日昇鉱山跡 探検: 北の細道

東金山鉱山で洞内分岐に遭遇す




北海道様似町
日高山地では唯一の金山として稼行された鉱山だ。
実は4度目のアタックにてようやく公開に値した。
本鉱山は複数のアタックを敢行しても、なお魅力がある。
そこには深い歴史があり、坑口がある。

時代は三代将軍家光の頃に遡る。
1635年、徳川家の政策も安定し、 参勤交代制の確立や鎖国体制の完成など、
幕府の基礎が固められた。

このころ様似で発見された本鉱山は 幕府の直轄の金山として、
採掘されることとなった。
今から370年以上前の話である。

明治44年(1911)には大阪の鉱業権者により、
ウンペ金山と呼ばれ、水車によって鉱石を 粉砕「混汞法」粉末にした金鉱石を水銀と混濁させた(=アマルガム)後、加熱して水銀を蒸発、金を得る製錬方法 によって産金したという。

その後、経営者の交代が相次ぎ日高金山と呼ばれた時期もある。
昭和6年(1931)からは日昇鉱山と呼ばれ、1〜8号坑を開坑掘進し、
やがて黎明坑という主坑を開坑したが、
昭和10年(1935)、鉱石品位の低下で収支採算が取れず休山と相成った。

自然の洞穴のような坑道、付近の沢をくまなく探索しての発見。
その全貌を見ていただこう。

洞内分岐、こうもり、探索・・・





東金山鉱山
( ̄u ̄;)洞穴



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