層雲峡渓谷には秋来たらず


  層雲峡オートキャンプ場を過ぎた辺りから、切り立った両側の山肌は柱状節理の岩場に変った。名勝・層雲峡が始まった。石狩川を挟んでこの奇岩が20kmは続くと言う。雲を纏う岩場が頭の上から迫ってくる。初めは幅の広かった絶壁も、渓谷の中ほどの温泉街が近づくにつれて、幅を狭めていった。
  川と国道を押しつぶす岩壁。温泉街を通り抜けて、2kmほどで、滝の案内板が出てきた。銀河・流星と名付けられた落差100mの二筋の流れを緑一色の絶壁に眺める。間もなくこの滝が艶やかな紅葉の衣を纏う時を想像していると首が痛くなった。滝壺からの轟音が耳に残る。流れは上流の大雪山・銀泉台を秋色に染めているに違いないと確信する冷たさであった。この辺りにはまだ秋は来ていなかった。
  宿に荷物を放り込んで、石狩川河畔の「層雲峡園地」に大町桂月記念碑を訪ねた。「層雲峡」の名付け親だけに豪勢な記念碑。碑面にはこの地を日本全国に知らしめた美文があった。
人若し余に北海道の山水を問はば、第一に大雪山を挙ぐべし。次に層雲峡を挙ぐべし。大雪山は頂上広くして、お花畑の多き点に於いて、層雲峡は了崖の高く且つ奇なる点に於いて、いずれも天下無双也
  サフランの群生が絶壁に囲まれた芝生の園地に小さな灯りを点していた。
  黒岳ロープウエ−乗場の山小屋風の建物にも灯が入り、それが格好のイルミネーションとなって薄暮に浮ぶ。駅前の通りは草花が溢れ、スイスの山麓に迷い込んだ気分であった。観光客の消えた、夕暮の小さな家並みは、外国に泊る気分をプレゼントしてくれた。



大雪山・黒岳は日本一早い紅葉

 

  層雲峡の絶壁に雲が走るのを見る。時々、上空に青空の穴。黒岳は黒雲の中だが、ここまで来たからには、登るしかない。満足げな顔がロープウエ−から降りて来た。これは・・と期待しながら切符を買った。
  100人乗りのゴンドラは満員の客を宙吊りにした。眼下の緑が紅葉すれば・・・と思っている内に「ごとん」と音をたてて停まった。標高1300mの山上駅には風が「ゴー」と唸っていた。
  天候が先を急がせた。白樺林を駆け足で抜け、リフトへ。リフトは標高1500mの7合目まで一直線だ。強風に曝され、リフトのポールにしがみ付く。裸の宙吊りだけに心許ない。足下には竜胆の群生と初めて目にするチングルマの紅葉、横手には紅葉を従えた白樺の貴婦人が風に向って立つ。見上げれば錦織が敷き詰められている。その上では黒岳頂上の三角岩が黒雲と対峙していた。
  雲が走る、金色の光も雲と一緒に走る。七合目付近から頂上へ、敷き詰めた赤と黄色が雲間から降る光で鮮やかに蘇る。光と蔭のグラデーションに「ワオー、ワオー」と言葉にならない原始の叫び声しか出てこない。恐怖を伴った感動が押し寄せる。「アンタロマに来よという 大雪山を見に来よという」の詩句が強風に運ばれて、麓から登ってきた。
  リフトは急勾配を七合目まで駆けあがった。終点は猫の額ほどの空地。山側は赤と黄と薄緑の海。一方だけ開いた展望地から下界のパロラマを覗く。
  眼下には緑の原生林と奇岩群、遠景には大雪山山系の雄峰がずらりと並ぶ。よくぞ、迷子にならなかったものだと、原生林の中を柳原白蓮の歌碑を探して分け入った昨日の冒険を思い出しながら眺めていた。

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