隧道に潜る


ふと見た対岸の木々の奥に黒い穴が見える。驚いて接近すると土手の中腹にコンクリート製の坑口が見える。
入り口

隧道か、坑道か、坑門に意匠はなく川をまたぐ橋梁も見られない・・・


しかしその前に河床を渡る必要がある。
幸い流れも水深もさほどではないが、苔むした岩場は非常に滑りやすい。

渡渉゙ 水没を免れるため、付近に落下していた塩ビパイプを用いて無事渡河した。

坑口

穴はゆがみ、崩落も予想できる。

とにかく突入してみよう。

詳細

入り口付近

LEDライトを点灯し隧道内部に侵入する。

漏水

木製の朽ち果てた扉があり、高さ幅とも180CM程度で足元にはレールもバラストもなく
一面コンクリート製だ。


内部

天井や壁のつなぎ目からは漏水がありコンクリートの鍾乳石が延びている。

奥に光は見えない。車輌も入れない隧道の行方はどこなのか。

さらに進む。様子が一変しブロック製の覆坑となる。

床

床は歪み盛り上がり、平衡感覚が麻痺する。

風のながれもほとんど無く閉塞も予想される。

中岡商店

右の壁に白い板が見えた。驚くべき事に小部屋がならび、
そこにはなんと商店の廃墟があるではないか。

見えた白い看板には「中岡商店」鮮魚店だ。

商店

あいかわらず光は見えないが、合計約18店舗が立ち並ぶ。
トタンで閉ざした店。生活用品店。ミルクの瓶や酒瓶がならぶ店もある。

閉店し廃墟となり、不思議な光景だ。
最盛期当時の風景

当時

石炭産業の体質改善、合理化が進められたのは昭和33年頃からで、
基幹産業を担う沼田町でも、生活防衛のためにその対策が推進された。
街を挙げての炭鉱存続運動の甲斐もむなしく、
昭和43年雨竜炭礦、昭和44年太刀別及び昭和炭鉱閉山と、
わずか半年間に三鉱山が閉山消滅、関連企業や中小商工業者に大打撃を与えることとなった。

張り紙

「みなさん手を取り合ってがんばろう  昭和支部閉山反対闘争本部」
「守ろう俺たち・・・・・・手で炭鉱・・・」
張り紙が数枚見える。

閉山、合理化との戦いの痕跡だ。

こうもり

商店ばかりに目が行くが、天井を見るとそこにはコウモリが数匹。
牙があり結構恐ろしい顔をしている。静かに通り過ぎる。安住の地なのだろうか。


ぶら下がっているがじっとして動く気配さえない。

水没

床の起伏が著しくなりしばらく進むと足元は水没してくる。

深さは10cm程度でなのでさらに進んでみる。

出口

カーブの先に、はたして明かりが見えてきた。

久しぶりの明かりに吸い寄せられるように外へ這い出ると

出口

山の斜面に唐突に出た。
先に道はなくこちら側からのアクセスは容易ではない。
半ば崩れて坑口さえ発見できないかもしれない。

閉塞していないことを確認し再び戻る。

鮮魚店

未知のトンネルは「隧道マーケット」であった。

豪雪地帯の炭鉱町であるが所以の不思議なタイムトンネルだった。
程よい疲労感とともに本日の探索を終了した。


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