天使で悪魔







港湾貿易連盟の画策






  港湾貿易連盟。
  それはシロディールに存在する犯罪結社の連合体。





  帝都の波止場地区。
  帝都は様々な物品が世界中から集まる都市。
  それは陸路から。
  それは海路から。
  陸と海を経由して高価な、珍奇な品々は集う。この波止場地区は帝都の海の玄関口だ。
  大小合わせて何十隻もの船が停泊している。
  そして倉庫。
  無数の貿易商の会社があり無数の倉庫が立ち並んでいた。
  商業地区とはまた別の熱気と活気に満ちたこの波止場地区には実は帝都の闇が存在している。
  帝都の暗部。
  その集いは1つの寂れた倉庫の中で行われていた。
  その集いは……。



  「静まれっ!」
  しぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん。
  男の一喝でざわめいていた者達は押し黙った。
  ここは帝都波止場地区にある無数の倉庫群の1つ。表向きはただの倉庫なのだが実は倉庫としては機能していない。
  ……。
  ……いや。
  倉庫は倉庫だ。
  だが扱っている品々は全て禁制品。中にはスクゥーマもある。
  まともな商人なら決して扱わない品々。
  木箱に詰められた『怪しい品々』を陸揚げしここに保管している作業員達はどこか堅気ではない香りを有している。
  そんな倉庫の中央。
  円卓を囲んでいる者達がいた。
  そんな円卓にいる1人が、ダンマーの男性が諭すように言う。
  断固とした口調だ。
  「この際、利権などを議論している場合ではない。我々はファミリーなのだ。この現状を脱するべく行動せねばならない」
  『……』
  しぃぃぃぃぃぃぃぃぃん。
  一同、黙る。
  禁制品の管理をしている作業員達も物音を立てないように作業をしていた。
  ダンマーの男。
  歳は三十代後半。
  シロディールで最大規模の勢力を誇るドレス・カンパニーの若き総帥。この倉庫はドレス・カンパニーが有している倉庫だ。表向きは貿易商となって
  いるもののドレス・カンパニーは人身売買にも手を出している凶悪な組織。
  円卓の他のメンバーもまた別の犯罪組織のボス達だ。
  だが彼ら彼女らの目にはドレス・カンパニー総帥に対して畏敬の念が宿っていた。
  何故?
  対等ではないからだ。
  逆らえば組織ごと潰されるのは明白。
  かといって敵対しているわけではない。形の上では同盟している。港湾貿易連盟とはドレス・カンパニーを盟主として存在する犯罪組織の連合体なのだ。
  今回の集まり。
  それは定例の会議……ではない。定例会議は一週間前に終わった。
  その際にはあまり大きな問題は持ち上がらなかった。もちろんまったくに、ではない。ブルーマとアンヴィルの加盟組織が壊滅したという問題が持ち上
  がったものの、今ほど切迫していなかった。一週間前と状況は既にまったく異なっている。
  それ故に。
  それ故に緊急招集が掛けられた。
  そして一週間前よりも人数が少ない。円卓には空席が幾つかあった。
  何故?
  それは……。
  「アレン・ドレスさん、それで……その、どのようにしますか?」
  「どのようにだと? 貴公、無能か?」
  「そ、それは……」
  「ふん」
  「……」
  発言したボスの1人は押し黙る。
  若きカリスマであるドレス・カンパニー総帥のアレン・ドレスは怜悧で冷徹な人物。不必要な、そして無意味な発言は命を縮める事になる。
  不用意な発言を避けるべく誰もが口を閉じている。
  それが懸命だった。
  何故ならアレン・ドレスは帝国と司法取引をした叔父のヴァレン・ドレスを闇の一党の暗殺者を差し向けて暗殺した人物だ。
  肉親に対しての情もない人物。
  この場合、沈黙が最善。
  港湾貿易連盟にとって今年は最悪な年だった。
  裏切り者であるヴァレン・ドレスの暗殺は成功したものの、その他の事はあまり上手く行っていない。事業は上手く行っていないのだ。
  ……。
  ……いや。
  事業そのものの問題ではない。
  組織そのものの問題。
  存亡に関わる問題にまで発展している。円卓に空席があるのもそれが原因だ。
  最近、港湾貿易連盟に加盟している犯罪結社が次々に壊滅している。前回の定例会議の際には2つの組織が潰れた、それが議題だった。それがわずか
  一週間で組織存亡の問題にまで発展している。
  「あの」
  「何だ」
  「あの、アレン・ドレスさん。やはり先の定例会議の決定通り、刺客を差し向けた方が一番手っ取り早いのでは……」
  「それは一週間前の話だ。状況は変わってる。それにあの2人を狙うのは無理だ」
  「えっ?」
  「魔術師ギルドと戦士ギルドの関係者だ。元老院に繋がってる。敵には回したくない」
  「……」
  敵に回すには大き過ぎる組織。
  ブルーマの組織を潰したのは魔術師ギルドの女であり今は戦士ギルドのマスター(宝石魔術師参照)。
  アンヴィル方面の組織を潰したのは戦士ギルドのダンマーで前述のマスターと懇意(クララベラ号の積荷 〜悪意の断片〜参照)。
  いずれにしても。
  いずれにしても敵に回すのは得策ではない。
  それに魔術師ギルドのメンバーであり戦士ギルドを束ねる地位にあるブレトンの女は闘技場の覇者でもあるのだ。
  グランドチャンピオンである『レディラック』その人だ。
  女性初であり闘技場史上最年少の覇者。
  ファンは多い。
  刺客を送って殺せば世間は騒ぐ。世間が騒げば軍も動く。さすがに軍と全面対決するほどの思い上がりをアレン・ドレスは持っていなかった。もちろん
  刺客を送り込んだところでそんな女を倒せるかどうかはまた別の問題だが。
  それに。
  それにダンマーの女の方はグランドチャンピオンと師弟的な関係らしい。
  暗殺すればグランドチャンピオンは黙ってないだろう。
  どちらにしても2人は1つずつ組織を潰しただけ。それもある意味で偶然敵対し、偶然潰した的な感が強い。あえて喧嘩を吹っ掛ける必要はないだろう。
  犯罪組織としては弱腰かもしれない。
  だがアレン・ドレスは冷静に状況を分析した上で結論を出している。
  敵対すべきではない。
  それで答えだった。
  もちろん2人の能力が怖いという意味合い以上に、世論を敵にしたくないというのが実情だ。
  ブレトン女は民衆の英雄。
  ダンマーの方はレヤウィンの戦士ギルド支部を任せられている。つまり戦士ギルド上層部に信用されている。殺せば展開が面倒になる。
  だからこそ放置する。
  それにブルーマ&アンヴィルの潰された組織のシマの分配は済んだ。前回の議題は既に解決している。
  問題なのは……。
  「盗賊ギルドか。グレイフォックスめ」
  アレン・ドレスは苦々しく吐き捨てた。
  灰色狐が代替わりしたのは彼も聞いている。
  盗賊ギルドは義賊の集団。
  麻薬や人身売買、殺人もする港湾貿易連盟とはそもそも組織の性質もジャンルも異なる。だから今まで衝突する事はなかった。
  だがそれは先代までの話だ。
  今のグレイフォックスはまったく異なる。
  犯罪組織をカモにするのだ。
  犯罪組織を潰して物資や金貨を盗んでいく。組織そのものが維持出来なくなる。それもこっそりと強奪するのではなく強力な攻撃魔法の連発で組織そ
  のものを再起不能にしてしまう。襲われた組織のボスは叩きのめされ、帝都軍に引き渡される。
  ……。
  ……正確には盗賊ギルドは帝都軍と連携しているわけではない。盗賊ギルドが組織を潰した後に帝都軍が騒ぎを聞き付けて出張ってくる、という意味
  合いだ。そして叩きのめされているボスと構成員を逮捕していくのだ。
  そういう流れで既に五つの組織が潰されている。
  グレイフォックスを殺す?
  それも案として出ている。
  だがどこにいるかまるで分からない。所在が不明なのだ。
  盗賊ギルドの帝都での活動拠点はスラム街。そこを襲撃する事も考慮したものの、今は出来ない。
  一週間前に叙任したばかりのアルラ=ギア=シャイアが子爵としてスラム街を領地とした。元老院に多額の献金をして子爵になったアルラの領土を侵
  せば今度は元老院を敵に回す事になる。
  スラム街はいまや帝都でもっとも難攻不落の要塞と化したようなものだ。
  盗賊ギルドは活発に動き港湾貿易連盟の拠点を次々と探し出している。そしてその後に灰色狐が襲撃してくるのだ。
  まともな商売なら問題ない。
  帝都軍に保護して貰えばいい。
  だが表向きは善良な会社を装ってはいても襲撃される側である自分達は結局は犯罪者。
  保護などして貰えない。
  それに民衆は民衆で盗賊ギルドの行動に対して喝采を送っている。民衆にしても自分達に害するであろう犯罪組織など必要ないのだから盗賊ギルド
  の行動を喜び、灰色狐に感謝の言葉を送る。
  帝都軍は帝都軍で犯罪者同士の食い合いを遠くから見ている。双方共倒れを狙っているのか、一斉捕縛を狙っているのか。
  いずれにしても港湾貿易連盟は追い詰められていた。
  結束が緩みつつある。
  「アレン・ドレスさん。自分の知り合いに闇の一党ダークブラザーフッドと繋ぎが取れる人物がいますが……」
  「闇の一党か」
  若きカリスマは溜息を吐いた。
  黒馬新聞を全面的に信じるわけではないが闇の一党は落ち目だ。
  あまり良い評判を効かない。
  少なくとも質が落ちたのは確かだ。しかし手持ちの人材で暗殺に特化してた連中がいないのは確かだ。
  だが質の悪い連中を雇う、それは無駄金でしかない。
  渋っていると1人の老紳士が発言する。
  当然ながら彼も港湾貿易連盟に属する犯罪結社のボスだ。
  「私の組織は『人斬り屋』と呼ばれる暗殺者と懇意です。そいつを雇う事を推薦します」
  「『人斬り屋』?」
  「はい」
  「聞いた事ないが腕は確かか?」
  「確かです。ただ『人斬り屋』という名で分かるように人しか斬りませぬ。ただグレイフォックスは人間系である事は確かですので問題はないでしょう。人斬
  り屋はブレトン、インペリアル、レッドガード、ノルドしか標的にしません」
  「変わった奴だな」
  「しかし腕は確かです」
  「雇え。金は幾らでも積め」
  「分かりました」
  「大事の前の小事だ。何としても消さねばならん。……邪魔だしな」
  半年掛りの大仕事が待っている。
  その前になんとしても盗賊ギルドの干渉を断つ必要がある。特に大仕事の場はアンヴィル。盗賊ギルドが保護していると言われている街だ。
  邪魔される可能性は高い。
  だから潰す。
  「ブラックウッド団残党との大金が絡んだ仕事が目前だ。元老院直轄の諜報機関アートルムも動いているが金の魅力には勝てん。だがその前に盗賊
  ギルドを潰す。灰色狐の首を取る。各々の組織の規模に応じて刺客を差し向けろ。殺せ。なんとしてもだっ!」






  帝都王宮。
  諜報機関アートルム長官の執務室。
  「長官。ブラックウッド団の残党がアンヴィルに出没しています。そして港湾貿易連盟も活発化しています。何かしらの関連性があるのかもしれません」
  「ふむ。それで?」
  「何か大掛かりな行動があるのかもしれません。調査の裁可を」
  「ふむ」
  「長官」
  「いいだろう。指揮は君が執れ。場合によっては現在任務に従事している諜報員も廻してもいい」
  「ユニオもですか?」
  「あいつ以外だ。あいつは今、別の任務を与えているからな」
  「了解しました」