1580/02 - 1581/03
前回バイエルンに宣戦したのと同じ理由でカシモフ=ハン国へ宣戦布告。
ノヴゴロド・スウェーデンという美味しい2国が付いてきた。
ノヴゴロド・スウェーデンから
ノヴゴロド・トヴェリ・エステルイェートランド・ベリスラーゲン・ヴェルムランド
の計5プロヴィンスと計1200ダカットを得て和平。
これで CoT が3つになった。
我が国の商圏も綺麗に3分割である。
1583/03
スカンジナビアの飛び地を回収するためオスマン帝国と戦うべく属国のボスニアへ宣戦布告。
いや、直接宣戦すると敵の同盟が・・・。
1583/11
統治レベルが20に到達。全国の改革派プロヴィンスに按察所の建設開始。
1585/02
オスマン帝国から
スモーランド・ベルゲンシュス・グルジア・チェルソン・ブジャク・バナート・ワラキア・オルテニア
の8プロヴィンスと250ダカットを得て和平。
飛び地が減ってオスマンもスッキリしとことだろう(笑)。
1588/01 - 1589/11
バルト海沿岸コンプしたいので書類偽造の上でポメラニアに宣戦布告。
数少ない改革派なので安定度が久々に下がってしまった。
敵にはスウェーデン・ノルウェー+アンスバッハが付いた。狙い通り。
ノルウェー・アンスバッハからアークレイリと86ダカットを得て和平。
ポメラニアとスウェーデン併合。
2ヶ国も併合したので BBR がしこたま溜まってしまった。
1594/11
交易レベルが21に到達。市場の建設開始。
流石に領土が広がって全土一気にとはいかない。
1595/05
新帝ヤン2世ジグムント即位。能力は 4-3-3。・・・ガクッ。
1598/02 - 1598/12
またオスマン帝国と戦うため属国のボスニアへ宣戦布告。
現在オスマン帝国はイギリスと戦争中。つまり我々は火事場泥棒。
オスマン帝国からブルガリア・シリストラ・ニシュ・ブルガス
の4プロヴィンスと800ダカットを得て和平。
これで敵首都トラキアが隣接して攻め易くなった。
黒海方面も大分領土が広がってきた。
1601/08
統治レベルが22に到達。国策「官僚制度」を選択。
貧乏ではないが収入は幾らでも欲しい。
1604/04 - 1605/10
オーストリアの中核州を回収するためロレーヌに宣戦布告。
ナポリ・ミュンスター・ケルン・オーストリアが敵に付いた。
ナポリ・オーストリアからコンスタンツ・リンツ・チロル・トレント
の計4プロヴィンスと計750ダカットを得て和平。
1608/01 - 1609/01
今度はデンマークと戦うためバーデンに宣戦布告。
ナポリ・ケルン・デンマーク・マグデブルクが敵に付いた。
ナポリ・マグデブルク・デンマーク・バーデンから
シュヴィーツ・スコーネ・ハンブルク・アーケシュフース
の計4プロヴィンスと計2550ダカットを得て和平。
・・・南側はちょっと歪に広がったかな?
1615/02
陸軍レベルが23に到達。東方マスケット銃防兵にアップグレード。
ようやくマスケット銃装備に。
ちなみに攻兵の方が好みなのだがポーランドなので防兵にした。
1617/04
新帝アウグスト4世即位。能力は 4-8-6。おおっ!名君。
1618/02 - 1619/02
オーストリアに宣戦布告。
いつの間にかプロテスタントに改宗していたので敵は神聖ローマ皇帝のナポリとヘッセンのみ。
ナポリ・ヘッセン・オーストリアから
フリウリ・ヴェローナ・カッセル・トレヴィザーノ・リエンツ・ケルンテン
の計6プロヴィンスと計1100ダカットを得て和平。
1623/03 - 1623/09
またデンマークと戦うためバーデンに宣戦布告。
前回と同じくナポリ・ケルン・デンマーク・マグデブルクが敵に付いた。
ナポリ・マグデブルク・デンマーク・バーデンから
ブレシア・スレースヴィ・フュン・ユトランド半島
の計4プロヴィンスと計750ダカットを得て和平。
1628/03 - 1628/11
オーストリアに宣戦布告。
敵に前回のナポリとヘッセンに加えアンハルトが付くだからと言って何も変わらないが。
ナポリ・ヘッセン・アンハルト・オーストリアから
シュタイアーマルクと計3350ダカットを得て和平。
これでオーストリアも残り1プロヴィンス。
1629/10
統治レベルが24に到達。貯め込んだ資金で全土で一気に税関建設開始。
スカンジナビアにイギリス領が残っているが、回収はイギリス海軍に勝てるようになるまでお預けである。
ところで叩きまくったオスマン帝国がアフリカ方面に拡大して息を吹き返しそうである。
・・・また叩くか。