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漱石山房通り
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緑のライン・・・漱石山房通り |

漱石山房通り |

漱石山房通り |
東京 新宿区
漱石晩年の旧居は馬場下の実家に程近い住宅地の一角で、旧牛込区早稲田南町七番地にある。漱石が教職を辞して東京朝日新聞社に専属作家として入社した明治40年。その年の9月から没するまでの10年間を過ごした旧居で、「漱石山房」と称された。昭和20年5月25日東京大空襲により早稲田一帯と共に焼失。戦後、土地は都が譲り受けた。のち新宿区に移管され、現在は敷地の一部が区営住宅と区立漱石公園となっている。この漱石山房の前の通りが「漱石山房通り」と命名され、新宿区により標柱が立てられている。
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