Novel

サイバーポリス - 終

「もーなんやねん」
 次々襲いかかってくるウイルスを駆除しながら、傍にいるだろう人物に声をかける。
「ほんまにこれでええのよね!」
「確かにそう言ってた!」
 言いながら、みっちゃん――シロは両手をかざす。彼女の目の前で爆発が起こる。巻き込まれたウイルスは熱風にかき消えた。
どうしてそうなる、なんて無粋な突っ込みは今はしない。というか突っ込んでたらきりがない。
「あの、あれなのよ、Dr.が今日実行って……わあっ!」
 シロの眼前に突っ込んできたウイルスを、隣りにいたクロが薙ぎ払った。
「平気か?」
「何とかね。むしろあんたの攻撃の方が怖かった」
 そんな他愛ない会話を眺めながら、私はふと疑問を口にする。
「平気なん?」
「大丈夫よ」
 ウイルスが突っ込んできた衝撃か、シロはしりもちをついていた。
残念ながら、私の言葉の真意には気づけてもらえなかったようだ。恩に着るわ、なんて芝居がかったことを言いながら立ち上がる。
「みなまで言わすな、Dr.のこと」
「ああ」
 そこでシロは、ようやっと私の言いたいことを了解したみたいだった。クロと顔を見合わせてから、彼女は口を開く。
「怒ってるよ」
 それにしては随分冷静なように見える。
憮然とした態度でクロが続けた。
「犯人だって聞いたときは信じられなかったし、Dr.が何したいのかよく分からんし。アネ――シロに当たられるし」
 そこで言葉を切って、重たいため息を吐いたクロを見やり、シロが話を続ける。
「だからDr.を見つけたらぶん殴るって決めてんの」
 仲間だから、シロの台詞は、言外にそう言っているように思えた。
 しかし、何でこうウイルスがうようよしているんだろう。とてつもない既視感に頭がくらくらする。
騒動が収まったら、しばらくゲームは控えよう。そう決断するくらいには、このウイルスの数に参っていた。
「なんなん。Dr.はほんまに、なにがしたいん?」
「さあねぇ」
 思わず音を上げた私に、シロはにべもない。
「でも、Dr.は仲間だから。仲間が暴走してるんなら、それを止めるのもまた仲間、でしょ?」
「ええこという。シロらしくもない」
 シロは首を傾げてえへへ、と笑った。
――こいつ、けなされているのが分かっているのだろうか。
しかしシロがおちゃらけたのも一瞬で、それこそシロらしくない、いつになく頼りがいのある口調で、言った。
「ぼーっとしてる場合じゃないよ、さ、Dr.を探そう」
 シロは颯爽と私の前を歩く。「仲間を止めるため」あれは本音だったのだろう。シロの歩みはすぐに追い越せたが、彼女の言葉に少しだけほっとしたのは確かだ。

ウイルスが増えている。
何となくだが、確信に近いレベルでそう感じていた。
「そっち終わった?」
「も少し!」
 目の前のウイルスを爆破しているシロの返答を聞いて、それは確信へと変わった。
「何なの、ウイルス増えてんじゃないの」
 背後をクロに任せ、私の方に歩いてくるシロを見て、ああ、羨ましいなと思う。
アーサは先日の1件――サイポリ出入り禁止になっているから、ここに来ることが出来ないから。
「キナコ、話聞いてる?」
「あ、ああ。すまん」
 やはりシロも気付いていたか。
 息が切れると言うことが無くとも、見える限りシロも疲弊している。そのせいかは分からないが口調が悪い。
「原因はやっぱDr.やろうな」
「何で」
 訊き返すシロに、私は努めて分かりやすく説明する。
「時間稼ぎと違う?」
「時間稼ぎ?」
 シロは分かりやすくクエスチョンマークを浮かべた。
「うちらを近づけさせんよう、ウイルスを増やしとるんやろう。逆を言えば、うちらがこんなウイルスを放出させるほど、Dr.に近づいたっちゅうことやろ」
「ご明察」
 どこからともなく声がする。それに呼応してか、さっきまで騒がしかったウイルスが急に大人しくなる。クロが誰よりも早く身構えて、迎撃態勢をとった。
「アネキ」
「分かってる」
 空気が、変わった。
――いや、彼が変えたのだ。
「ドクターァア!!」
 とんでもないステレオ。神妙になった空気をひっくり返すかの様な怒号に、彼――Dr.は一瞬ひるんだように見えた。
見れば、シロとクロが飛び上がり、それぞれ左右から拳を振り下ろそうとしている。
Dr.はそれを後ろに飛んでかわす。Dr.が立っていたところには大穴が開いた。
「相変わらずとんでもないな」
「るっさい、一発殴らせろ!」
「そうだ、一回破滅しろ」
 物騒なことをぬかす二人組に苦笑しながら、飄々とした態度でDr.は言う。
「まあまあ。何かのついでだ。良いことを教えてやるよ」
 気が抜けたようにシロとクロの動きが止まる。お互いに顔を見合わせて、シロが肩をすくめた。
 Dr.は笑う。口元を不気味な形に歪めて。そして私たちを指差し、言った。
「お前達を閉め出す、その準備が整った。つまるところ強制ログアウトだな」
「は、そんなこと、」
 出来るわけが無い。そう言いかけて、あさみのことを思い出す。こいつだったら、もしかしたら――。
「どうだろうな」
 言って、Dr.は私たちに両手をかざした。
「どきなーよ」
 静かな、それでもこの空間でもっとも力を持った声がした。
 ビームソードが縦一文字を切った。
「アーサ」
 空から女の子が降ってきた。彼女が女の子かと訊かれれば、怪しいところもあるが――とにかく降ってきた。
 Dr.目がけて。
直撃は避けたらしく、アーサは向かい合う東組の真ん中に立っていた。
「えー」
 ようやく全員の視線が自分に集中しているのに自覚したらしい。頬を掻いてから、言う。
「ただいま惨状☆ 西組のアーサ!」
「ちょっと待てぇ!」
 なぜ星が散っている、その変なポーズはなんだ。色々突っ込みたいところだけれど、アーサはそれを待ってはくれなかった。
 跳躍し、両手で握ったビームソードをDr.に向かって振り下ろす。
守りが堅い分、動きに難のあるDr.は、それを真っ向から食らう羽目になった。まあそれでくたばるような奴じゃないけど
「おんしゃあ」
 後ろ向きに倒れたDr.を見下ろしながら、険のある声でアーサは言う。
「この世界から”自分ら以外”閉め出して、ほいで満足か」
「そうだって言ったら?」
 上半身を起こしたDr.の薄い笑みに、アーサは激昂する。
「閉じこもって満足か。この世界で! ”覚醒者”だけの世界つくって、ほいで満足か!」
 語気を強めながらアーサは怒鳴る。ひるんだようにDr.は体を僅かに仰け反らせた。Dr.の片腕が浮く。
 細い筒状のレーザー砲が、アーサを狙っていた。 「何を今更。元々それが目的で行動していたんだよ?」
 Dr.の指先が、アーサに照準を合わせる。
「それは――。それはただの自己満足やろうがッ!」
「心外だね。君に言われるとは」
 Dr.は肩をすくめる。そして小さく口を動かした。途端、レーザー砲が火を吹いた。
 爆発。 「アーサ!」 「君だって感じていたろう。周りの目を。みんな僕らを外れもの扱いするのを」
 倒れた人影に向かって、Dr.は言う。アーサは攻撃力に特化している分、防御に難がある。Dr.とは真逆のステータスだ。
 アーサは倒れていたが、直撃は避けていたようだ。流石、すばしこいだけはある。
 素早く身を起こし、アーサはDr.を斬りつける。数本のレーザー砲が破裂した。
 Dr.が顔を歪めさせた。その重みのありそうな手を掲げ、ウイルスを発生させる。それは半ば自白に近い行動だった
 しばらくアーサはでたらめにビームソードを振るっていた。けれど後退した方が無難だと判断したらしい。遠距離から銃撃し始める。
 ウイルスが霧散すると、アーサはDr.と間合いをつめた。Dr.は迎撃の準備をしている
「ハイ、ストップ」

 気付いたら、2人の間に割って入っていた。
「何しとるん」
 アーサの言葉には険があるように見える。
「知らんわ!」  そう、自分でも何をしているのか分からない。
「けど、やけど、おかしいよ、こんなんは。なんで相手が自分の言うこと聞かんからって暴力やの!」
 この2人が放っている殺気は異常だ。なんだか、お互いを殺そうとするような――。
「この、阿呆どもめが――!」
 私はアーサとDr.の額を渾身の力でぶつけ合わせる。突然のことで、2人とも反応できなかったのだろう、痛みにもだえている。
 そんな2人をよそに、私は横になった。それこそ倒れるように。
「あー疲れた」
「なんでお前が」
「友達が命懸けてケンカしてんの見たくないねん」
 せやろ? とシロとクロを振り仰いげば、ふたりとも肯定の意を示している。阿呆2人を見上げれば、戸惑いを隠せずにしどろもどろ。
 分かりやすい照れ方である。
「……そうか」
 先に立ち直ったDr.の悔しそうで、けれど納得した声に、続くもの達がいた。
「そんなことより、Dr.私たちに言うことあるよね」
 無表情でシロは言う。クロはと言えば、普段では有り得ないような笑顔を浮かべていた。二人とも、怖い。  若干苦笑気味にDr.が言った。 「すまん」
 二人は宣言通りにDr.を殴り、それぞれ横になった。