彼女に出会ったのは、多分小2の時だったと思う。
同じクラスの”外国人 ”。彼女に関しての説明は、これで事足りる。
地区の中で西に位置しているから、西小と呼ばれる
入学式を終えて、先生がえんま帳でぱんぱんと机を叩いた。
「静かに、今日はみんなに紹介したい人がいます」
そんなもので静まる小学生児童ではない。むしろこどもたちは先生の言わんとすることを悟って、余計に騒がしくなった。
先生はもう一度静かに、と言って、息をついた。
「それじゃ、中に」
教室はまだにわかに騒がしい。
扉がゆっくりと開いて、一人の女の子が入ってきた。
彼女の容姿を見て、教室中が色めき立つ。ガイジンだ。外国人だ。ハーフなんじゃないの? はーふって何?
女の子は少し困ったようにクラスを見渡してから、ゆっくりと口を開く。
「わたし、みそか」
それだけ言うと、お辞儀をして、そそくさと先生が示した席に座った。彼女は結局、自分の好きなものも、自分の名字すらも言わなかった。
「えぇー、みそかちゃんは、外国育ちなので、日本語が苦手です。みんな仲良くしてあげてくださいね」
はーい。先生の言葉に、こどもたちの威勢の良い返事が響いた。
「あの子、どう思う」
帰りがけ、同じ空手クラブの樹夏が言った。彼女も祐司のクラスメイトだ。
「どうって、ガイジン?」
「せやね」
「あと、無口」
「名字なんて言うんやろか」
みそかは人気者だった。良くも悪くも。クラスの中で浮いていて、何だかテレビの中の人がそこにいるみたいに、みんながみそかに注目していた。
別に悪いことじゃない、むしろ良いことだろうと祐司は思うけれども、当のみそかは困ったように(まあクラスの半分がおしかけるんだから当然だ)その人だかりを見渡していた。
話しかけると、よくてたどたどしい返答、悪くて返答もなく俯いてしまう。どうやら日本語が苦手というのは本当らしかった。
「ねえ、訊きよるでしょ」
頭に花をつけた少女が、友達を伴って、みそかの前に立っていた。ああ、またあおいちゃんやってるよ。そう誰かが呟いた。
「質問に答えんさいよ!」
あおいの強い口調に、みそかが一瞬ひるんだように見えた。
「ええと、その」
「ええとじゃわからんよ!」
「もうええやろ」
見かねた樹夏が仲裁に入る。あおいはどうしてか悔しそうに言った。
「なんやの、じゃませんでよ」
あおいはクラスで一番の人気者だったのだ。少なくとも、みそかが現れるまでは。
日直だからと先生を手伝って、職員室から、ランドセルを取りに戻ってきた帰りのことだ。
――教室に、まだ誰かいる。
おかしい。もう帰りの会は終わったはずなのに。
その人は椅子に座ってうずくまっていた。長い髪で顔が見えない。
おばけかも、という考えが浮かんだけれども、そこは男の子だから。怖いのを我慢してそろりそろりと教室の中に入って、ようやくその人が誰か分かった。
「みそか?」
祐司の声に、みそかはばっと顔を上げた。
「お前、足」
片方の靴下が赤いので汚れている。
「どうした?」
ゆっくり問えば、返答があった。
「靴の中、きんいろの針入ってた」
そう言ってみそかは掲示板を指さす。がびょうが太陽の光を受けて輝いていた。
「がびょう?」
みそかは黙って頷いた。ランドセルのことも忘れて、祐司はみそかに肩を貸していた。
「よし、保健室行くぞ」
しかし、いくら空手クラブに所属している祐司でもそれは随分難儀なことだった。みそかを自分に寄りかからせるようにして、保健室に向かうのだけれど、半分行くかと言うところで祐司は挫折した。
「お前、重い」
何せ自分よりも大きいのだ。
「ひどい!」
片足立ちでぴょんぴょんしながら、みそかが黄色く怒鳴る。
「なにやっとんの、二人とも」
昇降口の方から声がした。振り向くと、樹夏がこちらに歩いてくるところだった。
「って、みっちゃんえらい怪我やんけ、なにやっとんのにしやん。早送って行かな」
「みっちゃん?」
呼ばれた本人が不思議そうに首を傾げた。
「せやで、みそかちゃんだからみっちゃん」
「おれのあだなまた変わりおる。前はユージーユージー読んどったくせに」
「せやかてユージーは呼び捨てと変わらんやろ。ほれ、行くで」
樹夏と祐司の肩につかまり、みそかはどうにか保健室に辿り着いた。
「しっかしあのあおいちゃんもひどいことすんなあ」
保健室の先生はみそかの話を聞くなり、慌てて職員室にかけて行ってしまった。頼りない。
「あいつがわがままなんは元々じゃ」
樹夏は重々しくふう、とため息を吐く。
「これからもこういう意地悪があるかもしれんな」
「ほうじゃな」
「せや、うちいーこと思いついた!」
樹夏の大声に、大人しく椅子に座っていたみそかが、ぎょっとしたようにこちらを向く。
「うちら3人で、同盟を組むねん」
「同盟? なんじゃそれ」
「うー。難しいことはともかく、意地悪をしてくるあおいちゃんらは『わるいこ』やろ? やったらうちらが『よいこ』になって、みっちゃんを守ったればええねん」
子供らしい勧善懲悪論を振りかざし、樹夏は告げる。
「名付けて、よい子同盟! リーダーはあんたな」
樹夏は祐司を指さした。
「おれ!?」
「やって一番ケンカ強いやん。よろしくな、リーダー」
みそかは祐司と樹夏を見比べ、祐司に片手を差し出した。
「よろしく、リーダー」
「ほら、みっちゃんも言ってるねんで」
「ああもうわかった」
しぶしぶみそかと握手する。隣では樹夏が拍手をする音が聞こえた。