いしぶみ紀行:網走・知床


北の街のプラウ様
  お元気でお過ごしでしょうか。今年は“暑い”を通り越して、“熱い”夏でした。
  北海道は如何でしたか。
  釧路から始まった旅の後半は、もうお馴染の場所ばかりでしょうが、遠い昔にお読みになったと聞きました、小説『見知らぬ橋』の舞台・網走も歩いて来ましたので、ご報告いたします。


小雨の中の網走を散歩
  昨夕の夕焼けに晴を確信していましたが、目覚めると、窓の外は小雨。
  地の果ての網走まで来た以上、雨だからといって閉じこもっている訳には行がず飛び出しました。
  天都山の山麓の緑の中に赤レンガ塀の博物館が小雨に煙っている。明治時代の網走監獄を改築するにあたり、当地に移設し、博物館として観光客に公開しているのはご承知の通りですがお付き合い下さい。
  赤レンガの正門を潜ると広い敷地内にいくつもの施設が散らばる。「作業用宿舎」「監獄歴史館」「放射状獄舎」「浴場」「独居房」などを見て廻る。施設の周りの色とりどりの花々や博物館を取り巻く緑の森がなければ、その暗く異様な世界に耐えられなかったでしょう。このような獄舎に繋がれ、北の大地での過酷な労働に耐えるには余程の体力、気力を必要としたに相違ない。果たして、受刑者の内、どれ位の人が、その試練に耐え、無事に刑期を終えることが出来たのだろうかと思いは沈みこむばかりでした。
  観光目的ならば雨で視界が開けない天都山頂上行きはパスしたでしょう。でも、天都山には臼田亜浪句碑と宮柊二歌碑が座って居るのです。
  急坂を登った先は網走随一の展望台。西の雲海の下に能取湖、東の雲の中に知床連山、北の曇り空の下のオホーツ海と網走市街地、南には霞む網走湖・・・と北海道を感じさせる風景がありました。
  流氷館入口で出逢った臼田亜浪の句碑「今日も暮るる吹雪の底の大日輪」は堂々とオホーツクを眺めていて、遥々訪ねた甲斐がありました。
  流氷館の呼び物は「網走に流れ着いた流氷の実物」と「流氷の生き物」。マイナス15℃の流氷室では濡れたハンカチが一瞬にして凍りつきますとの案内に惹かれて覗きました。流氷の上の北キツネやアザラシの剝製をお供にして記念撮影するのが精一杯で、駆け抜けただけでしたが・・・。
  流氷の下に住むというクリオネは、眼の覚めるようなブルーの展示水槽で、元気に泳ぎ回っていたのが圧巻でしたが、余りの小ささに写真に収められませんでした。。
  極小の生き物・クリオネは「一年に一回しか食事をしません」との説明を聞きながら、水槽を満たすブルーに船山馨『見知らぬ橋』の世界を想像していました。
  主人公・並河がクレバスに落ちた妻を助けるために、自らもアラスカの氷河に身を投げ出した時に見た、あの氷河のブルーです。魂を抜き取ってしまうブルーはきっとこの青さに相違ありません。その青さ、流氷下の別世界に見とれるばかりでしたよ。
  屋上の展望台片隅で宮柊二歌碑「北国の日筋きびしく差す下に 能取網走のうみ二つ見ゆ」を見つけました。雲海が散らばる展望の下に能取湖が横たわる風景も立去り難かったのですが、流氷館下のさくら公園に常陸宮華子歌碑を探して走り廻りました。
今回、網走紀行に誘った『見知らぬ橋』は、極寒の網走で流氷を研究する並河と能面師・名緒子との出会いから始まり、アラスカの氷河でクレバスに落ちた妻を助けるために死を選んだ並河の面影を追って、奈緒子が並河へ愛を凝縮させた能面を持ってひとり氷河へ向かっていく所で終わる悲恋の小説である。

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