Novel

亡国の獣 弐拾―陰伏―

「いいのか、行ってしまって」
 角少年の言葉に、冲和がぴたりと足を止め、闊達が振り向いた。
「合流しなくて大丈夫か? このまま三人で王都へ行ってしまって……」
「いつになく弱気だな」
 闊達が、呵々と笑いながら言った。それはさながら太陽のようだ。
「大丈夫だよ、僕ら、向かう場所は同じなんだから」
 冲和がゆるりと振り返り言った。その顔がゆっくりと驚愕にゆがんでいく。おもむろに二人の腕をつかむと、ものすごい力で引っ張って路地裏にまろび行った。引き込まれた角少年はつんのめって尻餅をついた。
「何をする」
「黙って!」
 冲和が動作で表通りの方を示す。そこには、腰に刀を差した男たちがせわしなく走り回っていた。いたか。いや。なんてことのない会話だが、妙に殺気立っている。
「あれはなんだ? 連携の良さからして、どこぞの私兵だろうが」
 闊達が声を潜めて言う。冲和は訳が分からないと首を振って、角はただ蒼白な表情で下唇をかんでいた。
「――行こう」
 生気のない顔のまま、角少年がやおら立ち上がった。
「どこにさ」
 訝しげな冲和の問いに、角少年は行きたいところがある、とだけ答えて、ふらふらと路地裏の方へと歩いて行く。今にも倒れてしまいそうな危なっかしい足取りで。

質実剛健を表したような門が、離れたところにそびえ立っている。三人はそれを伺うようにして物陰に隠れていた。門札には「丁」の一文字黒々とした墨で書かれている。
「ここは……」
 闊達が呆然としたように呟いた。
「丁廉羽林将軍邸」
「将軍の家?」
 信じられない、といった気分で、おうむ返しに問う。
「そうだと言ったろう」
 角少年は機械的にそう返した。
「なんで、君が」
 角少年はそれに応えることなく、門兵の前に進み出た。冲和は思わず声をかけたが、聞いていないようだ。
何事か言葉を交わしていたが、やがて門兵が慌てた様子で門の中に飛んでいった。角の手招きに応じて、物陰から足音を潜めて近寄る。
「君は一体何者だい?」
 将軍に取り次ぎができるなんて。冲和が問うと、角少年はふいと顔を背けて、別に、と呟いた。
閉じられていた門が、ゆっくりと音を立てて開く。闊達は何を察したのか、腰刀に手をかけた。
「ひっ……!」
 冲和が短い悲鳴を上げた。
門の中に、十人はくだらないだろう兵士が居並んでいたからだ。
「者ども、引っ捕らえよ!」
 勇ましい女性の声とともに、兵士たちが一斉に襲いかかってきた。