Novel

バト厨が方向音痴でイッシュに行っちゃった話

 カイナの港は今日も賑やかだ。
 最近出来たという、バトルフロンティア行きの船に乗って、レギは手すりにもたれかかっていた。
 白いキャスケットが飛ばないように押さえながら、モスグリーンのロングコートを風の思うがままにはためかせている。コートのボタンを閉めていないせいで、クリーム色のカットソーが見え隠れしていた。
 ――これから強いトレーナーと戦う自分を想像すると、興奮で胸が震える気がします。
 足元で、パートナーポケモンのブースターが騒いでいる。
 きっと彼女も強者の気配を感じ取って興奮しているのだと合点して、安心させるように声をかけた。
「大丈夫ですよ、ブースター」
 だから落ち着いて下さい。
 そう言うと、ブースターはレギのズボンを引っ張るという最終手段にでる。
「そんなに船が嫌ですか?」
 そう問いかけると、ブースターは違う違うと言うように首を振る。
 ――おや、違ったのですか。
 出発の合図が鳴り、船はざあざあと水を切っていく。頬に当たる潮風が心地いい。ブースターはほのおタイプだからだろうか、風を避けるようにレギの足下で丸くなっている。
「船室に戻りましょうか」
 どうも甲板はブースターがつらいようなので。
 レギがそう呟いた途端、ブースターは勢いよく立ち上がり、先陣を切るように歩き出した。
 そんなに甲板が嫌でしたか。
「そういえば、誰とも会いませんねえ」
 どなたかとバトルがしたかったのですけど。ぼんやりと呟く。
「バトルがしたいれふ」
 最後はあくびにかき消されて言葉にならなかった。言ったからってトレーナーがほいほい寄ってくるわけでない。
 大昔、スクールの同級生に、お前は「バトルをしないと死ぬ病」にかかっている、といわれたのをふっと思いだす。
 ――まことその通りです、僕はポケモンバトルが無ければ退屈で死ぬでしょう。
 ブースターが、あてがわれた部屋のドアを開けてくれている。気の利く相棒がいて僕は幸せです。

 ――ピンポーン。
 遠くで音が鳴る。レギはぼんやりとする思考をまとめながら、ゆっくりと覚醒していた。まだ眠い。
『ヒウンタウン、ヒウンタウンに到着いたしました』
「どういうことですか!」
 がばり、先ほどの眠気はどこへやら、レギは勢いよく起き上がる。
 窓の外を見る。知らない町。連立するビル群。少なくともここがバトルフロンティアではないことはわかる。
 船が停止するなり飛び降り、周囲を見渡す。
 見知らぬ土地。頭が真っ白になるとはまさにこのこと。レギは港にぼんやり立ち尽くしたまま言った。
「……やってしまいました」
 ここはどこでしょうか。思わずしゃがみ込みそうになって、視界に何か緑色っぽいものが映った。
 視線を上げると、コンテナの陰に隠れるようにして、小さな傷だらけのポケモンが体を丸めていた。