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藤村プロムナード


藤村プロムナード
 
藤村プロムナード
 長野県小諸市
島崎藤村は明治32年小諸義塾塾長である木村熊二の招きにより小諸義塾に教師として赴任した。この年4月函館の網問屋の三女秦冬子と東京で結婚し小諸に住居を構えた。 藤村が小諸で暮らしていた家の跡には有島生馬氏の筆で藤村旧栖地の碑が立ち、近くには藤村ゆかりの井戸がある。通勤していた通りは藤村プロムナードと名付けている。懐古園内には「小諸なる古城のほとり・・・」の藤村詩碑と藤村記念館がある。。
 
藤村旧栖地の碑

藤村旧栖地の碑 解説
 島崎藤村旧栖の地
近代の文豪島崎藤村は明治三十二年木村熊二の(小諸義塾塾長)招きにより小諸義塾に教師として赴任し、この年四月函館の網問屋三女秦冬子と東京で結婚、ここ馬場裏に居を構えたその家は士族屋敷跡で棟続きの草ぶき平屋建て南側に主婦部屋、茶の間、台所、北側に書斎、書生部屋、納戸物置と続いていた。 近隣との交際も深くその婦人たちがここで生れた三人の子女たちの出産を手伝った 藤村は明治三十八年(一九〇五)四月小說「破戒」完成への熱意に燃え約七年間過したこの地を去り上京した。 この出発は藤村が小説家への転身と「人生の旅人」からの離別を意味するものであった。
今はこの屋敷跡に有島生馬氏の筆で「藤村旧栖地」の碑が建てられている。
懐古園内には「小諸なる古城のほとり・・・」の藤村詩碑と藤村記念館があり文豪藤村の人となりや藤村文学を学ぶ研究の基地となっている。
小諸市
 
藤村ゆかりの井戸
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