駅から三島神社への途上に、目指す水辺の文学碑が桜川に沿って立ち並ぶ。
   始まりは高い木立に囲まれた白滝公園。溶岩の隙間からの湧水が木漏れ日に光り、心地よいBGMを奏でていた。当地の盆踊り歌に起源を発する「富士の白雪ァノーエ・・・」で始まる「農兵節」の歌碑が本日の収穫第1号。ここで飲んだ、地球が未だ放射能で汚染されていない時代のピュアーな、水は喉に優しかった。   湧水は歌の通り、源は富士の白雪であり、長い年月(普通は百年位)をかけて湧出するという。とすれば、「富士の風や扇にのせて江戸土産」と富士を詠んだ芭蕉が見たであろう白雪が今飲んだ湧水だ・・との空想が旅を楽しくした。
    公園入口横の遊歩道には詩人・大岡信の文学碑に始まって、川沿いに「連歌師・飯尾宗祇」「俳人・正岡子規」「歌人・若山牧水」「小説家・司馬遼太郎」「歌人・窪田空穂」「小説家・太宰治」「児童文学者・小出省吾」「歌人・穂積忠」「小説家・井上靖」と当地に縁の深い人々の文学碑がずらりと立ち並ぶ。何れも署名だけ自筆の活字体の碑で、個性が消えていたのは残念だった。傍を流れる桜川の清流がここでは主役なのだろうか。
   太宰文学碑には、昭和9年まだ学生であった作者がひと夏三島で過して残した、「老(アルト)ハイデルベルヒ」の一節が刻まれていた。
   「町中を 水量たっぷりの澄んだ小川がそれこそ蜘蛛の巣のように縦横無尽に残り隈なく駆けめぐり,清冽の流れの底には 水藻が青々と生えて居て・・・
   この碑は奇跡的に今も生き残る「清流の町・三島」を正確に紹介してくれたが、
地表面の七割は水 人体の七割も水 われわれの最も深い感情も思想も 水が感じ 水が考へてゐるに違いない」が刻まれていた大岡信文学碑の言霊が私に一番強く反応した。
   透明度の高い水、清らかな流れは眺めている人を子供の時代に引き戻す。家族から独り離れて疎開した、田舎の小川の記憶が蘇って来る。老いに至る日々を密かに流れていたもの達が時のフィルターに見事に濾過されて、次々と清々しく蘇って来る。老いるという事はそんなことなのかもしれない。心を少しでも清らかにするために、時のフィルターを積み重ねて行くことなのかも知れない。大岡信の言霊はそんな想いを伝えてきた。
   文学散歩道の脇を冬の朝の光と私の童心がキラキラと流れる。緑の藻草、その名も美しい梅花藻(三島で発見された清流でしか育たない珍しい植物。初夏には白いカレンな花を着ける−表題横に写真あり−クッリック拡大−)がしなやかに流れに逆らっている。上から、横から、順光で、逆光で・・・と川の周りを飛び回った。老いた少年がそこに居た。
    三島神社の森に足を踏み入れる。平日の午前中とて参拝客も少なく、本殿前の紅白梅も5分咲き。天然記念物の金木犀の大樹を見ながら歩くと、玉砂利の音が心地よく響く。クウクウと鳴く鳩の声が芭蕉の句碑に案内してくれ、またも季節を逃した牧水の歌碑に桜樹の下で再会した(ここは桜の名所)。 足早に、残された碑と太宰の旧跡を見ながら駅に急いだ。見てきた清らかな風景の記憶が、流れ続ける時たちに濾過され、伏流水の如く私の記憶の底を流れ、或る日、ひょっこりと白い花を咲かせてくれることを願って三津海岸に車を走らせた。
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