ブロンズのプレートに詩人の直筆を拡大した十行が刻まれている。その銅板が穂高町産の白御影石に嵌め込まれ、詩に詠われている雄峰、常念岳に向って立っている。
  作詩の経緯について作者は次のように述べている。
佳く晴れた秋の日の事だった。大町に住んでいる或る友人に誘われて安曇平・穂高町付近の有名な山葵田を見物に行った帰り道、その友人の案内で或る中学校を参観した。槍ケ岳に源を発する高瀬川の流れを東に、常念や大天井や有明山をつい西の眼前にした広い校庭を持つ学校だった。まわりにはぐるりとアカシアの大木が植わっていて、その葉がもうすべて晴天続きの秋を黄ばんでいた。私は折からピアノの鳴っている音楽室というのにも案内された。(中略)
この光景は強く私の心を動かした。そして自分の音楽がこんな田舎町の純真な人達から愛される事を、モーツァルトはさぞや喜んでいるだろうと思った。
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元来モーツァルトの音楽は青年たると老年たるとを問わず、貴賎の別なく、実に万人を喜ばせ、万人の愛に値し、また作曲家自身それを期待してもいた芸術である。詩の霊感から言えば、それは地方の或る田舎の中学校と、その音楽室でピアノを弾く新任の若い女教師と、それに聴き入っている純真でけなげな男女の生徒と、おりからの秋とその光と、周囲をかこむ峻厳な山々のたたずまいとから触発されたものではあるが、そういうモ−ツアルトこそ私には真のモ−ツアルト、少数の貴人や知識人の専有物でない、万人共有の宝であるモ−ツアルトという気がする。そして田舎、理想世界の姿であるこの田舎というもの。これこそ彼の芸術の本当のすみかでなければならなかった。そして願わくば私の詩も、またそのようでありたいと思っている。(「音楽への愛と感謝」「田舎のモーツアルト」)
     
               
       (写真::穂高中学尾崎喜八詩碑・常念岳を背景にした詩句-クリック拡大
 
  安曇平の、秋の日の、音楽室の光景は、詩人の魂に深く刻まれ、「田舎のモ−ツァルト」の一篇となり、詩集名にも採られている。
  作品そのもの、作品への作者の思い、文学碑の姿や置かれた環境、建碑に至るドラマ、総てが訪れる者を感動させる文学碑の傑作であった。
すぐ傍には萩原碌山の彫刻「抗夫」が居た。この彫刻は、「碌山美術館」建設に先立って学校に贈られたものという。さりげなく名作が置かれていたのに驚く。
「黄ばんだアカシア」は緑の風に揺れる銀杏の並木に変わって、赤い屋根の校舎を取り巻いている。詩といい彫刻といい、一級品に囲まれて青春を送る生徒たちの幸せそうな顔が目に浮かぶが、夏休み中の校舎は生徒の姿もなく、無論ピアノの音も聞こえず静まりかえっていた。


東洋のロダン
  見事な詩碑に出会った感動は中々収まらず、隣の碌山美術館まで持ち込んだ。こちらは当町の観光の目玉なので人が多い。当地で生まれた近代彫刻の先駆者荻原禄山の作品がレンガ造りの蔦の絡まる教会風の建物に展示されていた。こんな田舎に、こんなお洒落な・・・と誰しも記念撮影に夢中になる。
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