青い色の美しい石に「この石の上を過ぎる/小鳥たちよ/しばしここに翼をやすめよ」と長い詩のはじめの部分が彫られています。 この碑の前に立つと、あわただしい生活を送っている私たちに、「ここでちょっと一休みしていってください」と南吉先生が呼びかけているように感じます。時々は立ち止まって考えることが重要だと教えています。南吉先生がその短い生涯の間にかかえたつらく悲しい現実を、色濃くうつしている詩です。全文53行の長い詩で、たける君の歳では、少し難しすぎるので、もう少し先で全文を教えてあげましょう。 南吉先生は結核という病気で29歳と7ヵ月の短い生涯を閉じました。そして、町の外れの北谷という共同墓地に、『ごんぎつね』に登場する六地蔵さんに見守られて、眠っています。 半田工業高校から響いてくる若人の歓声がこだまする墓地で、「新美南吉之墓」とだけ刻まれたお墓にお参りして来ました。お墓には詩「墓碑銘」は彫られていませんでしたが、「しばしここに翼をやすめよ」との南吉先生の呼びかけに応じて、静かに手を合わせ、南吉先生が死の直前に安城高校の卒業生に贈った言葉を読んで来ました。 「たとえ僕の肉体がほろびても君達少数の人が(いくら少数にしろ)僕のことをながく覚えていて美しいものを愛する心を育てて行ってくれるなら、僕は君達のその心にいつまでも生きているのです」 南吉先生はこんな手紙をかいてから、ひと月ほどたった、昭和18年3月22日に長い眠りにつきました。 先生の願いどおり、今尚、多くの人々の心の中に南吉先生は生き続けています。 (半田市旧居跡・「墓碑銘」:半田市・南吉先生のお墓:半田市・六地蔵:彼岸花−クリック拡大) 南吉先生の碑は全国に30基あります。そのほとんどを見て来た「南吉先生を巡る旅」はこれで終わりました。 南吉先生は、沢山の本を読み、自分で考え、多くの困難を乗り越えながら、自分の道を歩きました。そして、人々に感動を与える、童話や詩を残しました。 ここに記したその断片から、たける君が、何かを感じ、つかみ取ってこれからの日々に役立たせてほしいと、おーちゃんは願っています。では、また会おうね。 追伸 今年のピアノ発表会でリストの難曲「ラ・カンパネラ」を見事に弾きこなした、たける君に「ごんぎつね音楽村」のホームページを紹介しておきます。 http://www.gld.mmtr.or.jp/~shisyun/gon-mp3/ このアドレスを訪ねると、この手紙に書いた童話や詩に付けた素敵な音楽が待っています。さて、たける君ならどんな曲を付けるかな。 −p.04− |