消えた緩速ろ過の軌跡


積雪の廃道を登る。
スノーシューは踵を引きずって歩くので、基本後退はできない。
下がる場合は、回り込んで前進で戻る。 アプローチ



地形図に従い、鞍部を目指して登る。
スノーシューで斜面を登るときは、つま先を斜面に蹴りこむキックバックを使う。
下りは重心を落として、前のめりにならないようジグザグに下る。 斜面


しばらく登るとピークを越えた平場に巨大な建物跡が見える。
配水池を兼ねた浄水場跡だ。
豪雪に埋もれている。 配水池


これが浄水場の全貌となる。
鉱山に付随する簡易水道の場合は、
浄水場と配水池を兼ねた垂直統合が行われることがあったようだ。 配水池


配水池は浄水場できれいにされた水を貯えるタンク施設だ。
給水量は朝と夕方が多く夜間は少ない。
ところが浄水施設からは常に一定量の処理水が送水される。 浄水場


配水量には時間的変化があるので、
使用水量が減少する夜間は時間配水量を上回る送水量を配水池に蓄え、
使用水量が増加する日中は蓄えた分の配水を行うのである。 外観


配水池の設置位置は地形や地質に応じて配置され、
適切な高さが確保できれば、
動力を使わず自然流下をもっての配水が可能となる。 窓


内部は幾何学的な構成で損傷もひどく、
正式な入口もよくわからない。
踏み抜きや落下に留意して進む。 内部


地下水路とタンクが複雑に組み込まれた産業施設だ。
川から取水した原水はまず着水井(ちゃくすいせい)と呼ばれるタンクで水位を調整する。
その後、現代なら凝集剤と呼ばれる化学薬品を投入する。 地下水路


凝集剤は原水中の不純物を集めて固めて沈殿分離させる。
その後、再び凝集剤を混入させたのち ろ過池にて砂層に原水を通し、
不純物を再分離、その後塩素による消毒を施す。 廃墟


しかし本浄水場では旧方式の凝集剤を用いない ろ過方法が採用されていた。
それがこの屋外水槽、緩速(かんそく)ろ過方式だ。
緩速、つまりゆっくりしたスピードでの ろ過方法だ。 ろ過池


最上階から望む巨大な水槽。
ろ過方法は大きく分けて2つの ろ過方法が存在する。
遅い ろ過(緩速(かんそく)ろ過法)と速い ろ過(急速ろ過法)だ。 緩速濾過


レーザー距離計で計測すると水槽の深さは2.8mある。
19世紀にイギリスで発明された緩速ろ過はヨーロッパ大陸が起源のため、
コンチネンタル・フィルターとも呼ばれる。 水槽


コンクリート製のタンクが傾いている。
緩速ろ過は8〜24時間かけて原水中の大きな微粒子 (10 μm以上)を沈殿池で沈めた後、
上澄清水を砂ろ過池で自然と砂中にしみ込ませ、
1日に3〜4 m程度のゆっくりした速度で ろ過する。 タンク


ここは全体を見下ろす制御室のようだ。
ろ過用の砂層(0.7m〜1.8m程度)の上には好気性微生物(細菌や藻類)が数mmほど積もって
ゼラチン状の微生物ろ過膜を形成している。 制御室


建屋は2階建て、場所によってはその下にも水槽がある。
河川の自浄作用と同じく、この微生物ろ過膜が菌類の除去を行い
砂層で微粒子不純物を除去、下部から染み出た浄水を殺菌することとなる。 廃祉


ただし、かつて伝染病の拡大防止に大きく貢献した緩速ろ過には大きな欠点がある。
水中の不純物が多すぎると微生物ろ過膜がすぐに分厚くなって
ろ過スピードが極端に落ちることとなる。 コンクリート水槽


場所によっては2階から1階に及ぶ深い水槽がある。
水質汚染の進んだアンモニア濃度などが高い原水を導入すると、
すぐに水中の酸素を消費しきって ろ過膜中の好気性微生物が働けなくなってしまう。 鉱山遺構


複雑に入り組んだ造りの建屋だ。
進行した水質汚染の影響で現代では緩速ろ過装置は減少し、
変わって 急速ろ過法 が一般的となった。 産業遺産

緩速ろ過と急速ろ過の違いは以下の表のようになる。

  条件   緩速ろ過   急速ろ過
 適用原水  濁度 10度以下  特に基準無し
 前処理  普通沈殿  凝集沈殿
 ろ過機構  生物作用  物理作用
 ろ過速度  4〜5m/日  120〜150m/日
 ろ過砂厚  70〜180p  60〜70p
 ろ過継続時間  数か月〜半年  1日程度
 ろ過洗浄方法  上部削り取り  下部から逆洗浄
 ろ過装置の規模  大規模  小規模
 流入水への緩衝度合  水量/水質変化大きい  水量/水質変化小さい
 ろ過後の水の味  良質  普通
 塩素注入量  少量または不要  必須

つまり、原水があまりに汚れていると緩速ろ過は対応できず、ろ過速度には大きな違いがある。
急速ろ過はろ材、つまりろ過砂が1日で目詰まりし、たびたび逆洗浄が必要となる。
原水に対して処理後の浄水は大きく量が減り、水質も変わるのが緩速ろ過である。
微生物層で細菌まで処理できる緩速ろ過には塩素消毒が少なくて済む。

結論として、原水が汚染され、給水量が大きい場合は緩速ろ過では間に合わず、
時代と共に急速ろ過方式に移換、現在、緩速ろ過による浄水量は日本全体の4%に留まっている。

窓から


外部の壁には昭和10年の鋳鋼製エルボが露出している。
配管の太さも現在のA呼称規格ではなく、
独自の直径のようだ。 昭和10年


こちらは最下層に残る地下タンク、
浄水池と配水池を兼ね備えた給水前の浄水タンクだ。
深さは4.2m。 地下タンク


鉱山跡から遥か離れた山中に残る巨大遺構。
浄水場の中でも古典的な処理機構を語る遺構の数々。
既に廃止されてからの期間の方が稼動期間より長いこととなる。 廃浄水場






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浄水場跡
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