いしぶみ紀行 茜色の坂  
K・T兄へ
   春一番が吹いて、「二月堂のお水取りの松明」と共に厳しかった今年の冬も終りを告げようとしています。お元気で、お過ごしのことと拝察しています。 小生もゆっくりといしぶみを訪ねながら歩いています。いや、もう少ししっかりと歩きたいと願いながら歩いています。
    神奈川県下のいしぶみを訪ねる中で、童謡「夕焼小焼」の作詞者・中村雨紅に出合いました。雨紅は八王子郊外の生まれですが、第二の故郷を厚木市に置いたので、県下に縁の碑がなんと四つもあるのです。 その内の一つ、丹沢山麓の七沢温泉に「夕焼小焼」の碑を見に行った時に、ふと、同じ「夕焼小焼」という歌詞で始まる、「赤とんぼ」が浮かんできました。その「赤とんぼ」は、昔読んだ船山馨が「茜色の坂」(下記注)を連れていました。
   *この小説の帯には「脳腫瘍のため一年の命を宣告された主人公・修介は、こころの夕映えを異郷に求め、帰るつもりのない旅に出る。あと半年の命を宣告された著者が遺書のつもりで書いた力作長編。吉川英治賞受賞作品」と紹介されている。小説の終わり近くで主人公がモンブラン山麓の町シャモニーで夕焼けを浴びながら童謡「赤とんぼ」を歌う場面が描かれている。往時の読書メモには「落日の荘厳な気分は祈りにも似ていた」と記してあった。
   
「夕焼小焼」「赤とんぼ」「茜色の坂」、この三つが今回の旅の始まりでした。全国に20基もある「夕焼小焼」碑と8基の「赤とんぼ」碑を巡る旅は「私の夕焼」「私の茜色の坂」を探し歩いた旅でもありました。訪ねた先は、生誕地に始まり、学校に、山に、神社仏閣に、墓地に・・・と様々な場所であり、その道中は、二人三脚で、友に助けられ、道に迷い、疲れ果て、心ときめかせ、出会いに喜び・・・と人生行路の様相を帯びていました。
   まだ旅の途中ですが、ちょっと一服がてら、その記録を書きとめ、御送りしたいと思い立ちました。
   少し長くなりますが、ご覧頂ければ幸いです。
   尚、今回のいしぶみ紀行は趣向を変えて、個々の碑は纏めてアルバムに収めて有ります。
   
   旅に出る前に、二つの童謡をご紹介しておきます。 小生には、「夕焼小焼」は彼岸への憧憬、「赤とんぼ」は郷愁と回顧、の世界に導いてくれます。何れも「老いの道」に相応しい歌のように聞えるのです。貴兄の感想は如何ですが。
    歌詞は両方共にそれほどの傑作とは思いません。が、「夕焼小焼」という詩句が絶品なのです。「夕焼」は直ぐに判りましたが、「小焼」は広辞苑にも出ていない、摩訶不思議な言葉です。でも、「夕焼小焼」と繋がると見事な詩句になっています。どうやら「大雪小雪」同様に二つ繋げて印象を強くしたものと考えています。そして、この童謡が日本を代表する童謡になったのには作曲者の草川信と山田耕筰の力がとても大きかったように思います。

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