いしぶみ紀行−三島・大瀬崎−2005.02−
   
   絶景を幾つお持ちですか。
   天に昇る間際にスライドショーで見せてもらうために、心の宝石箱に大切に仕舞ってあるあの風景です。それは単に美しいと言うだけでなく、心に深く刻み込まれた「貴方だけの風景」のことです。
   今回の「いしぶみ紀行」は三島から伊豆長岡、三津、大瀬崎を巡り、伊東に至る小さな旅です。その旅で出逢った「絶景候補に名乗り出た風景」から話を始めよう。

大瀬崎の絶景
   人間商売も緑寿(66歳)を過ぎるとすっかり早起きになる。耳の痛くなるような寒い朝、ポストから新聞を取り出し、大岡信の「折々の歌」を読んでいた時であった。筆者の文学碑が三島に建立されたことを思い出し、「富士山が一番美しかったのは、山中湖畔からの朝焼けの富士だった」との父の回顧談が「冬の富士」への旅を誘った。
   順番が逆だが、まず、絶景からご案内しよう。
   東海道線の三島駅から南下、伊豆長岡から一路、伊豆半島の小さな岬・大瀬崎を目指して海岸道路をひた走った。大瀬崎まで10kmの道は海に沿って曲がりくねり、小さな岬を幾つも越える。この間、右手は常に青い。深い青の海と、雲ひとつ無い富士山の雄姿がお供という贅沢さ。時々、みかん畑が顔を出し、黄色の点々が旅情を彩る。
   20分ほどで大瀬崎の突端に飛び込んだ。水は澄み、穏やかな海面が広がる。冬のほうが水の透明度が上りダイビングには適しているというのか、大勢の若者たちが冷たい海に消えて行った。岬の先端は大瀬神社で本殿は小高い丘の上。失礼して石段の下から参拝し、神池を周る遊歩道に与謝野鉄幹の歌碑を探した。
   この小さな半島は「びゃくしん(柏槙)」の古木の群生地として有名だ。樹皮を剥がされた大樹が苦痛で身をよじらせながらも未だに懸命に枝を伸ばし、葉を茂らせている光景は、じっと見ていると身震いがする。老いの道を歩く人間には酷な光景から逃れるように白い石の海岸に出た。
   左手には美保の松原が延び、身延山地を前座に南アルプスの山々が雪の嶺を並べ、濃紺の駿河湾に乗っかっている。眼をゆっくりと流して富士を見る。雄大な裾野を引いて富士が座っている。微動だにせずに座っている。右手には愛鷹山と沼津の市街地が光る大パノラマだ。岬を独り占めにして深呼吸をひとつ。
                       
        (−クリック拡大−左:大瀬崎からの富士−月見草添え−・右:柏槙と与謝野鉄幹歌碑)
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