伸夫も克彦も道路はよく知っている。しばらく無言で走っていたが、最初に話しかけたのは由美だった。
「兄ちゃん、東名高速で行くの?」
「ああ、道順はいくつもあるけど、なるべく混まないでスッ飛ばせるのがいい。ちょっと遠回りだけど東名で厚木インターまで行って、そこから小田原方向に行く高速道路があるんだ。それでどこかで降りて・・・」
「平塚ICだね」
 克彦が口を挟んだ。
「そうそう、それで134号道路に出ればOKだ。」
「それがいいね。ぼくはね、何年か前に旧の国道1号だけで箱根の山を越えたことがあるんだ。東名も一応国道1号ということになっているが、旧1号も景色はよくて快適だったよ」
「今日も箱根のお山を越えるの?」
 と、由美が不審そうに聞いた。
「いやいや、今日はそっちの方まで行かない。相模湾だもん。早い話、江ノ島の向こう」
 伸夫は優しく諭すように説明した。
「江ノ島って聞いたことがあります。いつか行ってみたいなあ」
 武田美枝子が小声で外の景色を眺めながらボソッと言った。間宮はちょっと間をおいて、
「いつか行こうよ、海水浴ではなく、晩秋の紅葉の頃、鎌倉や江ノ島を散策するのもいいと思うよ」
 と、照れながら言った。
「そうら、熱くなってきた」
「やっぱね」
と、由美と伸夫が殆ど同時に笑顔たっぷりに二人を見ながら言った。もちろん伸夫は運転中だからバックミラー越しである。
 武田美枝子は顔を赤らめて外の景色を見るのが精一杯だった。
 
 東名高速に入って快適に飛ばすようになった頃、克彦が思い出したようにみんなに聞こえるような大きな声で話始めた。
「思い出したんだけど、大磯海岸では時折イベントが行われるんだ。で、今日土曜日はね、いま流行りのカラオケ大会があるそうなんだ。オーディションなしで申し込むだけで順番にステージで歌えるということなんだ。誰か出ないか、最高得点を出した優勝者には10万円の賞金が出るそうだよ」
「何時頃?」
 由美が聞いた。
「1時から3時。2時間も待たないと結果が分からないのはつらいけど、遊んでいればすぐだよ」
「美枝子、唄いなさいよ」
「えー!そんな、自信ないよ」
「そんな事ないよ。克彦さん、あのね、入社したとき、新入社員歓迎会のパーティがあったんだけど、美枝子も唄ったの。それがもの凄く上手で、いや上手というよりも根本的に歌唱力抜群なの。会場全員が大盛り上がりで拍手が鳴り止まなかったの。あの時のカラオケマシーンは採点する機能をoffにしてたから点数は出なかったけど、ゼッタイ95点以上にはなってるよ」
「そのとき、何を唄ったの?」
 克彦が美枝子に向かって優しい声で聞いた。
「エビータのテーマです」
「ああ、知ってる。 DON'T CRY FOR ME ARGENTINA だよね。いい曲だあ、ぼくも大好きだよ」
「美枝子、エビータのテーマ唄いなさいよ。受けること間違いなしよ」
「でもー」
「でもじゃないってば。唄わないんだったら克彦さんは私がチョウダイイタシマス」
「それは・・・・・法律で禁じられています」
 克彦は武田美枝子が初めて笑ったのを見た。真っ白い歯、歯並びの美しさ、透き通るようなピンク色の唇、彫りのある目鼻立ちと顔の肌の美しさ、一点の曇りもない。まさしく目まいがするほど美人で可愛い。
「決まったーー。美枝子がエビータのテーマ唄いま〜す」
「あのー」
「なーに」
「私、いまハマッている曲があるの」
「え?何なに?」
「アナと雪の女王」
「あー、凄い!Let it go!」
「凄いなあ、唄ってよ、ご褒美に日本中、車で連れてってあげる」
 克彦はやや興奮気味に、こぶしの両手を上下に振りながらガッツポーズのようにして喜んだ。
「リハーサルやろう。たしかDVDを車に持ってるはずだ。間宮君、ダッシュボード探してみて」
 運転士しながら伸夫はDVDプレーヤのスイッチを左手で入れた。克彦は、あることを祈るように探した。DVDが何十枚もある。
「いっぱい持ってるね。すごい!ぼくはCDばかりだよ。もっとも運転しながらDVDは見れないからね」
「そうなんだ。殆どそのDVDは由美のだよ。なー由美、持ってきてあるよね」
「あると思う。なかったらごめん」
「あったー、これでしょう、アナと雪の女王」
「座席替わりましょう。私、前に行く」
 そういって、由美と克彦はしゃがみつつも互いに、100kで走っている車の中で座席を替わった。由美のDVDプレーヤーの操作は手慣れたものだ。
 こうして唄いたい部分のチャプター5をアクセスして何度も何度も繰り返しみんなで観て聴いた。美枝子はもう字幕は観なくても楽々と唄っている。