* 「老いの小文」−付録 1.「渥美町と杉浦明平・立原道造」
  愛知県渥美町は小さな漁業の町であるが、文化の薫り高いところ。町が生んだ小説家・杉浦明平は後半生をこの地で送り、議員など勤めながら、隣の田原市に縁の「渡辺崋山」の小説(毎日新聞文化賞受賞)を始として、当地に材をとった数々の記録文学の傑作(「ノリソダ騒動記」など)を発表した。「日本は貴重な地方の定点観測者を失った」と惜しまれて、87歳で亡くなった。
  杉浦明平は小生の愛する詩人・立原道造の一高・東大時代からの親友であり、立原は二度もこの地を訪れている。特に、22歳の時の旅の「のちのおもひに」は彼の代表作・詩集「萱草に寄す」の巻頭を飾る青春の詩の傑作である。(巻末に掲載) 私が二度三度と伊良湖岬を訪れるのは立原の言霊が呼ぶせいらしい。

* 「老いの小文」付録 2.「伊良湖岬」
  伊良湖岬には「万葉歌碑」や当地を有名にした柳田国男の記念碑と島崎藤村の「椰子の実」の詩碑がある。春に訪れると「黒潮の青に浮かぶ奇岩」「菜の花畑のゴッホの黄色」「恋路ヶ浜の白砂」とパレットをひっくり返した風景に出会える。柳田国男が「遊海島記」に「遠き代の物語に中に辿り入らんとならば三河の伊良湖岬に増したる処は無かるべし」と記しているように沢山の言霊が埋まっていて、時空を越えた旅を楽しめる所である。

* 「老いの小文」付録 3.「和歌山の芭蕉」
  2004年、春。何十年ぶりにか和歌山の名所の和歌浦と紀三井寺を訪ねた。18歳で故郷・和歌山を離れた小生には何れも懐かしい思い出の残る場所。奈良時代の天皇が度々訪れた風光明媚な和歌浦の海岸は、歌に詠まれた「葦辺」や「鶴」は姿を消したが、干潟は今も健在で潮干狩りで賑わっていた。
  偉人・南方熊楠と中国革命の父・孫文がロンドン時代の旧交を温めた「あしべ旅館」はすでに跡形もなく、芭蕉の句碑と数個の庭石が往時を偲ばせてくれた。すぐ前には、紀州藩主・徳川頼宣の月見の場所「海観楼」や当時本州には珍しい存在だった石組の橋「不老橋」は辛うじて残っていた。
  和歌浦湾に突き出す片男波海岸は公園として立派に整備されて、万葉集に数多く読まれている和歌浦を詠んだ歌が「万葉の小径」に歌碑となって並んでいたし、それらを紹介する立派な「万葉館」が建ち、歌枕の地の面目を保っていた。
  西国三十三観音の札所・紀三井寺は相変わらず熱心な参拝客で賑わっていた。寺の名前の謂れとなった名水の畔には、芭蕉の句碑や当地の俳人たちの句碑が立ち並び、裏道の「宗祇坂」(芭蕉の尊敬した室町時代の連歌師・飯尾宗祇は、一説によると、和歌山県出身で度々紀三井寺に参拝)には、「奥の細道」完成三百年記念に建てた句碑と旅姿の立像がつい数年前に建てられていた。残念ながら、紀三井寺からの和歌浦の絶景は逆光と春霞の中であった。

* 「老いの小文」付録 4.「奈良の芭蕉句碑」
  2003年、春。二月堂のお水取りの行事を見物しがてら、奈良市内の文学碑を訪ね、いしぶみ紀行「奈良」を書いた(HP未公開)。市内には、万葉歌碑や会津八一の歌碑が数多くあるが、芭蕉の句碑も先に掲載した唐招提寺の他に4基が現存する。(写真省略)。
  東大寺:二月堂(山門下.滝脇)「水取やこもりの僧の沓の音」
  春日大社:鹿苑(入口.参道右折)「ぴいと啼く尻声悲し夜の鹿」
  称念寺(本堂右前)「菊の香や奈良にはふるき仏達」
  三笠山(山麓の三笠観光会館前・登山入口近)「奈良七重七堂伽藍八重さくら」

* 「老いの小文」付録 5.「須磨の文学碑」
  2000年暮。兵庫県の龍野市や神戸市を巡る「いしぶみ紀行」に出かけた。 須磨浦公園は文学遺跡の宝庫だった。当地で詠んだ、芭蕉の「蝸牛角ふりわけよ須磨明石」や与謝蕪村の「春の海ひねもすのたりのたりかな」の句碑を始として、病を得た正岡子規が高浜虚子に後を託した師弟句碑などが美しくも悲しい源平合戦の旧跡に点在していた。 近くの古刹・須磨寺も文学に縁が深く、芭蕉を偲んで訪れた正岡子規の「暁や白帆過ぎゆく蚊帳の外」句碑、当寺の堂守をしていた放浪の俳人・尾崎放哉の「こんなよい月ひとりで見て寝る」句碑、山本周五郎の出世作「須磨寺付近」の文学碑、大和田建樹「青葉の笛」詞碑、川田順歌碑、陳舜臣文学碑など、時間を忘れて走り回り、多くの収穫を得た。(写真省略)
歳末を彩る「ルミナリエ」と共に何時の日か「いしぶみ紀行」で詳しく紹介したい。                                                                                                             −2004.05.27.記−

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