天使で悪魔




完全犯罪の絵



 

  伯爵家の宝剣。
  それを盗賊ギルドの盗品商には渡さずに伯爵夫人に返却した。
  盗賊ギルドは怒る?
  それはどうかな。
  多分怒らないだろう。伯爵家の宝剣を転売した事が知れた場合、ヴゥルガ伯爵家が敵に回る。

  コロール。アンヴィル。クヴァッチ。スキングラード。レヤウィン。ブラヴィル。シェイディンハル。ブルーマ。フロンティア。
  大都市を統治している貴族達は、他の貴族よりも一等上と見られている。
  伯爵より公爵の方が偉い。
  序列は確かにそうではあるものの、各都市の爵位を持つ領主達の方が発言力は遥かに高い。

  そんな領主の1人である伯爵家を敵に回す。
  盗賊ギルドは余計なリスクを回避した。
  感謝して欲しいものですわ。





  「私がとても大切にしていた宝を誰かが盗み出しました。盗まれたのは夫の肖像画。名探偵の貴女なら探し出せるはずです」
  「名探偵?」
  苦笑する。
  しかしアリアナ・ヴァルガ伯爵夫人はいたって真剣な顔だ。
  集中しよう。
  「それでわたくしに何をしろと?」
  「まずは手掛かりを集めてください。……ただ気をつけて。誤った人物を告発した場合、さすがに私も良い顔はしませんわ。都合
  の良い頼みだとは分かっていますがアルラよ、助けてください」
  「ご安心ください」
  「その絵は私が夫を偲べる、唯一の宝なの」
  宝。
  しかしそれは人が望むような宝ではない。
  思い出。それが彼女の宝なのだ。
  彼女は続ける。
  「幾夜もの寂しい夜を絵の中の彼に話し掛ける事で、あの人に声が届くと信じて」
  「誰が容疑者なのでしょうか?」
  感傷に浸る。
  わたくしは伯爵夫人のそれを故意に振り払った。
  今はその時ではない。
  盗んだ理由がよく分からない。肖像画なんて誰が買うのだろう?
  しかし場合によっては転売の可能性だってある。
  探すのであれば早急に。
  「容疑者?」
  「はい」
  「シャネルとオーグノルフかしらね。2人には城を出ないように命じてあります」
  伯爵夫人も疑っているご様子。
  先に容疑者を挙げてくれるとなると助かる。
  わたくしは部外者。
  さらには当事者ですらない。
  何も分からない状況から、これで少しは脱却できたわね。
  「容疑者は2人なのですね。味方はいますか?」
  「衛兵隊長のビットネルは頼りになるはずです。コロールを巡回しているか、兵舎にいるはずです」
  「衛兵隊長。分かりましたわ」
  「もう1人。オログ・グロ=ゴスの話も参考になるはずです。彼にも話を聞いてみてください」
  「はい」
  肝心な事を聞くとしよう。
  「シャネルとオーグノルフって誰ですの?」
  名前だけではよく分からない。
  名前から推測してシャネルが女性という事ぐらいだ。
  「シャネルは王宮魔術師。オーグノルフは荷物運び。この2人だけが、私の寝室に飾ってあった肖像画が盗まれた際にアリバイ
  がないのです。だからこそ怪しいと踏んではいますが証拠がない」
  「なるほど」
  「失礼」
  その時、伯爵夫人の側に控えていた男性が口を開く。
  「発言をよろしいですか」
  「彼はレイス・ウォヴリック。伝令係です。仕事は城の内部に目を光らせる事。それで何か付け足す事でも?」
  「はい奥様」
  伯爵の肖像画を見つけ出せばは出世への最短コースだ。
  つまりレイスも極秘で調べていたのだろう。
  ……。
  ふむ。
  出世目当てで自分で盗み、あたかも苦心して探し出したと見せかけるのもアリですわね。
  「それで?」
  「調べましたところ、最近オーグノルフのアルコール量が増しています。同僚に金銭を要求しているところを度々目撃しています。
  つまりは疑わしき点があるという事です」
  「ふむ。それは初耳ですね。……アルラ、捜査の参考になさい」
  「はい」
  つまりレイスはこう言いたいのだ。
  飲み代の為に肖像画を盗んで売ったと。
  もちろん憶測だ。
  「アリアナ・ヴァルガ伯爵夫人」
  「何でしょう?」
  「アルラにお任せを。わたくしが貴女様のお望み叶えてあげますわ」


  アリアナ・ヴァルガ伯爵夫人。
  わたくしにとっては母親同然の人。昔から良くしてもらっている。恩返しは出来る時にするものだ。
  探偵ごっこは初めての経験ではあるものの、全力を尽くそう。
  ……。
  ちなみにアンヴィル伯爵夫人は姉のような人だ。
  お茶のお誘いを受けている。
  これが終わったらアンヴィルに行こうかな。あそこには幽霊屋敷……じゃない、わたくしの豪邸がある。
  ほほほー♪
  さて。
  コンコン。
  城内にある居住区画にある一室。そこが宮廷魔術師シャネルの住まう部屋だ。
  ガチャ。
  扉が開いて顔を出したのは女性。
  ……当たり前か。それは最初から知ってたし。
  「貴女がシャネルですの?」
  「そうですけど……」
  珍しい。
  レッドガードの魔術師だ。あまりお目に掛からない職業選択だろう。レッドガードは総じて魔術を軽視しているからだ。
  さて。
  「わたくしはアルラ=ギア=シャイア。紛失した肖像画を探している者ですわ」
  「……伯爵夫人が外部の者を捜査に加えたのは知りませんでした。幸運をお祈りします」
  「それはどうもありがとう」
  とりあえずは社交辞令。
  本題にさっさと入ろう。肖像画が売却される場合もあるのだ。
  迅速で速攻。
  それが今回の仕事に必要な事柄だ。
  「肖像画が盗まれた夜、どこにいました?」
  「……」
  「仕事ですからね。それらわたくしは外部の人間。最初から捜査していると思ってくださいな。……それでどちらに?」
  「中庭で星を見ていました」
  「それで?」
  「何か騒がしくなったので、大食堂に移ってワインを飲んでいました。それから部屋に戻って作成した星図を見てました」
  「証明する人は?」
  「貴女の善意」
  「……ふふふ」
  そう言われたら黙るしかない。
  攻め口を変えよう。
  「肖像画について何か知っています?」
  「伯爵様の凛々しいお姿が描かれていました。……しかし完全には描けていなかった」
  「……?」
  「これ以上お話しする事はありません」
  意味深な幕切れ。
  バタン。
  扉は閉められる。1人になり、今の言葉の意味を頭の中で整理する。
  まだ始まったばかりだ。
  「次に行きましょ、次に」


  次に会ったのは給仕係。
  伯爵夫人が参考になる話をするはずだと名を挙げた人物だ。
  「御機嫌よう」
  「んー?」
  オークだ。
  オークは大抵名前にグロとかグラと付く。性別を表しているらしい。
  だからこのオークがオログ・グロ=ゴスなのだろう。
  「何だあんたは?」
  「わたくしはアルラ。肖像画の捜査を担当している、伯爵夫人の古い友人ですわ」
  フルネームは省略。
  伯爵夫人の古い友人と聞いてオークは態度を改め……はしないものの、若干警戒した節がある。
  自分が犯人だと疑われていると思い込んでいるのだろう。
  ……もしくは犯人だから警戒した?
  まあいい。
  まずは警戒を解く。
  話が聞けないのでは先にも進まない。
  「伯爵夫人が信用の出来る人物だと紹介されました。それでお話を聞きに」
  恭しく一礼。
  礼儀正しく振舞われたのは初めてなのだろう。
  幾分か嬉しそうに瞬きをした。
  「お、俺が信頼出来る人物だと伯爵夫人が?」
  「ええ。忠実で臣下の鑑だと」
  嘘も方便。
  犯人が捕まれば彼もまた伯爵夫人に貢献した事になるのだから、伯爵夫人も称えるだろう。
  「シャネルとオーグノルフの動向を知りませんか?」
  「当然、肖像画盗難の夜の話だろ?」
  「ええ」
  「うむむむむ。あの夜はシャネルもオーグノルフも見てないぞ」
  「見ていない?」
  「まあ、俺は大抵仕事以外の時は自分の部屋にいるしな」
  「そ、そうですの」
  ……そんな奴に何を聞けと言うんです伯爵夫人?
  無意味ですわ。
  「唯一の日課の散歩も、あんな土砂降りじゃ出歩きたくないしな」
  「えっ?」
  土砂降りの雨?
  「ずっと?」
  「夕方になってからだ」
  「星は?」
  「星? ははは、そりゃ無理だろ。すげぇ大雨だったんだ。星どころか月もなかったよ」
  「……」
  これは非常に有益ですわね。
  あのレッドガードっ!
  普通に嘘ついてますわね。自分から犯人候補ですよと宣言したに等しい。
  「オーグノルフは?」
  「最近軽い悶着があっただけだな」
  「悶着?」
  「西の塔の上層で仕事サボって酒呑んでたんだ。当然止めたよ。給料分は働かないとな。伯爵夫人に報告すると脅したら従ったよ」
  「それで?」
  「それだけさ。それからは勤労老人やってるよ」
  オーグノルフにも接触する必要がある。
  一応は容疑者候補だ。
  どちらの話も聞いてから断定しないとまずい。間違った相手を告発したら伯爵夫人も喜ばないだろう。
  「あいつは今、仕事で忙しいぞ」
  「そうですの?」
  「しばらく後にしてやっとくれよ。せっかく心入れ替えて働いてるんだからよ」
  「ええ。分かりましたわ」
  では次は衛兵隊長に当たるとしましょうかね。


  伯爵夫人が頼りになると言ったビットネルを探しにコロール市内に。
  巡回中だと衛兵に聞いた。
  探し回る事数分。
  取り巻きの衛兵を引き連れた人物を発見。
  おそらくあれが衛兵隊長だろう。
  「貴方が衛兵隊長さん?」
  「呪いを運ぶ男と称されているビットネルだ。衛兵隊長を任されている」
  「わたくしはアルラ=ギア=ガイア。御機嫌よう」
  「これはどうもご丁寧に」
  兵士達に先に行けと手で合図。
  兵士達は巡回に戻る。
  「君が捜査官殿だな」
  「捜査……」
  珍妙な名称だ。
  まあいいか。
  つまりはわたくしがどういう役目を負っているかを理解しているのだろう。話が早くて済む。
  聞いてみよう。
  「あの夜の事か。悪いが力にはなれそうもないな。コロールを巡回中で城にはいなかった」
  「そうですの」
  「ただ気になるのはシャネルだな。最近よく西の塔にいるんだ」
  「西の塔?」
  オーグノルフがサボっていた場所だ。
  何か気になる。
  「どういう理由でいると言ってましたの?」
  「呪文の開発だそうだ。静かで落ち着くらしい。魔術師殿の感性は私には分からんよ」
  「ふむ」
  また西の塔か。
  今のところ怪しいのはシャネルではあるものの、オーグノルフとはまだ接触出来ていない。それまでは断定出来ない。
  それに外部犯の可能性だってまだあるのだ。
  「ありがとう。御機嫌よう」
  「力になりなくてすまんな」
  隊長と別れ、コロール城に戻る。
  まだ謎は解けていない。
  「楽しくなってきましたわね」
  さてさて。
  犯人は誰かしらね?


  ようやく接触できたオーグノルフ。
  通称《毛深いオーグノルフ》。
  ……。
  こういう通称は誰がつけるのだろう?
  ビットネル隊長もそれなりに気の良い人物なのに《呪いを運ぶ》という通称だし。
  イジメ?
  オーグノルフはノルド。
  特に差別のつもりはないけど、口調には野蛮さが醸し出されている。オークの方がまだ紳士的だ。
  だから北の蛮族と呼ばれるわけだ。
  「貴方がオーグノルフですわね。御機嫌よう」
  「つまり伯爵夫人が肖像画探しにあんたを雇ったんだろ? だったらボケーと俺を見てても仕方ないだろ。で? 何だ?」
  「……」
  名門シャイア家当主であるわたくしに対しての暴言。
  没落していなければ処刑ですわね。
  気を取り直そう。
  「肖像画の盗難の際にはどこに?」
  「ああ、犯人扱いってわけか」
  「他意はありませんわ」
  「盗みがあった夜は大広間にいたよ。多分証明してくれる奴はいるのかって聞くんだろうな、だから先に答えてやるよ。ブラヴィル
  から来た配達の小僧と言い争ってたんだ」
  「配達?」
  「高級ワインを取り寄せたんだよ。だがあの晩は大雨だろ? 豪雨で足を滑らせてワインを落としたんだとよ。小僧は言い逃れしてた
  がきつく叱り飛ばして追い返してやった。調べてくれたら分かるよ。……ブラヴィルまで行くのは面倒だろうがな」
  「ふぅん」
  随分と自信たっぷりだ。
  この場合は二つの理由がある。
  ブラヴィルまで調べに行っている間に逃亡。
  もしくは、アリバイは本当。
  ふと気付く。
  「支払いはしましたの?」
  「まさか。俺は慈善事業家じゃないんだ。前金を返してもらったよ」
  「なるほど」
  金銭を要求。
  伝令係のレイスはそう言った。配達人の不手際で台無しにされたワイン代の返金か。
  人の話は当てにはならない。
  自分の思い込みを組み込み、事実にしてしまうからだ。
  「もういいか? これでも仕事があるんだ」
  「ええ。手間を取らせましたわね」
  チャリーン。
  手間賃として金貨を数枚手渡す。
  途端ににんまりする。
  「あんた気前が良いな」
  「それはどうも」
  「そうそう。思い出した事があるんだ。……西の塔に入ると怒る奴がいるんだ」
  オログ・グロ=ゴスだろう。
  サボっているのを発見されて悶着あったようだし。
  しかしオーグノルフの言葉は違っていた。
  「シャネルだ」


  大食堂。
  伯爵夫人や側近達が一緒に食事をする場所だ。
  「んー」
  今は食事時ではない。
  誰もいない。
  わたくしだけ。ワインをチビチビと呑みながら状況を確認していく。
  一番疑わしいのはシャネルだ。
  絵が盗難された晩は大雨だった。なのにシャネルは星を見ていたと言う。オーグノルフに関してもアリバイは曖昧ではある
  ものの、ブラヴィルの……んー、ワインをどの店から取り寄せたのかは知らないけど確認すれば分かる事だ。
  アリバイらしいアリバイではないもののシャネルよりはマシだ。
  あれ?
  「……?」
  大食堂の絨毯にペンキに汚れた部分がある。足跡がくっきりとある。
  おかしい。
  こんな場所にペンキ。王宮なのに?
  毎日掃除されているはず。
  ……。
  ああ。
  盗難騒ぎがあってから城の中は混乱しているのか。
  だとすると盗難騒ぎの前後にペンキが付いたという事になる。……まあ、関連があるのかないのかは知らないけど。
  ここにいても仕方ない。
  「西の塔に行ってみましょうか」


  西の塔。
  別に特に対した物はない。ガラクタ置き場……ああいや、備品置き場か。
  人気はない。
  基本、ここに立ち入る者はいないそうだ。
  だからこそオーグノルフはここでお酒を呑んでサボっていたわけだ。
  見つかる心配がないからと。
  そして……。
  「もう1人そう思った人がいたみたいですわね」
  木箱が積み上げられた一画がある。
  この区画には入った瞬間には、木箱が積み上げられているだけに見える。しかし奥まで行ってみると分かるんだけど、さらに
  その後ろがある。後ろに回るとそれなりの広さがある。
  キャンパスと絵の具、筆。
  誰かがここで絵の練習をしているらしい。
  結構うまい。
  「それにしてもキャンパスでかいですわねぇ」
  大きな絵だ。
  下を見ると、絵の具が付着している。
  ……。
  ああ。
  あの足跡は、ここで絵の具を踏んだからか。
  ペンキかと思った。
  まあ、どっちでもいいか。
  「犯人が分かりましたわね」
  確定的だ。
  雨だったのに星を見ていたと言うシャネル。西の塔に出入りしていたのも彼女だ。おそらくここで絵を書いていたのだろう。
  何故隠れて?
  画家でも通る腕なのに、どうして隠れて?
  部屋で書けばいい。
  自室で書けば。
  なのにそれをしないのは何故か。
  「部屋で絵を描いているのを見られるのがまずいから」
  多分それですわね。
  肖像画がどの程度の大きさかは知らないけど、このキャンパスぐらいの大きさかしらね。
  さて。
  「落とすとしましょうかね」
  

  全ては繋がった。
  わたくしは居城区画に行く。王宮に住まう者達の区画だ。
  迷わずシャネルの部屋に。
  「御機嫌よう」
  ノックもせずに部屋に入る。
  何か文句が言いたそうなシャネルではあったものの、わたくしには伯爵夫人の後ろ盾のある。文句を言わずに口を噤んだ。
  シャネルは本を読んでいた。
  「何か用? もう寝ようと思ってるんだけど」
  「……」
  「捜査官殿?」
  「わたくしがこの部屋を捜索した方がいい? それとも自分で白状します?」
  「わ、私が犯人だと言うのっ!」
  「ええ」
  よく西の塔に出入りしている事。
  その西の塔で絵を描いている事。その際に絵の具を踏んだのだろう、その足跡が大食堂に付いていた事。
  決定的なのが当夜の天候。
  それによりアリバイが完全に矛盾した。
  それらを全て告げる。
  「どうですの?」
  「……言い逃れは出来そうもないわね」
  うなだれるシャネル。
  悲しそうな顔だ。
  それは罪が発覚して悲観しているのは意味が違う。
  その感情は何?
  「でもどうか分かって。胸に秘めたヴァルガ伯爵の想いゆえの犯行なのよっ!」
  「想い?」
  「あの肖像画を描いたのは私なの。……私は、嫉妬した。死してなおも伯爵を独占する夫人に嫉妬したのよ」
  「……」
  「そして気付いたの。私はヴァルガ伯爵を愛していたと」
  「愛、か」
  一番苦手なジャンルだ。
  シャネルは続ける。
  「どうしても絵を取り戻したかった。だから盗み出して私の部屋の絵の後ろに隠そうとした」
  「それで西の塔で絵を描いていたのね。同じ大きさのキャンパスに絵を描いていた」
  「……そうよ。まさか大っぴらにヴァルガ伯爵の肖像画を自室に飾れないでしょ」
  「そうですわね」
  「……まさか絵の具でばれるとは思ってなかったわ」
  「絵の具の足跡、西の塔の絵、それは決定的ではありませんわ。要は貴女の供述の曖昧さが要因ですわね」
  「……」
  土砂降りの夜に、外で星を見ていた。
  ありえない。
  おそらく盗むのに神経が全て行っていて、外が雨だったというのに気付かなかったのだろう。
  もしも雨降ってたから部屋で本読んでた。そう供述していたら分からなかった。
  シャネルは静かに言った。
  「私は犯した罪を恥じている。……そして私を待つ運命を受け入れる覚悟も出来ているわ」
  「……」
  覚悟は出来ている、か。
  発覚すれば。
  告発すれば。
  シャネルは確実に投獄される。全ての名誉も功績も剥奪されて罪人として生きていく事になる。
  罪は罪。
  そこに同情の余地はない。そしてするべきではない。
  でも愛は罪?
  ……ふむ。これは利用出来るわね。
  「絵さえ戻ればわたくしは知らなかった事にしますわ」
  「えっ?」
  「えっ、ではなく絵ですわ。どこに?」
  「……」
  「シャネル」
  「絵を返せば告発しないと? そ、それは無理よ。犯人捕まえずに絵が戻る……論理としては意味が成り立たないわ」
  「いいえ成り立つ。それで絵はどこに?」
  わたくしは微笑した。





  オーク・アンド・ロジャー亭。
  カジートの女将が経営する、この街で一番小奇麗な宿。最上級の宿だ。
  アルラが肖像画泥棒を見つけた翌日。
  静かな朝を、突然破ったのは衛兵達だった。
  「手入れである」
  ビットネル隊長は自ら先頭に立って宿に入る。続いて衛兵達。
  騒然となる店内。
  借りている部屋ではなく、一階で語らいながら朝食を取っていた客達は慌てふためくものの隊長は手で制する。
  女将に対しても同じ。
  「すぐに済みます」
  てきぱきと衛兵達に指示する。従えている兵士は10名。
  その内の半分が二階へと駆け上がっていった。
  2人は扉を封鎖。
  残りを引き連れてビットネルは1人の男性を視界に捉え、その男の前に。
  クワガタのような髪型のダンマーだ。
  「何か?」
  ダンマーは怪訝そうに問う。
  「ファシス・ウレスだな」
  「左様にございますが……」
  「ヴァルガ伯爵家を冒涜した罪で拘束し、投獄する」
  「……何の事ですか?」
  ファシス・ウレス。
  表向きは帝都でも有数の貿易商ではあるものの、裏では盗品商の顔を持つ。
  盗賊ギルドに所属。
  数いる盗品商の中でももっとも高い地位にいる。
  以前は相棒にヴァルガ伯爵家から伯爵の宝剣(父の罪参照)を強奪させている。つまり脛に傷はある。少し顔を蒼褪めた。
  それでも白々しい態度で接する。
  「用がないならお引取り願えませんか?」
  「お前が盗賊なのは確かな筋から既に分かっている。伯爵家に害を成した存在だとな」
  「何の事ですかな?」
  「伯爵の肖像画を盗んだだろうがっ!」
  「な、なにっ!」
  さすがに慌てる。
  宝剣の奪還を依頼したアルラが、伯爵家に剣を返却したのは知っていた。それを憤り、昨夜は深酒していた。
  だから。
  だから、衛兵が来たのはアルラがその事を密告したのだとばかり思っていた。
  しかし剣ではなく絵。
  まるで身に覚えがない。戸惑うものの、盗賊の前歴は確かなのだ。いや現在進行形で盗賊だ。
  唐突の濡れ衣でまともな対応が出来ない。
  さらに……。
  「隊長っ! 奴の部屋に伯爵様の肖像画ありましたっ!」
  そう叫ぶではないか。
  「ば、馬鹿なっ!」
  「何が馬鹿ななのかな、ファシス・ウレス」
  「待て何かの間違いだっ!」
  「何の間違いで?」
  「絵は知らんっ!」
  「絵は? では何なら知っているのですかな?」
  「……」
  絶句した。
  言えば言うほど空回りする。罪を犯しているのは確かなのだから。
  「ご同行願いますかな」
  「……」
  問い詰められれば、宝剣の事を白状しなくてはならなくなるだろう。
  絵についての濡れ衣は晴れてもそう意味は変わらない。
  ファシス・ウレスは椅子から崩れ落ちた。





  「盗賊は既にお手の物ですわ」
  アンヴィルに向かう道すがら、わたくしはそう呟いた。
  絵をファシス・ウレスの部屋に隠したのはわたくし。密告したのもわたくし。
  伯爵家から盗みを働いたのは確かだ。
  絵ではなく宝剣ではあるものの、盗みは盗み。ファシス・ウレスは当分は檻の中だろう。
  「怒られるかしら?」
  灰色狐に。
  しかし仲間を売る行為だとはわたくしは思わない。
  ファシス・ウレスは伯爵家の宝剣を盗み出す指示をジェメイン兄弟の父親に指示した。最終的に兄弟の父親は剣を渡さずに
  隠匿した。それはつまり、売却したら盗賊ギルドが潰れると判断したからだ。
  伯爵家を敵に回す事になる。
  それは愚かだ。
  わたくしは利益のみを追求するファシス・ウレスが盗賊ギルドには相応しくないと判断した。
  だから罪を押し付けた。
  ……。
  まあ、元々罪人ですけどね。
  それにしても。
  「愛か」
  よく分からない。
  伯爵夫人の心情も分からなければ、シャネルの心情もよく分からない。
  庇ったもののシャネルは城を去った。
  一身上の都合。
  それが彼女が告げた理由だった。
  今更城にのうのうといるのはプライドが許さなかったのだろう。
  そして伯爵の肖像画を見るのが辛いのだ。
  「一件落着かしらね」
  シャネルは退職扱いで退職金も出た。
  絵は戻って伯爵夫人は大喜び。
  ファシス・ウレスは逮捕され、盗賊ギルドの掃除が完了した。
  私もまた報酬を得た。
  ……。
  うん。皆万々歳ですわね。
  さて。
  「しばらくはアンヴィルでゆっくりしましょうかねぇ」