天使で悪魔





敵対的価格競争





  競争。
  この世界には様々な競争がある。生きる事自体が、そもそもの競争でもあるだろう。
  この世界には、商人と呼ばれる者達がいる。
  競争の典型的な、職業の者達だ。
  彼ら彼女らは利を得るために数多な努力をする事を辞さない。


  しかし世の中、競争だけでは生きてはいけない。
  競争を繰り返せば……商人限定の話でするのであれば、利に固執し過ぎると人間的交流が不可能になるしあまりにも
  高く安く価格を設定すると、論争と紛争のきっかけにしかならない。

  そこで約束事が生まれる。
  商人同士の、最低限のマナー。
  その約束事が効力を発しない時、均衡と静寂が崩れた時に起きる事はただ一つ。
  他の商人達の、没落だ。
  そして……。






  「んー。良い天気ー」
  船を降り、あたしは大きく伸びをする。ぽかぽか太陽が気持ち良い。
  船、と言っても既に現役を退いた船だ。
  帝都波止場地区に停泊している《ブローテッド・フロート》という、船を宿に改装して運営している宿屋。
  マスターはアルトマーであるオルミルさん。
  以前《ブラックウォーター海賊団》との一戦でお世話になった……というかあたしがお世話したあの宿屋でありオルミルさんも
  あたしの事を覚えていた。忘れられても困るけど。
  だから宿代も特別価格だ。
  魚獲りから一日後。
  さすがにあの日はルマーレ湖でスローターフィッシュ相手に格闘したり、水中船を有利に運ぶ為に帝都に買い物に来たりと体を
  動かしっぱなしでだるくてだるくて、次の仕事には迎えなかった。

  それで、一晩英気を養ったわけだ。
  今?
  今は……今は……んー、今もだるいけど。泳いだ後の倦怠感はそうそう消えそうもない。

  ゆっくり寝たから眠気は感じてないけど。
  「海だー」
  潮風が頬を撫でる。
  波止場地区、読んだまんまの場所だ。
  タムリエルの中心であり帝国の中心、全ての物資が集まる場所。陸路海路、様々な物品と人々が集い、広がっていく。
  危険な海原を越えてでも、来るだけの価値はあるのだ。
  もっとも儲かる場所。
  もっとも華やぐ場所。
  人はそこに集う。
  ……。
  もちろん、それは陽の部分であり当然の事ながら陰の部分もある。
  相手を出し抜き、蹴落とし、勝ち残ろうと陰険に策謀する事だってあるだろう。人は誰しもが陽と陰の元に成り立っているのだから。
  さて。
  「仕事しなきゃ。叔父さんに怒られちゃう」
  パン。
  頬を叩き、気分一新。
  帝都でこなす二件目の仕事をこなすとしよう。

  戦士ギルドは皆様の味方です♪



  今回の、というか今度の任務は帝都商業地区での任務。
  ジェンシーン中古品店で概要を聞くようにと、叔父さんから指示されている。つまり、ジェンシーンさんが依頼人だ。
  ……。
  まあ、厳密には少し違う。
  ジェンシーンさんも依頼人なんだけど、彼女が運営する団体からの依頼だ。
  その団体名は《悩める商人互助会》。
  つまり、帝都商業地区に店舗を持つ全ての商人達がこの団体に加盟し、仕入れ値や売値等の最低限のルールを決定して
  いるらしい。あまりにも突出して安い値段で販売されると、他の店が潰れるからだ。

  競争とはいえ、助け合いもまた必要だ。もちろん最低限の。
  彼ら彼女らが嫌い恐れるのは《敵対的価格競争》。
  これを始めたら最後、周囲は全て敵となる。
  蹴落として勝ち残るのが世界の暗黙のルールではあるのだろうけど……商人達にしてみても無用なリスクは冒したくない
  らしい。必ずしも勝ち残れる保証はないからだ。蹴落とされる側には絶対になりたくない。
  そういう意味も含めて《悩める商人互助会》があるのだ。

  「こんにちはー」
  ガチャ。

  ジェンシーン中古品店に足を踏み込む。
  「いらっしゃい。何をお探しで?」
  ノルドの女性だ。
  口元にどこか笑みを浮かべている。客商売は愛想が勝負です。だから愛想笑い、なのだろうけど……どこか不敵な笑みにも見える。
  少なくとも気が強いのは確かだろう。
  ……。
  な、なんか今のあたし格好良い?
  レヤウィンで一回りも二回りも大きくなったんだろうなぁ、あたし。雰囲気で相手の人となり分かるなんて一人前の証拠じゃない♪
  くすくす♪
  また一歩、英雄へ近づいたなぁ。
  「あの、ジェンシーンさんですよね? あたしはアイリス・グラスフィル。戦士ギルドの者です」
  「……ああ、あんたが」
  「はい」
  「随分と遅かったけど……まさか商人の仕事は手を抜こうとか思ってないでしょうね?」
  「め、滅相もないっ! 戦士ギルドは皆様の味方ですよっ!」
  「ふーん。そう。ならいいんだ」
  「……」
  ほらぁ。気が強いのは当たりじゃない。
  はぅぅぅぅぅっ。
  ……それにしてもあたし、生まれて初めて《滅相もない》なんて言葉使っちゃった。
  それだけこの人の剣幕がすごかったわけだ。
  「それでお仕事の内容を聞かせていただけませんか?」

  「実は今、商業地区はちょっと厄介な問題を抱えているんだ。力を貸してくれるよね?」
  「はい。その為に来ました」
  「私は《悩める商人互助会》の会長をしているんだよ。取引価格の格差が出たりしないように、経済の均衡を保つのを目的
  としてこの会を結成したんだ」

  「はい。それは聞いています」
  「じゃあ話を進めよう。……まだ加盟していない店もあるけどね、それでも説得を重ねて加盟してもらったんだけどね、ソロニール
  が近くに店を出して以来、全てが台無しになってしまったのさ」

  「と、言うと?」
  「奴の店はどんな商品でも取り扱ってる。まあ、そこはいいんだ。ただ信じられないような安値で販売しているんだ。うちの商品
  の半値だ何てありえない。仕入れ値の値段で販売して成り立ってる、その時点でおかしいよ。そうだろう?」

  「……」
  あたしは答えない。
  商人ではないので、その当たりのノウハウはよく分からない。
  「客は全部向こうに流れてる。他の店は全部閑古鳥。もうじき潰れる店も出てくるだろうね」

  「はあ」
  「気のない返事だね。まあ、いいさ。一応、私達も話し合いの機会を持ちたいと思っているんだ。だが向こうは拒絶した。もしかし
  たら何かの悪事に手を染めているのかもしれない」

  「悪事、と言うと?」
  「盗賊ギルドさ」
  自信たっぷりに、彼女は言った。
  盗賊ギルドも首領であるグレイフォックスも都市伝説だと一般的に思われている。実在するのかはあたしは知らない。
  けれどジェンシーンさんは信じているようだ。
  「盗賊ギルドには盗んだ品を売買する商人がいるんだ。盗品商さ。元手が掛からないんだから、どんな安値でも販売できる。
  つまり、これ以上は言わなくても分かるだろう?」

  「彼がその盗品商だと?」
  「それを調べるのが、あんたの仕事さ。……改めてお願いするよ、戦士ギルド。これは私達にとって死活問題なんだ。奴が犯罪者
  なら立証されるべきなんだ。違うなら、それでいい。どこで仕入れているか調べて欲しい」

  「分かりました。戦士ギルドにお任せを」



  「……んー……」
  商業地区を歩きながら、あたしは唸る。
  ジェンシーンさんの店を出た後、あたしは何軒か他の店を回ってそれとなくソロニールの印象を聞いた。
  大抵はジェンシーンさんの言うとおりだった。
  製造コストよりも安い。そう、断言する商人もいた。
  情報収集はこれ以上必要ないだろう。
  ソロニールと彼の店である《コピアス商店》の噂を聞けたのだから、そろそろ本人に会いに行くとしよう。
  ……噂で《どこどこから仕入れている》とか《売値が安い真相はこうなのだー》という類は聞けないだろうし。
  まあ、当たり前だけど。

  さて。
  「ここかぁ」
  コピアス商店。
  店の外観は、他の店と大差ない。中はどうだろう?
  ガチャ。
  扉を開けて、店内に。
  「いらっしゃい」
  「……うわぁ……」
  思わず、あたしは感嘆の声を上げた。
  内装は洒落ているし、商品の置き方も無造作のようで品がある。何より種類の豊富さだ。
  武具の類もあれば、洋服類、食器類から日用雑貨、食料品まである。提示されている値段も、確かに安い。
  ダントツに安いのは洋服類。確かに、安い。
  ジェンシーンさんの店にも服の類は置いてあったけど、値段は確かに半値だ。
  可愛いのもあるし、あたしは普通に目移りしていた。
  へぇ。すごぉい。
  ……。
  ただ、気になったのが洋服類が普通の店の半値以下に対して、食料品等の値段が若干高めに設定されているという事。

  高めに設定、と言っても洋服類に比べるとだ。他の店よりは安い。服と他の商品は仕入れルートが違うのだろうか?
  だとすると、洋服類が盗品?

  確かにこの店の商品は全般的に安い。安過ぎる。
  そして怪しい。
  「この品揃えは……やっぱ怪しいかなぁ……」

  「うちの品揃えがどうしたんだって言うんだい?」
  店主のソロニールが聞きとがめる。
  ボズマーだ。
  「とても安いし、品揃えが豊富。素敵なお店ですね」
  「いやぁ、ありがとうっ! 品揃えが豊富なだけじゃなく、ちょっとした宝の山だよ。思いもしない掘り出し物が見つかるよ」
  「へぇ、すごい」
  「ははぁん。顔に書いてあるね、どこでこんなに素晴しい商品を仕入れてるんだろうって気になるんだろう?」
  あっ、良い展開。
  あたしは微笑みながら肯定する。
  「ええ、気になります。どこで仕入れてるんです?」

  「皆に同じ事を聞かれるんだ。そんな時はこう答えるのさ」
  「……」
  「大切なのは、誰とお友達かって事さ。私には良い友達がいるんだ。もちろん教えてはあげられないけどね」
  「……」
  駄目か。
  まあ、客に本音を告白するとは思えないから、落胆は少ないしそんなには期待してなかったけど。
  でもこのボズマー。
  盗賊かと思って接してるけど、そんな素振りはまったくない。
  動作の一つ一つを見てもさほど機敏には見えない。盗賊向きではないように見えるけどなぁ。
  それにキャラも意外に良い人だし。
  ……。
  もちろんそれを演じているのかもしれないけど……ジェンシーンさんから聞いた感じとまったく違う。
  「ゆっくり見ていっておくれよ。何か欲しいものが見つかったら、一声掛けてくれ」
  「はい。ありがとうございます」



  結局、果物の類を買って店を出た。
  魚獲りの一件で散在して路銀が残りわずかな私にとっては、良心的なお店なんだけどなぁ。
  もちろん、商売敵にしてみれば最悪なんだろうけど。
  果物を食べながらあたしは波止場地区の宿に戻り、夜まで仮眠を取って時間を潰す。
  ソロニールが深夜になると頻繁に出掛けていると噂を聞いているからだ。
  その為の仮眠だ。
  そして今は深夜。
  「……」
  あたしはコピアス商店の裏の、共同の井戸の側にある茂みに身を隠している。
  深夜になるとソロニールが周囲を確認し、挙動不審な様で裏に行ったのを見たからだ。

  茂みに隠れ、様子を窺う。
  「アガマー、いるのか?」
  幾分か大きな声で、ソロニールが声を発した。
  時刻は深夜。
  時折、通りに巡察の帝都兵が通る程度で街は完全に眠りに落ちている。
  「アガマー」

  「……声がでかい。何度言ったら分かるんだ」
  「す、すまない。こういう密会に離れていなくて、どうも緊張するんだよ」
  黒い服の男が現れる。
  アガマー、という名前らしい。あたしの角度からは顔が見えない。ただどこか声には粗野な感じが潜んでいる。
  少なくとも堅気ではなさそうだ。
  ……こいつが盗賊ギルド?
  ……ああ、そうかもしれない。そうなるとソロニールは、盗賊ギルドから買い入れているのか。
  そうなると、ジェンシーンさんの言い分は若干変わってくる。
  ソロニールが盗品を取り扱ってる、その事実は変わらないけど……罪の程度は変わってくる。
  盗品商ではなく、顧客というわけか。
  「アガマー、実は……」
  「いいから黙って俺の話を聞け。次の荷が思ったより早く入る。お前は金の用意をしておけ。いいな」
  「同じような類か? 洋服の類ならもういらないよ、まだ在庫が残ってるんだ」
  「お前は黙って俺が持って来る物を買えばいいんだ。俺だって入荷するまではどんな品かは分からないんだ。選んでる
  暇なんてないんだよ」

  「実は例の互助会に圧力を掛けられているんだ。しばらく取引しない方がいいんじゃないかな」
  「降りるならそれでもいいが、俺は別の奴と取引するぞ。……ああ、いっそジェンシーンにお前さんの商売の種明かしでもして
  金でもせびるかな。分かるかソロニール、どっちにしろお前は損をする。違うか?」

  「わ、分かったよ。品物が入ったら連絡をくれ」
  「心配するな、時間は掛からん。じゃあな」

  アガマーが臭い。
  誰でも、普通はこう考える。あたしも普通の感性のようだ。二人が別れた。
  あたしはアガマーの後を追う。




  帝都タロス広場地区。
  翌日、あたしは高級住宅の並ぶこの地区に足を運んだ。
  昨晩、アガマーの後を追った結果この地区に家を構えているのが分かったからだ。当然、家の場所も把握している。
  ……。
  少し、意外だ。
  アガマーは金持ちのようだ。盗品売買は儲かるものらしい。
  まあ、そりゃそうか。
  仕入れにお金が必要ではないのだ、盗めばいいのだから。元でゼロで仕入れたものを売るのだから、儲かるのは当然か。
  「……」
  カチャカチャ。
  開錠作業を、周囲を気にしながら急ぐ。
  この家の主であるアガマーはつい先程、出掛けて行った。本人に真相を聞く、という選択肢がないので家に潜入し、色々と調
  べるとしよう。それが一番手っ取り早い。
  「……」
  カチャカチャ。
  勘違いしては困るのが、戦士ギルドは公的機関ではないという事。
  犯罪の立証が必ずしも目的ではなく、あくまで依頼人の要求を遂行する組織だ。
  アガマー&ソロニールの悪事の証拠を掴んでも、それはジェンシーンさんに手渡すものであり帝都軍にではない。
  そこは勘違いしないで欲しい。
  ガチャリ。
  「やった」
  小さくガッツポーズ。
  鍵が開いた。あたしは静かに扉を開け、家の中に消えた。
  「……」
  無言。忍び足。潜入の基本を抑えながら、あたしは家の中を見渡す。
  二階建て……は外から見れば分かる。調べてみると地下にも部屋があるらしい。一階は、別に問題はない。
  何も不審なものはない。
  二階か、地下か。どっちから調べようかな。いつ何時、アガマーが帰宅するかは分からない。
  あまり時間はない。
  どうしよう。
  「……あれ?」
  ふと、床を見ると土が付着している。地下室のある方向に点々と続いている。
  気になったら調べる。
  それが探索の基本。あたしは地下室に通じる扉を開けた瞬間、息が詰まった。
  「何この臭い」
  異臭。
  腐臭。
  吐き気を堪えながら、あたしは地下へと降りていく。降りれば降りるほど、臭いは酷くなる。
  つまり臭いの根本に近づいているわけだ。
  地下室は広かった。
  その広い場所に、散乱しているのは人骨と腐肉、洋服や装飾品の数々。
  「……死霊術師?」
  一瞬、そう思うものの頭の中で否定した。
  死霊術師はただ死体を弄ってニヤデレしているわけではない。実験しているのだ。あたしはまだ、幸いにも死霊術師と相対して
  いないもののそう聞いている。ここには何にも魔道器具がない。
  ならこれは何だろう?
  床一面に、ところどころ土が付いている。綺麗な部分の方が少ない。
  人骨。
  腐肉。
  洋服に装飾品、全てを足すと……まるで墓暴きしているみたい。じゃあ、土は墓土か。
  ……ま、まさかなぁ……。
  しかしそれを否定するものをあたしは目にする。
  「これは……」

  一冊の本を手に取り、あたしはそのまま絶句した。おそらく教会が保有している本だろう。
  アガマーの入手経路は分からないものの、これは埋葬者のリスト。
  つまり死亡者の名前と副葬品が書かれている本だ。
  「……」
  盗品商ではない。
  死霊術師でもない。
  つまりアガマーは、このリストを元に墓を暴き、ここに持ち込んで売れる物を選別し、ソロニールに横流ししているのだ。
  「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
  怖くなった。
  あたしは叫びながら、家を出る。
  ……ここは、死者で溢れた墓場だ……。



  それでも、証拠になるその本を持ってあたしは飛び出したのは……うん、さすがよねっ!
  ……。
  ……よかったぁ。さすがにあのまま逃げたのが叔父さんにばれたら、殺されるぅー。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  死者のリストをソロニールに突きつけたところ、彼はそのまま崩れ落ちた。
  「そ、そんな……」

  「あなたが販売しているの洋服類は全て死者から剥いだ物なんです」
  「この本に書かれている事は……本当なのか?」
  「おそらく。アガマーの家に証拠はたくさんあった、あたしが見た。彼は墓泥棒です」
  「君は一体……」
  「戦士ギルドの者です。……ジェンシーンさんに頼まれて、あなたの取引相手を調べてました」
  彼の反応を診れば分かる。
  彼は何も知らない。知ってたら、ここまで取り乱さないだろう。
  この取り乱し方は、罪が発覚した時の取り乱し方ではない。あたしは、そう思う。
  ソロニールに今までの経緯、ジェンシーンさんの疑い等を話した。事がここに至ると、もう隠す必要はないだろう。
  それに彼が何も知らなかったのであれば、尚更だ。
  落胆は激しく、彼は震えている。
  「私は何と恥知らずな事を。この店の商品は、最近亡くなった人達が身に着けていた物だなんて……」
  「……」
  「……私に何か出来る事はないのか? しなければならない事は……」
  「アガマーを告発する手助けをしてください」
  「ああ、その通りだっ! 私にやらせてくれっ!」
  「ありがとうございます」
  「いや、礼を言うのは私の方だ、そして謝るのも。……ただ、問題がある」
  「問題?」
  「実はさっきアガマーの使いが来たんだ。今夜、荷を持ってくるから金を用意して置けと」
  それが意味するのは一つしかない。
  あいつは今、墓を暴いているんだっ!
  「……ああ、私は何という事をしてしまったんだ……」
  「心配しないでください。あたしが必ず止めて見せます」
  「私はその間に、この遺品の山をどうするか考えておくよ。最善の方法を、考えるとしよう。良心に誓ってね」
  「ええ、お願いします」

  「ただ、信じて欲しい。私は本当に知らなかったんだ。……どうか、許して欲しい」



  「……言葉もないね。ソロニールが裏で闇取引をしていたのは予想していたけど、まさかこんな酷い事とは……」
  依頼を受けた者の義務として、ジェンシーンさんにも報告した。
  ただ、告発は待ってもらおう。
  アガマーを公的機関に委ねるのは容易い。でも、あたしが解決しなきゃ。
  依頼だから?
  それもあるけど、今ここで帝都軍に全てを任せたらソロニールさん(悪人じゃないのが分かったのでさん付け)も連座して逮捕
  されるだろう。もちろん、流れで行けばどっちにしろ彼は拘束される。
  留置されるかは分からないけど。
  あたしがしたい事。
  それは彼の贖罪の時間を作る事。その為には、あたしが動かなくてはならないのだ。
  あたしが……。
  それはジェンシーンさんも分かっているらしい。そもそも一度戦士ギルドに依頼した手前、というのもあるだろう。
  それでもありがたい。
  「気分の悪い話ではあるけど、あんたが事実を掴むまでは監視隊に告発は取りやめるわ」
  「それって……」
  「ソロニールの言葉を鵜呑みには出来ない。けどね、まっとうな商人ならそんな冒涜はしないんだよ。彼が本当に知らないので
  あったならば、私は彼を告訴しようとは思わない。……やり方はともあれ、彼もまっとうな商人だろう?」
  「あたしもそう思います。彼の悲嘆は、嘘じゃないって」
  「それよりも、監視隊に報告出来ないって事はあんたがどうにかするしかないんだよ。分かってるよね?」
  「任せてくださいっ!」
  「ふふん、威勢がいいね。……ただ用心しな。墓暴きは極刑だ、アガマーは死に物狂いで抵抗してくるよ」
  「はい、分かってます」
  「つまりは……まっ、奴を殺すしかないって事だ」



  事態は急速に動いていく。
  ジェンシーンさんは《アガマーを殺せ》と言っているようなものだと、思った。
  ソロニールさんが実はまっとうな商人で、何も知らない場合の処置。つまり、アガマーを生かして帝都軍に引き渡せばソロニール
  さんを道連れにする証言をするという事。だから殺すしかないと。

  もちろん読み過ぎかもしれない。
  それならそれでもいい。どの道、結末は一緒だと思う。
  「……極刑、だもんね」
  掴まればアガマーは死刑でしかない。死刑でないにしても一生監獄から出られないだろう。
  ならばどうする?
  ……簡単。捕まえに来た奴を殺せばいい。
  それしか助かる選択肢がアガマーには残っていない。あたしは否が応でも……。
  「やるしか、ないよね」
  アガマーは許せない。
  その心情はあたしにも当然、ある。死者の眠りを冒涜するなんてしてはならない事だ。

  まだ日は高い。
  墓地を歩き、探すものの……さすがに野外の墓はこの時間帯では暴かないだろう。だとすると霊廟か。
  霊廟には貴人達が眠り、副葬品も高価だろう。
  何より忍び込みさえすれば誰にも見つからない。帝都兵だって、霊廟の中までは当然巡察しない。
  ただ霊廟と言っても結構多い。
  どれだろう?
  「……違う、ここでもないかぁ」
  霊廟の扉を、一つ一つ調べて回る。
  普通は施錠してある。
  扉を一度引き、開いているか調べて回るけど……あたしも立派に不審人物。
  通報されない事を祈ってます。
  はぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
  ガチャ。
  「あっ、開いてる」
  幾つ目の霊廟だろう、ともかく開いている霊廟を見つける。石の扉にはこう、刻まれている。

  トレンティアス家の霊廟。
  周囲を確認し、あたしは中に忍び込んだ。
  ……。
  ……。
  ……ドジ。松明の用意してないじゃない。
  しかし、松明は必要なかった。霊廟には1人の男が立っている。松明を持っている男。アガマーだ。
  深夜の会合の際には顔は見なかったけど、尾行中に確認した。軽薄そうで、三流の悪役の顔。
  「ここまでよ、アガマーっ!」
  「ここまでぇ? ……はっ、お前がなっ!」
  背後に気配が生まれる。
  あたしは身構え、剣を抜く。全身をオーク製の鎧で武装している男だ。名は知らない。
  だが状況的にアガマーの手下だ。
  油断なく、双方に注意を配る。いつでも抜けるように、手は柄に。
  「遅かれ早かれ気付くとは思っていたよ。……あんたが誰かは知らないが、大方ジェンシーンに頼まれたんだろう? 俺の周りを
  うろちょろしてたからな、こうして罠を張らせてもらったんだ。ここに誘い込まれたのさ、あんたはな」

  「……」
  そうか、わざと家も空けたのか。
  あたしがいると商売が上がったりだから、殺す算段をつけたらしい。
  ……。
  それにしても尾行が下手だったかぁ。
  まともに気付かれてたとは、少しショック。
  はぅぅぅぅぅっ。

  「今、ちょうどあんたの墓を用意していたところだ。もう、用意出来ているよ。意味は、まあ、想像に任せるよ」
  「……」
  「泣いて命乞いするか? ……生かしておいたら、どんな見返りをくれる?」
  「……」
  からかいながら奴は笑う。下品な奴。礼儀正しい悪役っていないのかな?

  多分、少し前のあたしならそのまま剣を抜いて戦闘に移行した。
  でもレヤウィンでの日々があたしを少しだけ、戦士として大人にした。軽口を叩き返す。
  「あたしを見逃してくれたら、あなたを半殺しで許してあげる」
  「ロルギャレルっ!」
  怒りを露にして、相棒の名を叫ぶ。
  それを合図にあたしは剣を抜き放ち、反応した相棒を無視してそのままアガマーに突進した。
  霊廟は狭い。
  また、アガマーは当然手近のロルギャレルにまず向かうと予測していたらしくまだ反応出来ていない。回避しようにもその
  スペースはなく、避ける暇も与えないままあたしはアガマーの胸に飛び込む。

  「……っ!」
  「ここがあなたの墓標よっ!」
  胸を貫通する炎上のロングソード。一瞬の間の後、炎が発動する。
  ゴゥッ。
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  一刺しで絶命しなかったアガマーは悲惨の一言に尽きる。
  生きたまま炎上。
  絶叫とその光景を見て、相棒は踵を返して逃げて行った。抜き身の剣を下げたまま、わあわあと叫びながら。
  あのまま外に出たら彼は帝都軍に拘束されるだろう。
  燃え尽きたアガマーの死体を見ながら、あたしは吐き捨てた。
  「死者を冒涜した報いよ」




  アガマーは死亡。
  ロルギャレルは推測通り、帝都兵に追われた。武器を持って往来を走ったからだ。
  その際、何故か帝都兵に斬りかかり返り討ち。どうもアガマー丸焼きの図を見て精神を病んだらしい。
  ……それを見てまともなあたしは異常?
  と、ともかく、アガマーと手下はもうこの世にいない。
  その旨をソロニールさんに伝えに戻ると、彼はホッと安堵した。
  安堵したからか、冗談めかして笑った。もっともまだ顔は少し強ばっていたものの。

  「よかったよ、あんたが帰ってきて。……だってあんたが殺されれば、次は私だろう? あんたの方が強くて、よかったよ」
  「それで、今後はどうするんです?」
  「色々と考えたけど、店の売り上げと遺品の山は神殿に委ねようと思うんだ。それが、最善だと思う」
  「そうですね。供養、してあげた方がいいですよ。きっと」
  「それともう一つ知らせがある。ジェンシーンと話し合った結果、私も互助会に加盟する事にしたよ。彼女は私の罪を見逃してくれた、
  私をあくまで被害者として帝都軍に報告したんだ」
  「よかったです」
  「それと、あんたもだ。あんたは命懸けで私にやり直すチャンスをくれたね。このソロニール、受けた恩は生涯忘れないよ。そして
  その恩にわずかにでも報いる為に、この指輪を送ろう。……まっとうなルートで手に入れた、この店の一押し商品だ」
  「ありがとうごさいます」
  「それじゃあまた近い内に店を再会するから、帝都に来たら寄っておくれ。コピアス商店はこれからも頑張るからねっ!」
  元気な人だ。
  商売人であるのは、確かだ。これからはまっとうに生きて欲しいと思う。
  アガマーみたいな奴に騙されないでね。

  「ちなみにそれは魔法の品でね、炎耐性と氷耐性を増幅してくれる代物なんだよ」
  「へぇ」
  炎耐性。
  氷耐性。
  両属性魔法攻撃を軽減する、魔法のサークレットだ。

  あたしはダンマー。ダンマーは生まれながらに炎耐性が高いので……このサークレットを身につける事により、あたしは炎の
  魔法の威力を低減できるわけだ。

  「それと君」
  「はい?」
  「情けを掛けてくれた事、生涯忘れないよ。本当にありがとう」



  ソロニールさんの元を辞去した後、そのままジェンシーンさんの元に。
  報告しないとね。

  「やぁっ!」
  随分と機嫌が良さそうだ。
  「あんたが来るのを心待ちにしてたんだよ。……ソロニールのところに寄ったかい?」
  「ええ、ついさっき」
  「じゃあ、あいつから事の顛末は聞いたね。互助会に加盟してくれたよ。アガマーの悪行も彼は知らなかったと言った。私はそれ
  を信じる事にしたよ。彼も心根はまっすぐの、まっとうで立派な商人だったわけだ」
  「あたしもそう思います」
  「だろう? だから、私達互助会は彼を告発しない事に決めたよ。事件から彼の名前は抹消しておいた」
  「よかったです」
  「さぁてお待ちかねの報酬の時間だよ。何から何まで本当にお世話になったね。感謝してる。どうぞ受け取ってちょうだい」

  金貨300枚。
  これで当分路銀に困る事はないだろう。
  ……。
  ただ、あたしは思う。
  戦士ギルドでいるという事は、人を助ける事。
  あたしは誰かを助けて、お礼の言葉をもらうだけで嬉しい。戦士ギルドはあたしの天職だ。

  「ところで今夜は暇かい?」
  「ええ、まあ。全ての依頼終わりましたし」
  「じゃあ今夜、飲みに行こう。互助会の会合さ。……まあ飲み食いするだけだよ、あんたも来なよ。ねっ?」
  「はい。喜んで」
  「ソロニールも来るしさ。まっね楽しくやろうじゃないの」

  コピアス商店のソロニールさん。
  今まで孤高を保ち、店舗を持つ商人達の組合である《悩める商人の互助会》にも白眼視していたものの、これ以上単独でやって
  いけないのを痛感したのか、組合にも加盟したようだし。
  こういう言い方はジェンシーンさんは怒るかもしれないけど、ソロニールさんは運が悪かっただけなのだ。
  より安く。
  より安く。
  より安く。
  それは自分の利にも繋がるけど、消費者の利でもあるのだ。
  ただその利の元となった商品が、実は遺品だった。つまりアガマーの策謀でありそれに乗った事が不運だった。
  それだけだと思う。
  少なくともソロニールさんには悪意がなかった。
  全てが判明した時の彼の対処はすばらしかったと思う。
  それを認めたからこそ、ジェンシーンさんも彼の名は伏せた。墓荒らしに彼は連座せずに済んだのだ。
  結局、ソロニールさんは純粋だったわけだね。
  これにて二件目の依頼も一件落着。
  今夜は《悩める商人の互助会》の会合……酒場で一日の疲れを取りつつ、お酒や料理で憩うだけなんだけど、あたしも
  そこに招かれている。組合の新しい加盟者であるソロニールさんもだ。
  帝都での依頼もお終い。
  今夜はゆっくりと、帝都の夜を楽しむとしよう。