天使で悪魔





貧民の救済




  皇族。
  領主。
  貴族。
  騎士。
  人民達の上に立つ、人民達を統べる、また別の言い方をすれば人民達の支配階級。
  世襲制の彼らに、慈悲はない。
  あるのは自身への絶対的な自負と、下賎な者達への絶対的な権力。
  支配への欲求。
  彼らは特権階級。
  しかし、その中にもまともな考えを持つ者は少なくない。
  何の為の権力なのか何の為の統治なのか。
  それを忘れない者達もいるのだ。
  だから、国家は回る。そうでなければ国家など破綻し、特権階級達は皆縛り首にされている。
  わたくしはアルラ=ギア=シャイア。
  シャイア家第十三代当主。
  十二代目当主が産ませた数多い愛人の娘、正妻の慈悲と慈愛により家を継ぎし女。
  わたくしは覚えている。
  ……貴族のその義務と責任を。
  ……わたくしは今も覚えて……。





  アンヴィルでの幽霊船騒動、幽霊屋敷騒動。
  それらを解決し、わたくし達は帝都へと足を向けた。正直、アンヴィルではこれ以上稼ぎようがない。
  概ね、めぼしい家は盗みつくしたからだ。
  下賎な方々が貴族に奉仕するのは当たり前の事。
  だから、わたくしに家の品々……宝石からトイレットペーパーを献上(強盗とも言う)し、それを売って御家再興の足しにしてくださいま
  せーというのは彼らの義務であり責任だ。
  ほほほ。アンヴィルの方々は実によく奉仕してくださいましたわ。
  「お嬢様、あの男は意外に持ってましたっすねぇ」
  「そうですわね、ジョニー」
  帝都市内。
  アルゴニアンのジョニー、オークのグレイズを引き連れて夜の帝都を意気揚々と歩く。
  あの男、とはベニラス邸を売りつけたあの男の事。
  幽霊屋敷と知らずに売りつけたらならばいい。
  しかし知った上で、しかもあそこまで攻撃的な幽霊が出るのを知っていながら売ったのであれば確実なる悪意。
  ……当然、始末ですわね。
  帝都に高飛びした、という情報を元に帝都に来たというのもある。
  一切の身包みを剥いで凱旋。
  さて、今日の宿はどうしましょうかねぇ。
  「それにしても、寂れてますわねぇ」
  「あっしが聞くところによると、元老院が夜間外出禁止令を発したらしいでござんす。帝都市民は基本、深夜は出歩かないようで」
  「世知辛いですわね」
  「まったくで」
  夜間外出禁止令。
  皇帝暗殺からまだ日が浅い。しかも犯人が捕まっているならともかく、まだその特定さえ出来ていないのでが実情だ。
  禁止令は、その反動だろう。
  かといって、完全に人通りが途絶えているわけではない。
  旅人や無宿の者達、飲み歩く連中も多々いる。
  少なくとも、わたくし達だけではない。
  ぴたり。
  オークのグレイズが立ち止まる。
  「グレイズ、どうしました?」
  「……誰だ」
  グレイズが、背中に背負ったクレイモアに手を伸ばす。
  元々はシャイア家の用心棒。
  それ以前に、闘技場で名を馳せている闘士。剣の腕は卓越し、名を馳せているものの女性には一切手出ししないという騎士崩れの思
  想からチャンピオンの昇格が果たせないでいる。現チャンピオンはノルドの女性ですものね。
  薄暗い路地裏を凝視したまま動かない。
  ただの闇。
  「……お嬢様、ダンマーがいるでござんす」
  戦闘能力ゼロではあるものの、ジョニーは盗賊としての技能に優れている。夜目もカジート並みに利く。
  ジョニーは眼で。
  グレイズは気配で、路地裏に何かが潜んでいるのを察知した。
  「……」
  きつそうな顔の、ダンマーの老女が闇を脱ぎ捨てて現れる。
  グレイズ、警戒を怠らない。
  「これを友から」
  手紙を差し出す。左手で奪うように手紙を引ったくり、ダンマーを睨みつけたままグレイズはクレイモアを離さない。
  しかしダンマーは一瞥しただけで、気にもせずに再び闇の中に消えていった。
  数十秒。
  グレイズは警戒を解かなかったものの、ようやく無言でわたくしの背後に控える。
  分の知った、頼もしい従者ですわね。
  「お嬢様、何の手紙でござんすか?」
  「……面白いですわね」
  手紙は、盗賊になりませんかーという招待状。
  わたくし達が盗賊集団ヴァネッサーズと知った上で、取り込もうとしているらしい。その、招待先の盗賊に。
  都市伝説の集団。
  都市伝説の人物。
  まさか実在しているとは……これは、楽しそうですわね。会ってみる価値はある。
  シャイア家再興には単独での窃盗では限界がある事は、分かっていた。もっと強大で、それでいて帝都上層部には存在しないとま
  で認識させる権力を持つ集団を利用する価値は、ある。
  「スラム地区に行きますわよ。少し、楽しめそうですわ」
  招待者は伝説の義賊グレイフォックス。
  その彼が支配するのは盗賊ギルド。
  盗賊ギルドへの加盟、楽しそうですわね。





  スラム街。ダレロスの庭。
  帝都のスラム街は、船舶などが往来する波止場地区のすぐ隣。帝国からは、事実上差別地区として認識されている。
  税金の免除者達の地区。
  だから、場所も城壁の外にあるし、例え何があっても帝都軍の対応は極めて遅い。
  海賊船騒ぎがあった時も、船長が暗殺され仲間が次期船長を巡って殺し合いを始めた時に、ようやく介入したほどに対応は遅々とし
  ている。だから、そういう意味では盗賊ギルドはここを隠れ蓑にしている可能性は高い。
  ……いや。
  だからこそ、ここを根城に選んでいるのだろう。
  そうなると帝都軍が存在を確認できていない理由も、分かる気がする。
  つまり帝都軍は義務を怠っている。
  税金支払わない小汚い連中だから、護る価値はない。関わる気すらない。
  ……ふん。義務の放棄ほど嫌いな事はないですわね。
  闇に支配されたこの場所に、松明を手にしている男性。
  他にも二人、ボズマーの女性とアルゴニアンの男性がいるものの位置関係からして松明の人物がこの場を支配しているのが分かる。
  手紙を手渡す。

  「ああ、君はグレイフォックスに招かれた者か。なら、君は試験免除で迎え入れよう」
  「ずるいじゃないかっ!」
  エルフが叫ぶ。
  「聞いてないぞ、そんな事っ!」
  今言ったわよ、アルゴニアン。
  この二人は盗賊ギルドの加盟希望者らしく、その後試験の為にこの場を後にした。
  松明の男の名はアーマンド。
  盗賊ギルドに二人いる、参謀の一人。グレイフォックスの片腕、らしい。
  「我々はグレイフォックスを信奉している。言っておくが君も、私も独立した盗賊だ。だから君は君で好きに盗めばいい」
  「好きに……任務とかしないのですの?」
  「任務? 任務が好きなら戦士ギルドか魔術師ギルドに入ればいい。言ったろ、独立しているのだ、君は。ただグレイフォックスを信
  奉すればいい。ただ信奉する条件として、こちらの指定する盗品商とのみ取引する必要がある」
  「うまい商売ですわね」
  「ギルドマスター……と言うとグレイフォックスは怒るのだがな、ともかくマスターからメンバーに直々に命令がある場合もある。こちらか
  ら使者も出すが、出来れば君もこまめに私に顔を見せて欲しい。その方が効率がいい」

  「了解ですわ」
  「さて、早速だがその直々の命令がある。受ける用意はいいか?」

  「いつでもどうぞ」
  「結構
。君はヒエロニムス・レックスを知っているか?」
  「ヒエロ……あー、レックス。知っていますわ」
  父が目をかけていた衛兵隊長。
  帝都市内で治安維持の仕事に就いていると思いましたけど。
  「ここスラム街の住人からはヒエロニムス・レックスは税金を徴収した。君の任務はその税金を回収する事だ。グレイフォックスは力無
  き者達を庇護してきた。徴収は、貧民達の弾圧を意味する」
  「あらあら。義賊様は、ご立派です事ね」
  多少の揶揄はある。
  権力への批判などは、グレイフォックスなどの盗賊を美化する傾向にあるのは確かだ。それもフォックスは義賊。
  それがフォックスへの英雄視へと繋がる。
  別に悪いことではないですわ。
  でも、だからと言ってレックスの行為が悪いとも言えないですわね。少なくとも私腹を肥やしているわけではなく、法律の範囲内だ。
  アーマンドは世慣れている。
  だから、私の考えを表情から読んだらしい。
  「確かに法律では、あの法と秩序の番犬隊長の方が正しい。しかし今までは免除されてきた。それだけ、ここに住む者達は貧しく、飢え
  ている。そもそも徴収する為の手間の方が、つまり費用の方が徴集分を上回る。あの衛兵隊長は我々を燻り出したいだけだ」
  「なるほど。レックスは都市伝説を信じていますのね」
  「あいつは以前、私を追い詰めた。その時、グレイフォックスが救ってくれたんだが……ちょいと赤っ恥をかかされたんだよ、ヒエロニム
  ス・レックスはな。その屈辱を晴らす為に、盗賊ギルド壊滅を掲げているんだ」

  忌々しそうに吐き捨てる。
  レックスは悪い男ではない。それは、わたくしは知っている。

  ただ職務に忠実で、正義感が強いだけ。
  それは美徳ではあるけれども、盗賊ギルド壊滅の為だけに民衆を苦しめるのはわたくしの美徳が許さない。
  「お嬢様」
  「お嬢」
  今まで沈黙を保っていた従者達が決断を促す。
  彼らとの関係は長い。わたくしの真意を知っているのであろう、決断に対して恭しく頭を下げた。
  「税金を奪い返しますわよ」
  貴族の義務。
  それは貧民達の救済。
  病める者達を救うのが貴族が貴族たる理由であり、責任であり、義務なのだ。





  貴族は貧民を護る者。
  ……泥棒が偉そうな事を言うな?
  まあ、確かにアンヴィルでは盗み尽くしましたけど、貧しき者からは盗んでいませんわ。
  実入りが少ない……ごほん、ともかく、盗んでません。
  わたくし達が狙うのは金貨が唸っている家のみ。
  確かに泥棒は泥棒。
  ……分かってますわ泥棒です。
  ……。
  ……。
  ……。
  これ以上、突っ込まないっ!
  そうよわたくしは泥棒よそれが悪いかゴラァっ!
  民衆は貴族を支える者、ちょっと御家再興の為に失敬しただけですわ。もちろん、貴族の義務は果たします。危機に晒された時、貴族
  はその身と命を投げ出す義務と責任がありますもの。
  わたくしは、それを果たす覚悟と勇気と自負がありますわ。
  さて。
  帝都軍詰め所。
  以前、何度か父に連れられてここに来た事がある。
  もちろん、その時は家が没落するとも自分が盗賊になるとも、想像すらしていなかったですけど。
  人生、何が起こるか分からないですわね。
  ガチャっ。
  帝都軍詰め所は、意外にも市民に開放されている場所。出入りは自由。
  まあ好き好んで入る馬鹿はいないですけど。
  「失礼。レックス隊長はいらっしゃるかしら?」
  「隊長に何用です?」
  帝都兵が律儀にも聞き返す。わたくしは手にしている、バスケットを軽く上げて見せた。
  中にはシロディールブランデー、パン、チーズ、つまりお酒と軽食が入っている。レックスに対する夜食であり、釣りの餌。
  わたくしは釣りでいうところの餌。
  士官用執務室からレックスを誘き出している間に、ジョニーが盗みに入るという手筈ですわ。
  グレイズはわたくしの背後に従い、ボディーガードとしての役割。
  家格、というものですわね。
  別にボディーガードが必要な任務ではないですし、いかついオークを従える必要性は今回何もないのですけど、わたくしは貴族。
  一人歩きする方が不自然であり、その為の小道具のオーク。
  「職務熱心のレックスに……失礼、レックス隊長にくつろいで貰うべく参上しましたわ」
  「し、失礼。取り次いで参りますので、お名前を」
  衛兵の態度が変わる。
  レックス、と呼び捨てにしたわたくしと彼との関係を妙に誤解しているのだろう。
  「アルラ=ギア=シャイア。レックス隊長とは、旧知の仲ですわ」
  「ただいま取り次いで参ります」
  数分後。
  慌ててやって来たのだろう、レックスは不自然にぎこちない微笑をわたくしに見せる。
  「まさかおいでくださいますとは。お久し振りです、アルラお嬢様」
  「既に両親は亡く、家は没落しましたわ。お嬢様は必要ないですわ。レックス……いいえ、レックス隊長。ご出世したそうで、もはやわた
  くしと貴女とでは立場は逆転しましたものね。旧知を大切にするのであれば、今後も是非とも友人でいたいものですわ」
  恭しく頭を下げる。
  慌てて手を振るレックス。
  「と、とんでもないお嬢……あー……レディ」
  レディ。ふぅん、朴念仁にしては咄嗟の配慮、咄嗟の呼称、悪くないですわね。
  慎ましく微笑み返す。
  「貴女様は真の貴婦人。自分は、いつまでも貴女のお力になりますよ、レディ」
  「レックス隊長、そんな貴方様はまさに帝都軍将校の器。お慕いを申し上げますわ」
  「は、はは、ははは」
  照れ隠し。
  バスケットを掲げて見せ、食事の同伴を願い出ると照れ笑いを連発。女性の扱いに慣れてませんのね。
  ヒエロニムス・レックス。
  悪い男ではないのよ、ただ職務に忠実過ぎるだけ。
  ……まあ、暑苦しい熱血漢ですけど。
  「レックス隊長……」
  「レ、レックスで結構ですよ、レディ」
  「レックス、久し振りに貴方様に会い、何故かこの胸の動機……ああ、何故でしょう?」
  「……」
  朴念仁にはもったいない演技ですわ。
  いつの間にか帝都兵達も、周囲でこの光景を興味深く見守っていた。確かに、職務一筋のレックスのニヤデレを見れるのはそうそう
  ないでしょうからね。この分なら、ジョニーも仕事がやりやすいことでしょう。
  「ああ、レックス。わたくし、酔ってしまいましたわ」
  「レ、レディ、ち、近いです」
  「ああレックス♪」
  「レ、レディーっ!」
  以下自主規制。
  ほほほ。正義と秩序と品格を第一とするこのサイトにおいて、これ以上の語り部は不必要ですわー。
  ほほほー♪





  首尾よくジョニーは税金を回収し、ダレロスの庭へと戻る。
  アーマンドの隣には、ボズマーの女性がいた。先程の加盟希望者だ。
  名をメスレデル。メルセデス、ではない。
  ……紛らわしい名前ですわね。
  彼女は試験に合格し、盗賊ギルドの一員になった模様。ただアルゴニアンのアーミュゼイという男性は試験に落ち、レヤウィンへと流
  れて行ったらしい。
  もちろんそんなインフォには興味がない。
  税金とともに、ジョニーは徴収台帳も手に入れてきた。それをアーマンドに手渡す、ものの税金だけは受け取らなかった。
  「その税金は、報酬として君に差し上げよう」
  「……」
  これだけ?

  顔に出たであろう感情を先読みし、アーマンドは笑った。
  「微々たる額だろう? 実は我々は既に徴収された分、スラム街の住民に返金した。グレイフォックスの庇護の下にこのスラム街は成
  り立っているのだよ。奪還を命令したのは、衛兵達に対する警告だ」

  「利用したわけですわね?」
  「そうとも言うな」
  ははは、とアーマンドは笑う。
  堅物かと思えば意外にフランクだ。人の使い方がうまい。
  「君達ヴァネッサーズの噂は、グレイフォックスから聞いていたが、大した手並みだ」
  「グレイフォックス……直々からですの?」

  「あのお方はアンヴィルで暮らしているからな。……いや、私もどこに住んでいるかとかは知らないが」
  アンヴィル、か。
  ここ最近はアンヴィルで荒稼ぎしていたから、その関係で知ったのだろう。
  「君達のポリシーも知っているが、断言しておく。殺しはご法度だ。我々は闇の一党ダークブラザーフッドではない。純然な盗賊だ」
  「了解ですわ」
  盗賊ギルド。
  闇の一党ダークブラザーフッド。

  ある意味では根本が同じ。
  それは闇に潜み、影を走り、生活の隙間に入り込み……盗むか、殺すかの違い。
  もちろんそれは大きな違いではある。
  わたくしは殺しは嫌いだし、今まで人を殺した事はない。それはヴァネッサーズの固定の概念でもある。
  ……しかし、矛盾もある。
  殺した方が早い。それから盗めばいい。
  小粒の組織のわたくし達ならば、理想を護っても問題ないのですけど、盗賊ギルドほどの大規模組織が殺しには一切関わらない高
  潔な思想の集団となると……少し、面白いですわね。

  その思想、貴族ですわ。
  ……気に入りましたわ、まだ見ぬ人グレイフォックス。
  ……ふふふ。その思想、世の王侯貴族も見習うべきですわ。高潔なる、その思想を。

  ここに一つの目的が出来た。
  ここで出世し、グレイフォックスに会う事。
  それは貴族であるわたくしにとって、プラスになる事だと信じて。