表面張力と重量のバランス
入山は道もない斜面から、
5月の藪の無い時期を狙ってアプローチする。
単独行のため周囲に十分注意して登る。
しばらく登ると半ば崩れた遺構が現れる。
鉱床図からもまだ選鉱所には遠く、
これは搬出に関する遺構のようだ。
石垣や水槽の様な一画もある。
浮遊選鉱には大量の水が必要だ。
それは選鉱中だけでなく、分離後にも当てはまる。
選鉱後の鉱石は65〜200メッシュ(後述)と言われる大きさの泥水状で産出する。
この泥水状の鉱液をパルプと呼ぶが、
これをシックナーなどの凝集沈殿槽装置で処理する場合も大量の水が必要だ。
浮選試薬は捕収剤と呼ばれるクレオソートやコールタールなど、
またザンセートなど鉱物表面を水がはじきやすくする薬品が使われる。
疎水性を高めて泡と結びつきやすくするのが目的だ。
朽ちた配管が散らばる一画を抜ける。
薬品を送る配管。
選鉱所は近いようだ。
更に山中を進むと選鉱所が現れた。
昭和30年建設の巨大な施設跡だ。
大盛鉱山
選鉱所が約750t/日のため、それに匹敵する規模だ。
選鉱所は同じ鉱石が目的でも、
時代、会社、地域によって若干の違いがある。
増設や建て替えも多く様々な側面が見られる。
石垣が連なり巨大な施設だ。
いつも感じるが、これだけの大規模な設備にしても、
採算がとれる事業だったのだと痛感する。
一般に鉱石は80〜95%が無用の岩石、
つまり脈石部分であり、
有用鉱物は5〜20%となる。
有用鉱物自体も数種が複雑に共存しており、
無用鉱物を分離した後も、
複数回の選鉱が必要となる。
浮遊選鉱を行う前には、
まずは鉱石を粉砕する必要がある。
20p以上の塊を粒や粉まで砕くのである。
粉砕は鉱石中の有用鉱物と無用な岩石部分を、
それぞれ単体に分離する大きさまで行う。
その目的の大きさは65〜200メッシュである。
メッシュという単位は網の目の大きさの単位で数字が大きいほど細かい。
これは1インチ(25.4o)の間にいくつマスがあるかということだ。
例えば14メッシュなら25.4o間に14個、つまり1マス目は1.81oとなる。
実際には80メッシュが0.177o、つまり177ミクロンとなり、
200メッシュは0.074o、74ミクロンとなる。
例えば食塩は100ミクロン、毛髪が70ミクロン、歯磨き粉が10ミクロンとなる。
ここまで細かく粒子を揃えるのには理由がある。
硫化金属鉱物が100〜15ミクロン、非金属鉱物で60〜800ミクロン、
石炭で100〜3,000ミクロン程度とそれぞれに単体の大きさがある。
この泡と結びついた粒の比重が選鉱溶液の比重より軽いときに浮かび上がるわけなので、
この比重が粒の大小に大きく影響する。
つまり浮かび上がるためにはその鉱物ごとの大きさが必要となる。
また、1粒子1鉱物に分離しないと浮選精鉱(仕上がり品)の品位は上昇しない。
粒が大きすぎれば泡と付着しても浮かび上がらず、
小さすぎても目的以外の鉱物まで浮遊してしまうこととなる。
これら理由により、選鉱所手前では選鉱経費の大部分を投入して、
破砕ーふるい分けー粉砕−ふるい分けを繰り返し、
既定の細粉にすると同時に粒子を揃えるのである。
粉砕中から各種薬剤が投入され、
鉱物表面が浮選に合致した状態となる。
鉱物パルプ化するために水が加えられ、濃度や温度が調整される。
水槽内部にはウサギが落下して亡骸と化していた。
選鉱前にはpHの調整が行われ、
これは黄銅鉱などがpH7以上で沈むからである。
浮選の化学的な原理については長らく研究されてきた。
つまり、どうして鉱物に水をはじく性質を与えられるのか、
またどうして泡と結びつくのかという理由だ。
化学反応、イオン交換など界面電気的な事象も提唱され、
それぞれ研究は進んでいる。
それもより効率の良い浮遊選鉱を目指すことに他ならない。
浮遊選鉱の発端は鉱夫の妻が夫の作業着を洗濯中に、
鉱物が浮かび上がることを発見したことに起因するという。
何気ない発見がこのような巨大施設に結び付いている。
本坑では分離した沈鉱から段階的に優先浮選を繰り返すことで、
総合浮選よりも効率的に、単純浮選よりも効果的に、
浮遊選鉱を行った技術的価値が大きい。
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