サイは窓の外を眺めていた。
彼女は船酔いを誤魔化そうと思っていたのだった。元々は手紙を読もうと画策していたのだが、季節風で船が酷く揺れるため、それは叶わなくなっていた。
しかし窓の外を眺めると言うのも失策だったのかも知れない。外は一面の雪で、揺れる船内でじっと文字を見つめているのと変わらない心地になったためである。
目の端に映る、「青皮造船所」の文字列を頭の中に叩き込んで、サイは目を閉じた。そこが目的地なのだ。
これでは単語帳を眺めることもできない。故に異国語を覚えることもままならない。向かう先は右も左もわからない異国だというのに。
不安要素を残したまま、サイを乗せた船は港へと到着した。到着のベルが鳴る。
酔ってふらふらした状態のまま、モントレビー東空船港――港とは名ばかりの広場へと降り立った。
目が回ったせいか、ぐわんぐわんと地面が揺れている気さえする。倒れ込むようにベンチに辿り着き、そこで粗く息を吐いた。
隣に男が腰掛けた。サイはトランクを取られまいと掴む手に力を込めた。だが、上手く力が入らない。そんな弱ったサイを嘲笑うように、男はトランクを掴んで立ち上がって行ってしまった。
「……この」
ベンチを叩く。だが、冷たい木目の上に力なく手が置かれたに終わる。
「大丈夫ですか!」
誰かがサイのそばに駆け寄ってきて、言った。どこが大丈夫に見えるのだろう。余裕のない心がそう毒づいた。
胃の中から何かが迫り上がってくる。
――もう限界だ。
ふわふわした意識の中で、瞼を持ち上げると、サイは空を飛んでいた。比喩でも冗談でもなんでもなく、サイは背中から生えた翼を羽ばたかせて、鳥のように宙を舞っていた。
眼下では、故郷の人々が、サイを見上げていた。母、幼馴染み、お隣さん――あと、弟。 彼らの背中には翼がないから、飛べないのだろう。可哀想に。父さんや私のように翼があれば飛べるのに――。
そこまで考えて、サイは、はたと思考を停止させた。
サイの父は、彼女が幼いときに戦死している。サイは眼下で自分を見上げる母を見た。
彼女は、少し前に病で死んだはずではなかったか?
サイが次に意識を取り戻したとき、そこは病室だった。
ああ、夢か。朧な意識の中で、先ほどの夢を反芻する。ため息しか出ないほど、呆れた夢だった。
重い頭を動かして、周囲の状況を探った。今はサイしか使っていないようだが、どうも、ここは大人数用の病室だ。ベッドがたくさんある。