天使で悪魔





宝石魔術師




  宝石。
  人はその美しさに魅せられる。魅入られる。
  しかし人は愚かだから。

  例えば争いを避けると言われる宝石がある。
  ガーネットという宝石だ。……シロディールでは採掘されないが。
  ともかく、災厄を免れる宝石として珍重されている。
  だから。
  だから人はそれを争って求める。
  皮肉だ。
  矛盾だ。
  争いを避ける力のある宝石を巡って、人は争うのだから。

  宝石は宝石。
  それ以上でも以下でもない。言い方を変えれば、ただの石ころだ。
  宝石に価値をつけるのは人。
  殺し合うのも人。
  それでも人は宝石に魅せられる。
  それでも……。






  偽吸血鬼ハンターであるレイニル・ドララス撃破。
  つまりはデストロイ。
  帝都にいる高潔なる血の一団の会長であるローランドの危惧であり依頼はこれで解決。その旨を書状で送った。
  北方都市ブルーマ。
  私はまだこの街にいたりする。
  既に用はない。
  用はないけど……寒くて外に出る気にならない。
  このまま引き篭もろうかな?
  そう思うぐらいに寒い。
  私は寒いのは苦手。
  「ハイ。お久しぶり」
  「あらぁフィー。元気してた?」
  「まっ、一応は」
  「それは何より。グランドチャンピオンになってさらに名を上げた貴女と懇意になるのは私の誉れ。仲良くしましょうねー」
  「……ははは」
  乾いた笑いの私。
  それにしても闘技場の覇者であるグランドチャンピオンになっているのをよく知ってるなぁ。
  場所は魔術師ギルドのブルーマ支部。
  話している相手はジョアン・フランリック。この支部を束ねる、支部長だ。何故か受付嬢を兼任していたりする。何故に?
  支部員からは軽視されている。
  ジョアンはコネだけを頼りに支部長に成り上がった小娘(私よりは少し年上)だと軽視されている。
  しかしそれは少し間違ってる。
  コネを常に口にし、誇ったりはしているものの実力は高い。
  おそらく魔術師ギルドの中でもそうそう太刀打ち出来る者はいないだろう。
  若き天才なのだ。
  ……。
  まあ、私には劣るでしょうけどね私と比べたら大分劣りますけどねー♪
  ほほほー♪
  「よく知ってるわね、私がグランドチャンピオンだって」
  「レディラック。有名ですから」
  「そりゃどうも」
  「それでー……今日はどのような用件?」
  「別に。遊びに来ただけ。迷惑だった?」
  「迷惑じゃないですけど大変な事態なんです」
  「大変?」
  「ジェスカールとヴォラナロがスキャンプになってしまったんです。何かの呪いかも知れませんっ! どうしようっ!」
  「……悪戯やめたら?」
  「暇ですから」
  そう言ってにっこり微笑んだ。
  反面、私は溜息。
  この支部は少々他の支部と違って幼稚っぽい。
  ジェスカールとヴォラナロはジョアンを嫌っている。コネだけで成り上がったと。だから開発した魔法を使って悪戯をする。
  そして右往左往するジョアンを見て喜んでいるのだ。
  しかし実際にはジョアンは悪戯を見抜いている。
  見抜いた上で、好い気になっている2人を見て内心では笑いつつ楽しんでいるのだ。
  ……変な支部。
  「フィー。この間の吸血鬼さんはいないのね」
  「はっ?」
  「ふふふ」
  「……」
  侮れん。
  この間来た時はヴィンセンテを伴ってた。吸血鬼だなんて一言も言ってないのに、本質を見抜いてたのか。
  どれだけ天才なんだこの女。
  ……。
  まあ、くどいですけど私には劣るけどねー♪
  ほほほー♪
  「ヴィンセンテお兄様が吸血鬼だって見抜いてたわけ?」
  「見れば分かりますって」
  「ふーん」
  「さてこんなところで立ち話もなんですから奥で紅茶でもいかが? 貰い物ですけどケーキもありますよ?」
  「頂きます♪」



  「はっ?」
  奥に通された。
  ジョアンの私室だ。執務室でもあるらしい。
  ズズズズっ。
  音を立てて紅茶を啜っている男性がいる。よく見知った人物だ。ラミナス・ボラス。
  ええっ?
  「ラ、ラミナス? 何してんのここで?」
  「見ての通りだ」
  「見ての……紅茶飲みに来たわけ?」
  「そんな暇に見えるか? ……ふっ。これだから貧乳は状況を把握出来ないと世間で馬鹿にされるんだ」
  「すいません貴方は全世界の貧乳を敵に回しました。……いや私はそもそも貧乳じゃないし」
  「貧乳は皆そう言うのさ♪」
  ……ちくしょう。
  テーブルには色々な資料が並べられている。ジョアンと先程まで何かの打ち合わせをしていたのかもしれない。
  それにしても行動範囲広いなぁ、ラミナス。
  椅子に座るジョアン。
  私も座ろうとすると……。
  「お前は座るな。怠けだしたらキリがない女だからな。ナマケモノという動物の方がまだ働きモノだぞ」
  ……ちくしょう。
  ナマケモノの方が働きモノとはどんな怠け癖を持ってんだ私は。
  あれ?
  「ちょっ! あんた私を働かせる気っ!」
  「馬鹿っ!」
  「はっ?」
  「そう大きな声で言うな。妹のように接してきたお前が風俗で働くのを知られたらどうするんだっ! 私の立場を考えろ馬鹿っ!」
  「誰が風俗で働くかーっ!」
  「何だ違うのか。……まあ、お前のような幼児体型なんて……いや待て、それなりに需要があるのか……?」
  「悩むなボケーっ!」
  疲れるし腹立つぞちくしょうめっ!
  うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
  久々に会ってこのノリかよ。
  ふぅ。
  「それにしても久し振りね。ウンバカノの一件以来だっけ?」
  「それ以来お前を抱いてないな。……寂しかっただろ?」
  「殺すわよっ!」
  「さて社交辞令はこれぐらいでいいだろう。ジョアン、説明してやってくれたまえ」
  ……弄るのは既に社交辞令かよ。
  ……ちくしょう。
  私とラミナスの掛け合い(私は真剣に抵抗してます)が楽しかったらしく、ジョアンは終始笑っていたものの、ラミナスに促されて急に
  表情が真剣になる。誰が見ても凛々しい才女の顔だ。
  要はジョアンはおちゃらけているのだ。そういう性格なのだ。
  どうもその性格が仇になっているらしい。
  何気に私とタイプが似てるかな?
  んー、どうなんだろ?
  さて。
  「ラミナス・ボラスがこの街に来たのは当然理由があります。最近出所不明の宝石がここブルーマで大量に出回っており宝石の
  値が暴落。宝石業界に大打撃を与えています。宝石を密輸している犯罪組織の存在があるのは確かです」
  「密輸? 宝石を?」
  「そう」
  よく意味が分からない。
  普通に流通させればいい。わざわざ密輸する必要はない。
  「ただの宝石じゃないの。フィーは魂石って知ってる?」
  「魂石?」
  知らない。
  「知らなくても当然かもね。死霊術師内での単語だから」
  「ふぅん」
  一応は私、元死霊術師だけどね。
  知らないなぁ。
  「これよ」
  カラン。
  数個の宝石をテーブルの上に置く。
  一瞬、息を呑む。
  輝きがまるで違う。そして何より引き付けられるような、魅入られるような……。
  頭を横に振る。
  「何これ?」
  「これが魂石だ、フィッツガルド」
  ラミナスがジョアンの話を引き継ぐ。
  「こいつがこの街で出回っている。この美しさの為に他の宝石は霞んで見える。宝石業界に大打撃の意味が分かっただろう」
  「それは分かったけど、こいつは何なの?」
  「人間の魂を込められた宝石だ。こいつが今出回っている。もちろん密輸組織は魔術師ギルドの管轄外だ。しかし魂石を製造し
  ている奴を突き止める必要がある。その為には組織の壊滅も視野に入れねばならん」
  「えっ? 人間の魂?」
  「そう。やり方さえ知ってるならお前の魂も封じてやりたいよ。……連中に弟子入りしたら教えてもらえるだろうか?」
  「……」
  いつでもどこでもどんな状況でもユーモアを忘れないラミナス君です♪
  ……ちくしょう。
  「だ、だけど何で死霊術師がそんな事してんの? お金が欲しいから?」
  「知るかボケ。自分で考えろ」
  「……あ、相変わらずね。そ、それで?」
  「動機は分からんが、我々は死霊術師崩れだと見ている。ファルカーとの関連は知らんが、おそらくここ最近の死霊術師の動きと
  はさほど関係ないだろう。その理由の一つとして魂石を作ってる連中は自らを死霊術師ではなく、こう称している」
  「ふぅん。どんな名称?」
  「宝石魔術師だ」



  魂石。
  それは人間の魂を封じられた宝石。
  どういう原理かは知らないけど魂を封じ込められた宝石は輝きが増すのだという。
  しかし根幹はそこではない。
  魂石を求める貴族にしてみれば美しさが前提ではあるものの、魔術師にしてみれば魔力増幅の為の宝石。
  これを手にしていれば魔力が増すのだ。
  もちろんその代償は大きい。
  どんな代償?
  それは簡単だ。この魂石を作る為には当然魂がいる。
  つまり死霊術師達は人間を狩り、捕えた者達の魂を宝石に付与しているのだ。

  違法な代物。
  その違法な代物を密輸組織が介在し、売りさばく。巨額の利を得る。
  何故死霊術師が密輸組織と組んでいるのか。
  それは分からない。
  先の《ファルカーの反乱》で失敗し組織力を失ったファルカーが命じた資金稼ぎなのか、それともまったく関係ないのか。
  よく分からないが、ラミナスがわざわざブルーマまで飛んで来たのは魂石の撲滅。
  ラミナスはバトルマージの小隊も引き連れて出張って来ている。
  魔術師ギルドは本気というわけだ。
  まあ、元々死霊術師は魔術師ギルドから分派した連中だから責任の範囲内だろう。

  ……ふぅ。
  まっ、ラミナスには昔からお世話になってる(最近は常にお世話してるけど)から見て見ぬ振りは出来ない。
  手伝うとしましょうか。



  私は街に出た。
  魂石は違法ではあるものの、そうそう今までは出回っていなかった。
  死霊術師内でも作れる者はごくわずか。
  それに、今までの死霊術師は自らの魔力を少しでも上げる事のみに血道を注いできた。つまり売るという発想はなかった。
  だから出回ってなかった。
  購入者側にしてみればそれが違法なのかどうか分からないのだ。
  綺麗な宝石。
  そのようにしか映らない。
  ついでに言うなら公的機関も宝石と魂石の区別が付かない。わずかな間に蔓延するわけだ。
  「うー。さぶぅ」
  「レディ」

  みすぼらしい人物に接触した。前回の偽吸血鬼ハンターの時にも雇った物乞い達だ。
  物乞いは盗賊ギルドの耳であり眼。
  そういう噂もある。
  本当かどうかは知らないけどね。
  それでも情報収集には役に立つ。召集した物乞いは6名。
  その中には前回有益な情報をゲットしてきた《落ちこぼれのジョルク》もいる。
  落ちこぼれ呼ばわれされているのに、実は情報収集能力は一番優秀だったりする。世の中意外性に満ちている。
  さて。
  「今現在違法な宝石が出回ってるわ。それを売り払っている密輸組織を捜して欲しいの」
  「密輸組織?」
  「そう。どんな情報でもいいわ。……三時間後にオラブ・タップに集まって。報酬は当然出すわ」
  「念を押してもらわなくてもレディの心と懐の広さは知ってますぜ」
  「そりゃどうも。じゃ、よろしくね」
  「お任せを」
  散る物乞い達。
  人は使いようだ。お金もその為の手段でしかない。
  本当は一気に宝石魔術師を叩きのめしたいんだけど、一足飛びでで接触は無理そうだ。密輸組織から辿れば分かりやすい。
  密輸組織はどうするかって?
  潰すわよ。
  ハンぞぅやラミナスの敵に回っている以上、私の敵。
  完膚なきまでに叩きのめしてやるわ。
  ほほほー♪
  「さてと。私はしばらく休憩できそうね」
  温かいところで、温かい飲み物飲んでゴロゴロしてよーっと。
  それにしても衛兵多いわね。
  今回の魂石騒動にはブルーマの都市軍も動いている。大々的に衛兵を投入しているらしい。
  もっとも。
  もっとも、ブルーマの衛兵隊は魂石の関与は知らない。
  要は最近行方不明事件が多発しているからその捜査の為の、衛兵の大量投入だ。
  もちろん話は繋がってる。
  魂石を作る為に、住人を攫っているのだ。
  ……。
  そう考えると、密輸組織は誘拐も担当してそうな気がしてきたな。
  組織が攫ってきた住人を使って魂石を作っているのだろう。
  「教えてあげようかな」
  ブルーマの衛兵隊に。
  ラミナスはブルーマとの接点がないから、多分教えてないんだと思うけど手を組んだらやり易い。
  もちろん、死霊術師は元々は同胞。
  内部抗争を世間に露呈したくないというのもあるのだろうけど。
  まあ、どうでもいっか。
  魔術師ギルドのブルーマ支部に戻るとラミナスにまたウダウダと愚痴を言われそうだから、宿屋であるオラブ・タップに向けて足を
  向ける。その時、木陰から誰かに呼ばれた。
  「おい」
  「……?」
  辺りを見渡す。
  「ここだよ。ここ」
  「……? あんた誰?」
  「へへへ。あんたみたいに美しい人は宝石に眼がないだろ?」
  「宝石?」
  「とびっきりの宝石があるんだ。買わないか? ……少し値が張るが……まあ、特別だ。安く売ってやるよ」
  「ふぅん」
  一見すると普通の住民のような格好をしているものの、堅気の雰囲気はしない。
  かといって大物も悪党ではなく、チンピラだ。
  それにしても宝石?
  これはつまり向こうから私にちょっかいをかけてきたって事か?
  私前世でどんなに良い事をしたんだろ。こいつ叩きのめして密輸組織との関連吐かせて組織壊滅させれば、今日中に宝石魔術師に
  近づけるじゃないの。こいつは密輸組織の末端だろう。……多分。
  「だけどどうしてこういう接客の方法をしてるの?」
  「人には言えない商売だからさ」
  はい。ビンゴです。
  首元を一気に掴み、そのまま木に叩きつける。
  「ぐはぁっ!」
  チンピラは根性なくそのまま崩れ落ちた。
  ふん。他愛もない。
  ガサガサ。
  懐に手を入れて探す。……あった。布に包まれた何かが出てくる。
  広げると、宝石だ。
  しかし見た感じ普通の宝石。魂石はどこか魅了されるような感覚だった。もう一度懐を探す。
  ガサガサ。
  これ以上は何もない。
  「……こいつもしかしてただの宝石泥棒?」
  ありえる。
  どっかから盗んで来て、観光客に売りつけているのだろう。
  ……なんと紛らわしい奴。
  「スタァァァァァァァァァァァァァァプっ!」
  「うわびっくりしたっ!」
  衛兵が3人走ってくる。
  私を取り囲み、剣を抜き放つ。
  「現行犯で逮捕するっ! 牢の中で腐るがいい。罪人めっ!」
  ええーっ!


  連れて行かれたブルーマ城にある、兵舎の地下。
  地下牢だ。
  ここの地下牢は、拷問部屋とくっつけた様な部屋だった。
  部屋の中央に拷問の為の道具が置かれている。あの血塗れのハンマーは何に使ったのか考えなくても分かる。
  そしてその拷問のスペースを囲むように牢がある。
  なかなか実用的な部屋ですねー。
  つまり、反抗的な囚人を牢から連れ出して、他の囚人の前でお仕置きするのだろう。見せしめとしてね。
  さて。
  「鎧を脱げ」
  衛兵の1人が高圧的にそう言う。
  取り囲まれた時に既に剣は取り上げられている。そして今、ここにいるのだ。
  ……。
  そういや看守いなかったな。
  普通は牢の区画に入る時には看守がいる。そこで面会の許可を得る必要がある。なのにいなかった。
  食事休みだろうか?
  「鎧を脱げ」
  「はいはい」
  鉄の鎧を脱ぐ。
  何が始まるのか、好奇の視線が牢屋の中から注がれる。囚人達の視線。
  「だから私は……」
  「黙れ」
  その一点張り。
  さっきのケチなチンピラは放置プレイ(きゃー♪)で完全にスルーしたし。今頃は意識を取り戻して逃げているだろう。
  何なんだこの扱い。
  「手を出せ」
  「手を?」
  「手錠をして牢に放り込む。お前のような反社会的な奴はここで苦労した方がいいんだ」
  「……手錠ねぇ」
  おかしな展開だ。
  手錠だとー?
  探りを入れてみるか。
  「言っとくけど私を誰だと思ってるの?」
  「現行犯で捕まえた罪人だ」
  「私はガリウス隊長やバート隊長とは懇意なのよ?」
  「だから何だ」
  「だから……」
  「ガリウス隊長やバート隊長は関係ない。法を犯したものは等しく罪人だ。お前のような奴が一番嫌いだよ」
  「ふふふ」
  私は微笑する。
  3人の衛兵は顔を見合わした。私は甘く囁く。
  「鎧脱いだだけでいいの? ついでに服も全部脱げとは言わないの?」
  「……な、何?」
  躊躇わず私は衛兵の1人の目を突いた。
  溜まらず顔を手で覆ってその場に屈み込む衛兵。
  「貴様っ!」
  「不埒っ!」
  バキっ!
  騒ぐ1人を蹴り飛ばす。さらにもう1人には毒蜂の針をお見舞いする。麻痺の魔法だ。
  ゲシゲシっ!
  戦いは勢いだ。
  力がなくとも奇襲さえすれば、成功すれば相手を一方的にフルボッコ出来るのだ。
  囚人達は歓声を上げる。
  なかなか楽しい展開なのだろう。
  「く、くそぅっ!」
  眼を突かれた男が、相変わらず顔を抑えたまま立ち上がる。視力は戻っていないようだ。もしかしたら失明してるかもしれない。
  私は嘲笑う。
  「単純ばぁか」
  「な、なにぃ?」
  「私を舐めるなよ。逮捕したら微罪でも服剥ぎ取って囚人服着せるのよ。その後に手錠して牢に叩き込むのよ。これは全国共通。
  そのように帝国の法律で制定されている。まあ、偽衛兵なら知らなくても当然でしょうけどね」
  「くっ!」
  それに隊長の名前も間違えた。
  直属の上司でない可能性のあるカリウス隊長の名前は間違えるにしても、総隊長のバード隊長の事を知らないわけがない。
  だから判断した。
  偽物だと。
  ……。
  それにしても帝都軍巡察隊に所属してた頃のノウハウが今になって生きてくるとはね。
  スキルがあれば生き易い時代ですなー♪
  ほほほー♪
  「で? 私に変な事する為にここに連れ込んだわけ? それとも……」
  密輸組織絡みか。
  ありえるわね。
  しかし……。
  「闇の一党ダークブラザーフッドに敵対する愚か者に死をっ!」
  「……相変わらず私に祟るわねー」
  ちっ。
  こいつら闇の一党か。
  衛兵に化けて何する気だったかは知らないけど粗忽にも程がある。暗殺者の質が落ちたと言うべきだろう。
  まあいいや。
  騒ぎを聞きつけてドタドタとここに走ってくる音がする。
  3人の暗殺者達の顔に動揺が浮かぶ。
  衛兵か。
  多分、本物の。
  私は退散した方がいいだろう。
  「じゃあね♪」
  すぅぅぅぅぅぅっ。
  私の姿は消える。透明化の魔法だ。
  その時、衛兵達が踏み込んできた。数は5名。私に叩きのめされてその場に崩れ落ちている偽衛兵を見咎める。
  「何してるんだお前達?」
  「い、いやその……」
  「見知らぬ顔だな、名と所属を言え」
  「……」
  沈黙。
  それもそのはずだ。……って、だったらこんな場所に連れ込まずに始末する方法を考えなさいよ。
  アホかこいつら。
  「怪しい奴らめ。捕えよっ!」



  「あーあ。馬鹿だねー」
  「何が?」
  「ううん。こっちの話」
  ブルーマ市内にある安宿オラブ・タップ。私はそこで物乞い達を集めてミーティング中。
  議題はもちろん密輸組織。
  ……。
  さっきの闇の一党はどうしたかって?
  私は知らないわ、透明化したまま逃げたもの。
  まっ、偽衛兵の現行犯だから刑期長いわね……って、せめて衛兵を抱き込むとか、偽の経歴作るでしょうよ普通。
  闇の一党って最近は馬鹿の集まり?
  そんな気がするなぁ。
  さて。
  「それで? どんな感じ?」
  あれから三時間後。
  それぞれに集めてきた情報を口にする物乞い達。
  前回同様に、その間に飲み食いしている。これまた前回同様に私の奢り。報酬とは別に、ご馳走している。
  ただ、まあ、情報としてはそれほどでもないなぁ。
  ないよりマシ。その程度だ。
  いや、正確にはあっても無駄……って感じ?
  んー。もっといい情報ないのかしらね。
  「密輸組織が経営している店があるんだ」
  「へぇー。それで?」
  真打の発言。
  落ちこぼれのジョルクだ。落ちこぼれという異名にしては、出来る奴だ。探偵向きかも。
  零れ落ちた情報を集めるのはお手の物みたい。
  「どこにあるお店?」
  「最近帝都から進出して来た装飾品の店だよ。ブルーマのハイソサエティの淑女達の理想の店さ」
  「ブルーマのハイソサエティねぇ」
  歩く酒樽ノルドの多い街。
  まあ、それでも種族を問わず女性は宝石に眼がないのかもしれない。
  「そこが怪しい根拠は?」
  「盗賊ギルドが敵視しているから」
  「……へぇ」
  面白い発言したわね、こいつ。
  普通に自分達が盗賊ギルドに関係あるとカミングアウトしたようなものだ。
  ジョルクは続ける。
  「盗賊ギルドは義賊の組織。……もちろん犯罪者だ。そこに変わりはない。だけど犯罪者でも、人の生き死にに関わるような犯罪者
  を憎むのだけは理解して欲しい。あの密輸組織はよくない」
  「どうして私にそこまで言うの?」
  「信用出来るからさ。あんたは高潔だ」
  「……そりゃどうも」
  鼻の頭を掻く。
  私は悪人だ。自分ではそのつもりなのに、よく高潔だと言われる。グレイプリンスの遺書にも記してあったなぁ。
  まあいいや。
  「まさか私に盗賊ギルドに入れとは言わないわよね?」
  「もしも入りたいなら推薦するけど……」
  「遠慮しとく」
  苦笑した。
  これ以上加盟する組織が増えると行動を把握し切れなくなる。
  今日は戦士ギルドを手伝って、明日は魔術師ギルド、明後日は闘技場で戦って……いやいや、これ以上は混乱する。
  彼らに報酬を支払い、私は店を後にした。
  「さて。お次は……」



  「なんとっ! それは本当かっ!」
  「うん」
  ブルーマにある兵舎。
  前回知り合った衛兵隊長のカリウスに事の成り行きを告げた。
  宝石密輸組織が行方不明に関わっている事。
  誘拐された人達の魂は抜かれ、宝石に付与されている事。
  そしてその宝石がブルーマに出回っている事。
  ……。
  おそらく密輸組織がブルーマを拠点にしたのは、この街の衛兵の性質を調べ尽くしていたからだろう。
  偽吸血鬼事件を思い出して、分かった事がある。
  この街は魔道関係に弱い。
  吸血鬼は魔道とは関係ないものの……そうね、言い方を変えよう。オカルトに慣れていないのだ。
  普通、魂石の区別なんて付かない。綺麗過ぎる宝石。普通はその程度の認識だ。
  ブルーマではその傾向がさらに強い。
  密輸組織はその事を踏まえてここを拠点にしたのだ。万が一発覚しても迷宮入り事件に出来ると。
  もっとも……。
  「私の上司のラミナス・ボラスがバトルマージを率いて出張って来ている。協力して事件を解決しましょう」
  「分かった。バード隊長に兵の増援を要請してくるっ! 一網打尽にしてやるっ!」
  「頼もしいわね。頼りにしてるわ」
  「君には感謝するよ。何から何までね」
  「いいわ。別に。お互いにすべき事をしているだけよ」
  「ははは。心強い発言だよ、本当に」
  密輸組織の誤算。
  それは魔術師ギルドが介入してきた事だ。
  魔術師ギルドの率いるバトルマージは、衛兵と同じ権限を持ってる。もちろん食い逃げを逮捕するとかは権限があるものの、しない。
  バトルマージが取り締まるべき事。
  それは魔道法に違反した者達。
  要は魔法を悪用した犯罪を取り締まるのがバトルマージの使命だ。
  今回の事件は魔道法の範疇でもある。
  「一時間後に会おう」
  「ええ」



  ジュエル・プリズム。
  帝都から進出して来た装飾品のお店らしいけど……帝都にこんな店、あったかな?
  まあいいけど。
  店内は広く、品が良い。
  着飾った女性達がその広い店内を悠々と歩いている。
  悠々と、ね。
  店の中は空いている。
  それもそのはずで、値段が高い。どれも宝石をあしらった装飾品ばかり。一番安いのでも一般家庭の年収分だ。
  まあ、冒険者なら一回の冒険で稼げる額だけど。
  冒険者は儲かるのだ。リスク高いけどね。
  さて。
  「ねぇラミナスあれ買ってぇー♪」
  「ハハハ♪ 甘えたさんだなぁー♪」
  ……。
  ……いえ。別に気が狂ったわけではあらず。
  ラミナスと一緒に店内を見て回っているのだ。何の物証もなくバルトマージ&衛兵隊を突入させるのはまずいし。
  結論はもう出たけど。
  「魂石だな」
  「そうね。確かに、これは普通の宝石じゃあない」
  魂を付与しているのかは私には分からないけど……普通の宝石はない強力な力を感じる。
  危険な感じがする。
  これは……。
  「ラミナス。これって……もしかして呪われてない?」
  「そうだな。お前に付き纏われている私は呪われているのだろう。来るっ! きっと来るっ!」
  「すいませんいきなり叫ぶその真意は何?」
  「ちっ。リング知らないのか」
  「はっ?」
  意味分からん奴だ相変わらず。
  いずれにしても魂石は危険な代物だ。もしかしたら……そうね、破壊したら封じ込められている魂が悪霊化しそうな感じもする。
  こんなの買って帰った日にはホラーだ。
  一族郎党呪われそう。
  「決定でいいよね?」
  「うむ」
  ラミナスが頷くと、私は店員にオーナーを呼ぶように言う。
  渋る店員。
  ……まあ、いい。
  「ご来店の皆様。この店で扱ってる宝石は全て人の魂をふんだんに封じ込めてあります。呪われてもいい方はお買い求めください」
  店内にアナウンスしてやる。
  客達は顔を見合わせた。
  「君っ! やめなさいっ!」
  数名の店員が走ってくる。
  正装した男性も。奴がオーナーか。
  「貴方がミスターオーナー?」
  「そうだ。営業妨害で訴えるぞっ!」
  「じゃあ私達は魔道法に背反した貴方を、この店を、バトルマージに訴える。魔術師ギルドはあんたらを逮捕、拘束します」
  「……っ!」
  動揺するオーナー。顔色が蒼褪めていく。
  ふぅん。
  もしかしたら知らずに購入し、販売していたのかと思ったけど……ビンゴだ。宝石魔術師の繋がりは調べないと分からないけど、魂
  石だとは知っていたに違いない。店員達はオロオロしている。知らなかったのかな。
  「お前達っ!」
  オーナーが叫ぶ。奥の扉に向って。
  しかし何も起こらない。
  ギィィィィィっ。
  扉が音を立てて開いた。そこには驚愕すべき状況だった。
  少なくとも堅気には見えない面々が全員、縛り上げられていたのだ。衛兵達は裏手から侵入し、一斉捕縛に踏み切っていた。
  私達が騒いだ理由は、突入を促す為でもあった。
  カリウス隊長は一枚の紙を見せ付ける。
  逮捕令状だ。
  「お前達の所業は全てお見通しだっ! 全員逮捕するっ!」
  

  密輸組織壊滅。
  大量の魂石も押収した。魂石は今後、ブルーマ支部に保管される事になる。
  もっともこれで終わりではない。
  ブルーマ衛兵隊の仕事は終わったものの、私達魔術師ギルドにしてみれば今からが本番だ。
  さっきの手入れでも登場の機会すら与えてもらえなかったバトルマージにしてみても、次は存分に働く事になるだろう。
  押収した資料から宝石魔術師達の居場所が判明。
  私達は急行する。






  レッドルビー洞穴。
  北方都市ブルーマの南東に位置する洞穴だ。
  そこが宝石魔術師と呼ばれる(あるいは自称する)、死霊術師達の巣窟。
  なかなか良い名称の洞穴ね。
  宝石魔術師の連中に相応しい。
  別に連中がそう付けた名前ではなく、元々こういう名前の洞穴。地図にもそう記載されている。
  偶然とはいえ楽しい符合ですこと。
  さて。
  「楽しむとしましょうか」



  薄暗い洞穴内。
  外ほど冷えない。冷えないけど……ジトジトしてて気持ち悪い。
  洞穴内で暮らす奴の気がしれない。
  「ところでラミナス」
  初めてかな。
  ラミナスと一緒に任務に参加するのは。それにアウトドア的な任務にラミナスと一緒。……違和感あるなー。
  なお引き連れているバトルマージは10名。
  普通の衛兵とは異なりバトルマージは魔道を心得ている。能力的には衛兵よりも強い。
  どれだけの数の宝石魔術師がいても問題はないだろう。
  私もいるしね。
  「ねー。ラミナス」
  「何だ?」
  「私の報酬は?」
  「私の笑顔だ♪」
  はい。既に恒例ですねー。
  笑顔なんて何に使えばいいんだ一体。どこのお店で換金してくれるのさ?
  ……。
  ま、まあ、微笑んでもらえると嬉しいけどさ。
  内心はね。
  それにラミナスから任務達成の報酬にお金を貰ったら居心地が良くない感じがしそう。何でだろ?
  「魔術師殿」
  バトルマージの1人が囁く。
  その意味が分かった。
  開けた場所がある。そこに数名が話をしているのが聞える。
  ……少ないな。
  密輸組織も宝石魔術師の正確な人数は知らなかった。
  声の数からして8人ぐらいかな。
  一掃も出来るし捕縛も可能な数だ。楽勝ね、これは。
  ……。
  ちなみに魂石の取引は、宝石魔術師から持ち掛けたらしい。密輸組織はそれに乗った。
  利益は密輸組織が70パーセント、残りが宝石魔術師。
  その利益配分も宝石魔術師側からの提示であり、密輸組織は嬉々として乗ったわけだ。その代わり密輸組織側に出された条件が
  被験者の確保、機材の提供。宝石魔術師にしてみれば儲けよりも研究に重点を置きたかったようだ。
  さて。
  「ラミナス」
  「うむ」
  「ゴーっ!」
  私達は一気に走る。
  突然バトルマージに踏み込まれた宝石魔術師達は驚き、うろたえ、まともな判断が出来ずにいる。
  密輸組織の壊滅を知らなかったらしい。
  私達は1人の死傷者も出さずに取り押さえた。相手側も誰も死傷していない。
  ……?
  ……何か呆気ないなー。
  「どうやら研究一辺の連中のようだな」
  「そのようね」
  抵抗すらなかった。
  まあ、戦闘がないのは楽でいいけど。
  ただ……。
  「不甲斐ない奴らだ」
  1人、いかつい顔のアルトマーが捕縛された宝石魔術師を蔑む。法衣姿のアルトマー。この中の頭目クラスか。
  手のひらの上でジャラジャラと小粒の宝石を弄っている。
  魂石だ。
  「ようやく私の出番ね」
  一歩前に出る私。
  戦闘は私の仕事だ。ラミナスに任せるわけにはいかない。
  アルトマーは鼻で笑った。
  「おいおいまさか1人でやり合うつもりか? 女のお前が?」
  「分裂出来たら分裂してあげたいわ。私がまともに相手したら貴方八つ裂きだもの」
  私は肩を竦める。
  こういう物言い、大抵相手は挑発に乗って激怒する。
  だがアルトマーは違った。
  何だこいつの余裕?
  「俺の名はグラース」
  「ハイ。初めまして。……短い付き合いになりそうだから、わたしは名乗るのやめとくわ」
  「そいつは結構」
  「……あのさ。その余裕は何?」
  「言っておくが俺はファルカーとは違うぞ。あいつの遅々として進まない計画なんざ知った事じゃない。だからこそ別派した。あいつ
  の意味の分からん行動や指示も俺にはどうでもいい。何故なら俺は虫の王だからだっ!」
  「はっ?」
  虫の王。
  それは魔術師ギルドの祖であるガレリオンによって倒された、死霊術師の祖。150年前の人物だ。
  最近多い虫の隠者達は虫の王の腹心だという妄想をウリにしている。
  こいつも妄想野郎かぁ。
  しかも群を抜いてる。自分を虫の王だと名乗ったのはこいつが初めてだ。
  内心で馬鹿にされている事を悟ったのか。
  「貴様、俺を馬鹿にしているな?」
  「ううん。尊敬してる。抱かれたい」
  「まあいいさ。俺は虫の王の再来だ。何故ならっ! 魂石を自らの体内に取り込み、際限なく魔力を増幅するからだっ!」
  ジャラジャラと手の上で弄っていた宝石を奴は飲み込んだ。
  ……はっ?
  「うぐぅっ! ぐえぁっ! おぅおぉぉぉっ!」
  そのまま喉を詰まらせて死んでしまえ。
  だけど吐くなよ目の前でーっ!
  パン。
  間の抜けた音がした。
  次の瞬間、私の視界は赤く染まる。それだけではない。自分の体を見ると血塗れだった。
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「どうだ我が力っ! 一瞬にしてお前は血塗れだっ!」
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……はあ?」
  叫んだのは自然な感情からだ。
  いくら私でも血塗れになれば驚く。ただ当事者は気付いていないらしい。
  教えてあげるとしよう。
  それが人情だ。
  「あんた自分の体を見てみ」
  「何?」
  「見てみ」
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「遅いって」
  既に体などない。破裂したからだ。
  私の体についてるのは奴の血だ。魂石を大量に取り込みすぎて、魔力を増幅しすぎて爆ぜたらしい。肉体が。
  耐えられなかったわけだ。
  今、奴はただの幽霊になってる。
  馬鹿だねー。
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  電撃で一発で昇天。
  これで虫の王云々を騙るのはさすがに誇大広告し過ぎだろう。公共広告機構に電話しなきゃ。
  「さすがだフィッツガルド。私の指示したとおりの動きだな」
  「……ラミナスあんた何もしてなかったじゃない」





  宝石魔術師達を一掃した。
  連中は死霊術師崩れだったらしい。……相変わらず死霊術師絡みの事件に首突っ込んでるわね、私。
  宝石魔術師一掃に伴い、宝石密輸組織も壊滅させた。
  押収した資料から宝石密輸組織は《港湾貿易連盟》と呼ばれる犯罪組織の連盟に加盟していると判明した。
  聞き覚えのない組織名だ。
  カリウス隊長曰く、シロディールに存在する犯罪組織のほぼ大半がこの連盟に加盟していると言う。
  まあ、悪党の大連合というわけだ。
  押収した資料を帝都に送った。帝都軍は港湾貿易連盟を潰すべく善処するらしい。
  善処、ね。
  つまりは帝国はあまり気乗りしていないようだ。
  賄賂で首根っこ掴まれているのか?
  まあ、いい。
  ともかく全てを終えて私達は魔術師ギルドのブルーマ支部に戻った。
  カリウス隊長は報告の為に兵舎。
  「ふぅ」
  お風呂に入って血を洗い流し、ジョアンの好意で一時的に貸して貰っている彼女の私室で寛ぐ。
  着ている服も彼女に貸してもらったものだ。
  「あー。さっぱりした」
  ベッドに寝そべる。
  ついさっきまで水も滴る良い女ではなく血も滴る良い女だった。
  殺す殺すと連呼して戦う私ではあるものの、全身を血で彩ってうっとりするという危険さは持ってない。もしろ吐き気がする。
  私は殺すオンリー。
  拷問も嫌い。
  ……。
  ま、まあ好きでも困るけどね。
  さて。
  「どうすっかなー」
  今後の事だ。
  とりあえずこの街に来た理由は偽吸血鬼ハンターの一件だ。街に滞在する理由は高潔なる血の一団の会長であるローランドの
  頼みを聞いたに過ぎない。
  片付いた。
  もうこの年中冬です、という気候の元にいる必要はないのだ。
  アリスの手助けも終わったしね。
  帰るかな、スキングラードに。
  ガチャ。パタン。
  ラミナスが入ってくる。ノックぐらいして欲しいものだ。
  いくら兄妹のような関係でもそれぐらいのマナーは必要だろう。
  「ちっ」
  「何よその舌打ちは」
  「せっかくブルーマまで不倫旅行に来たというのにどうして先に風呂に入るんだ。……一緒に入るのが基本だろ?」
  「エロかお前は」
  「失敬だな」
  「まったく」
  これでアルケイン大学の評議長にしてアークメイジであるハンニバル・トレイブンから絶大な信頼をされている者の1人なん
  だから世の中よく分からない。てかラミナスは私以外には礼儀正しいのよねぇ。
  何故に私だけ手抜き?
  「あの連中なんだったの?」
  あたしは身を起こして訪ねる。ラミナスはベッドに座る。つまり私の隣だ。
  ふぅ。ラミナスは溜息。
  また頭痛の種が増えたらしい。
  「あの連中なんだったの?」
  もう一度聞く。
  「死霊術師崩れだ。元々はファルカーの手下だったらしいがな」
  「あの宝石は?」
  「あの宝石か。我々は魂石と呼んでいる」
  「それはもう聞いたわ。それで? あれはそもそも何に使うものなの?」

  「……」
  「ラミナス?」
  渋い顔をしている。
  話すべきかどうか悩んでいるのだろうか。だとしたら機密的な内容なのか。
  私はハンぞぅに信頼されていると思っているものの、全ての機密を打ち明けられているとは最初から思っていない。
  公私は別だ。
  だから別に内緒にしておきたい事を無理に聞くつもりはない。
  「いいよ、ラミナス。別に教えてくれなくても」
  「……お前は健気だな」
  「はっ?」
  ぎゅっ。
  突然ラミナスは私に抱きついた。
  「ちょっ!」
  慌てるものの、ただ抱き締められただけ。
  懐かしい感情ではある。
  昔はよくこうやって甘えてたものだ。まあ、二十歳の女がすべき事ではないかもしれないけど。
  家族と呼べる間柄。
  それが私とラミナスの関係だ。
  「フィッツガルド」
  「何?」
  「相変わらずお前は乳臭いなぁ」
  ムカっ!
  思いっきり突き飛ばすとラミナスは床で尻餅を付いた。
  「痛いじゃないか」
  「ふん」
  「しかし分かった事がある」
  「……?」
  「押し付けてみて分かった。お前はやはり貧乳だ。むしろゼロっ! この胸なしめっ! ふははははははははははははははははっ!」
  ……ちくしょう。
  ひとしきり高笑いした後に、ラミナスはこう言った。
  「魂石は魔力を増強するものだ。それは知っているな」
  「うん。聞いた。それで?」
  「ファルカーは黒魂石と呼ばれるものを作っていた。だから死霊術師と判明したのだ」
  「黒魂石?」
  「かつて虫の王マニマルコが作り出した代物だ。強力な魔術師の魂を黒魂石に封じ込め、その魂を食らう事により魔力と生命を増
  強してきたと伝えられている。製法は知らん。少なくとも魔術師ギルドは知らない。魂石は黒魂石の廉価版、粗悪品、模造品だ」
  「……」
  「どうやった魂を取り込むのかは知らん。まさかさっきみたく丸呑みという事はないだろうな。現在逃亡中のファルカーが逃げる
  際に残した黒魂石はでかい。呑み込めるものではないな。思うに一時石に封じ、それから魂だけを取り込むのだろう」
  「……」
  「だがあの宝石を元に作ったモノは、ただ宝石を綺麗に見せるだけのようだな。魔力を増幅するにしては少々貧弱な性能だった。
  あんなモノの為に魂を奪われた者達が不憫だよ」
  「……」
  「どうした。教えてやったのに不服か?」
  「どうして教えてくれたの?」
  「冥土の土産だ。直にお前は死ぬしな」
  「はっ?」
  「私の輝かしい笑顔を見て、己の穢れた心を蔑み自ら命を断つのだ。ふははははははははははははははははははははははっ!」
  ……ちくしょう。
  こいつ意味分かんない。
  でも多分今話してくれた情報は私に本来は与えてはいけない情報だったと思う。
  何となくそう思った。
  「さて、私は帰る」
  「もう帰るの? 一緒に観光しようと思ってたのに」
  「おいおい事が終わったら馴れ馴れしくするな。お前はそれだけの女なんだ。自覚しろ」
  「鬼畜かお前は」
  「あの魂石の調査についてはジョアンに一任する。カラーニャ評議員からのお達しだ。お前は関わらんでもいいぞ。面倒だろう?」
  「まあ、そうだけど」
  「じゃあな」
  そう言ってラミナスは部屋を後にした。
  やっぱり物寂しくはある。
  あいつ口悪いけど、それでもやっぱり私にとっては家族なのだ。
  ……。
  ローズソーン邸にいる暗殺者の家族とはまた違う、大切な家族。ラミナスは私にとって兄、かな。大分老けてるけどねー。
  コンコン。
  ノック。ラミナスと入れ違いに誰か来たらしい。ジョアンかな?
  「どうぞ」
  「失礼する」
  ガチャ。バタン。
  入ってきたのはカリウス・ルネリアス。この街の衛兵隊長だ。
  何の用だろう?
  「謝礼ならいらないわよ」
  「いや。そうではない」
  苦笑するカリウス。
  さてはこいつ、そもそも謝礼をする発想すらしてなかったわね。
  まあいいけど。
  「何? 私に何か用事?」
  「ああ」
  言い辛そうだ。
  あまりモジモジされていても困るので、促す。
  「私に出来る事なら手伝うわ。まあ、暇だし」
  「そう言ってくれると助かる」
  「それで? 今度はどんな厄介?」
  「アルノラという女性に近付いて隠された宝を取り戻して欲しい」












  注意。
  ゲーム上に登場する魂石とは違います。あくまで名前だけです。