−空知 石狩平野−廃墟の旅−2004年 初夏−
                        私は石の柱・・・崩れた家の 台座を踏んで 自らの重みを ささへるきりの・・・
                        私は立っている 自らのかげが地に 投げる時間に見入りながら・・・
                        嘗ての日よりも 踏みしめて 強く立とうとする私には
                        ささへようとするなにがあるのか!・・・(立原道造「石の柱」部分)

   「あなたのカロチンになりたい――なんかいいらしいね、役に立つみたいよ。と、 ほんのすこし見直されたり、必要とされたら」 札幌には、こんな素敵な言葉を、お洒落な包装紙に包んで年賀に送ってくれる従姉妹が住んでいる。前半の「神威岬・風の旅」に案内してくれた人。愛称は「カロチン」さん。愛車はBMW。
   石狩平野を取り囲む、岩見沢・三笠・美唄・歌志内・滝川と日本有数の炭鉱地帯の跡に文学碑を求めて歩く計画を建てた。これらの都市には数多い文学碑があり、神奈川県に関係する人のものも結構あるので訪れておきたい。JR函館本線に沿って駅が並ぶので鉄道を利用すれば行けないことはないが、精々、二つか三つの都市を巡るのが精一杯。 それではと、カロチンさんにお世話になることにした。
   この日のドライブ・「いしぶみ紀行」は三笠市から始まった。

<三笠は眠っていた>
   幾春別川に沿って細長く広がる三笠市は、採炭盛んな頃の賑わいは消え、静かに眠っていた。 目指す所は川の上流、市の端の方の弥生花園町の児童公園。そこに歌人・前田夕暮の歌碑を訪ねたい。事前にいくら精緻な地図で探しても特定できなかった所だけに不安であったが、運良く市民センターの脇に駐在所。案内を請うと丁寧に教えてくれて、幸先よいスタート。
   嘗ての、幾春別住友炭鉱住宅が、高倉健主演の映画「黄色いハンカチ」のシーンそのままに、並んで残っていた。住宅街の外れの小さな広場が児童公園。といってもブランコひとつの原っぱ。   隅の方に歌碑らしきものを発見。前田夕暮が見た「おおいたどり」の花に代って、「西洋タンポポ」が我が世の春。立派な歌碑であるがすっかり忘れ去られているようで、ぽつねんと寂しげであった。
   碑面には、昭和5年7月、神奈川県秦野から遥々この地の友人を訪ねて来て詠った短歌一首(「眼がさめると 小雀がないてゐて 炭坑社宅の あけっぱなしの部屋」)が彫られていた。 数枚の歌碑の写真に加えて、プラタナスやナナカマドの新緑越しの炭鉱住宅も写真で持ち帰る。
   何時もの事だが、此処まで来たのだから・・・と欲張って、「カロチン」さんに、阿木耀子の詞碑(「幾春別の詩」)や、若山牧水の歌碑なども周ってもらった。 街には、「採炭立坑」の巨大な鉄の残骸が記念碑のように残されていた。 活気ある春と別れて、幾つの春秋を経たのか、赤茶けた色に染まって・・・。

<忘れ去られた歌志内>
   「北海道のチロル」と呼ばれる、歌志内は山峡に横たわる細長い街。住友の大炭鉱が廃坑になった今は「小さな集落の塊」が続くだけ。上砂川からの車はその細い山峡を抜け、漸く南端の、市役所、公民館・郷土館のある市の中心に辿り着く。ここが目的地。
   公民館広場は「しょってけ祭」(夏祭り)で賑わってはいたが、村祭の趣。後の山一帯が目指す歌志内公園。公民館を見下ろす場所に当地出身の芥川賞作家・高橋揆一郎の文学碑が木々に囲まれていた。直筆で「・・・歌志内なくしてわが文学なし」と刻まれた碑は御影石。研かれた碑面が周囲の景色を反射して写し、肝心の碑文は読みづらい。碑文から作者の当地での活躍に想いを馳せるが、多くを知らないことを残念に思った。
   公園の中心にある歌志内神社裏手の空地に国木田独歩文学碑が自然林を背景に座っていた。独歩は明治28年9月に歌志内を訪れた。「空知川の岸辺」には、当時の歌志内の人々の生活が克明描かれている。たったそれだけの縁なのに、大切に護られていたのは嬉しかった。碑面には、あの有名な言葉「山林に自由存す われこの句を吟じ 血のわくを覚ゆ 嗚呼 山林に自由存す いかなればわれ 山林をみすてし」があった。
   最盛期には5万人の人々で賑わった歌志内も今は6千人の街。嘗ての広大な駅は、公民館や「夢つむぎ」郷土館に生まれ変わっていた。時代の流れに取り残されかけた夕張は、メロンで甦った。だが、ここにはどんな「夢」が残されているのか。年老いた人々は、「過去の栄光の歴史を密かに紡ぐ」しか無いのか。忘れ去られた歌志内には、独歩が聞いた「弦歌」に代って小鳥の声が山峡を埋めていた。無責任な旅人は歌志内を一瞥しただけで離れた。
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