☆★☆★ 原文 ☆★☆★
@ 尼君、「いで、あなをさなや。言ふかひなうものし給ふかな。おのが、かく今日明日におぼゆる命をば、何ともおぼしたらで、雀慕ひ給ふほどよ。罪得ることぞと、常に聞こゆるを、心憂く。」とて、「こちや。」と言へば、ついゐたり。
A つらつきいとらうたげにて、まゆのわたりうちけぶり、いはけなくかいやりたる額つき、髪ざし、いみじううつくし。ねびゆかむさまゆかしき人かなと、目とまり給ふ。
B さるは、限りなう心を尽くし聞こゆる人に、いとよう似奉れるが、まもらるるなりけりと、思ふにも涙ぞ落つる。
C 尼君、髪をかきなでつつ、「けづることをうるさがり給へど、をかしの御髪や。いとはかなうものし給ふこそ、あはれにうしろめたけれ。かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを。故姫君は、十ばかりにて殿におくれ給ひしほど、いみじうものは思ひ知り給へりしぞかし。ただ今、おのれ見捨て奉らば、いかで世におはせむとすらむ。」とて、いみじく泣くを見給ふも、すずろに悲し。
D をさな心地にも、さすがにうちまもりて、伏し目になりてうつぶしたるに、こぼれかかりたる髪、つやつやとめでたう見ゆ。
E 生ひ立たむありかも知らぬ若草をおくらす露ぞ消えむそらなき
F またゐたる大人、「げに。」とうち泣きて、
G はつ草の生ひゆく末も知らぬまにいかでか露の消えむとすらむ
H と聞こゆるほどに、僧都あなたより来て、
I 「こなたはあらはにや侍らむ。今日しも、端におはしましけるかな。この上の聖の方に、源氏の中将の、わらはやみまじなひにものし給ひけるを、ただ今なむ聞きつけ侍る。
J いみじう忍び給ひければ、知り侍らで、ここに侍りながら、御とぶらひにもまうでざりける。」とのたまへば、
L「あないみじや。いとあやしきさまを、人や見つらむ。」とて、簾下ろしつ。
K 「この世にののしり給ふ光源氏、かかるついでに見奉り給はむや。世を捨てたる法師の心地にも、いみじう世の憂へ忘れ、よはひ延ぶる人の御ありさまなり。いで、御消息聞こえむ。」とて立つ音すれば、帰り給ひぬ。
☆★☆★ 現代語訳 ☆★☆★
@ 尼君が、「なんとまあ、子供っぽいこと。たわいなくていらっしゃるよ。私の、このように今日明日に(迫ったと)思われる余命のことなど、何ともお思いにならないで、雀に夢中になっておられることよ。(生き物をいじめるのは)罪作りなことですよと、いつも申し上げているのに、情けないこと。」と言って、「こっちへいらっしゃい。」と言うと、(少女は)ひざをついて座った。
A (少女の)顔立ちはたいそうかわいらしげで、(まだ剃り落としていない)まゆのあたりはほんのりと霞む感じで、子供らしくかき上げた額ぎわや、髪の生え具合は、たいへんかわいらしい。成長してゆく先の様子を見たい人だなあと思って、(源氏は)目をおとめになる。
B それというのも実は、このうえもなくお慕い申し上げている人〔藤壺の宮〕に、たいそうよく似申し上げているからこそ、(心がひかれ、)見つめずにはいられないのだなあと、思うにつけても涙が落ちるのだった。
C 尼君は、(少女の)髪をしきりになでては、「くしけずることをいやがりなさるけれども、美しい御髪ですこと。(あなたが)たいへんたわいなくていらっしゃるのが、しみじみと心配なことです。これくらいの年ごろになると、もうこんな風ではない人もあるものですのに。あなたの亡き母上は、十歳ぐらいでお父上に先立たれなさったころは、たいそう物事を理解していらっしゃったのよ。たった今、私が(あなたを)お見捨て申し上げて死んだなら、どうやって暮らしていこうとなさるのだろう。」と言って、ひどく泣くのを(源氏は)御覧になるにつけても、わけもなく悲しい。
D (少女は)幼心地にも、やはり(尼君の顔を)じっと見守って、伏し目になってうつむいたところに、こぼれかかっている髪は、つやつやとして美しく見える。
E 生ひ立たむ・・・生い育ってから将来の境遇も知れないこの子を残して死ぬ私は、死ぬにも死にきれない気持ちです。
F (と尼君が歌をよむと、)またそこに座っていた先輩格の女房は、「ごもっともで。」ともらい泣きして、
G はつ草の・・・幼いこの姫が育っていく行く先も見届けないうちに、どうしてあなたは先立つなどとおしゃるのですか。元気をお出しください。
H と申し上げるうちに、僧都があちらからやって来て、
I 「こちらはまる見えではございませんか。今日に限って、端近においでになったことですね。この山の上の聖の坊に、源氏の中将が、わらわやみをご祈祷にお見えになったのを、たった今聞きつけました。
J ごく内々でお忍びでいらっしゃったので、存じませんで、ここにおりますのに、お見舞いにも参上しませんでしたよ。」とおっしゃると、
K 「まあたいへんだわ。ひどく見苦しい様子を、きっと人が見ただろう。」と言って、簾を下ろしてしまった。
L 「世間で評判でいらっしゃる光源氏を、こういう折に拝見なさってはいかがですか。世を捨ててしまった法師の(身である私の)心にも、(見れば)すっかり世の悩みを忘れ、寿命が延びるようなあの方のご様子です。さあ、ご挨拶を申し上げよう。」と言って立ち上がる音がするので、(源氏は寺に)お帰りになった。
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