「なんつーか、意外じゃな」
携帯の時計を見ながら、
隣では外見にそぐわず、熱心にマフラーを編んでいる幼馴染みがいる。自分の言葉は無視されてしまったらしい。
さっきから、ちらちらこちらを見られている気がするが――まあ気のせいだろう。「うわ、まじかっけぇ!」とか、「背ぇ高いねあのカップル」とか言われたが、多分空耳だろう。うん、そうに違いない。
少なくとも自分達はカップルじゃないし格好良くないし、背だって幼馴染みに比べれば劣る。ちょっと鍛えててガタイがいいだけだ。
というか恥ずかしくて死ねる。なんだこの羞恥プレイは。
「おお、すまん。電車遅れとって」
改札のほうを見やれば、ようやくやってきた樹夏が、こちらに手を振っていた。
「てーかなんでにっしゃん赤くなっとるん? まさか……。いや、反対はせんけど、ささやかに応援させてもらいますけど」
「誤解じゃあ!」
んなことがあって堪るか。祐司は抗議する。プロテストだ。
「何がー?」
ようやくマフラーから視線を上げたみそかが、いつものように不思議そうに聞いた。
「おお、みっちゃん。珍しなぁ、あ、弟君か」
「そー。お前が行かんと示しがつかねぇって、叩き起こされた」
聞きようによってはやくざの口調にも聞こえる不思議な口調で、みそかは言う。
「オオミのせいでとんだ赤っ恥じゃ」
恨めしげに祐司はみそかを見た。
祐司はみそかのことを、名前の由来の「大晦日」からとってオオミと呼んでいる。
「そぅお? ありゃあ日常用語よ?」
「気付いとったんか!」
みそかは素でこういうところがあるから怖い。
「こんなところでつっ立っとるのもなんだし、どこか行こうよ」
「あんた、いつの間にか言葉おかしなったね」
「うんー。広島弁と大阪弁と神奈川弁が、化学反応を起こしたんよ。あなたたちと話してるとね、自然とヘンになっちゃう」
ふにゃんと笑って、駅前のカフェを指さす。
「どうした、迷子?」
不意に樹夏が立ち止まった。しゃがんで、五歳くらいの男の子と相対している。
男の子が小さく頷いた。
「どうするん?」
祐司が訊いた。少し遠巻きにするようにしてみそかは様子を窺っている。
「ちぃっとこの辺探してみようと思う。みっちゃんたちは先行っとって」
言って、樹夏はカフェを示す。
その言葉に、祐司は呆れたように肩をすくめた。
「なんじゃ、水くさいのぉ」
「そうよねぇ、困ったときのよいこ同盟なのにねぇ」
みそかが懐かしそうに笑う。樹夏が数瞬沈黙して、すまなそうに微笑した。
「そやねえ」
あれは小二の頃だったか、広島に越してきたみそかが、いじめられたことを期に結成された”同盟”だった。
みそかは小四の時に神奈川に引っ越してしまったし、樹夏は元々転勤族だったために、卒業まで二年と保たなかった同盟であるが。
「さて、探そか」
所在なさげに周囲を見回している男の子を見て、祐司の号令が号令をかける。それに樹夏とみそかが頷いた。
「ぼく、どこではぐれたか分かる?」
「おもちゃがあるとこ」
「おもちゃ屋……。この近くじゃな」
「名前も聞いた方が良いかな What are you name?」
やたら流ちょうな発音でみそかは訊く。当然男の子は戸惑うばかりだ。
「逆効果やろが」
両サイドから突っ込みが入った。
「あの子無事に会えてよかったねぇ」
男の子を親の元まで送って、一安心した3人は、ようやくカフェで一服していた。遅いティータイムだ。
3人の目の前には、祐司はコーラ、樹夏はクリームソーダ、みそかはデラックスパフェ、とものの見事にばらばらのものが置かれている。
「それにしても、なんでにっしゃんは上京してきたん?」
根から広島県民の祐司が
みそかもそれに賛同したのか、しきりに頷いている。
祐司は話ずらそうに頬を掻いて、意を決したという風に息を吐いて言った。
「家出じゃ」
「それはご大層な」
難儀やな、そう呟いて、樹夏がクリームソーダを吸う。
「宿は大丈夫? お金とか」
「流石にホテル暮らしやないって。下宿でもないぞー」
顔の前で手を振って、祐司は苦笑する。
「まあ元々東京の学校には興味があったし」
「ここ神奈川よ」
みそかが訂正をする。仕方ないなあという風に祐司は眉尻を下げた。
「まあ、うん。合格ればアルバイトでもして暮らそうかな思っとったんじゃ。けどお袋に真っ向から反対されての、衝動で出てきた」
「すごぉい。リーダーらしく猪突猛進というか、後先考えてないというか」
「わりゃ、それ意味分かって使いよるか?」
けなされたのか褒められたのか分からなくなった祐司は、顔に手をついて俯いた。
「で、今はどうしとるん?」
樹夏が言う。クリームソーダはあっという間にからである。
「叔母さん家に世話になりおる」
じゃけぇ心配すんな。祐司はそう言って朗らかに笑う。
「ほう言う樹夏の方はどうなんじゃ」
「うち? うちの話聞いてもおもんないよ」
アイスをかき回しながら、樹夏は頬杖をついた。
「姉貴が遊び人だしさ、そのくせ無駄にようできとる。馬鹿にすんのも大概にせぇ。おかんだってそうや。……あー、もうやんなってきた」
そう言って机に沈み込んだ樹夏を、みそかがゆっくりと撫でた。
「ありがとみっちゃん」
オオミはどうじゃ、と話を振ろうとして、祐司は逡巡する。
「そう言えばオオミは」
結局話を振った。
「いつも通り」
にっこにこ笑顔でみそかは言う。思った通りだった。
「お父さんは仕事で余り家にいないけど、お母さん小説家でしょ。だからしょっちゅう家にいるし……けど時々むきゃーってなるの」
平和な一家に嫉妬したのか、樹夏がむきゃーっとみそかの頭をかき回す。
相変わらず平和だ。