天使で悪魔




失われた歴史




  タムリエル。
  様々な伝説、様々な叡智、様々な神秘。
  この世界にはいくらでも転がっている。
  好きなものを拾い上げ、手にするといい。全ては自分の心次第。全ては捉え方次第。
  この世界は広大で、この世界には果てがない。
  楽しむがいい。

  伝説、叡智、神秘。
  その全てを凝縮されているのが『エルダースクロール』と呼ばれるものだ。
  その書物はこの世界の事象が自動的に記される。
  未来を記すもの、とも言われるし過去の事象が記されるもの、とも言われている。
  詳細は不明。
  現在、現存するモノは帝都の王宮に厳重に保管されている。
  でも取るに足らない事。

  何故なら、この世界に転がる伝説級の物事の一つに過ぎないのだ。





  「……ああ、やっぱり人手に渡ったんですわねぇ……」
  かつての我が家ローズソーン邸を見上げる。
  この間来た時、その事実は受け入れていたつもりだったけど……やはり苦痛ですわぁー。
  借金の形にスキングラード市に取り上げられた豪邸。
  屋敷を取り戻す為だけにお金集めに奔走したものの、全てが無意味と知った今日この頃。
  ……腹いせに放火してやろうかしら?
  「テロリストですわね、それでは」

  ふぅ。溜息一つ。
  スキングラードに着いたのは午後一時。そろそろ仕事に掛かりますか。
  いつまでも落ち込んでいられない。
  それにまあ、気分としては一新出来た感じ。
  貴族としての暮らしを、貴族として再興する事が引き取ってくれた今は亡き養母(親父は土の中で腐れぇーっ!)へ
  の最大の孝行だと思い、今まで頑張って来たけど……人手に渡った以上、どうしようもない。
  ……。
  簡単に切り替えるのもどうかと思うけど、これからは自分の為に生きよう。
  前向きに。
  直向きに。
  空は青空、太陽は輝く。
  今日という日々を毎日、精一杯生きるとしよう。
  さて。
  「トゥー・シスターズに行って困ったちゃんを詰問するとしましょうか」


  今回の任務。
  ……もちろん盗賊ギルドの任務。
  ……で、今回の任務はこの街に派遣されていた盗賊ギルドのメンバーを探し出す事。
  任務の指令者はブラヴィル在住の、カジートのスクリーヴァ。

  グレイフォックスの腹心である参謀の1人だ。
  探すべき人物はセラニス。
  彼の任務は『タムリエル 〜失われた歴史〜』という書物を盗む事。
  グレイフォックスが、スクリーヴァに直接指示した任務らしい。
  しかしその任務を受けたはずのセラニスがスキングラードから帰還しない。よほど重要な書物らしく、たまたま
  ブラヴィルにふらりと現れたわたくしに任務が回ってきた。

  内容は至って簡単。
  本の入手。
  セラニスの手助け、という名目ではあるものの……彼が本を自分のモノに、もしくは別の第三者に売ろうとした場合
  は排除する事を示唆するような素振りでもあった。
  まあいいわ。
  要は本を手に入れればいいだけの事。
  そしてスキングラードに来たものの……。




  「逮捕された?」
  「ええ。逮捕」

  オーナーのオークはコップを磨きながら、淡々と語った。
  トゥー・シスターズはオークの女性が切り盛りする酒場。時間帯が悪いのか、それとも居心地が悪いからか広い店内
  にいるのはわたくしと彼女だけ。

  セラニスが最後にいたのがここだと聞いたけど……逮捕された?
  もっと突っ込んだ質問をしよう。
  探偵紛いの事は専門ではない。いちいち街中で聞きまわるのも楽しくない。
  わたくしが没落貴族だと知る者もいる。
  そもそもここの出身だからだ。
  ……気にはしないけど、あまり好奇の眼で見られるのは好きではない。

  さて。
  「何故逮捕されたのかしら?」
  「お客?」
  「はい?」
  「客なら何か頼みな。違うなら帰りな」
  「何か果実酒の類をいただけるかしら?」
  「はいよ、金貨5枚だ」
  チャリンチャリーン。
  ……強欲なオークめ。
  「それで何が聞きたい?」
  「セラニスは?」
  「ああ、あの間抜け」
  カップを磨く手を止めずに喋り続ける。
  わたくしは一口、果実酒を啜る……林檎か、でもあまり質の良いお酒ではありませんわね。
  飲み過ぎたら悪酔いする。
  「セラニスは……何日か前にここに来た。スキングラードの城に忍び込んで何かを盗んだ……本……ともかく何か
  を盗んだって安ワインを飲みながら吹聴してた。ただ不幸な事にデュオン隊長も酒を飲んでた」
  「デュオン……ああ、あのハゲね」
  「城から盗み出したんだ。セラニスは当然牢屋行き。この街は刑法厳しいから半世紀は出てこないんじゃない?」
  「……面倒ですわね」

  聞えないように舌打ち。
  この街の出身だから、どれだけ刑法が厳しいかは分かってる。
  特に城に対しての制限は過酷なまでに厳しい。
  城に忍び込んだか。
  ……ふぅん。確かに半世紀は出てこられそうにないわね。
  わたくしの任務は書物の回収。
  セラニスではない。
  脱獄を手助けする事はないけど……本がデュオンのハゲに回収されたのか、それともセラニスが事前にどこかに
  隠していたのかを調べるには牢獄に忍び込む必要がある。

  いずれにしてもセラニスは脱獄を条件に情報を出し渋るだろう。
  これが他の都市なら下級兵士にお金握らせて情報引き出せれるだろうけど……この街では無理だ。
  「くそ」
  悪態。
  元々育ち悪いですから。
  元々この街のスラムの出ですから。
  「くそ」

  こんな事になるなら合流するまで待てばよかった。
  ジョニーはまだコロール。道具屋の娘のトカゲに一目ぼれしたらしい。……片思いだけど。
  グレイズはまだ帝都の闘技場。

  ……1人でやるしかないか。
  「新しい門出は自分の力で切り開く。……なかなか楽しい趣向ですわね」






  「給金は金貨2枚。食事としてパンを半分、ハチミツ酒を一杯。……伯爵のワインセラーには近づかない、伯爵様の
  私室には近づかない、決められた仕事場以外の場所は歩かない。分かったらさっさと働け、雑用係」
  「はぁい♪」
  粗末な服に身を包み、にこやか爽やか『はぁとまぁく♪』付きの言葉で受け答え。
  傲慢な言葉はオーク。
  メイドではなく、下働きの給仕係はアルラ=ギア=シャイア。そう、わたくしだ。
  ……気が触れたわけではあらず。
  城に入り込めるのは伯爵と懇意、もしくは城の関係者のみ。メイド、衛兵、その他諸々。下働きの給仕係も含む。

  他の城ではそうではない。
  当然、重要な区画……領主の私室や宝物庫等は開放されていないものの、城の出入りは基本的に楽なんだけど
  この街はそうではない。ハシルドア伯爵の性格の問題か。それとも噂が関係ある?

  ハシルドア伯爵は極度の人間嫌い。
  しかしそれは建前であり、実は吸血鬼。
  ……。
  まあ、取るに足らない噂ですわね。
  元貴族であるわたくしではあるものの……借金の問題等もあり、この街の領主とは懇意ではない。
  コネが使えない。
  なので、牢獄の給仕係に志願した。そこは昔のコネを使った。
  ただ面接官……伯爵の執事の一人であるこのオークが横柄な事横暴な事。
  意外に珍しい城。
  警備厳重もそうだけど、アルゴニアンやオークを側近として使う。普通の領主の感性ではあまりない事だ。
  能力的に人間種より劣るわけではない。
  美的センスの問題だ。
  領主となると側近に美醜を求めるようになる、大抵は人間かエルフを抜擢すると思うけど……不思議な城。
  伯爵は能力主義者なのかもしれない。
  さて。
  「では働け、給仕係」
  「はぁい♪」
  ペコペコと頭を下げる。
  仕事は都合の良い事に囚人達の給仕係。監獄に合法的に入り込める仕事だ。
  ……終わったらこのオーク、殺すぅーっ!
  「あの、鍵は?」

  「給仕係は言われた通りに囚人どもに飯配ってたらいいんだ。出来ないなら牢に閉じ込められて体験学習するか?」
  「すいませぇん♪」
  「さっさと行け、それだけの仕事に何世紀掛かるんだ」

  「はぁい♪」
  ……前言撤回。
  ……このオーク、百回殺すぅーっ!



  この城、変わってる。
  各々の扉が厳重過ぎる。オークは関係ない場所は歩くなと言ったけどそもそも入れない歩けない。
  ともかく監房に。
  地下はひんやりとしていて、それでいてジメジメする妙な感覚。
  牢屋に到達するには、冷めた食事を食べている看守だ。
  ……本当におかしな城。
  看守が1人だけ?

  まあ、楽でいいけど。
  「あの、給仕係なんですけど」
  「ああ。お前が新入りか。……鍵を開けてやる。やれやれ、どうしてお前らに鍵持たせないんだ」
  ブツブツ言いながら扉を開く。
  この先が牢屋。
  「終わったら声掛けろよ」
  「えっ? ……あっ、はぁい♪」
  ガチャン。
  扉をくぐり、中に入ると……背後で扉が閉まった。鍵も掛けられる。
  普通、立ち会うものだけど。
  「さて、セラニスはどこかしら?」
  ひっそりとした監獄。
  収容されている数が少ない気がする。
  これはおかしい。
  この街の警報は厳しい。峻烈だ。仮釈放制度もないし、果物一つ盗んでも他の都市に比べて罪科は厳しい。
  なのに牢はほとんど空?
  「おい、おい、あんた」
  「……?」
  檻に手を掴み、声を掛けてくるおっさんがいる。
  スクリーヴァに聞いているセラニスの容姿と一致しない。
  「あんた、俺を助けに来てくれたのか?」

  どうしてそんな発想に?
  まあ、こんな牢獄に拘束されてたら頭も腐るだろう。
  「セラニス、ではないでしょう?」
  「セラニス? ……ああ、あいつか」
  「知ってますの?」
  「ああ知ってるよ。ついこの間までそこ……そう、そこの監房にトカゲと相部屋で収容されてたよ。いつもボソボソと
  何か二人で話をしてた、うるさくて仕方なかったよ」

  監房は空。
  トカゲもいない。当然、空なんだからセラニスもいない。

  ただ……。
  「血痕?」
  ところどころ、床に血が滴ってる。
  檻の外にも。
  ……脱獄した?
  名も知らぬ囚人はわたくしの考えを読んだのか、首を横に振った。
  少し、震えている。
  「違うよ、違う。脱獄したんじゃない、連れ出されたのさ。……おそらく看守も知らない、基本ここには入らないからな」

  「はっ?」
  「変な女が来るんだ、たまにな。その女は囚人をどこかに連れて行く、帰ってくる奴もいれば帰って来ない奴もいる。帰って
  来てもまた連れて行かれ、今度は帰って来なくなる。セラニスも連れて行かれたきり帰ってこない」
  「……」
  「トカゲもそうさ。ついさっきだ、さっき連れて行かれた。トカゲも抵抗したんだが、血塗れて引き摺られて行ったよ」

  「……ふむ」
  変な女、か。
  看守が1人なのもその為か。
  ここの警備が厳重で、看守が立ち会わないのもその為か。囚人の数が減ったのを気付かせない為。
  でもなんで?
  囚人連れて行って何をする……まあ、レヤウィンでは囚人を拷問してニヤデレする伯爵夫人もいるから一概には変とは
  言えないか。でも帰って来ないとなると話は別。おそらく来ない囚人は殺されてるのだろう。

  ちっ、それは困る。
  セラニスに死なれたら任務達成が困難になる、手掛かりが完全にロストするからだ。
  ただ問題は、セラニスが連れて行かれたのが相部屋のトカゲよりも前という事。
  予想だけど……セラニスが拷問死したから、次のトカゲを引っ張り出したと考えるのが普通だ。
  ただボソボソと何かを話をしてたらしいから、もしかしたらセラニスのお宝の場所を知ってるかもしれない。
  血の後を追うとしよう。



  息を潜め、城の暗部を進む。
  隠し部屋、隠し通路の類はどの城でもある。別に不思議な事ではない。
  ただ毛色が少し違う。
  人骨。
  既に抜け道を抜け、城の……んー、今ここがどこかは知らないけど、城の区画のどこかだ。
  抜け密の洞窟には人骨が散乱していた。
  いくらサディスティックの王侯貴族の方々でも、拷問以上の事はしない。
  ……もちろん拷問が正しいとは言わないけど。

  血の後を追う。
  そして行き着いたのが、ワインセラー。巨大なワインの樽がある。

  「ここね」
  燭台。
  不自然な場所に、燭台がある。気になるところは調べる、盗賊の基本だ。
  ゴゴゴゴゴゴゴッ。
  燭台に触れるとワインの大樽は音を立てて、開閉する。扉だ。
  「ビンゴ」

  ワインの大樽。
  その樽は秘密の入り口をカモフラージュする為のモノだった。
  仕掛けを動かし、中に入る。
  そこは洞窟と繋がっていた。おそらくは天然の洞窟。
  秘密部屋を使った奴は……ハシルドア伯爵だろうけど、天然の洞窟を利用したのだろう。
  岩肌の通路を抜けると、その部屋は整然とした地下室だった。
  「……血の臭い……」
  漂ってくる。
  鼻孔に届いたその香りを、知っている。
  貴族の娘、しかしそれは建前であり、養女にされる前はお金になる事なら何でもした。
  喧嘩にも明け暮れてた。
  血の臭い、人の死、見慣れた概念ですわ。
  無言で何かを鉈で切り刻んでいる女が、地下室にいる。あれが獄吏?
  ……。
  既に拷問ですらないわね。
  切り刻まれている奴が誰であれ、あれは死んでる。
  獄吏と言うよりは死霊術師。
  でもまさか城の中で死霊術し飼ってるとは思えないけど……不意にこちらに振り返った。
  あっ、眼が合った。
  「何者っ!」
  「不法侵入者、ですわ」
  「……まあ、いいわ。伯爵様のワインとなれっ!」
  「炎の精霊、片しちゃって」
  ボゥッ。
  人型を成した炎が具現化。手から発する炎の球が獄吏を問答無用で焼き尽くす。
  「ごめんなさいね。熱血&激闘、嫌いなものでね」

  灰と化した、獄吏に冷笑。
  「ふぅん」
  切り刻まれていたのは、おそらくはセラニス。
  顔見知りではないし、初対面だがら判別出来ないけど……流れからして、セラニスで間違いない。
  流れ&展開、それで物事を判断するノリは大切。
  さて。
  「お仕事熱心ねぇ」
  ワインのボトルが並んでいる。
  伯爵様のワインになれ、とか言ってたし多分ワインの中身は……血。
  スキングラード領主であるハシルドア伯爵は吸血鬼、確かそんな噂を聞いた事がある。
  囚人の血を抜いて飲んでいる?
  わざわざワインのボトルを空けて中身を確認する気はないし。
  そうなると……。
  「……」
  見事に灰になっている、獄吏の女を見る。
  炎に対して耐性がなさ過ぎた。普通なら炎上してもここまで綺麗に灰にはならない。
  この女も吸血鬼か。そうなると伯爵の眷属。
  やれやれ。
  悪趣味な事をするわね。囚人だから人権がない……んー、犯罪にもよりますわねぇ。人権団体うるさそうですし。
  さて。
  「いつまで死んだ振りしてますの。……初めまして、ではないですわよね?」

  トカゲが転がっている。
  おそらく抵抗したトカゲは、彼。彼の血痕を辿りここまで来た。
  どこかで見た事あるような……。
  「あ、あんたは……ああ、そうだ。レヤウィンでも世話になったな」
  「……?」
  「ほ、ほらアミューゼイだよ。貧民の救済アーダルジの家宝で大活躍したアミューゼイだよっ!」

  「活躍しましたっけ?」
  記憶をめぐらす。
  ……。
  んー、検索してもないですわねぇ。まあいいですわ。
  「それでここで何しているの? またケチな窃盗?」
  「い、痛いところ突くな。ま、まあ逮捕される時に衛兵を派手にぶっ飛ばしたからな、心証悪くしたらしくこの有様だ」
  「ふーん。……セラニス知ってます?」
  「セラニス? ああ、あいつか。本の事だな。あいつは自分が助からないと直感的に気付いてたんだな。本のありかも、
  盗賊ギルドに届ける事も頼まれたよ。だがその件はあんたに譲るよ」
  「……?」
  「あんたには借りが出来たからな。それに、あんたの助けがないとここから出られないのも事実だ」
  「そうでしょうね」
  複数の足音が近づいてくる。荒っぽい、急いでいる、そんな感じの足音。
  ここは伯爵の、秘密の部屋のはず。
  ここで特性ワインを精製しているのだろうけど……いくら伯爵の私兵同然の衛兵とはいえ、まさか吸血鬼の所業の部屋に
  踏み込めるわけがない。まあ衛兵達は伯爵の事実は知らないだろうけど。
  ここに来る者。
  それはここの獄吏と同類、つまりは伯爵の眷属の吸血鬼どもっ!
  『殺せぇっ!』
  5名。
  5名の女性陣。
  手にはそれぞれ短剣、形相は吸血鬼のそれだ。老婆のような、崩れた顔。
  どこに飼ってるんだろう?
  普通に見ても吸血鬼の顔だ。
  普段は人目につかない場所で暮らしてるんだろうけど……物騒な城ねぇ。
  「霊峰の指っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  前回習得したばかりの電撃魔法を放つ。
  瞬間、私は後ろにのぞける。
  な、何て反動っ!
  放つ体勢が悪ければ倒れかねない、反動だ。
  ただしそれだけの価値はある。一瞬にした勝敗は決した。灰は舞って散る。
  ……一撃か。ふぅん、素敵。

  「す、すごいな」
  「忍んで盗む、それが失敗した時の保険ですわ」
  まさかここまで高威力とは思わなかったけど。
  この音、多分城中に響くかしら?
  ……。
  それはないか。
  秘密の部屋で囚人の生き血を抜くし、死体をバラバラにして処分する。
  囚人の悲鳴と絶叫、これは常だ。
  おそらくは何らかの防音処理が施してあると思うけど……あまりそれを期待も出来ない。そうそうに撤退しよう。
  「行きますわよ」






  スキングラードの城は、厳重。
  ただ伯爵の正体の問題からか、城を見回ってる衛兵の数は少ない。骨が折れたのが厳重に錠された扉の類だ。

  そこは意外にもアミューゼイが実力を発揮した。
  巡回に見つからず、外に出た時既に夜だった。何時間いたのだろう?
  ……。
  ……あまり有意義な一日ではなかったわね。
  街に紛れてしまえばこっちのもの。
  どの街にも衛兵の、公的機関の入り込めない隙間はたくさんある。
  「ふぅ。助かったぜ」
  血痕を道標に城内を探索。
  その血痕の主がアミューゼイ。かなり血を流したのは言うまでもない。その場に転がり空を仰いだ。
  星空が瞬いている。
  「それで本はどこですの?」
  「ネラスタレルの家の裏庭にある。そこに隠したそうだ」
  「ネラスタレル……ああ、お化け屋敷ですわね」

  元々この街の出身のわたくしは、地理に詳しい。
  件の屋敷はお化け屋敷として恐れられている。呻き声や何か異質な音がする。
  ただ持ち主は存在しているので、勝手には立ち入れない。
  この街の子供達は肝試し気分で屋敷に立ち入ろうとしては、衛兵に追い払われている。
  貴族達の多い区画にある、豪邸だ。
  「あんたには世話になった。本当は俺が小遣い欲しさに届けるつもりだったけど、譲るぜ」
  「どうも」
  「一匹狼は駄目だね、まったく。俺も盗賊ギルドに入れるように努力するよ。そしたら、あんたに借りを返すよ」

  「期待しないで待ってますわ。御機嫌よう」






  アミューゼイと別れ、わたくしはブラヴィルに。
  もちろんスクリーヴァの家に向う。
  「本は見つかったっ!」
  会ってそうそうにスクリーヴァはそう叫んだ。
  それだけ重要な本?
  本の内容はエルダースクロールの歴史講釈と学者達の論文。これが預言書エルダースクロール、ではない。
  希少価値のある本で、セラニスが逮捕された経緯を見ても……おそらくはスキングラード領主の大切な書物だろう。
  本を手渡す。
  「どうぞ」
  「これよこれっ! 長い間グレイフォックスはこの本を探していたっ! それこそギルドの総力を上げてねっ!」
  それから思い出したように……。
  「セラニスは?」
  「彼は死にましたわ」
  ……よく分からない。
  あの本、希少価値ではあるけど……グレイフォックスがご執心な理由が分からないし、盗賊ギルドの総力を上げて?
  人の命と引き換えに?
  ……。
  んー、そこまで求めてるならもっと報酬吹っ掛ければよかったかしら。
  さて。
  「ご苦労様。これが報酬」
  「あら、ありがとう」
  「ああ、それと」
  「……?」
  「グレイフォックスが貴女によろしくって言ってたわ。また仕事を頼む事になりそうねぇ」
  「あら、そう。御機嫌よう」
  まだ気付かない。
  まだこの時は。
  ……わたくしは、グレイフォックスの計画に組み込まれた事を、まだ気付いていなかった。