悪で攻撃的、という方程式をあたしは頭の中に築いていた。でもそれはあたしの勝手な思い込みだったのかな?
……。
ま、まあ、必ずしもそうとは言い切れないだろう。
だけどドレモラの中にも当然礼儀正しい奴もいるだろう。人間やエルフ、亜人に良い奴も悪い奴もいるように。
ドレモラだからという理由で偏見として見てたのかもしれない。
反省しよう。
「ごめんなさい」
「何故謝る?」
「あたし達も殴りこみ的に……」
「構うな。……我はドレモラ・マルキナズ。仲間内からはマーズ、そう呼ばれている」
「マーズ。あたしは……」
「我らには名前など本来関係ないのだよ、ダンマーよ。我らには魂でその者の本質が分かる。お前の魂の色を覚えた」
「はい?」
「いずれまた会う時まで」
「ええ、また」
「次は容赦はせぬ。再開を期待する」
「……えっ?」
ごぅっ。
深紅の光に包まれる。やがて光は収束し、消えた。そこには闇がわだかまるだけ。洞穴の闇が。
数分、あたし達は立ち尽くしていた。
あのドレモラ・マルキナズ……いや、マーズは空間を渡ったのだろう。
どこに?
それは知らない。
元の世界にか、それとも……。
「はぅー」
ぺたり。
その場にへたり込む。
オブリビオンの魔人、か。黒い悪魔デュオスとはまた違う威圧感があったなー。
そしてあたしは思うのだ。
「二度と会わないよーにっ!」
「あなたのおかげで有意義な研究ができそうです。私はもう少しここで調べ物があるので、先に帰っててください」
エラントさんはそう言った。
嬉しそうに。
学者さんの気持ちはよく分からない。
あたしは彼女をそこに残してブリトルロック洞穴を後にした。
悪魔達は全部倒した。
マーズはこことは別の場所に飛んだし。1人残しても特に問題はないだろう。……多分ね。
1つの任務が終わった。
1つの任務が。
どの程度の任務をこなせば再びコロールに戻れるのか分からないけど、1つ1つの任務を的確に、確実にこなそう。そうする事で
戦士ギルドの信頼に繋がるし、あたしへの評価にも繋がる。もちろん市民への安全にも。
任務完了♪
……しかし、あたしの中に1つの疑惑が浮かぶ。
魔人がいた。
基本的にタムリエルとオブリビオンの間には魔力障壁があり、双方干渉出来ない。もちろん召喚師がこちら側に呼び寄せる事は
出来るみたいだけど勝手には来れない筈。
にも拘らず、だ。
ドレモラ・マルキナズのマーズは、自在に移動しているようにも見えた。
あたしは魔術師ではない。
知識もない。
もしかしたら、あの程度は高位の魔人には普通に出来る事かもしれないけど……もし違ったら?
魔人の空間転移。
かつて深緑旅団戦争の際に言われた、魔術師ギルドのレヤウィン支部長ダゲイルさんに言われた言葉。急にそれが思い出された。
何かが起こりつつある?
何かが……。