恋人たちの言霊

   伊良湖は 夢の通い路
   さらさらと時の砂が流れ
   恋人たちの言霊が埋まっていた

   大空に切り開いた道に
   不易流行の翼を拡げて 俳人は
   「鷹ひとつ・・・」と詠んだ

   遥か彼方の  サンゴ礁への道に
   遠つ祖の夢を訪ねて 詩人は
   「椰子の実」を物語った

   水平線に危うく乗っかり
   海に散ばる詩句を拾って 詩人は
   「のちのおもひに」と名付けた

   言霊よ  恋路ヶ浜の言霊達よ
   安らかにあれ 言霊の幸う国で
   終りなき時の波に揺られて
「椰子の実」        島崎藤村

名も知らぬ遠き島より、 流れ寄る椰子の実ひとつ
故郷の岸を離れて、 汝はそも波に幾月

旧の樹は生いや茂れる、 枝はなほ影をやなせる
我もまた渚を枕、 孤身の浮寝の旅ぞ

実をとりて胸にあつれば、 新なり流離の憂
海の日の沈むを見れば、 激り落つ異郷の涙

思いやる八重の汐々、
いずれの日にか 国に帰らむ

 
「のちのおもひに」       立原道造
 
夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
水引草に風が立ち
草ひばりのうたひやまない
しずまりかへつた午さがりの林道を

うららかに青い空には陽がてり 火山は眠つてゐた
――そして私は
見て来たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた・・・・・

夢は そのさきには もうゆかない
なにもかも 忘れ果てようとおもひ 忘れつくしたことさへ 
忘れてしまつたときには

夢は真冬の追憶のうちに凍るであらう
そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう
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