この地は、古い時代から西国街道(京都・下関間を結ぶ山陽道)が中心を東西に貫き、また、有馬温泉へ抜ける「有馬街道」が猪名川に沿って南北に走っているので、大勢の人々が行き交う交通の要所として賑わっていたようですね。江戸時代には「酒造業発祥の地」の商都(残念ながら、近年の阪神大震災でその面影も殆ど壊滅)として発展し、わが国が近代化を推し進める中で、日本屈指の空港、人口過密な住宅地に変貌しました。従って、今では、猪名の笹原は影も形もございません。然しながら、有馬山を擁する六甲山の良質の水と米に恵まれた当地は、酒造りが盛んな町となって栄えています。「笹(ささ)」に代って「酒(ささ)」が当地の名産になったと言う訳です。お酒を嗜まれるのなら銘酒「白雪」をお送り致します。
  また、この地は万葉の時代から数々の歌に詠まれた歌枕の地でもありましたね。だから、貴方様の歌から、誰もが有馬山といえば猪名、そして山から吹き降りてくる風、風が猪名野の笹に吹き渡っている風景が思い浮べることが出来たようですね。
しかし、それも遠い昔の話になりました。貴方様にささやいた有馬山からの風は「六甲おろし」と命名され、有馬はかろうじて温泉の名前として残っております。そして昨今では、「六甲おろし」と聞けば、風ではなく「阪神タイガースの応援歌」を思い出すようになっています。
  何ともはや、殺伐とした、無味乾燥の時代となってしまいましたよ。
  「大弐三位」って誰? と貴方様の名前を知っている人は少なくなりました。しかし、千年の時を経ても「ありまやまァ ゐなのささはらァ・・」は忘れられずに残っているのでご安心下さい。歌の力の凄さに驚嘆するばかりです。そんな貴方様の歌に惹かれて、歌碑を訪ね、時代の変貌を目の当たりにして来たと言う訳です。
  母上様のお書きになった「源氏物語」から千年の時が過ぎました。世界に冠たる見事な作品として、大勢の人に親しまれ、今年、千年祭が各地で盛大に予定されています。
  貴方様は『源氏物語』そのままの世界に身を置かれましたね。果たしてそこで、どんな思いを抱き、どんな夢をみたのでしょうか。母上様譲りの才気を持って宮廷女房として逞しく生き、多くの宮廷歌人たち同様、恋多き女性としてしなやかに生きたと想像しています。
  時代は変った現代でも、若い頃は多くの恋をするキャリアウーマン、中年になると高級官僚に嫁いで家庭を築く、そんな貴方様の生き方に羨望を覚える女性も少なくないと思います。
  貴方様は、まさに、時空を超えて生きて居られる様です。それはきっと、女流歌人の活躍した女性群大躍進の時代に、その一人として生き、上流社会という限定された体制内ではあるとしても、独自の日本文化の中で見事にその才能を発揮されたからでしょう。
  10世紀から11世紀の世界(神聖ローマ帝国、サラセン帝国、宋国の時代)において、女性群による文化がこれほど華々しく、かつ、現在でも世界に誇りうるレベルのものを残しているのは、日本だけではないでしょうか。当時の日本の文化は才女群に支えられていたと言っても過言ではないと後の世に生きる女性たちは自慢しております。
  昨今、女性の社会への進出の激流には目を見張るばかりです。その活躍分野は拡大しており、文化面に限らず政治や経済分野までもと多種多様になっています。後輩たちの活躍には喜んで戴けると思います。
  然しながら、貴方様の時代に比べて、女性も男性も、感性の衰えを感じざるを得ません。千年の時を経て、文明は確かに進歩しましたが、文化面の進歩は遅く、いや、退歩した部分さえ見受けられるのは、残念なことですが事実です。
  ところで、この歌を贈られた貴方様の想い人はどなた様だったのでしょうか。こんな洒落た歌を送り返された恋人はどんな想いを抱いたでしょうね。池に遊ぶ野鳥を眺めながら、想像の翼は晴れた冬空を駆け巡った事もご報告しておきます。
 
 p.02へ                       −p.03−               p.04最終へ