いろいろな道

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名のある通りの所縁

景清ゆかりの地

景清橋
滋賀県安土町

山本川の景清道に架かる橋。
景清橋道標
滋賀県安土町

景清橋西側にある石柱の道標。
景清道道標
滋賀県安土町

JR琵琶湖線南側の浄厳院近くの道標
景清道道標
滋賀県東近江市五個荘本町

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景清道(かげきよみち)(解説)
五個荘町内のほぼ中央を南北に走る古道は、景清道と呼ばれ、源平合戦の昔、平家方の勇将・悪七兵衛平(藤原)景清が盲目となった己の目の回復を祈って京都清水寺に詣でた時、通った道と言われています。「平家物語」では、屋島の戦いの際、那須与一が扇を射落とした後、景清が陸に上り源氏の武将の兜の錣を取って「やぁやぁ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ・・・」と大音声で名乗った勇者として知られています。また、景清道は陰京道とも書かれて、中山道(当時は東山道)の間道として利用されたとも言われています。
      平成十三年三月         五個荘町
景清道道標
滋賀県東近江市五個荘竜田町

五個荘小学校近くの道標
景清の土牢跡
神奈川県鎌倉市扇ガ谷

治承・寿永の乱において平氏方として活躍した藤原(平)景清が閉じ込められた牢の跡。
清水寺
京都府京都市東山区清水1-294

盲目となった己の目の回復を祈って京都清水寺に詣でた。
平景清の墓
大阪市淀川区西中島7-8-5

大阪市淀川区の光用寺には、悪七兵衛景清の墓がある。本堂裏に大小七つの塚が並んでいる。七つの塚のうち二番目に大きいのが景清の墓と伝わっている
景清神社
愛知県大府市吉田町1-246

1185年、壇ノ浦の戦いで源氏に敗れた平家。
ここは、景清が平家滅亡後に、浅羽八太夫の援助を得て隠棲した屋敷跡と言われている。

景清神社

景清公之旧跡碑 芦沢の井
平景清墓所
愛知県大府市半月町3-171

生目八幡宮(生目神社)

生目八幡宮

平景清墓所石碑
常福寺
愛知県大府市半月町3-151

平景清の菩提寺
 
景清社
名古屋市熱田区神戸町41

名古屋市熱田区には、祭神を平景清とする景清社がある。この地は景清の屋敷跡といわれている。

名のある通り

景清道 滋賀県安土町 東近江市

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